霞がかった下弦の月を背負い、すらりと背の高い吸血鬼が音もなく噴水の横へと降り立った。
中世の城を模した豪邸の二階中央。その広い中庭でワインを味わっていたコリンは、追い風が運ぶ男の幽香を嗅ぎとる。
「この爽やかながら格調高い香気は……アキラ。アキラだろ?」
歓喜に立ち上がったコリンに男は長い足で悠然と近づいてくると、中庭に並ぶ彫像を顎で指した。
「また趣味の悪いオブジェを増やしたもんだ」
喜びに溢れる問いかけに挨拶もないどころか、アキラはいきなり悪態をついた。しかしコリンも慣れたもので、両手を広げて歓待を表してみせる。
「来てくれて嬉しいよ。でもまさかあの……君の人狼を連れてきてやしないだろうね」
弱った視力ながら周囲へ忙しなく視線を走らせるコリンの様は毎度のことだ。それでも昔のようにシンイチのことを『混血の人狼』とは呼ばなくなったのは進歩だ。やはりあのくらい痛い目に合わせないと、この巻毛の男は口先だけでも変われない。よく言えば正直者で、普通に言えばバカなのだ。
しかしながら『君の人狼』という呼び方はまんざらでもないため、アキラはほんの少しだけ優しい笑みをなげてやる。
「一緒じゃない。お前の模造城なんて別に面白くもないし、趣味でもないから退屈させると思って誘わなかったから」
「それならこんなに足繁く来なくたっていいじゃないか、失礼だな」
距離が近づき優しげな笑みがふんわりと認識できて、それがまたとても美しいものだから。昔と変わらぬ冷たくそっけない言動に悲しさと、それでこそ僕の好きなアキラだという奇妙な喜びがコリンの胸をときめかせる。
「足繁く来てるつもりはないね」
コリンは使用人に運ばせたお気に入りのグラスを強引に手渡した。アキラの深紫色の爪が彩る長い指が優雅にグラスを持つ様を、かなり落ちた視力であれど目に焼き付けたいがために。
「三年おきに来てるじゃないか。……あ。もしかしてそんなに頻繁に僕に会いに来るってことは、やっぱりアキラは僕のことを」
「有り得ない。大体、三年おきくらいがなんだ。俺はシンイチと結婚するまでは100年近く毎月会ってた。そういうのを足繁くと言うんだ。コリンは相変わらずバカだな」
彼に限ってそんなわけないとわかっているし、半分冗談だったのに。その冗談すらも即座に否定され、しかも混血の人狼とのノロケなんて最悪なものまで聞かされてのバカ呼ばわり。余裕ぶっていたコリンの顔から笑みが消える。
「アキラ。あのねぇ、いくら温厚な僕でもそこまで言わ……あ、アキラ……?」
言いかけた文句が、急に至近距離に近づいてきたアキラの涼やかな美貌の前に引っ込んでしまう。
凛々しく整った眉毛の下の、長く濃い睫毛に縁取られたブラックダイヤモンドの瞳がこんなに近くで僕を見つめてくる……ほら、僕の頬を包もうとアキラの指が……あぁやっぱり、君ほどの系譜ではないけれど純血種の僕のことを本当は……。
「アキラ…………フガァ!?」
コリンの予想に反し、アキラの指はコリンの唇を掴んで上下に開いた。
「……やっぱり牙は全く伸びないままか。二本ともだもんなー」
屈辱的な行為と冷たい言葉に期待感を打ち砕かれ、コリンは腹立たしげにアキラの両手を払った。
「なんだよもうっ! 会えばすぐ牙のことばっかり。だいたいアキラのだって長さが戻っただけで、吸血はできないくせに」
コリンが激昂する前で、アキラが白い歯を見せた。 普段のクールな様子からは想像もできない、ニカッと朗らかにすら見える笑みに驚かされ、毒気を抜かれる。
「折れてない方と見分けがつかないほど同じ色合いになってるだろ」
「美しい……アキラの牙は昔から格別に美しいよ。一度折った方だって、血が吸えてても不思議じゃなく思えるくらい……」
愛しさ余って憎さ百倍ではあったが、それでも口は素直に賛辞を並べてしまう。出会った頃からアキラは美しかったが、ここ数年は会う度に、晴れた秋の夜空を思わせる美青白の肌に艶と輝きが増しているのは、この弱った目でもわかる。叶うならば若い頃よりも艶麗になったその頬に触れてみたい……。
うっとりするコリンにかまうことなく、アキラは己の牙を長い紫色の爪先で弾いた。キン……キィン……と硬質で小気味よい音が響く。
「血も吸えるようになった。毒は出ないけど」
「へ!? なんでそんなに回復したの? 何をしたんだい? 他の吸血鬼と決闘してそいつの牙でも飲んだ? それとも何かの秘薬とか? 教えてくれよ!!」
一瞬呆気にとられたのち、掴みかかる勢いで詰め寄ってきたコリンの肩をアキラは軽く押し返すと、一歩分離れた。
「落ち着けよ。最初にお前の片方の牙の半分を飲んだきりで、それ以来何もしてはいない」
「よく思い出して? 他に何か心当たりはないのかい? 教えてくれよ。血が吸えなくたっていい、この折れて哀れな見かけのままでは辛いんだ!」
「そっちから決闘しかけてきて負けていながら命を奪われず、捕虜にも使い魔にもされずに普通に暮らせてるだけ十分な恩情だろ。大体、お前が全部悪いんだから自業自得だ」
「そ、そんな……だけど…………両方の牙が折れてる醜態を晒して生きてるんだから、十分に日々責め苦を負ってるよ! 目だって弱視になってさ!」
「コリンは昔から驚くほど自分に甘いよな。まあでも、毎月バケツ三杯分の血を牙なしで飲むのは大変だろうけど。柄杓で飲んでるのか?」
「そんなわけないだろ! グラスだよ!」
まとめ飲み出来ない不便さと、血を飲む日は杯を重ねる忙しさでワインも楽しめないとキャンキャン吠え立てるコリンへ、どうでもよさそうにアキラがフーンと鼻を鳴らす。
「なあ、シンイチに齧られた部分はまだハゲてんの?」
もともと巻き毛なのに更にカールをきつくかけてくりくりにした頭頂部をコリンはバッと両手で抑えた。
「……頭蓋骨にまで牙がめり込んだら、骨や皮膚は再生しても毛根はダメか。やっぱり牙が折れたままだと回復力もなかなか戻らないもんだな」
コリンが細い眉を吊り上げたところで、アキラは薄笑いを浮かべた。
「両牙折れてて吸血できない上に、四つハゲ弱視のお前が哀れだから、聞かせてやるよ。俺の牙が血を吸えるまでに回復した心当たりを」
「教えてくれっ!!」
文字通り飛びつき縋りついたコリンの両手を、アキラは嫌そうに払い除けた。
衣類の乱れを治してから、声のボリュームを一段下げてアキラが囁く。
「俺とコリンの生活の中で大きな違いなんて一つしかない」
「うん?」
「シンイチの存在だ」
「……うん? 恋愛や結婚という精神的な幸福によるホルモンバランスの変化ってこと?」
「確かに俺はシンイチのおかげで世界一の幸せ者だが、そうじゃない。彼の血を主食としてる点だ。人間の血とは違う、人狼の血の栄養豊富さや含まれている何かが、牙の回復を促したと俺は思っている。不死者同士の血だから親和性が高いのかもしれないとも」
「人狼の血を主食……」
オウム返しにしたコリンは急いで口を両手で塞いだ。下等種族の血を主食とすることに吐き気を催したのもあるが、そんな輩と毎回セックスまでなどおぞましいと口から出そうになったからだ。そういう下世話な趣味嗜好の吸血鬼が昔からけっこういるのも知っているし、今目の前に立つ彼がまさにその一人なのだと頭ではわかってきたつもりだったのに。
口元を抑えたまま青ざめて震えるコリンに、アキラは皮肉げに片方の口角を上げる。
「正直なお前にしちゃ頑張ったじゃないか。よく口に出さずに飲み込んだな」
「……アキラ……僕は…………」
「まあ、俺が変わり者なのはわかってる。だから長い吸血鬼の歴史の中で折れた牙が伸びた上に、吸血できるまで回復したなんて話がなかったんだろうさ」
「すまない…………せっかく教えてくれたのに……」
アキラは軽く両肩をあげると、項垂れたコリンの肩を珍しく。いや、今日初めて優しく叩いた。
「お前は絶対にシンイチにも他の人狼にも食事目的で手は出さない。こんな話も汚らわしくて仲間の誰にも出来ないとわかっているから、教えたんだ。だから謝るな」
聞きたがったから教えたまでだと、そっけない返事なのに瞳や声が柔らかいものだから。コリンは切なさに目をそらした。
「あ。この周波数……」
アキラは呟くと、中庭から出て小ホールから続くバルコニーへと歩き出した。
まさかあの凶暴な混血の人狼が迎えに来たとかいわないよなと、コリンが慌て怯えながらも後を追えば、門塔横にある井戸の傍に凛とした美しい佇まいの人物が一人立っているのが見えた。
「…………? あれ? どこのご婦人……いや違う、随分と麗しい男性だな」
「お前……そんなに見えてないんじゃ、眼鏡なしは不便だろ」
「嗅覚がかわりに鋭くなったから、視覚を補ってて生活に支障はないんだ。眼鏡なんて僕には似合わないからしないよ」
「どうして最初、女性だと思った?」
「とても涼やかでほんのり甘い……まるでマグノリアの花のように透明で気品がある香りがするからね。きっととても高貴な血筋の人に違いないよ。闇夜にぬくもりを灯すセピアブラウンの髪や、月の光を誘い込むような褐色の肌がエキゾチックでもあるね。南国の方かな?」
賛美をうけている件の男が振り向き、バルコニーからみている二人に気付いて片手を上げた。
「わ。なんだろ。僕に挨拶したいのかな。あ、違うか。アキラか。アキラにだよね」
「シンイチ〜、今行く!」
「シ、シンイチ?!」
「俺帰るわ。あ。これ土産」
ポケットから色とりどりの小さな包みをバラバラとカフェテーブルの上に置いたアキラは、風のように飛び去っていった。
慌ててしゃがみ込み、オブジェの後ろに隠れて恐る恐る下を覗きみれば、先程の紳士は黄金の毛並みをたたえた立派な狼へと変化していた。
月光を弾く美しい毛並みをアキラが愛おしそうになでて、狼の耳へと何か囁いてからその背へ飛び乗った。片手に先ほど紳士が着ていた衣類を抱えたアキラは空いている片方の腕をコリンへ向けひらりと上げる。それが合図かのように、次の瞬間には驚くべき跳躍力でアキラを乗せた狼は城壁を飛び越えて行ってしまった。
「…………あれが、あの憎き混血の人狼だって……?」
零した呟きは夜風に消され、テーブルの上にばらまかれたチョコボンボンの包みだけが燭台の灯をうけて煌めいていた。
* * * * * *
駆け抜ける風が木々を揺らし、ざわめく葉音が不気味に響いている。そこかしこで何かが動き回っているような気配を感じさせる春の夜の森の中、シンイチが少し声を潜めてアキラへ尋ねた。
「お前の牙が吸血できるようになった理由の一端でもつかめたか?」
「あんたは俺の行動を全部お見通しだね」
「お前がコリンに会いに行く理由なんざそれ以外ないだろ。あ、一応監視もあるのか。で、どうだったんだ?」
「んー……何分サンプルが俺とあいつしかいないからねぇ。興味あるの?」
「別に。お前に不便がないんだから、俺は理由なんてどうだっていい」
今はこの話をしたくはなかったアキラは、わざとはぐらかした。そうして期待通りの返答をもらっておきながらも、最愛の伴侶に隠し事をしたような座りの悪さを覚え、アキラは話を変えた。
「そういえばコリンがあんたを女性と見間違っていたよ」
「俺を? ……あー、俺の血をモロに目にかぶったまま時間を置いたせいで視力が落ちてたんだったか。それにしたって周波数とか匂いでわかるだろうが」
「両牙が折れたままのコリンに周波数なんて感じとれないよ。嗅覚は視覚を補うため発達したって言ってたから、匂いはしっかり嗅ぎ取っていたみたい」
「…………」
「匂いは以前アヤコさんも……」
「彼女がどうした」
昔、シンイチが少しだけアキラと同族のアヤコに嫉妬したことを思い出して言い淀んだが、ここで話をやめるほうが変かとアキラは続けた。
「彼女が数年前、シンイチは人狼なのに獣臭さが薄くて髪や肌も美しいと褒めていたよね。それに拍車がかかってるからじゃないかな。最近なんてあんた、狼形態の時は焦げ茶色だった毛がすっかり金色になったもんね。人狼時の体毛や髪だって今じゃダークゴールド……キャラメルブロンド? ともかく金に近いよね」
「……年をとって白髪が混ざって色が薄く見えるんだろ。それか色抜けしたか」
「それならホワイトブロンドかプラチナブロンドじゃないとおかしいじゃん。とにかく凄く綺麗になったよ。体臭だってさ、いつからかはわからないけど、花のように爽やかな甘さと透明感のある香りになってるよね。自分でも思い当たらない?」
シンイチがとても嫌そうに喉で唸る。きっと人狼形態ならしっかり眉間にシワを寄せていそうだ。人狼らしさや男らしさが削がれたと悪くとっているのが伝わってくる。
「女性的な美しさになったって言ったんじゃないからね。日々鍛えている体も高い身体能力も、昔と変わらず誰もが惚れ惚れするほど格好いいよ」
お世辞ではなく本気で言ったのだが、それでも機嫌を害してしまったのか、待てど返事はこない。やはりこの会話もベッドですればよかったと、アキラは小さくため息を零した。
森から出て人間が昔に作った大きな橋を渡りきると漸く、シンイチが口を開いた。
「先月仲間と酒盛りした時、盛り上がって皆で狼になって遠吠えをしたんだ。その時にいわれた……金狼になったって。でもそれは酔った奴らが月明かりで見間違えたせいだと……思いたかった」
「な。なんでそこで落ち込むの?」
「人狼に伝わる神話の中では、群れを導くリーダーや英雄的な存在は、きまって金狼なんだ」
「そーなんだ」
「あいつらは気がいい奴らばかりだから、吸血鬼の伴侶となった俺を今も変わらず仲間として扱ってくれて、ことあるごとに誘ってくれている。言いはしないが、村から出てる身としては申し訳なさが拭えないというのに。そんな俺なんかが金狼なんて……見かけだけとはいえ申し訳なくなる」
「待って。あんたすっげー勘違いし過ぎ。昔、自分で言ってたじゃん。部族一の戦士だって。それに実際あんたはオークを無血開城させた英雄であり、初めて吸血鬼と結婚できた人狼でもあるんだよ? 吸血鬼との人脈ができたなんて人狼界にとって鬼に金棒どころじゃないでしょ」
「無血開城させたのはお前だろ。吸血鬼との人脈ったって、それも全部お前の功績じゃないか。俺は何もしてない」
本気で言ってることが伝わってくるだけに呆れてしまい、思わずアキラはシンイチの頭部を「いい子いい子」と撫でていた。
腹立たしげにシンイチが頭を左右に振るので、背中に乗っているアキラはバランスを崩し落ちかけて笑った。
「ごめん、久々にバカな発言を繰り返すもんだから、つい。バカな子ほど可愛いってホントだねぇ」
「マジで振り落とすぞ」
「ごめんって。だってさあ、シンイチが俺を惚れさせたことが全ての発端でしょ。怒らないでほしいんだけど、純血種ですらない人狼が純血種の吸血鬼のハートを掴むって、普通に考えたらありえないおとぎ話だって思わない?」
「そんなの……それこそ俺は特別なことは何もしていない」
「随分昔に交わしたから忘れた? 俺はあんたが命ずることは何でもするってやつ」
「“月に一度の吸血の代償に ”」
「覚えてんじゃん。そうだよ。あんたは結婚前から俺を従えてもいたんだぜ?」
まあ結婚してからはすっかり俺は尻に敷かれてますけど、とおどければ、やっとシンイチが微かに喉で笑った。
「あの印は嘘だって言ってただろ」
「そうだけど、印を結んでないのに口約束の契約をずっと続けてるんだ。ついでにもう少し思い出して? あんたが俺に言ったんだよ? 俺の能力がどれほど優れてようが、あんたが俺より劣っていようが。それは問題じゃないって。大事なのは互いに対する敬愛と信頼だって。違う?」
「……話がズレてる」
「ズレてないよ。あんたの仲間も同じだろってことだから。吸血鬼の伴侶になろうが金狼になろうが、あんたへの信頼は変わらない。英雄だろうがなかろうが、一緒に酒飲んで騒げる大事な仲間の一人なんでしょ」
しばし黙ってしまったシンイチだが、己の中で落としどころを見つけたのだろう。
「なっちまったもんはどうしようもない。外見が変わったまでのことだ。俺の中身が変わったわけじゃないもんな」
「そうそう」
「ちょっと毛色の違う年の取り方をしてるだけだ」
アキラはガクリと首を落とした。本当にこの男は……。でもそういうところもまた、俺にとっては悩みの種でありつつも可愛くて仕方ないのだから。
「惚れた弱みかねぇ」
聞かせるつもりのない小さな呟きは、疾走する風音に紛れて耳の良いシンイチにも届かない。
「俺はあんたが何色になろうが愛してるよ」
今度は聞こえるように言ったのだが、何のリアクションもない。照れ屋の彼は昔はよく『そんなことを軽々しくよく言えるな』だの『キザめ』と頬を染めながら吐き捨てていたのに。
考え事でもしていて聞いていなかったのだと思ったところで返事がきた。
「俺だってお前の顔が何色になろうがどうでもいい」
「……まだ顔色持ち出すなんて、よっぽど俺の美青白がショックだったんだ」
思い出し笑いを奥歯で噛み殺していると、「お前の能力が消えようが増えようがかまわん」と真摯な声音が耳に届いた。
跨っている逞しい胴体が熱い。体温が上がるほどに照れながらも、思いを言葉にしてくれたのだ。
今でこそ俺の能力は体力低下でほとんど使えない─── 否、使えはするが自分を削り失っていくから使わない、封印した宝刀と化している─── けれど、生まれついての高過ぎる素質と成長するに比例して強大に育ってゆく能力は、周囲だけではなく両親にまで恐れられ、散々忌み嫌われた。かと思えば使い方によっては巨大な攻撃力となる能力を我が物にしようと、勝手な争いまで起こりもした。
自分にも他者にも余計な不幸を招くだけの己の能力を疎ましがりながらも。認めたくはないがプライド……拠り所として長いこと生きてきたようで。俺は能力をふるえない自分に価値を見失い、一時期はひそかに悲嘆に暮れもした救えない大馬鹿野郎だ。
そんな能力に振り回されるばかりのくだらない俺の傍で、あんたは出会った頃から変わらずに俺を一人の男として、誰と比較することなく俺自身を愛し受けとめてくれている。精神面でだが、まさに病める時も健やかなる時も、ってやつだ。
能力の高低や有無で俺を計ることなく真っ直ぐに俺を見つめる、本物の強さを備えた優しくて愛しい、俺だけの美しき人狼。
「それ……俺の命が消える時にもう一回聞かせてよ」
「長生きしたと俺が判断した時には、もっといいこと言ってやる」
「早く聞きたいからもう消えてもいいやって、言わせないように先回りしたでしょ」
「それもあるが、いいセリフはこれから考えるから」
「なにそれ! さも用意してあるみたいに聞こえたんだけど?!」
「俺がそんなに用意周到な男かよ。何百年付き合ってんだ」
「開き直ったよこの人!」
泣いてしまいたい気持ちを堪えて、アキラは声を上げて笑った。
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