Fusion of souls. vol.04






 満月の晴れた夜には村中央の広場。雨だと高台にある広い集会所に集まって飲み食いし、歌い踊るのは人狼の昔からの習慣だ。独身や血の気の多い者ほど、殊更血が滾る満月の夜に家で大人しくなどしていられないからだ。
 不死種族の中では比較的寿命も長ければ生殖能力も高い方である人狼は、それなりに人口を保っており、村を維持できている。村を襲った水害の復旧が終わった先月には、十年ぶりに人狼の子供が産まれて村は活気づき、今宵の満月下の集いはちょっとしたお祭りになっていた。不参加のシンイチからは生誕祝いの上等な祝い酒が大量に振る舞われたり、もちよりの大量の料理やバーベキューで場は満たされていた。
 ノブナガやジンも腕試しの競技に参加したり、飲んで食べて騒いでと大いに楽しんで盛り上がった。

「ちょっと飲みすぎたかなぁ……」
 朝焼けを背に欠伸を零すジンに、まだまだ興奮冷めやらぬノブナガはカラカラと笑った。
「あんなくらいでジンさんが酔っぱらうわけねーでしょ! 俺なんて……?」
 話の途中でノブナガは声をかけられた気がして振り向いた。
「よー、ノブ。さっき知らねー奴から、お前に渡してくれって頼まれちった」
 酔いがまわりすぎて足元がおぼつかないムトウが、酒臭いゲップと一緒に封筒を手渡してきた。宛名にはキヨタ・M・ノブナガと書かれているが、他には封に押された真っ赤な蜜蝋以外には何も書かれていない。
 ジンはムトウへと一歩近づいて問うた。
「それを渡してきたのはどんな人でした?」
「だぁら知らねー奴。残念ながら女じゃなかったぜ? 名前を聞く前にくしゃみしたらいなくなってたわ。俺のくしゃみで吹っ飛んだんだな、すまんすまん」
 ヘラヘラと笑う赤ら顔からは、人狼の鋭い嗅覚も警戒心も酒で使い物になっていないのが伝わってくる。謝ったのはきっと、くしゃみの後でにおいを追おうと試みてたが無駄だったからだろう。
 呆れて溜息をつくジンとは対照的に、ノブナガは丁寧に先輩の人狼へと頭を下げる。
「あざっすムトウさん。確かに受け取りました」
「おう。ノブはいくつになっても可愛げがあるなあ。誰かさんと違ってな?」
「素面のムトウさんになら、愛想をご用意出来る場合もありますよ」
 ジンの笑みは口元だけで、鹿のように黒目がちな瞳は飲酒をした者とは思えぬほどに冷ややかだ。もしも素面のムトウにこの瞳が向けられていたのなら、一触即発の険悪な雰囲気になるのは必至だが。
「へーへー。そんじゃシラフの時にでもまたお相手してちょー。じゃな、ノブ」
「はいっ。そん時は俺も手合わせ願います! ムトウさんのフェイク学びたいっす!」
 天然パーマの先輩が片手をひらひらさせて去っていくのを見届けたノブナガは、早速封筒を破って開けようとした。
「待って、ノブ。この封筒かなり上質な紙のものだ。それに封蝋もわざと家紋がわからないように何度か押し付けてるようにみえない?」
「……そっすね」
「アキラさんに開封してもらおう。変な魔法とかかかっているかもしれない」
 アキラを嫌っているジン自ら彼に頼ろうと言うなんてと、ノブナガは目を瞠った。そそがれる素直な驚愕の視線にジンはとりあわず、再び歩き出した。

 シンイチと暮らすようになってから、午後にはアキラも起きることが増えた。もちろん日光を遮るために城内くまなく豪奢で分厚いカーテンを使い魔にひかせてからだが。
「すんません、夜に伺えば良いってわかってんすけど」
 頭を深々と下げるノブナガの隣に座るジンもまた、小さく頭を下げる。
「大丈夫だ、今日はもともと起きていたから。そんなに畏まるな。ほら、お前たちも飲んだらいい」
 二人の義父であり人狼の村一番の戦士だったシンイチは鷹揚に笑うと紅茶をすすめてきた。センドーさんの好きな薔薇のジャムも添えられている。
 窓全てにカーテンがひかれ、シャンデリアやランタンの明かりが灯る薄暗い室内に、薔薇と紅茶の香りがふわりと漂っている空間は時間や様々な感覚を微妙に狂わせる。
(そのせいかな……今日もちょっとマキさんが違って見えるのは。ここ数年、会う度にマキさんは俺たちと暮らしていた頃と何か違ってみえる気がするんだよな……)
 動きが優雅になった以外は態度も物言いも変わっていない……どころか、ちっとも年もくった感じがしねぇ、若々しいまんまなのに……。
 ノブナガが胸中で自問自答していると、長椅子の隣に座るジンが口を開いた。
「不躾ですみませんが……あの。マキさん、体調がすぐれなかったりしますか」
「全然。いいくらいだが。何か変か?」
「いえ。それなら多分、光の加減でしょう。随分と髪や肌が明るい色になられた気がしたもので」
「あー……まあ、日焼けするような時間帯にあまり長いこと外には出なくなったからな。部屋もこうしてカーテンをしてる時も多い。髪は……白髪が増えたんだろ」
 微苦笑を漏らすシンイチにノブナガの胸はドキリと音をたてた。
(やっぱ気のせいじゃなくてキレイなんだけど……。マキさんがカッコイイのは当然として、それだけじゃないんだよ。髪は白髪とは違うんじゃないかな、全体的に明るいブラウンだもん。金狼になった影響なのかな……ヤバい落ち着かねぇ)
 シンイチとジンが雑談を交わすのを聞くふりで適当に頷きながら、ノブナガはついシンイチを目で追いそうになるのを堪えていた。

 重厚な木製の扉が開いて、相変わらず全てが典麗かつ優美な吸血鬼が現れた。
「お待たせ。ただの封書だったから、開けても問題ないよ」
 術がかかっていることを想定して別室で調べていたアキラが微笑んだ。それだけで部屋が一段明るくなった気がして、ノブナガは思わず目元をこすってから礼をして受け取る。
「ありがとうございます。すんません、手間かけさせてしまって」
「いーよ別に。可愛い義理の息子のお願いくらいいくらでも」
 華やかな笑みをアキラはノブナガではなくジンへとむけた。
「すみませんね、用心深くなってしまって。助かりましたよ」
 言外に魔術を扱える吸血鬼と無関係であれば、封書ひとつ開けるのに用心する必要もなかったと言ってるようなもので、ノブナガはハラハラしながらこっそりとシンイチを伺い見た。家族に愛情深いシンイチではあるが、なんといってもアキラは彼の伴侶なのだ。
 しかしシンイチはどちらの肩を持つでもなく……というよりも聞いていなかったのか、ジャムのおかわりを持ってきた使い魔を褒めてやっていて気が抜けた。
「封は調べるために少し開けたけど、中は見てないから安心して」
「あ、はい。あざす。けど見てもらってても全然いーんす」
 ノブナガは皆の前で手紙を広げた。ラブレターではないとわかりきっているし、調べてもらったお礼の気持ちもあって、皆にも読んでほしかったのだ。

 高級そうな便箋に細い字で綴られた内容をまとめると、この差出人は俺の母親で、今まで会えなかった事情を説明したいということや、俺が望めばまた一緒に暮らしたいということが綴られていた。そして現在母はとある吸血鬼の使用人をしており、雇い主の吸血鬼一家が来週旅行でVampiiri kapriis(吸血鬼御用達の商店街)へ行く時に自分もお付きで行くから、その時に数時間お暇をいただくので会いたいというものだった。同封の紙片はVampiiri kapriisに吸血鬼以外の種族が入場するのに必要な入場券だった。

 鏡面のようにシャンデリアを映している磨き抜かれたテーブルの上に手紙が置かれると、数秒の沈黙ののちシンイチが重々しく口を開いた。
「罠だな。待ち合わせ場所も危険だ。行かないほうがいい」
 アキラとジンが同時に頷く。
「お前の両親は山火事で喪われたと当時の首相から聞いてると、お前に伝えたよな」
「はい。ちょうどその山の麓の村にウトカタさん達が商談に行ってて、山火事の消火を手伝っていた時に、燃えた山小屋の中に」
「いいよ、ノブ。全部言わなくて」
「や、当時幼児だったから記憶ないんで、思い出して辛いとか全然ないんすよ。会っても母親かどうかわかるとは思えねーし」
「『し?』」
 最後の一語だけを強調したアキラの相槌に場の空気がゆるむのを感じた。もうこの三人には俺の気持ちなどバレているのだ。マキさんの最初の言に俺だけが頷かなかった時点で。
「……思えないし、百万が一、本当の母親であったとしても一緒に行くつもりはねーけど。どこのどいつがこんなまわりくどい方法で俺を罠にかけて、俺から何を得ようとしてんのか知りたいんす」
「ノブ、顔に出てる」
 なるべく神妙にみせようとしていたのにダメだったようだ。俺はもう隠さずににんまりと両の牙をむいて物騒な笑みを浮かべた。
「だってわくわくしません? まるで推理小説のはじまりみたいじゃないすか。幕は切って落とされた的な? 謎の奴から嘘くさい内容の封書が届いて、招待されてるんすよ俺! 主役は俺じゃないすか! 行きたい! 行って正体や目的を暴きたい!! しかもVampiiri kapriisなんて行ったことないすもん!! ねえマキさん行ってもいいでしょ、つまんなかったりヤバそうだったら途中で引き返しますから」
 一気に言い寄るノブナガへ一番先に返事をしたのはジンだった。
「駄目だよ。その指定日はアツロウと会う日なんだから」
 ジンとノブナガは長いこと養い親になるのを希望しているが、年々希望者が増えており、なかなか願いが叶わずにいる。けれど今回初めて、最終選考の二組に残れていた。あとアツロウ少年と希望者が三度会って、子供が決める。ここまできて会う日をずらしたくはなかった。
「もちろん俺一人で行きますよ。入場券だって一枚しかねーんだし。残りの二回の面談は必ず俺も参加しますから。それにほら、よく最初の一回は一対一の方が警戒心をあまり持たれずに慣れてもらいやすいって聞くし。ちょうどいーじゃないすか」
 ジンより厳しい顔ではないが、やはりいい顔はしていないアキラが会話に参加する。
「俺は入場券はいらないけど、その時間帯じゃ外は歩けないからねぇ。土砂降りだったら黒マントでどうにかなるかもだけど。天気は当日になんないとねぇ……」
「なんですかもう、ガキじゃないんだから一人で大丈夫です!」
「人狼一人で行くのは駄目だと言ってるんだ。……仕方ない、気は乗らんが俺が付いていく。アキラの付き添いで二回ほど行ったこともあるし入場許可証もある」
「許可証!? すげえ! マキさんそんなこと一回も教えてくれなかったじゃないすか〜」
「ただ連れの買い物に付き合っただけなのに、わざわざ何を報告することがある。……あ、土産か? それは失念していたな。すまんかった。次は用意する」
 そういうことではないんだけどなー……という雰囲気でシンイチ以外の全員が微苦笑を漏らした。
「じゃあシンイチが同行するってことで」とアキラが話をまとめようとしたため、ノブナガは慌てて椅子から立ち上がった。
「や、お気持ちだけで十分っす! 面白いことになるかどうかもわかんねーのにマキさんのお手を煩わせる気なんてねーです。それに俺はもうすぐ親になるかもなんすよ? なのに保護者つきだなんて」
「俺しか暇じゃないんだから仕方ないだろ。お前の気持ちもわかるが単独は認めない」
「そんなぁ……」
 毅然と言い放たれてしまい、ノブナガはしょんぼりと項垂れた。

 二杯目の紅茶を飲み終えたシンイチが子供を諭すように説明をはじめる。
「理由は場所が場所だけに、何かあれば吸血鬼が絡む危険も考慮に入れないといけないからだ。この上質な文具に押された封蝋が潰れて見えないのは、家紋を特定させないためだろう。雇い主にこれらを無断使用したことがバレる危険をおかしてまで使ったのは、屋敷に住み込みで買いに出られない。または住み込みだと信じさせたい。あるいは本物の吸血鬼が使ったというのもあり得なくはない」
「そんなぁ……。本物の吸血鬼が人狼の俺をこんな手の混んだことして呼ぶわきゃないすよ。住み込みだったとしても、別に吸血鬼一家も一緒に会うわけじゃないから問題ないじゃないすかぁ」
「住み込みなら、文具と同様に吸血鬼が扱う危険な薬の類を持ち出せたり、使い魔を手なづけて連れてくることも」
 シンイチの話の途中でアキラが片手を軽くひらひらと振った。
「それはないよ。使い魔は主の吸血鬼にしか基本従わないから。あんたは俺より懐かれてるけど、うちみたいなのは特殊だよ、と・く・しゅ。それに普通は使い魔なんて家の中でうろちょろさせない。使い魔は見た目のせいもあるけど、知能が低くて複雑な命令はこなせないから、不死者の使用人を雇うんだ。そんなのを外出先に連れて行くとか、あり得ないんでその点は大丈夫」
「へえ、知らなかったな。十分役に立つし、ピョコピョコ動いて愛嬌があるのに」
 自分から脱線に乗ってることに気付いたのか、シンイチはひとつ咳払いをして話を戻した。
「全ては推測の域をでないが、一番危険な種族の名がちらついてる時点で、単独行動は認められん。諦めろ、ということだ」
「はぁい……」
 明らかな意気消沈っぷりに、シンイチは苦笑い交じりに続ける。
「ただまあ、探偵ごっこの相棒を務めるほど俺は若くないから。少し離れたところから時折様子を伺うことにする。ほぼ単独みたいなものなんだから、くれぐれも気を付けるんだぞ。何か不審な動きを感じたらすぐ俺に合図しろ。合図がなくとも外から何か変だと感じたら俺も動くが」
 ほぼ自由行動に近いと察したノブナガの顔は一気に晴れた。
「はいっ!! 逐一定期連絡も入れますっ」
 楽しくなってきたー! と両手を突き上げるノブナガにシンイチとアキラは目を細め、ジンは軽い溜息を吐いた。
「マキさんは本当にノブに甘いですね」
「そうだな、自覚してるよ。俺の伴侶に失礼を言う息子を叱りもしないしな」
 お鉢が回って来てバツが悪そうに軽く肩をすくめるジンにアキラが鼻で笑う。
「それと俺の息子を小馬鹿にする伴侶にもだ。今後は身内といえど、もっと厳しくいこうかな」
 にっこりとシンイチがジンとアキラへ笑みを向ければ、二人は黙って目をそらした。
 やはりシンイチは話を聞いており、内心面白くはなかったのだとノブナガは今頃肝を冷やしたが。
(今の笑い方、アキラさんみたいだった……。冷たくて怖いけど、どこか華やかでキレイなんだ……)
 怖いのに自分にもその笑みを向けてもらいたいような、奇妙な気持ちに戸惑い、ノブナガはそっと胸元を握った。





















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この場の全員の中で一番強い(体力や能力は関係なし)のはシンイチです。
全員もれなく尻に敷かれてますが、本人だけが自覚なかったりします(笑)


※背景素材はNEO HIMEISM様からお借りしてリピート用に描き足し加工しました。