Same to you. vol.05


まだ暦の上では初夏に入ったばかりの日曜日。既に真夏顔負けの日差しと暑さの中、海南大附属高校の体育館へ陵南高校篭球部の一団が到着した。海南の監督・主将・副主将が出迎えと挨拶を行っている。
宮益は応援席からその様子を。正確には牧の一挙手一投足を注視していた。どこかいつもの練習試合前の彼と違ってはいないかと。
しかし牧の悩みを聞きだした時から今この時も、そんな必要は全く無用なことだと宮益は思っていた。
部活中にも牧は気を散らすことはない。ならば、例え相手校に意中の人がいても、牧は篭球部副主将としての立場や己のポジションへの責任。なによりも試合の心地よい緊張感と勝利への強い思いが、恋という感情を割り込ませる隙など作るわけがない。そう確信させるほど、牧のバスケットにかける姿勢や情熱は説明し難い、ある意味独特なほど強い必死さがある。

─── でもまぁ、一応約束だから。今日は試合の流れより牧を集中して見ておこう。あと…

視線を相手校のベンチ前、以前見た朧げな記憶の人物に移す。ひょろりと細高い身長を更に高く見せるような逆立てた髪の毛が特徴的な彼が、牧の一目惚れした相手。仙道彰だ。
今日は牧と彼を観察するのが僕の仕事だ、と宮益は少しだけ探偵気分で眼鏡のフレームをクイッと指先で上げた。


*  *  *  *  *


試合は20点差で海南が勝利した。湧きあがるベンチの熱気の中、宮益は周囲と同じく立ちあがって拍手をしながらも二人の人物の観察を続けていた。
試合やハーフタイム中、牧は全くいつもと変わらなかった。むしろ今までの練習試合よりも集中し楽しげに見える場面が多々あった。強い相手や光る物を持つ相手と対峙するのが好きな牧が、仙道君を好敵手と捉えたことが強く伝わってきた。
仙道君もまた、牧とマッチアップする時はとても楽しそうに見えた。僕から見ても仙道君は実力とセンスを持っているのが分かる。けれど総合的にはまだ牧には及ばない。後半で波に乗った海南に一気に攻め込まれ失点を重ねたのは、一年ながら既に陵南の実質エースの仙……っといけない。
二人の姿が見えなかったため宮益はつい気を緩め試合を思い返していたが、また仙道の姿が見えたことで観察に集中する。

互いの主将同士が挨拶を交わす中、仙道が牧へ単独で挨拶をしに行った。二人は二言三言言葉を交わしている。
牧が不敵な笑みを浮かべた。きっとまた試合やりましょうなど言われたのだろう。仙道君が握手を求めて手を差し出し、牧がその手を取った。再び仙道君が何か喋った。…声が聞こえないのが惜しいなと思った瞬間。牧の首から上が一瞬にして赤く染まった。
即座に飛ばした宮益の大声がざわめいていた体育館内で響く。
「牧! 僕達は先に行くから!」
館内中の視線が自分に集中するのを感じた。牧と仙道君も僕を見上げて目をパチクリとさせている。そのたった一秒ほどの時間が僕にはとてつもなく長く感じた。
「…俺も今行く!」
牧が返事を投げたことで、ざわめきが消えた体育館内はまた元の空気に戻った。
頷いた僕に隣で驚いていた嶋倉が、「突然どうしたよ、びっくりさせんなぁ。俺らが先に行くのは当たり前だろ?」と首を傾げてきた。僕はまだ視線を牧へ残したまま、「驚かせてごめん。行こっか」と嶋倉の肩を軽く押した。
牧はまだ赤みが少し残る顔のまま仙道君へ軽く頭を下げると、急いでベンチの中へ引っ込んだ。仙道君も会釈をしてすぐに自分のベンチへと戻って行った。
たった一分にも満たない僅かな時間だったのに、宮益の口からは朝練を終えた時よりも長い溜息が零れた。


*  *  *  *  *


試合後、部室で牧がすれ違いざま宮益へ「さっきはサンキュ」と一言告げた。それ以外は二人でゆっくり話す時間など全く持てずにミーティングや掃除等で忙しく過ごした。
帰宅し夕食を食べ終わり、そろそろかかってくるかな……と宮益は携帯を枕の横に置いて、読みかけの恋愛小説の続きをめくった。

あと残り数ページで牧から電話がかかってきた。
「やぁ。今日はお疲れ。いい試合だったね、かなり楽しかったんじゃない?」
『あぁ、楽しかった。去年の陵南より一段と強くなっていたからな』
どう強くなっていたか、誰のどういうところが去年と違ったかなどを牧は少し続けた。けれど牧が話したいのはそんなことではないのを知っているため、つい相槌の途中で笑ってしまった。
「そういう話は学校でスコア表広げてやろう?」
『お、おう……』
電話の向こうで牧がきまり悪そうな顔をしているのが見えるようだ。意地悪をしちゃ可哀相だなと、宮益から口火を切った。
「自分でももう分かってるだろうけど、試合前や試合中は全く問題なかったね。僕の言った通りだったろ? 最後、挨拶に仙道君が来た時だって普通だったじゃないか。握手も自然で、やるじゃんって思ったよ」
『…ん。けど………助け舟がなかったら…醜態をさらすところだった』
「あの時、何を言われたの? 突然真っ赤になるから驚いたよ。多分あまり見ている人はいなかったと思うし、牧は色黒だから注視しなければそう驚くほどではなかったけど」
『…………』
言いにくいのか何なのか、こういう時に電話での沈黙は困る。顔が見えないとこういう会話は難しい。しかしここを聞き出せないと次の時に助け船を出すべきか否か判断に迷いが生じてしまうから、無粋くさいが仕方ない。

ゆうに一分は待っただろうか。
『…握手しながら仙道が……』
あまりに小さくて恥ずかしげな声に、思わず携帯を耳に強く押しあててしまう。まさか好きだと告げられたのかも、と宮益はゴクリと喉を鳴らしてしまう。
『仙道がな、笑ったんだ。俺にむかって』
そりゃ牧と話してるもの、どんな顔したって牧に向ってることになるだろうさ。それより早く続きを言ってよとせっつきたくなるのをグッと堪える。
『………爽やかなのに嬉しそうに目を細められてさ。…美形の笑顔の威力は凄いな。自分が今どこに立っているのか分からなくなった。突然異次元空間へ仙道と俺だけがワープしたような』
「……ねぇ、牧? もしかして仙道君何も言わなかったの? 笑っただけ?」
放っておくといつまでも牧はその時の仙道君の笑顔を反芻していそうで先を急かしてしまった。
『あ、あぁ、いや。今度、俺と1on1したいって』
「それで?」
『それでって…あとは宮が声かけてくれて、』
「そんなことくらいであんなに赤くなったの!?」
つい呆気に取られて本音が零れてしまった。慌てたような声音が飛んでくる。
『そんなことってなんだよ。1on1といったら二人でやるんだぞ。俺が、仙道となんだぞ?』
「そうだけど、別に二人きりで会おうってわけじゃないかもしれないだろ。仲間連れて来る可能性の方が大きいんじゃない? 指定場所によってはギャラリーもいそうだよ」
『あ。…………そうか』

今まさに気付いてショックを受けたのがありありと伝わってくる沈黙。
宮益は恋がこれほど牧の冷静さを失わせるものなのかと驚いていた。何ということのない普通の会話を、向けられた笑顔一つで“自分だけの特別”へと仕立てあげて浮かれうろたえるなんて。これがもし、実際に二人だけで合う1on1だとしたら牧はどうなってしまうのだろうと流石に不安になった。
「ごめん、牧。さっきから、母さんに呼ばれてるんだ。煩いからちょっと行ってくる。悪いけど電話切らせて?」
『わかった。こっちこそごめん、変な話をして』
「変な気をまわさないでよ。それよりもう遅いから、明日ゆっくり話そう。牧は今夜は試合の勝利と仙道君の笑顔をじっくり思い返して寝たら? きっといい夢みれるんじゃない?」
『ばっ…バカいうなよ。そんなことしたらかえって眠れなくなる。俺はこれから冷水シャワーひっかぶって寝るよ』
「あはは、風邪ひくなよ。じゃあ、また明日ね」
『ああ、またな』

咄嗟の稚拙な嘘ながら自然に電話を切れた後、宮益は己の楽観視に気付き顔を曇らせた。
もし仙道君が牧へ突然1on1のアポをとりつけに直接来る、もしくは何らかの手段で電話番号をゲットしてかけてきたとして。近くに僕がいない時だったら、バスケの緊張感が抜けている状態の牧だと明らかに挙動不審な言動をしかねない。それが引き金でおかしな男と誤解され、恋に発展するどころか変人かもと引かれてしまう危険がある。そうなったら……牧はとてつもなく傷つく気がする。

仙道君はその場の軽いノリの会話で誘っただけで、本気ではなかった可能性もある。けれどわざわざ一人で相手ベンチまで一年の彼が二年の牧へ話しかけに来たことを考えれば、本気の確率が高い。実際、陵南ベンチへ戻った仙道君へ陵南ベンチは個人行動を責めているような様子だった。彼は三年へ軽く頭を下げて、それですんでいたようだったが。仲間に叱られてまで接触を試みたのだから、相当本気といえるだろう。

「単純に個人的に牧とバスケをやってみたいだけなんだろうけど……」
こっちはそうはいかないんだよ、と宮益は溜息を零した。
想像を超える牧の純情さと重症さに、顔が自然と引き締まる。
僕は誰よりも牧が傷つかないことを望んでいる。例え恋が実らなくても軽い傷ですませてあげたい。時が良い思い出に変化させられる程度の。もちろん牧と仙道君が恋人同士になるのが理想的だけれど、これは正直いうと海南バスケ部が全国制覇をするよりも厳しい気がするのだ。
「仮にお互い好意を持てたとしても……互いにバスケ部エースの立場だもん。まるでロミオとジュリエットみたいなもんだよ。同性なのを差し引いても、牧ったらイバラの道を選び過ぎ。ドラマチックどころじゃないって」
まぁ、そんなこと関係なしに好きになるのが恋ってものらしいけど。

牧へ仙道君が連絡をとってくる前に、心構えや対策を練っておく必要がある。
恋愛経験がない僕が役に立てるかは分からない。しかし全ての事象に経験が必要なわけではない。気弱になるな。
宮益は己を鼓舞すると、いつのまにか伏せていた顔を上げて明日の昼休みまでに具体的な対策を練るべく気合を入れた。
そして再びベッドへ横たわると、もう何十冊目になるかわからない恋愛小説へと再び手を伸ばした。

牧の恋暴露の翌日の昼休みから図書室へ通いだして読むようになった恋愛小説。全く興味のなかったジャンルである恋愛。それも読んでいると意外に面白いと思うようになってきた。
「けどな〜…男女のしか図書室にはないから、情報収集になってるんだかなってないんだか。三島由紀夫じゃあ古過ぎて参考にならなそうで読む気しないんだよな〜」
今度書店へ行く時間がとれたら、最近流行りらしい“ボーイズラブ”という男同士の恋愛書籍コーナーへ行ってみよう。きっと今風な恋愛のハウツー的なものが学べて、牧にもっと使える助言を出来るようになるかもしれない
宮益は沈痛な面持ちで続きを読みはじめた。









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もし宮益に彼女がいた経験があれば、もう少しは牧に対して歯がゆさを感じるのかも。
でもそうじゃないからこそ、牧も安心して甘えていられるのかしら。とにかく頑張れ宮益(笑)


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