水面に映る虹よりも  vol.11


恋人が出来たとは思えないほどクリスマスは例年通り部活三昧。全く無関係で過ぎた。
彼女がいるものは部活が終わったあとはそれなりに忙しく過ごしたようだった。だが自分達は男同士なせいか、一応電話では「メリークリスマス」と言い交わしはしたが会うこともなく、当然プレゼントを交換することもなかった。お互いが部活を優先させているせいか、はたまたイベントごとに興味がないせいか自然とそうなっていた。

それでも正月とくれば話は別なのか、年末と正月の二日までは東京の実家で過ごしている仙道が、『明日には戻ってるんで、初詣行きませんか』と誘ってきた。
元旦は大輝と親戚一同で行っていた。二日目は部活の奴らと飲み会メインの初詣に強制参加させられてもいた。だがそれとこれとは別だ。あまりに早く返事をし過ぎたせいか電話の向こうで仙道に、『んなでっけぇ声出さないでも聞こえてますよ』と笑われてしまい、けっこう恥ずかしかった。

三日目ともなると参拝客は半分以下に減っていた。静かで道も広々としており、キンと冷えた空気の中をゆっくり並んで歩ける。このくらいの人出が淋しくもなく忙しくもなく丁度よかった。
仙道には言ってないが三日連続神社に通っているため、流石に祈ることもなかった。だから隣の神妙な横顔をこっそり盗み見ることができて正月早々得をしてしまった。不謹慎な俺を見てる神様は、俺が二回祈った願いを聞かなかったことにしそうだ。でもまぁ、願いなんて自力で叶えるものだから別にかまわない。

土産は荷物になるから置いてきている、一緒に食べようと仙道の部屋へ誘われた。参拝後の予定など何も考えていなかった俺は、うまい代替え案が浮かばず……。らしくもなく強引に誘う仙道に流されてしまった。
実はまだ仙道の部屋へは一度も行ったことがない。
「……物事には段取りってもんが」
「? 何がいいとこ取り?」
「そんなこと言ってない。独り言だ」
「そっすか。えーと。あとビールと何買ってこっか。甘いもんはあるから、しょっぱいもんがいいよな〜」
「何でもいいよ。俺、ちょっと外の空気吸ってきていいか?」
「いっすよ。おでんと焼きイモと焼き鳥のにおい凄いもんね。どの店も味はいいんだけど毎度においと煙が強烈でねぇ」
「金は後で半分払う。すまんが立て替えておいてくれ」

仙道の家の近くにある商店街は小さな個人商店が所狭しとひしめきあっている。仙道はここでよく惣菜を買ったりしているようで、なじみらしい店からは正月の挨拶をされて笑顔で答えていた。俺も隣で頭を下げると、『お友達も大きいねぇ。これでもオヤツに食べなさい』と、商品のコロッケやゴマ団子をもらってしまった。
テレビなどで見る人情屋台的な雰囲気に慣れない俺は、実は少々気疲れした。狭いアーケード街にひしめき混ざり合う食べ物のにおいにも、確かに少しゲップが出そうな感もある。しかし、店から出て冷たい寒風にさらされたかった理由はそんなんじゃない。

俺は……今日、仙道の部屋に泊るのだろうか。…なんというか、押しの雰囲気が今日の仙道にはあるから…多分泊まるのだろう。明日も午前中は休みだし。仙道は一人暮らしだといっていた。だから…つまり、夜も二人きり。
てぇことはだ。俺は今夜。あいつを襲わねばなるまい。据え膳食わぬはというが、誘った相手に恥をかかせるのもまずかろう。俺だって付き合うようになってからはあいつを抱いてみたいと思ってはきたけれど。正直なところ、そんないきなりという動揺はあるのだ。それに、男同士ならあれこれ必要なのに、どうすりゃいいんだよ。あ、あれか? 手だけでいいのか? なんなら口もありか? それなら準備する物とかなくていいのか……なるほど。

派手な柄物コートを着たカップルが通り過ぎた。その姿に、自分が今履いているトランクスの柄は何だったろうかと気になりだす。こういう流れになると分かっていたら、黒のボクサーパンツでも履いてくるんだったのに。
プラ版のはまった大きなドアの向うをちらりと覗けば、仙道は別の店のおばちゃんに捕まっているようだった。まだ長くなりそうだ。
確かこの裏手にコンビニがあったと思う。さっと行ってパンツ買ってトイレで履き換えて戻ってきても間に合うんじゃないかな。今履いてるのは確か、母親が沖縄土産に買ってきたシーサー柄だったはずだ。初めてのセッ……の時に笑われて上手く流す余裕なんて童貞の俺にはない気がする。
不安要素は一つだって潰しておきたい。何事も最初が肝心というならばなおのこと。

細い路地を抜ければコンビニの隣に出るはず。こそこそと、別に悪いことをするわけでもないのに忍び足で路地を進んだ。
途中でかなり背の高い男と、そいつの首に腕をまわし頬にキスをする女がいることに気付いた。のぼせあがっていた頭が一気に冷静さを取り戻す。デバガメをする気ではなかったのに、結果としてしてしまっている自分の立ち位置に戸惑う。
引き返そうとすると、名前を呼ばれて俺は驚きまともに振り返ってしまった。
「あ……。は、花形だったのか。久しぶりだな」
「久しぶり。変なとこで会ったな」
苦笑いを零す花形は特別照れた風もない。ああいう場面を見られても堂々としていることに感心し、俺は妙に安堵もした。その直後。
「花形には挨拶ありで、俺は無視か?」
聞き覚えのある、しかもかなり不機嫌な声音に、自然と避けていた人物へ視線が動いた。女子だと焦って思い違いをした相手は、機嫌の悪い時はかなり恐ろしい毒舌家になる藤真であった。思わず口元がひきつる。
「……ひさ、し、ぶり」
「何でつっかえてんだよ。男同士でキスしてたからってそんなにどん引くような肝っ玉の小せぇ男だったんかよ神奈川の帝王様は」
「違う、そうじゃない。藤真をお」
女の人だと思っていたから驚いたなどと正直に言えば、藤真の地雷を踏むため口をつぐんだ。結果誤解を招き、藤真は冷め切った冷たい視線をよこしてきたため、俺は先ほどとは違う意味で眉間がひきつった。
「それが普通の反応だろうよ。いいぜ、別にキモがられたって。どうせ俺らはバスケからも身を引いてんだし、影で何言われようがかまわねぇよ。言いふらすお前を俺らがどう軽蔑したってお前にゃ関係ねぇようにさ」
「藤真、いい過ぎだ」
「うっせぇ。俺ぁこいつはくだんねぇ偏見とか持たねぇ奴だと思ってたんだ。勝手にだけどな」
「落ち着けって」

花形が藤真をなだめているのを見ているうちに俺の口は突然勝手に動いた。
「デートの最中なんだ。相手は仙道だ」
「はぁ? 仙道って陵南のか? 仙道が誰とデートの最中だってんだ。つか、それが何だよ」
「俺なんだよ。仙道みたいにカッコイイ、女子にもモテる奴がって信じられんだろうが、嘘じゃないんだ。俺もたまに信じられんくなるんだが本当なんだ」

変な沈黙が流れた。俺の額からは恥ずかしいのか、とんでもないことを口走った後悔なのか。どちらにしても嫌な汗が流れた。藤真が訝しげな顔でこちらを見ているから、背中にまで伝う
「確認させてくれ。つまり……牧が言いたいのは、俺達のように牧と仙道は付き合ってるということか?」
冷静な花形の説明に頷いた。俺はそう言ったつもりだったのだが、確認されるということは説明がおかしかったのだろうか。
「マジかよ……ぜんっぜん、気付かなかったぜ……。テメェ、まさかうまいこと逃れようとガセこいてねぇだろうな?」
「俺がそんな器用な奴だと思うか?」
「ないね。ないない。お前はクソ真面目な大ボケで、試合でのフェイク以外はからっきしだ」
「大ボケ……」
「もしかして、つい最近か? いや、言いたくないなら別にいいんだけど」
遠慮がちに尋ねる花形に平気だと軽く手を振りながら考えた。
「三ヶ月くらい前……から?」
「何で本人が疑問系なんだよ、この天然ボケジジイ!」
「ボケジジイって……流石に酷すぎないか。同い年なのに」
あまりの言われように以前同様、僅かながら傷ついた。でも藤真がとても明るく笑うので、花形と同じような顔をしてしまった。


後ろから足音と俺を呼ぶ声が聞こえてきた。仙道はいつも後ろから呼んでくる登場が多い。何度目だろうこういうのは……などと、一部分だけやけに冷静な頭が場違いな思考をめぐらす。
「よう、仙道。デートの最中で恋人放ったらかしてていいのかよ」
体育会系の性で「ちわす」と頭を下げていた仙道が藤真の言葉に驚き顔をあげた。即座に俺の方へ首を捻る。
「……すまん、勝手にばらした」
困られるかと思ったが、破顔一笑した仙道は藤真に向き直ると俺の肩に腕を回した。
「はい! 牧さんは俺の恋人なんで手出し無用でお願いします」
「デートの最中で放っておいて何ぬかす。つか、頼まれても誰がいるか、んな黒塗りダンプカー」
「黒塗りダンプカーって……俺のことか?」
「確かけっこう昔に陵南のガードがつけたあだ名らしいけど、牧は知らなかったのか?」
「知らなかった……」
「越野がつけたのはダンプカーってだけで、黒いとは言ってなかったと思いますよ」
「仙道、それはお前の恋人の慰めにはなってないみたいだぞ」
「いーじゃねぇか黒だろうが黄色だろうが。ダンプカー好きがここにいるんだし。だろ?」
「こんなにカッコいいのに可愛い天然ダンプカーを好きなのは、俺だけじゃねぇとは思うんでいつも気をつけてます。マジちょっかいかけないで下さいね」
「ダンプカーは男の乗り物だもんなぁ〜。それが高級黒塗り塗装とくりゃ、確かに二丁目にでも乗ってったら高額で買いたがる奴らが続出しそうで危険かもしんねぇなぁ」
「生涯俺専用すから、指一本触れさせません」
「まぁ、こんな黒塗り高級ダンプ乗りこなせんのは今のところお前くらいだろうな。いんじゃね、お似合いだぜ? せいぜい磨いて大事にしやがれ。じゃねぇと、俺がお前よかふさわしい奴に譲渡しちまうからな」
「おい。あんまり褒めるから牧が照れて沈没したぞ」
「照れてんじゃねえ! 褒められたなんて誰が思うか! お前ら人のことを黒塗りダンプカーで統一すんな!!」

真冬だというのに、俺だけやたらに熱かった。今更おかしなあだ名が増えたところで、本当は腹など立たない。
初めて恋人がいると人に教えた。
それを自分達以外の奴らに喜んでもらえた。
仙道ほどのいい男とお似合いだと評された。
好きな奴に生涯俺専用とまで……。

これだけにいっぺんに、予測不可能な嬉しいことが重なれば。恋愛若葉マークの俺がオーバーヒートするのも当然か。







* next : 12






黒塗りのダンプカーってかなり高級だろうし、凄く怖そうです☆ 昔のCM曲で
 ♪燃える男の赤いトラクタ〜 それがお前だぜ〜 というの知ってる人は梅園と同年代(笑)


[ BACK ]