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大学の裏手にあるラーメン屋と中華屋が半々のような店に連れて行かれると思っていた仙道は、池上がその店を通り過ぎていくために首を傾げた。迷いなく先を行く池上には仙道の不思議そうな様子は見えていないが、まるで伝わったかのようなタイミングで声をかけられる。 「雷竜が良かったか? 俺あんまり好きじゃないんだけど、近場がいいってんなら」 「あ、いえ全然。俺はどこでもいいです。別に遠くても平気っす」 「そっか。こないだ窪田に教えてもらったとこが旨かったんで連れてってやるよ。ちと遠いのがネックだけど、その値はあるとこなんだ」 そっすかと仙道が返すと会話はまた途切れた。 すっかり日も落ちている上に街路灯も少ない道を黙々と歩く。自分もあまり率先して喋るほうではないが、池上も昔からそうであったことを思い出す。部活後はよく魚住とつるんでいる姿をみかけたが、ああ見えてけっこう喋り好きな魚住に池上は今みたいな短い相槌や鋭い突っ込みを入れながら大概聞き役になっていた。 「……魚住さん、元気すか?」 数歩先を歩いていた池上が振り返らないまま答える。 「元気だよ。……何で?」 思いつきの言葉に疑問を持たれるとは思っていなかっただけに、返答に詰まる。別にと呟けば、くっくと肩を震わせて笑われた。何故笑われているのかわからないから面白くない。しかしこれから相談を受けてくれる先輩に対して相談前から面倒事は避けたいため、仙道はまた黙って後をついていくしかなかった。 連れて行かれた先ははかなり古めかしい雰囲気が漂っている小ぢんまりとした店だった。がらがらと磨りガラスの引き戸開ければ外観同様、いかにも中華風な紋様の油ですすけた壁紙や昔風のテーブルや椅子。席に置かれているメニューもくったりとして年季を感じさせる。それが不思議と汚さを感じさせず、店内の全ての物が老舗らしく、良い意味での古い味わいを感じさせた。 こういった本格派中華料理店には初めて入ったため、興味半分、少々臆し気味半分で、正直なところ仙道は落ち着かなかった。 しかも値段も一品がそれほど安くない。中華は大勢で食べるのが一般的ときく。二人で色々頼んだら……と、財布の中身も気になってメニュー選びにも頭が痛くなる。しかも写真がついていないメニューだから、中国語表記の料理なので想像がいまいちついていかなければ量もわからない。 「いつまで唸ってんだよ。決めらんねーなら俺が適当に決めるぞ?」 決めてもらえるのはありがたいけれど、高額なのをぽんぽんと注文されても……と仙道が返事をためらっている間に店員がオーダーをとりに来てしまった。池上がスラスラとカタカナを並べたような料理名を並べ、「とりあえずそれで」と締めくくる。 無口にもほどがあるのではという店員は現れた時同様にオーダーを一度繰り返す以外は挨拶もなく、微かに一礼するように頭を下げると去っていった。 いくらの物をどれだけ頼んだのかと聞きたいけれど、それも格好悪い気がしてあきらめた。金が足りなかったら注文した本人に借りることにしようと気持ちを切り替える。お冷で喉を潤してから仙道は切り出した。 「ええとですね。相談といっても、何をどうというわけではないんですが。まぁその、せっかく池上さんが相談にのってくれるというから、」 「何をまどろっこしい言い方してんだよ。お前、いつから牧のこと好きだったんだ? あ、もしかしてこのガッコ選んだのって牧がいたから? お前ならもっと下宿とか設備のいいとこから声かかっただろ?」 相変わらず喋りに無駄の一切ない池上に初っ端から主導権を握られる。 昔からどうにもこの先輩は苦手だった。バスケでも体格でも負けた気がしたことなど一度もないけれど、先ほどのように一つしか年が違わないのに『アニキ』といった雰囲気を感じさせるせいかもしれない。下手を打つと鼻で笑われそうな感じがしてしまうのは何故だろう。面倒みもいいし根に持たないアッサリした性格だと昔から知っているのに。 「いつからかは分かんないっす……。大学選んだ時にはまぁ、確かに牧さんとチームプレイも面白そうだとは思いましたけど」 「ふーん。じゃ、最近ってことか。お前、高校一年の時に彼女いただろ? もとからゲイじゃないのになぁ……。まぁ、どうでもいいけど」 「どうでもいいんすか……」 相談に乗ると自分から言っておいてどうでもいいとは何だとがっくりくる。それに普通、知人がゲイだと知ったら何かしらもう少しくらい反応があるんじゃないだろうか……と一瞬考えはしたが、自分だったらと思えばこんなもんかとも思える。 そんな仙道の考えを察したのか、池上はフォローするように口を開いた。 「勘違いすんなよ。俺は偏見はないから気にしないという意味だからな。それよりもお前が人に恋愛感情を持てる奴になったのかって、そっちの方が興味深かったんだ。性別云々じゃなくて、お前って根本的に他人に興味ない奴だろ?」 先ほど橘がかなりな頻度で同じ店に食事に引き回されていることも知らなかっただけに、失礼なと言いたくても言えない仙道は不承不承頷く。 「バスケにゃ興味はあるから、バスケで実力がある牧に興味が向くのはわかる気はするけど。それに昔からお前、牧に関する情報だけは熱心に聞いてたからな。だからそんなに驚きはしなかったけど……流石に恋愛対象になるとはねぇ」 全く驚かないわけはないよなーと肩を竦められた。 「俺、んなに牧さんに昔から興味ありそうでしたか?」 「うーん。他に興味がなさ過ぎるから、普通程度でも引っかかったんだろうな。じゃなかったら今頃、二年前の練習試合の打ち合わせの時のことなんて思い出さないだろうし。それに海南との練習試合だけは、お前、全く遅刻してねぇもんな。やっぱ愛なわけか?」 片側の口角をニヒルに歪めた笑みが僅かに憎たらしく感じる。仙道は「その頃は関係ないんじゃないですかね」と無難な言葉を選んでお冷に再び手を伸ばす。牧も池上と同学年であり、しかもバスケに関する面でも体格的なものでも池上を上回っているのに、牧からはアニキ風を吹かされているように少しも感じないのは何故だろうとぼんやり考えているうちに、またもや店員が無言で二つの皿を運んできてテーブルに置いていった。 最初に出たのはご飯に肉や野菜がぶっかけられた、けっこう大きな皿だった。トロリとしたあんかけがキラキラと天井の黄色いライトを受けて光っている。立ち昇る湯気と香りに一気に食欲を刺激される。 「これ、何すか?」 「お前のは牛肉と野菜のぶっかけ飯。俺のは豚肉。仙道はあんかけ系が好きだったよな、確か。こないだ窪田に連れてこられた時にこれ食ってさ。ボリュームあんのに安いわ味いいわで気に入ったんだ」 早速口に運ぼうとしていた手が止まる。意外なことを覚えられていて驚いたからだ。 「何でそんなことまで覚えてるんすか? そういうのも一般的にいって通常の情報処理範囲内なんですか?」 至極真面目に質問したのに、池上は一瞬目を見開いた後でブッと噴き出すように笑った。 「子供ってのは一年会わないと同じ生き物かよってくらい成長するよな〜」 情報処理範囲内ねぇ……と口の中で呟いた様子に小馬鹿にされた気がして仙道は眉間に皺を寄せた。大勢の後輩がいる中で食べ物の好みを覚えているほど気にかけてもらっていたのかと、素直に驚いたあとだけにムカつきは大きくなる。 「子供って言いますけど……俺と池上さん、歳なんて一つしか違わないんですけど」 「誰もお前のことだなんて一言も言ってないぜ?」 「そうでしたね」 腹立ち紛れにかきこむようにご飯と肉を口につっこんだ。旨味の濃いあんがじゅわっと口いっぱいに広がって、思わず「美味い」と口にしていた。 「そーだろー。見かけより味が深くて驚くよなー。一回連れてきてやりたかったんだ。お前は『あんかけ大王』なんだろ。昔、越野がよく言ってたんだよ。あんかけがかかってるメニューを仙道は必ず選ぶって。それでだよ俺が覚えてたのは。大王ってなんだよってさ」 また食べる手が止まる。意地悪な物言いに惑わされる。そっけない態度や聞き役に回ることが多いから冷たい感じもするが、基本的に人の話をよく聞いていたり、人をよく見ている。他人に興味を持てない自分には意識していないと出来ないことだ。癪だけれど、多分自分はこの男を牧とは違った意味で認めている分だけ苦手に感じているのだろう。 ─── だから余計に、あんたが牧さんの隣にしょっちゅういるのが嫌なんだ。 仙道は池上の視線が自分にないことを確認した上で唇を噛んだ。 熱いうちが美味いと言う池上に賛同し、仙道も黙々食べた。その間、仙道は漸く今日付いてきた初心を思い出していた。 この二ヶ月半の間にわかったことだが、誰にでも好かれている牧ではあるが、やはり一緒にいて気楽な仲というのは数人のようであること。その中でも特によくつるんでいるのが同期の池上と高砂というのが最近分かってきた。高砂は高校時代から牧と同じ海南大附属出身であるから不思議はないが、池上は仙道と同じ陵南出身。牧と別の出身校でも同期は二人を除いてもまだ九人いる。恋愛相談よりも、牧の隣争奪激戦区(勝手に仙道銘々)において、どうやってその位置をキープしたのかを探りたい。そしてあわよくばその座を奪取してやりたいと思っているのだ。それも相手が池上であるがために、出来るだけ早急に。 ちなみに勝手な捉え方ではあるが、彼女のいる高砂は色々な意味で仙道としては池上ほど気になる存在ではなかった。 半分ほど食べた頃に次の皿がきた。大振りな餃子は見るからにそこらの総菜屋の餃子とは違った帝王たる堂々としたボリュームがあった。どっしりもっちりつやつやと薫り高く、黄金色の焼き衣をまとった美味しそうな様に仙道は牧を重ねた。 猛烈な食欲を刺激されて、小皿に醤油とラー油と酢を注いで急いで混ぜていると池上が笑った。 「お前3個、俺4個な」 食べる前から釘を刺されるほど、色々な意味で食い意地が張った顔を曝してしまっていたかと、また少し悔しくなる。 「分かってますよ。……熱っ、美味っ」 手作りだろう皮は厚目で見かけ同様もっちりと、にんにくが控え目な餡は旨味たっぷりの汁が溢れてまるで小龍包のようだ。冷めるのを待てずに頬張ったせいで少し舌を火傷してしまった。今度牧と二人きりで来ようと仙道は勝手に決める。 「協力してやるよ。牧に言ってやったらいいのか? それとも告れるシチュでも作りゃいいのか?」 「は?」 熱い餃子で口いっぱいにしていた仙道は突然の提案に驚き顔を上げた。 「信用したから。お前が本気なんだって。なら結果はどうあれ応援してやるのが腐れ縁である先輩の俺の役目だ」 「……何で? つか俺、疑われてたんすか、冗談言ってるって」 「疑ってはいないけど、一過性のものなら鎮火する方向に促すつもりだった。男相手の恋愛なんて上手くいかない方が多いだろ。下手にお前が軽い気持ちで真面目な牧に告って、変に関係が悪くなってみろ。部内の二大スターの調子が狂われたらこっちも大変なんだよ」 仙道の眉間に皺が寄る一秒前に池上は真面目な顔で低く続ける。 「俺にとってはお前も牧も大事な仲間だが、お前ら以外の42人だって同じく大事なんだ」 言わなくてもいいことまで言ったのはそういうことだと池上の真顔がつげていた。 「……何で信用してもらえたかは分からねっすけど。けど、ありがとうございます」 深々と頭を下げると、「おう」と返事をされた。 最後の注文である回鍋肉を食べ終わる頃には、仙道は初めて人に手の内を見せる怖さと、本気で話を聞いてくれる相手への感謝を学んでいた。 *Next 04
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愛しい人を餃子と重ねる時点で仙道の恋愛力の低さが分かりますね。
でもぷりっぷりでジューシーなとこは確かに牧も一緒ですけど。焼き目が濃いのもね(笑) |