I apologize! vol.03


「えー、初出場にして第四位という素晴らしき結果を出した貴代ちゃんとヤローども四人に乾杯!」
森が立ち上がって烏龍ハイのグラスを高々と掲げて言った。
打ち上げと晩飯を兼ねてのこの居酒屋は、味は可もなく不可もないがとかく量だけはあるので男子学生に人気の店だ。「またこの店かよ。貴代ちゃんいるんだし、もっと洒落たとこねぇの〜?」と不満げだった森だが、珍しく個室が空いていたこともあり機嫌はすぐ治ってご機嫌の乾杯の音頭だった。座っている四人もそれぞれ手にしていた冷えたグラスを上げて呷った。
「ふぃーっ! 遊びでも四位って好成績は気分がいいね!」
座ってから一気にグラスを半分まで飲み干した森は隣に座っている仙道の背中をバンバンと叩いた。
「森は騒いでただけだろ。結果を出したのは貴代ちゃんと仙道と吾妻と俺の四人だ」
「バカ言ってんじゃねーよ。俺の応援があってこそ! しかもお前らは四対四でやってっけど、俺は一人で四人分の応援してやってんだぜ? 誰のおかげで最終試合があんなに盛り上がったと思ってんだよっ。そんな健気な俺のおかげで、順調にギャラリーの応援が増えたってことをもっと感謝しろ! 一番の功労賞はこのオレ様だぜ!」
「牧、こっちのも食うか?」
「食う。でも自分で届くって。…あ、サンキュ」
「お前ら人の話を聞けー!」
森に全く構わず、向かいの席で無表情の吾妻が牧の皿へと料理をせっせと取っているのを見て貴代子が笑った。
「いつも森さん達ってこんな感じなんですか? おもしろい〜」
半日一緒に闘ったせいか、最初のぎこちなさは消え、よく笑うようになり喋り方も軽くなっている。仙道を挟んで隣に座っている森が仙道の肩に手をかけて首を伸ばした。
「そーなんだよ〜。酷いよね、可哀相だよね、このオレ様が。きっと向かいの筋肉バカ共は筋肉で会話してるんだよ。だから俺の高尚な言葉は脳に届かないし、あんな“watermelon”なんてふざけたチーム名で決定しちまうんだよ。二人もセンスねえって反対すれば良かったのに〜。あ、そうそう。センドウ君はなんか違うよね。いい体してっけど、しなやかな筋肉で嫌味がないもんね。動きもなんかスマートだったしさ」
向かいの筋肉バカとは違うね〜と、さわさわと仙道の背中を触っている森の手の動きは純粋に背筋の付き具合を確かめている。
「んなことないですよ」と仙道が困り顔を牧の方向けてきたが、牧は何も言わずに不自然に視線を逸らした。

助けをもらえないと分かると、仙道は料理を取ることで森の手から逃れた。
「牧さんも吾妻さんもいい体してますよね。俺、もう少し筋肉つけたいんすけど、筋トレがどうも苦手で」
「私はセンドウさんカッコイイ……、えと、丁度いいと思いますよ」
ノンアルコールのカシスオレンジを飲んでいるというのに貴代子の頬は赤かった。軽い言い方ではあるが、彼女の仙道への好意はその場の全員が既に感じていたため、あえて茶化さずスルーした。
森は行儀悪くも箸をふりながら、オーバーアクションで話を少し前に戻す。
「そーそー! ダメだよセンドウ君。それ以上つけたら、あっちチームに座らなきゃなんなくなるって〜。今の世間のブームは爽やか路線。こっちの席は爽やかモテモテチーム。あっちはモテないチームだよ」
驚いた顔で貴代子と仙道が森に顔を向けた。
「私なんてモテないですよ。彼氏いないし!」
「彼氏のいるいないは問題じゃないの。貴代ちゃんは可愛いって。なぁ、牧? 吾妻?」
牧は咀嚼しながら頷き、吾妻はいつもの口元だけの笑みを浮かべた。
今度は照れて耳まで赤くなった貴代子が必死で首を振る。
「センドウさんや皆さんは分かるけど、私は違います! 化粧しないし、男の子みたいだってよく言われますもん!」
「……センドウ君以外は“皆さん”という言葉で十把一絡げ。森、負けを認めてこっちの席に来いや」
そんな意味で言ったんじゃないですと慌てる貴代子を他所に、ニヤリと片方の口角を上げた吾妻が森へ手招きをした。
「ちっがーう! 貴代ちゃんは気を遣って言っただけなの! 俺はセンドウ君から離れないぜ! なぁ、センドウ君、美形チームの主将の座は君に譲るから、俺を副主将に任命してくれ〜。奴等と一緒にしないでくれよぅ〜」
オイオイと泣くフリで森は仙道の肩に頭をぐりぐりと押し付けはじめた。
わいわいと会話が入り乱れる中、牧は黙々と自分の取り皿にあるサラダからオニオンスライスを取り出し、それから会話が止まったところで貴代の方へと顔を向けた。
「化粧しないで可愛いのが本物だと俺は思うよ。高校生なんだし」
瞬時に貴代子は首までも赤くして横に置いていたバッグを握り締めた。
「わ、私、お手洗いに行ってきます!」
掘りごたつ型の座席から飛び出すように立ち上がると、区切られた個室タイプの部屋から転がるように出て行ってしまった。
貴代子の脱兎に驚いた四人は瞬間ぽかんとしていたが、吾妻が一早く口を開いた。
「あーあ……。牧は最強だね」
溜息をつきながら吾妻は牧の皿の隅に寄せられた生のオニオンをまとめて自分の口に入れた。牧はムッとした顔でルッコラを箸でつまんだ。
「何でだよ。俺、何か間違ったこと言ったか?」
何も言わず咀嚼している吾妻の替わりに森が答える。
「うんにゃ。けど、お前にゃホント勝てねぇよ。なぁ、センドウ君」
「……そっすね。あ、俺もちょっとトイレ行ってきます」
立ち上がった仙道を追うように吾妻も「俺も」と出て行ってしまった。


「センドウ君と連れションって初めてだなぁ」
突然返事に困ることを言われて仙道は曖昧に頷いてから、一つ間を空けた隣のトイレに立った。
仙道はどうにも吾妻が苦手であった。何か腹立たしいことを言ってくるわけでもなく、つっかかってくるわけでもない。それなのに普段滅多に他人にそんな感情(興味?)を抱かない自分が、たった二回しか会っていない相手にそう感じるのは何故だろう。
ジッパーを下げながら吾妻はまた唐突に抑揚の少ない声で話しかけてきた。
「俺ってさ、人間嫌いなんだよね。男も女も嫌いなんだ」
「そ……そうなんすか。あ、けどバレー部なんですよね?」
人間嫌いなら、何故団体競技であるバレー部などに所属しているのかが不思議で、戸惑いつつも訊ねた。
「うん。センドウ君はホラー映画とか好き? 観たことある?」
話があちこちに飛んで仙道は混乱しながらジッパーを降ろし頷く。
「ホラー映画は好きではないですけど……観た事はありますよ。『キャリー』とか『リング』とか、古いのをTVでなら、何本か」
「それと同じ。嫌いだけど見ちゃう。嫌いだけど観察しちゃう。そのうちそれが面白くなって、沢山の人間を深く観察したくなった。海南は高校も大学もバレー部が三番目に人が多いから選んだんだ。人が多ければ多いほど人間ドラマがあるけど、多過ぎても観察しにくいだろ? 俺は人間嫌いの人間観察が趣味な奴なんだ。分かる?」
「……あまり分からないっす」
「それはいいね」
「いいんですか?」
「うん。いや、分かってもいい。俺にとってはどっちでもいいんだ。センドウ君がどう思おうと、俺はそうなんだから。君だってバスケの良さを理解しない高飛び選手がどう思おうといいだろう?」
「はぁ……」

ジョロジョロと互いの水音を聞きながら、何故牧はこんなに頭のいかれた男とつるんでいるのかと、仙道は理解に苦しんだ。今度遊ぶ時にそこらへんをさりげなく聞いてみようかと思い巡らす。苦手意識というより、こうして話を聞くほどに何かが吾妻に対して危険信号を点滅させる。嫌な感じで気になるのを止められない。今後また、今日のように顔をあわせる機会がないとも限らないため、少し気持ちを整理する必要があった。

とりあえず用を足し終わったため、仙道は吾妻より先に洗面台へと向かった。
「あ。言い忘れた。センドウ君。俺は人間嫌いだけど、君のことは嫌いではないよ」
ぎょっとして仙道は振り向いた。ニイと吾妻は口を両端に持ち上げる。
「だって、センドウ君は牧のお気に入りだからね。俺には他にも趣味がある。あ、間違った。趣味じゃなくてこっちはマニア。俺は“牧マニア”。牧紳一のマニアなんだ」
「な、何ですか、その“牧マニア”って……」
気持ち悪さに仙道は一瞬にして背中にびっしりと汗を浮かべた。怯える仙道を他所に、ニタリと横に引っ張られた吾妻の薄い唇は突然弾丸のように言葉を発射しはじめた。
「俺は牧を人間と思っていない。1個の“牧”という生き物として見ている。この世に一匹。いや、一人の、“牧紳一”という稀有な存在を俺は尊重し、愛で、観察している。それは小学生の頃から現在も続いているが、飽きるどころか年々興味深さを増していく。鬼のように闘争心むき出しにするかと思えば、信じられないほどのお坊ちゃん気質でお人よし。恐ろしい量の自主練を黙って十年以上もやってる、異常な努力家でアホみたいに真面目なくせに凝り固まってもいなければ、意外なところでマヌケで大らか。森の言うように筋肉バカならまだ分かるけど、意外にも頭はいい。他にも枚挙に暇がないほど両極端なものや意外性を山ほど装備していながら、それらはどれも奴の中では不自然なく融合されている。しかもマイナスの感情よりもプラスの」
仙道は放っておくと終わりなく続きそうな吾妻の前に掌を突き出して止めさせた。
無口な男だったのは、観察をしているからであって、そうでない場合は喋りに喋る男なのかもしれない。しかも、自分の興味のあること……多分、牧に関してだけ。
「ちょっと待って下さい……。何で俺にそんなことを」
「だってセンドウ君、俺が牧の嫌いな生の玉ネギを食ったの見たとき、俺に敵対心を持っただろ。他にも今日一日で色々と。誤解されないようにと思うじゃないか。俺はただの牧マニアであって、牧をどうこうしたいんじゃない。ただ愛でて観察していたいだけなんだから。牧が誰と恋愛しようが、結婚しようが俺はどうでもいいんだ。男でも女でもね。つまり俺はセンドウ君のライバルじゃない。それを伝えとこうと思ってね」

用を足し終えて寄ってきた吾妻がトイレの暗い電気の下で不気味な、それこそ人間というより“吾妻”という奇妙な生き物に見えて、仙道はぶるりと寒気に体を震わせた。全人類の中で牧だけを愛していると言っているのと同義のようでいて、独占欲はないという。それは矛盾した思考ではないだろうか。素直に非ライバル宣言として受け取っていいものかも怪しまれる。
瞬きの少ない一重の瞳が観察するように冷静に見つめてくる。
「センドウ君は牧を好きなんでしょ。冗談めかしてるけど」
返答をするのが嫌で、仙道は手を洗いはじめた。
「告白すりゃいいのに。言わないと、牧は強烈に恋愛ごとには鈍いし、頑ななところあるから、伝わんないよ?」
じっと隣で吾妻に返事を待たれて、仕方なく口を開いた。
「……もう、俺はふられてます」
「え? そうなの?」
珍しく、いや、初めて吾妻の驚いた声を耳にして、突然仙道は洗面台にその長身をかがめると派手な水しぶきをあげて顔を洗い始めた。
呆然と立ち尽くしていた吾妻が顔中から雫を落としている仙道に我に返り、「トイレットペーパーでも取ってくるかい?」と訊ねたが、「いらないっす。じゃ、お先に」と、それ以上話しかけられるのを拒むように仙道は背を向けた。そして自分のTシャツのすそを引っ張りあげて顔を拭きながらトイレを出て行ってしまった。
残された吾妻は暫しぽかんと立ち尽くしていたが、一人不思議そうに首を傾げた。
「……何やってんだ牧は。面白い。牧マニアとしてこれからはセンドウ君も観察を深めないといけないな」
ふと視線をやった鏡に映った自分の顔はたまらなく楽しそうで、吾妻は白い歯を見せるように声を出さずに鏡に向かって笑みを作った。








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吾妻を梅園の代理と思ってはいけません。私は「牧マニア」ではなく「牧ラブ」です。
それにしてもこんな危険な男が傍にいても平然としている今回の牧って何気に天然最強?(笑)


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