|
Dreamlike magic never end. vol.07
|
|
||||
|
楽しかったあの合宿が終わってから、早いものでもう二週間ほどが経っていた。 あれからまったく顔を見ることはかなわない牧さんと、今でも毎晩のように電話で話せている。去年は合宿で一緒でも個人的に話すことなどなかったのに、今年の俺はなんて幸せなんだろう。その上、合宿が終わってもなお、用もないのに電話をかけることが許される関係を継続中。今日食べた飯がどうだったとか、学校で誰が変なことを言ったとか。そんなくだらない話をわざわざ電話でできるなんて。牧さんとこんな話ができる関係になれたなんて、贅沢だと日々噛み締めている。 「……でさー、今日、学校帰りにすげえ形の雲見つけたんすよ」 『どんな形だったんだ?』 「なんかこう……魚で、ちょっと間抜けな顔してんの」 『間抜けな顔の魚ねえ……。俺に似てたとか言いたいのか?』 「あはは! ぜんっぜん! 牧さんだったらなんだろ……シャチ?」 『魚じゃねえだろ、そりゃ哺乳類だ。せめて魚類で挙げろよ』 電話の向こうで牧が笑った。その声を聞きながら、仙道はベッドへ仰向けに転がった。 くだらない話なのに、牧さんとだととても楽しい。気付けば15分近く経っている。そろそろ切らないと勉強時間を削ってしまうと思いつつも、楽しくてまだ切りたくない。 『……仙道。お前、今、顔が笑ってるだろ』 「やだなあ。そんなに分かりやすいですか?」 顔がゆるんでいると声にでるのかと、仙道は頬をつまんでみる。 『毎晩喋ってるせいか、なんか掴んだ。あ、ほらまた笑っただろ』 「そりゃ笑うよ〜。俺も今、あんたから出る笑いのフォースを両手で掴みましたよ」 『掴めるのかよフォースって! てか笑いのフォースって何だ?!』 ツッコミどころしかねえ〜とヒーヒー笑う牧に、「実は俺ジェダイなんす」と被せると『なわけあるか!』と凄い勢いで否定され、仙道は声を上げて笑った。 こういう時間が、好きだ。何か特別なことが起きなくても、牧さんが電話の向こうにいる。それだけで、いつもの一日が少しだけ違って見えるから。 ひとしきり笑った牧が『明日の午前中、新しいバッシュを見に行く』と話を変えた。仙道は天井を見上げ、少し考えて言葉を継ぐ。 「俺も靴紐買いたいんですよね。……一緒に見に行ってもいいすか? 部活午後からなんすよ」 言ったあとで、少しだけ心臓が速くなる。「会いたい」と伝えるのはまだ勇気が要る。 だがすぐに『時間が合うならいいぞ』と軽い返事が届いた。「やった」と見えていないのをいいことにガッツポーズを決め、思わずでた声が明らかに弾んでしまった。 『そんなに嬉しいか?』 「そりゃ嬉しいっすよ」 食い気味に答えてから少し照れた。電話の向こうで彼は何か言いかけた様子だったが、『……いや、別に』とだけ返し、時間と場所を指定してきた。 『じゃあ、明日な。おやすみ』 「はい。明日。おやすみなさい、牧さん」 電話が切れ、静かな部屋で仙道はアラームを設定すると、備え付けの小さいクローゼットの扉を開いた。 * * * * * * 9月らしい涼しさの余韻が残る、雲一つない秋晴れ。浮かれてアラームより先に目が覚めた仙道は、ジャージと昨夜用意した比較的新しいTシャツに着替えて待ち合わせ場所へと向かった。そこにはすでにTシャツとジャージ姿の牧がいた。 「おはようございます。牧さん、早いっすね。いつ着いたの?」 「お前がだろ。俺は電車が一本早く乗れたせいで20分前に着いちまっただけだ」 「俺ももう15分早く出れば良かった」 「そんな顔するな、遅刻魔のお前が約束の5分前に着いたなんて上出来だろが」 「練習試合で二回遅刻したくらいで、海南でまで遅刻魔って思われてんの俺?」 「そりゃそうだ。俺だってかばってやれねーよ」 そう言って困ったように笑う牧に、仙道も「さーせん」と眉尻を下げて笑った。 目的の靴屋に入ると、牧は真剣な顔でバッシュを選び始めた。ソールを確かめ、つま先を押し、軽く踏み込む横顔に心が踊る。 (やっぱバスケのことになると格好良さが跳ね上がるな) こうして真剣に選び抜いた道具を味方にして、コートで飛ぶのだ、この人は。 牧が靴紐をゆるめる手を止めて、仙道を見上げてきた。 「何だ? さっきから見てるだろ。どうした?」 「いや……牧さん、バッシュ選ぶの真剣だなあと思って」 「当たり前だろ。道具は大事だ」 「じゃあ俺も真剣に選びます」と不敵に笑ってみせた仙道に、牧は「お前は靴紐だけだろ」と呆れつつも。続けて「まあ靴紐も大事か」と笑った。 二人は店を出て、強い日差しを避けるために少し早いが昼食をとることにした。 「何食います? この辺、いろいろあるっぽいよね」 「俺は何でもいい」 「それ一番困るやつ」 「お前が決めた店で選ぶ。俺は好き嫌いはないから」 牧が首の汗を手でぬぐったのを見て、仙道は周囲をぐるっと見回すと一軒の店を指さした。 「じゃ、あそこにしましょう」 二人は信号を挟んだ向かいの定食屋に入った。すぐに仙道がメニューを広げる。 「こういう普通の飯が一番うまいんですよ。腹もしっかり膨れるし」 「昨日もそんなこと言ってたよな、お前」 「あー……言った、かな? え? パスタとか違う店のが良かったです?」 「全然。俺も定食好きだ」 「じゃあ、俺たち気が合いますね」 「……そうだな」 牧が小さく笑った。その笑顔に仙道も同じように笑う。 なんだろう。こういう時間がすごく好きだ。特別ではない時間を一緒に過ごす楽しさに身も心も浮き立っている。そんな自分が面映ゆくて、仙道はお冷を一気に半分ほど飲み干した。 昼飯を食べ終え店を出ると、牧がふと立ち止まった。 「このあと、時間あるか?」 「ありますけど?」 「少し付き合え。新しいバッシュも試したいし、1on1でもするか」 「やります!」 返事が早すぎたせいか、牧は「即答だな」と吹き出した。 体育館の静寂のなか、高窓からくっきりとした白い光が差し込み、コートに濃い影を落としている。 コート中央のボールを仙道がひょいと拾い上げる。床を叩く乾いた重たい音が静かに反響する。 「先攻、牧さんからでいっすよ」 「じゃあ、遠慮なく」 ボールを受け取った瞬間、牧の空気が鋭く研ぎ澄まされた。さっきまで穏やかに笑っていた男の目から、すっと色が消える。 低く安定したフォームから、力強く踏み込む。重厚にして最速。だが仙道は長い手足を活かして瞬時に追従する。牧はその反動を利用するように、強靭な肉体をゴリゴリと預けて押し込んできた。肩と肩が激しくぶつかり合い、筋肉の圧が直接伝わってくる。 (やっぱ重え……!) 仙道が耐えきれず半歩引かされた一瞬、牧は鮮やかなスピンムーブからノーステップで大きく後ろへ下がった。仙道は一足飛びに回り込み、長いリーチを伸ばしてシュートコースを完全に塞ぐ。だが、牧は強烈な制動力でピタリと止まると、ボールを懐深く引き込んだ。バンプの反動で大きく後ろへ下がる。ノーステップのステップバックに、仙道の目がすっと細められたその時。高い打点。完璧な牧のフェイダウェイ・ジャンプシュート。美しい軌跡を描いたボールがネットを揺らした。 「うわ……近くで見るとやっぱすげえ」 「お前も打てるだろ。やってみろ」 転がってきたボールを仙道がキャッチした。脱力した姿勢からキラー・クロスオーバーを繰り出し、肩の揺さぶりと目線だけを右に残した完全なディレクション・チェンジに牧の重心が、ほんのわずかに右へ揺らぐ。そのわずかな隙間を逃さず、仙道は滑らかな動作で牧をすり抜ける。しなやかなスナップから放たれたボールがリングへ吸い込まれた。 「一本」 仙道が、いたずらっぽく笑う。牧はボールの落ちた先を見つめたあと、胸の前で腕を組んだ。 「今のは読めなかった」 「ほんと?」 「ああ」 「やった」と仙道は右腕で小さくガッツポーズをきめる。 「調子に乗るな、一本くらいで」 「でも、相手牧さんだから。一本だって十分嬉しいす」 牧の口元が、楽しそうにほころんだ。その顔を見て、仙道もまた口角を上げた。 それからは言葉すら不要な時間だった。牧が重戦車のような肉体と力強いドライブでゴール下をこじ開ければ、仙道は柔らかいステップと独特のタイミングで間合いを外す。激しい押し合いとミドルレンジの引き出し合い。互いに一本取っては取り返し、汗がコートに滴り落ちる。 爆発的な一歩で踏み込む牧に、仙道も牙をむくように身体を寄せる。空中で身体をひねった牧のシュートはリングに弾かれ、大きく跳ね返ったルーズボールへ仙道が走る。カウンターを仕掛ける仙道に、牧が猛烈なリアクションで並びかける。どれだけ揺さぶっても抜けない、王者のディフェンス。 仙道は息をハァと吐き出し、ボールを抱え込みながら楽しそうに目を細めた。 「……やっぱ強いなあ」 「お前もな」 「今の褒めました?」 「ああ」 「じゃあ、もう一本頑張れる」 汗をぬぐいながら白い歯をみせる仙道に牧が片側の口角を上げる。 「単純だな」 「牧さんに褒められると効くんすよ」と白い歯を見せる仙道に、牧も「そうか」と楽しそうに笑った。 (……なんか今日、牧さんよく笑うな。俺とバスケやっているからかな) 理由はどうあれ、彼が楽しそうにしている。その事実がとても嬉しかった。 体育館を出る頃には空が赤くなっていた。 「部活さぼったのなんていつぶりかな……。あー疲れた」 牧が空を見上げながら、気の抜けた声でつぶやく。 「牧さんでも疲れるんすね」 「当たり前だ」 「じゃあ、何か飲みます?」 数メートル先の自動販売機を仙道が指さすと、牧は「スポドリ飲みてえ」とそちらへ歩き出した。二本買ったうちの一本を牧が仙道へ渡す。小銭を差し出したが手で押し戻される。 「ありがとうございます、じゃあごちになります」 「うん」 プシュ、とキャップを開ける音。二人で同時に飲む。喉を潤す冷たさが心地よい。 「……うまいな」 「ですね。すげーしみる……」 隣に彼がいるせいか。珍しくもない夕焼け空に胸を染め上げられるような気がした。 そのまま駅へ向かって歩くと、途中でコンビニが見えてきた。 「牧さん。アイス食いません?」 「スポドリ飲んだだろ」 「あんなんじゃ足りないすよ。牧さんだって食いたいでしょ?」 首を傾げて問えば、牧は「そりゃそうだ」と口元で笑った。 店内へ入り、二人は冷凍コーナーに直進した。北海道牛乳アイスバーを手に取った牧が仙道の両手のアイスバーを覗き込んで目を丸くする。 「買うつもりか?」 「梅とレモン、どっちがいいと思います?」 「どっちも『かなり酸味が強いです!』って注意書きついてんぞ……。梅はクエン酸1000mg、レモンはレモン5個分って相当だろ。やめとけよ」 「どっちもさっぱりしそう……何すかその渋い顔。もしかして酸っぱいの苦手?」 「……普通の量なら平気だ」 「じゃあ普通の梅とレモンなら、今の気分だとどっち?」 「……梅……かな」 決まり〜とのんびりと言った仙道はレモン味のアイスを戻して、レジへと踵を返した。 外へ出てアイスを食べながら今日の1on1の話やくだらない話をした。それだけ。本当にそれだけなのに楽しくて、仙道はずっと笑っていた。 駅の改札前。少し涼しさを含んだ夕暮れの風に牧の柔らかそうな前髪が揺れる。 「じゃあ、またな」「はい。また電話します」と言い交わし、自分のホームへ向かう。 十歩ほど歩いてなんとなく振り返ると、同じタイミングで牧も振り返っていた。 目が、合った。 仙道が手を振れば、牧も少しだけ照れたように手を上げた。 そうして、また二人はそれぞれの方向へ歩いていった。 帰宅して風呂に入り、夕食を済ませた仙道はベッドへ倒れ込んだ。 靴屋も定食屋も、1on1もアイスも。楽しかった全てと彼の様々な笑顔が思い返され、疲れた身体を柔らかく包み込む。 「……今日、本当に楽しかったな」 呟いた声が、静かな部屋に落ちる。クセになっていて、ついスマホを見てしまった。牧さんからの着信はない。当たり前だが。 (また……じゃなくて、今夜も電話しますって言えばよかったな) そうしたら、おやすみなさいって言えたし、牧さんにおやすみって言ってもらえたのに。 そんな甘やかなことを考えているうちに瞼は下り、仙道は心地よい眠りに落ちていった。 * * * * * * 風呂上がりの牧は、机の上に置いたバッシュの箱を見つめていた。靴慣らしのつもりで誘った1on1だったが、あまりに楽しくて夢中になってしまった。 ───『……お前は何時までなら午後練に間に合うんだ?』 ───『あと30分はやれますよ。……牧さんもでしょ?』 本当はわかっていたのに、聞いた。遅刻しないためにはもうここを出なければいけないのに。仙道だってそれは同じだとわかっていた。なのに、伝う汗まで美しく感じさせる微笑みで、ああ返すから。俺はあいつまでも部活をサボらせると理解していながら、嘘─── いや、俺の願望に沿う誘いにのったんだ。 急な体調不良だったと言えば、連絡くらいしろと叱られる程度で俺はすむだろう。だがあいつはどうなんだろう。明日の電話でそれとなく話を振ってみてもいい。 (不思議な男だよな……) バッシュを見ていると、今日の記憶が鮮やかによみがえる。靴屋、定食屋、体育館、強引に一口齧らされたクソ酸っぱいアイスの味。食ってる俺を見て腹を抱える楽しそうな笑顔。 そして─── 別れ際に振り返った仙道が一瞬だけ見せていた、あの顔。 机の上のスマホを見る。電話が鳴る気配はない。牧は一度手を伸ばしかけたが、やめた。 (……今日は、本当に楽しかったな) 箱からシューズを出してバッグにしまい、牧は小さく息を吐いた。 参考書を広げ、昨夜の続きを再開する。だが勉強が一区切り着くと、またスマホに目をやってしまう自分に苦笑した。 「……何をしてるんだ、俺は」 今日は長く会っていたし、用もない。かかってくるはずがないと分かっているのに、心が電話が鳴るのを待っている。 牧はスマホを伏せて、また別の参考書に向き直った。 予定の範囲をやり終えてから、またスマホを裏返してしまった。暗いままの画面を見つめながら、牧はもう一度小さく頬をゆるめた─── 今日は、本当に楽しかった。
|
|||||
|
|
|||||
|
フォースをだしてしまったのは、『マンダロリアン&グローグー』を観たせいです☆
アイスはシャトレーゼの「梅・ザ・スーパー」と「レモン・ザ・スーパー」。 両方しっかり酸味とコクが有りとても美味しかったv でもコンビニにはありません(笑) |