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Dreamlike magic never end. vol.05
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合宿も三日目。夕食のため食堂へ向かった牧は、入口とは反対側へ続く廊下で赤木と話している仙道の背中を見つけた。たった数メートル先にいるだけなのに、声をかけるタイミングに一瞬迷う。 (チャンスは、もう今夜しか残っていない) 明日の朝には合宿は終わる。夢のことを確かめたい。仙道が何を考えているのか知りたい。昨夜悪夢をみた仙道にとっては、オレを夢にだすのはまだ怖いかも知れないけれど。 (それでも……頼むから、今夜も俺を夢に出してくれ。仙道) 届くはずのない願いを胸の奥へ沈め、牧は視線を外した。 プラスチックのトレイを手に取ったところで、横から聞き慣れた声が飛んでくる。 「なんだよ牧。随分と仙道にご執心じゃねーか」 振り向けば、藤真が面白そうに笑っていた。 「熱心に見つめちゃってさ。二晩語り明かしたくらいじゃ足りないってか?」 「それがな。初日は俺が眠気に負けて消灯前に寝てしまったんだ。昨日は仙道が先に寝た」 牧が正直に答えると、藤真は呆れたように眉を上げた。 「はあ? まじかよ。つか消灯前に寝るとかジジイか」 藤真のいじりに反論もせずに牧は重々しく頷く。 「だから、今夜こそゆっくり話せればと思っている。これでは部屋を替わってくれた伊藤や流川にも申し訳ない」 「……」 藤真は牧と似た色素が薄めの瞳を丸くして、しばらく牧の顔を見ていた。そうして大きく溜息をつく。 「つまんねえ」 「何がだ」 「普通そこ、もっと別の反応するところだろ。相変わらずバスケ以外ではズレてんな」 「そうか?」 「そうだよ」 藤真は即答すると大きな瞳を伏せて気の毒そうに、先程より長く溜息を吐いた。牧は手にしているトレイに視線を落として少し考え込む。 すると藤真はそんな牧の様子に、今度は少しだけ表情を緩めた。 「でもまあ……」 「何だよ」 「……お前らしいけどな」 「藤真……」 「こういう機会でもなきゃ、できねえ話なんだろ」 いつものからかう調子ではなかった。 「お前は不器用だけどさ。相手の気持ちを考えながら進もうとするところがあるからな」 牧は少し目を細めてみせる。 「……お前こそ、人の気持ちを大事にする奴だと思うぞ。口は悪いが」 「うっせ。つか最後に余計な一言入れんな」 藤真は照れ隠しのように、男にしては小綺麗に整っている顔を逸らした。 「悪かった」 「謝るな。調子狂う」 そう言いながらも、藤真は眉をしかめつつ小さく笑った。 「今晩しかねえんだ。睡魔に負けんなよ」 「努力する」 「もし朝、どうしても起きられなかったら連絡よこせ。監督やコーチには俺が何とか言っとく。朝飯も確保しといてやるよ」 意外な気遣いに牧は僅かに目を丸くした。 「そこまでしなくていい」 「いいから」 藤真は少しだけ真剣な顔をした。 「せっかくの時間なんだろ」 その言葉に、牧は素直に頷いた。 「……ありがとう」 「礼はいらねえよ」 藤真はそう言って歩き出した。 その背中を見送ったところで、牧はふと気付く。空の食器を持った伊藤が、なぜかこちらを見ないようにしながら通り過ぎようとしていることに。 「あ、伊藤」 「えっ」 音がしそうなほど勢いよく振り返る伊藤に、牧は首を傾げる。 「流川と同室はどうだ? 眠れているか?」 「は、はい! 問題なく!」 「そうか」 「はいっ! 失礼します!」 なぜか逃げるように大急ぎで去っていく伊藤を見送り、牧は少し離れた横で小皿にレタスをのせている藤真へ視線を向けた。 「……お前、何か伊藤に言ったか?」 「別に?」 訝しげに見つめる牧にかまわず藤真は涼しい顔で、これでもかとばかりにレタスの上にプチトマトを積んでいる。 「気になるなら宮城にも聞いてみるか?」 同室者の宮城の名前をあえてここで自ら上げる藤真に、牧は開きかけた口を閉じてゆるく頭を振る。目元だけで藤真が薄く微笑んだ。 「部屋割りについて俺が何か言える立場ではないさ」 牧は返事を待つことなく踵を返そうとした、その時。 「牧さん」 声に振り向くと、仙道が福田と一緒に食堂へ入ってきたところだった。 藤真が小さく笑う。 「本当にいいタイミングで来るな、仙道」 「何の話っすか?」 首を傾げる仙道へ牧は歩み寄った。そして通り過ぎざま、軽く肩を叩く。 「今夜こそ、お前とゆっくり話したいと言っていたところだ」 「……はあ」 仙道は目を丸くしたあと、いつものように笑った。 「楽しみにしてます」 その一言だけで、牧の胸は少しだけ軽くなった。 夜は予定されていたビデオ分析よりも、ストレッチや身体のケアに時間が割かれた。疲れが適度に抜けたせいだろう。部屋へ戻る頃には、さすがの牧も疲労と眠気を感じた。向かいのベッドに座る仙道など、もう目が半分閉じている。 「仙道」 「はい……?」 「今夜こそ話をしようと言ったんだが」 牧は苦笑を零す。 「かなりお前は寝そうだな」 「いやいや……大丈夫っすよ……」 返事の途中でフワァアァ……と大きな欠伸を三連発して仙道は目元を擦る。 「……説得力がまるでない」 「でも、牧さんの話聞きたいんで」 仙道は眠そうな目のまま、ふにゃりと笑った。 「面白い話してくれるって言ったじゃないすか」 「そんなことは言ってない」 「言いましたよ」 「言っていない」 「俺の中では言ったことになってます」 無茶な理由に牧は呆れながらも、少し笑った。まるで駄々をこねる子供のような一面に思わず口元が緩む。 「……本当に眠そうだぞ。別に無理しなくてもいい。そうだ、また電話でだって」 「すげーぐっすり寝たんですけどね」 遮るように仙道が言葉を被せて話し出す。 「明け方、腹のあたりが寒くて目が覚めたら、牧さんの腕がなくて」 「あ……」 「見たら牧さん、ベッドから落ちそうな感じで寝てたから。慌てて真ん中に戻したりトイレにいって朝日に直撃くらったりで目が覚めちまったって今朝教えたでしょ。だからちょっと早起きしただけっす」 「そうだったな……。悪かったよ」 「いーえ、全然。つか、あんたに謝られたら俺が困るよ。頼んだのは俺だし、おかげであの後は夢もみねーでよく寝れたんだから。ホントにすげー助けられましたよ……ありがとうございます」 だからあんたはちっとも悪かないです、と必死に欠伸を噛み殺しながら話し続けた仙道の目は、眠気で赤くなっている。 「そう何度も礼を言われるほどの大層なことはしていない。もうあの話はなしだ」 牧は腰を上げると溜息をつきつつ、向かいのベッドに座る仙道の肩を押した。そう力を入れたわけでもないのに仙道の体はパタリとベッドに仰向けになる。 「もう寝ろ。それに俺は面白い話など用意してない。ハードルを上げられても困る」 「えー。面白くなくても聞きたいんですけど」 「こんな欠伸だらけの奴とは話にならん」 「欠伸くらい気にしなくたっていいいでしょ」 口先を不満げに尖らせる仙道が可愛くて。そしてその顔を可愛いと思ってしまうことに諦めた牧は、仕方ないなと少し考える。 「…………寝物語ならできるが」 仙道の目が少し開いた。楽しそうに弾んだ声音で問うてくる。 「寝物語? 子守唄じゃなくて?」 「子守唄は無理だ」 「牧さんの子守唄、ぜひ聞いてみたいんですけど」 「歌える気がしない。そもそも子守唄自体が浮かばん」 「じゃあ寝物語でお願いします」 仙道は嬉しそうに白い歯をみせて笑った。 「牧さんの声、落ち着くんで」 その言葉に、牧は一瞬だけ黙った。 落ち着く。それはつまり、眠くなるという意味なのかもしれない。そういえば以前、オレとの電話での会話がこいつにとって落ち着けるルーティンだと言っていた。そして実際、電話での仙道はリラックスした声音と口調のときがほとんどだ。 「……分かったよ」 「おねだりついでに、俺が寝るまで。出来ればここに座って聞かせてほしいな〜」 眠気と甘えが混在する声に乞われるがまま、牧は椅子を仙道のベッド脇へ寄せた。 「日本昔話なら少しは知っている」 「渋いっすね」 「文句を言うならやめるぞ」 「言ってませーん」 仙道が素直に布団へ潜り込む。 「すんません、ちょっと電気眩しいんでそこのタオルを」 「豆電球にしてやろうか?」 「うん。……あ、いい感じ。じゃあ、お願いします」 嬉しそうに両方の口角を上向かせ瞼を閉じた仙道に、牧は小さく息を吐く。 「……昔々、年寄りのお百姓と若いお百姓が、一緒に畑仕事をしていました」 静かな部屋に、牧の低い声が優しい雨のように落ちていった。 牧が話したのは、夢を買い取った男が最後には幸せを手に入れるという昔話だった。 最初の方こそ仙道は『へぇ』とか『そのじいさん賢いっすね』などと眠そうに相槌を入れてきては、『黙って聞いてろ』と都度突っ込まれては楽しそうに笑っていたけれど。途中からはすっかり大人しくなり、話の中盤にはほとんど身動きすらしなくなった。 眠っているのか、まだ聞いているのか。判断がつかないまま、それでも牧は話し続けた。 「……という話だ。おしまい」 最後まで語り終え、伏せられた仙道の長い睫毛を見つめながら待つ。 しばらく待ってみたが、反応はない。 「仙道?」 呼びかけても返事はなかった。どうやら本当に眠ってしまったらしい。牧は小さく息を吐いた。 「まったく……俺は何やってんだか」 呆れたように呟いたが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。こんなふうに誰かを眠らせるために昔話を語る日が来るなど、思ってもみなかった。 椅子に座ったまま仙道の穏やかな寝顔を見る。 普段は何を考えているのか分からない男だ。飄々としていて、どんな状況でも余裕があるように見える。だが深く眠るその顔に落ちる影には薄い疲労と確かな平らかさを宿している、ただの高二の男だった。……いや、それより少し幼くすら感じる。 「……疲れていたんだな」 合宿中、どんなメニューでも楽しそうにしていた仙道も、当然疲れないわけではない。ましてや悪夢や早起きが重なった上では無理もない。仙道はああいっていたが、朝もしっかり寝かせてやれたらよかった。俺の方が朝まで熟睡してしまったのがやはり悔やまれる。 牧はそう思いながら、少しだけ肩の力を抜いた。─── さて、このまま眠った仙道の夢を見ればいい。それが今夜、唯一残された機会だ。仙道がどんな夢を見るのか。自分がどんな存在として出てくるのか。 すぐにでも確かめたいのは本当だ。けれど眠る仙道の顔を見ていると、ほんの少しだけ迷いが生まれる。 「…………」 薄暗いオレンジ色の光をうける滑らかな頬を見つめながら、掌を握っては開くを数回、無意味に繰り返す。 (悪いと分かっていても、知りたいと思ってしまったんだ。腹は決めたはずだろ。なんのために似合わない寝物語なんぞしたんだお前は) 牧は己に言い聞かせると静かに立ち上がり、仙道の瞼へ手を伸ばした。そして機械的に夢の本を引き出した。 最初に現れたものは、意味のある夢とは呼べないものだった。断片的な記憶。見覚えのない景色。誰のものかも分からない感情。それらがごちゃごちゃに混ざり合い、消えていく。 牧は映像と文字を、ただ静かに目で追っていた。 しかしある場面で一瞬息を止めた。そこに映ったのはこの部屋によく似た場所だった。そして、ベッドで眠っているのはオレだった。 「……」 夢の中の仙道が、眠るオレのそばへ座る。 そして優しくオレの前髪を上げて、露わになった額にそっと口づけた。 牧は反射的に口元を押さえた。 (……また?) 一度目なら偶然だと思えた。夢なのだから、脳が勝手に作り出した映像なのだと。けれど二度目だ。しかも、同じ相手で。同じような行為を……。 (いや、待て) 一気に熱くなった頭で牧は必死に考える。 (これは仙道本人の意思じゃない。夢だ。夢の中の出来事だ) 汗が伝う己の額を片手で覆い、そう言い聞かせて意識的に大きく呼吸をする。 だが夢の中の仙道はあまりにも自然だった。 眠る自分を見る目。 触れる手。 その距離感。 まるで、そうするのが当たり前であるかのように。 そうして夢の中のオレが目を覚ます。甘えるように仙道の首へ腕を回し、引き寄せて深いキスで返す───。 そこから先は、牧にとって直視するには刺激が強すぎた。背中に汗で張り付いたシャツを不快に感じたところで、知らぬ間に心臓のあたりに痛いほど拳を押し当てていたことに気付く。 「……っ」 まだ続く抱擁から視線を逸らす。夢の中の自分は、現実の自分よりもずっと大胆だ。 (なんでそんな手慣れてるんだよ、俺。童貞の俺がそんな流れ作業的にうまいことできるわけねーだろが) 胸中で悪態をついたところで、自分とオレとを混同するほどにパニックに陥っていると認識する。正確には「俺」ではない。夢の中の、自分。だから慣れていようがなんら不思議ではないのだ。 けれど。同じ顔。同じ声。同じ身体なのだ。 それを見ていることが、夢だと知りながらこれほどに落ち着かなくさせるなんて。 牧はひとまず映像ではなく文字だけを読もうと視線を本へ戻した。しかし言葉は読む前に消えた。その瞬間、胸の奥で何かが引っかかった。 これは、知っていいものなのか。仙道が無意識に見ている夢。そこへ勝手に入り込んでいる自分。 最初は、性的な夢の相手にオレが出たのは偶然だったという確信を持ちたいがためだったはすだ。見てしまった人の夢に振り回されるのに疲れ、きっぱり忘れるのが目的で。それが大前提だったはずだ。 だが…………途中からその目的が変わっている気がする。そんな曖昧な状態で、これ以上知ることが仙道に対して許されることなのか分からなくなった。 牧は静かに本を閉じた。 「……悪い」 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。 手から離れた本は仙道の額へ戻り、淡い光とともに音もなく吸い込まれるように消えていった。 牧が深く背中をまるめて溜息を吐いたのと同時に、仙道が寝返りをうつ。 (!? 起きたか!?) 瞬時に牧は硬直し息を止めた。その見開いた瞼のまま、視線だけを仙道へむける。 「…………まきさん」 耳をすませていなければ聞き取れないほどの微かな声を拾い、全神経を集中させて様子を伺う。 そのまましばらく待ったが、仙道の背中は規則正しい呼吸を刻むだけだった。 (……寝言……か) 牧は肺の奥の奥から絞り出すように、細く長い息を吐く。 安堵はしたものの心臓が止まりそうなほど驚いたせいで、息はつけてもまだ動くことができなかった。 自分のベッドへ戻っても、眠気は完全に消えていた。顔だけではなく体すらも熱い。心臓がうるさい。夢の中の積極的な自分が頭から離れない。できることなら横からタックルしてどこかに捨ててやりたい衝動に駆られる。俺の面をしておいて、オレはなんてことを。あんなことをされては、いくら夢とはいえ明日の仙道は俺と目を合わせづらくなってるかもしれない。せっかく今まで得たことのない不思議な、上手く言語化できんがいい感じの関係を築けているのに。妙な意識をさせたせいで台無しにしてくれたら、俺はオレを許せない。 怒りに拳を震わせていると、寝返りを打つ衣擦れの音がした。 隣で静かに眠る男はそろそろ夢が変化して、全く別の夢に切り替わってくれただろうか。 そう思ったところで、怒りが逸らされ少し冷静さが戻ってくる。 (俺が気になってるのは、もうオレが出て何をしてるかじゃないだろ) 一番気になっているのは─── 仙道は俺をどう思っているのか、それだけだ。 夢は脳の整理でしかない。本人が望んだものではないことなど分かっている。分かっているはずなのに。 二度も自分が現れたことを、偶然だと言い切るには少しだけ苦しいと思える。合宿という状況下に加え同室で俺が夢に出やすいのはわかるが、それならばああいった行為の相手ではない形で登場する方が納得がいく。 嫌な夢で二度とみたくもないのに何故か何度もみる夢だってあるものだけれど。少なくとも最初のときも二度目のときも仙道は嫌そうではなかった。共通して言えるのは、どちらのオレも仙道も自然であったことだけだ。それが意味することは……つまり。 「…………まったく分からん」 自分で漏らした小さな呟きに自分でダメージを受ける。 もう一度仙道の夢をみれば何かがわかるかと思ったのに。余計に分からなくなってしまった。 (そもそも夢を見る大義名分すらいつの間にか変わっちまってるみたいだし。もうダメだろ俺。たとえまた仙道の夢を見れそうな機会がきたって、もう見れねぇよ……) 様々な意味で今夜が最後のチャンスだったのに。最初に盗み見た夢を忘れるどころではなく、それどころかダメ押しのように謎だけが増えてしまった。 牧はベッドの上で文字通り頭を抱えて小さく唸るしかなかった。 * * * * * * 翌朝。牧はまた仙道に起こされた。あれからも考えすぎてしまい、室内が薄っすら明るくなる頃に眠ったせいだろう。目覚ましにも気付かなかったようだ。 「おはようございます牧さん」 洗顔を終えて戻ってきた様子の仙道が、ベッド脇で爽やかに笑っている。 「こんなボサボサ頭で長いこと寝ぼけた顔してるの、初めて見ましたよ」 返事をする気力もなく、牧はぼんやり仙道を見上げた。 「まだ夢の中みたいな顔しちゃって……」 そう言って仙道の手が伸びる。長い指が、寝癖のついた髪をぽふぽふと軽く叩くように撫でた。 「そんないい夢でも見てたんすか?」 「…………いい夢……」 その言葉で、昨夜の記憶が蘇る。 「……っ!」 突然顔を赤くした牧に、仙道が目を丸くした。そして「さては」とにやりと笑う。 「エッチな夢でもみてたの思い出したとか?」 「なっ……! それはお前だろ!」 反射的に言い返してしまい、言ったそばからしまったと牧は口を片手で塞いだ。 仙道は長い睫毛をゆっくり二度ほど瞬かせた。しかしすぐにいつもの笑顔へ戻った。 「なんでそんなムキになるんすか、らしくない」 「う……」 「別にいいじゃないですか。そういう夢くらい。」 仙道はなんてことはないと言うかのように軽く肩をすくめてみせる。 「俺ら健全な男子高校生なんだからさ」 牧は僅かに首を傾けて問う。 「……見られたら、嬉しいもの……なのか?」 「そりゃまあ」 仙道は少し考えるように一拍おいてから軽く笑った。 「そっすね。ラッキーって感じじゃないですか?」 「…………お前、たまってんのか?」 首から下げていたタオルを広げた手を止め、仙道は吹き出した。 「そこは合宿中は多かれ少なかれ皆似たようなもんでしょ。つかしっかりして下さいよ牧さーん。そろそろ顔洗ってこねーと時間きびしーすよ」 備え付けの古いアラーム時計を指差され牧は慌てて立ち上がった。 「俺、先に食堂行ってます。牧さんの飯も座席も確保しておくね」 「あ、ああ。すまない。おい待て、仙道。お前はどうなんだ?」 「はい?」 咄嗟に聞いてしまった。蒸し返して変に意識させてしまうかもしれないのに。でもこのままでは一日中ムダな思考を巡らせてしまう。 牧は一呼吸おくと、意を決して改めて尋ねた。 「……お前は昨夜、夢はみたのか?」 足を止めた仙道は小首をかしげて斜めの方向へ視線を流しつつ、記憶を辿るような素振りをした。その一挙手一投足を見逃すまいと真剣に見つめていたが、仙道はいつもの小さな笑みを口元に浮かべてさらりと言った。 「あんまり覚えてないけど、ラッキー系の夢だった気がしますね。あんたの寝物語のおかげか、今朝も目覚めがすげー良かったから、多分今日の俺は絶好調すよ」 見事なウィンクに続けて「じゃ、食堂で」と軽く手を振って出ていく仙道の背中を見送った牧は、がっくりと項垂れて長く深い溜息を吐いた。 三泊四日の合宿は終わった。バスケットに関しては、多くのものを得た。自分の課題。これから伸ばすべき部分など、コートで得た収穫は数え切れないほどあった。 それらははっきりしたけれど。仙道彰という男についてだけは……三日前よりも、ずっと分からなくなってしまった。 ただ、分からないと思いながらも。もう以前のように仙道彰という男を見ることはできない。そのことだけは、牧自身も認めざるを得なかった。
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