Dreamlike magic never end. vol.03



 ほわほわと心穏やかにさせる、薬にも毒にもならない話が途切れた。今夜の電話もそろそろ終わりだ。何分と決めて話しているわけじゃないが、お互いなんとなく10分前後が目安になってもう長いから。
『……そんじゃ、明日からの合宿でもよろしくね、牧さん』
「ああ。寝坊して集合時間に遅刻するなよ」
『だいじょーぶ。国体合宿嫌いじゃねーし』
「好き嫌いで寝坊すんのかよ」
『んー……場合によりけりかな? まあ明日は牧さん待ってくれてるからバッチリすよ』
「ホスト校だから早くに集合させられるだけで、お前を待つためじゃねえ」
『わかってないな〜。そこは「そうだな」って言っとくとこでしょ。そしたらいー気分で早起きできるじゃない俺が』
「それなら俺の方が早起きなんだから、俺が気分良く早起きできるように何か言えよ」
「えー? ……玄関口でお出迎えしてくれたらハグしてあげますよ、とか?』
「誰が?」
『俺が、あんたを。ギャラリーがいっぱいいる玄関で』
「明日は朝いきなり体調崩して初日欠席の予定だ」
『誰が?』
「俺が。出迎えれなくて残念だ」
『そんな憎たらしいこと言う人の顔を拝みに行かなきゃだから、ぜってー遅刻なんてしませんよ〜だ』
「そりゃ助かる。あ、下で親が呼んでる。じゃあな」
『うん。おやすみ牧さん』
「ん。おやすみ」

 仙道との電話のあとは、携帯の黒い画面に映る自分の緩んだ顔を見ないように、素早く画面を伏せて置く習慣ができた。ほぼ無意識で机に携帯を伏せた牧は「なんだよも〜」と小さく零して部屋を出た。

 宿泊用品(着替え類と歯ブラシ・電動シェーバー・洗顔料・タオル・携帯ジェル・充電器・制汗スプレーなど)の忘れ物はないかをチェックしてからベッドに横になると、毎年八月下旬頃に行われる国体に向けての神奈川強化合宿─── 明日から始まるそれについて牧は思いを巡らせた。
 今年の神奈川バスケットボール強化合宿は海南大学の施設だ。選手は海南大学附属・陵南・湘北・翔陽各高校から三名ずつ選ばれており、半数ほど去年と重複している中には自分の予想通り仙道の名前もあった。
 去年の合宿では与えられた部屋の階が違っていたことや、一年は雑用を多く任されるため仙道も忙しくしていたせいか練習中以外で顔を合わすことはほぼなかったように記憶している。しかし今年は仙道も雑役から脱しているし、三年の自分は少々自由もきく。しかも合宿所は勝手知ったる施設だ。
(これは会う口実を探すいい機会じゃないだろうか……)
 毎晩電話をしあってはいても、一緒に遊ぶには仙道が釣り以外で何を楽しむのかわからない。それに会おうと誘う理由を俺はまだ探せないでもいる。けれど会ってまた飯でも食いながらながら話をすれば、声のみとは違い表情やその場の雰囲気などで多くの情報を得られるはずだ。
 数ヶ月前に湘北の桜木と部活休み中に偶然会い、共に(何故か後輩の清田も)名古屋へ行くという珍妙なことがあったけれど。ああいった偶然が仙道と街中で起こるとは正直思えない。
 だからこそこの合宿で少しでも……と、バスケ以外の楽しみが今年の合宿に加わってしまっているのも。
(まあ……そういう年もたまにはありなんじゃねえの?)
 言い訳めいた思考を巡らせているうちに口元がむずむずしてきた牧は、乱暴に終止符を打ち寝返りをした。


*  *  *  *  *  *


 集合30分前になると朝日が降り注ぐ海南大の敷地へ各校の選手たちがパラパラと姿をあらわしはじめた。
 宿泊室の備品の最終チェックで宿泊棟の二階にきていた牧は、廊下の窓から仙道らしき人物を探した。
(……バカか。姿を二階から確認したらどうだってんだ。見つけて手でも振るつもりかよ)
 長い廊下には自分以外誰もいないのに、ダンボールを抱えながら何度も窓の下を覗く自分が急に恥ずかしくなり、照れ隠しで舌打ちをした。まるでそれにタイミングをあわせたように「海南大附属高校バスケットボール部員は、手が空いた者から中央玄関ホールへ集合して下さい」と館内アナウンスが流れた。

 初日の午前中前半は施設見学後と割り振られたそれぞれの居室で荷物整理だ。
 去年は初めて他校生の同学年同士を組み合わせた二名一室の部屋割りが試みられた。毎年合宿終了後に提出を求められるアンケートと感想の中に、他校の者と同室なことで練習後も発見や向上心の育成に役立ったという感想が数名あったそうだ。
 それを踏まえて今年は学年もシャッフルしての二名一室にすると、今回のホスト校海南の監督である高頭が同校で選ばれた牧・神・清田の三名にのみ事前に明かしていた。
 しかし組み合わせまでは聞かされていなかったため、先ほど張り出された部屋割り表を牧たちも他校選手に混ざって覗き込んだ。
(……俺は湘北の流川とか。仙道は……翔陽の二年か。同学年とあたったか)
 別学年同士では学年が下の者にとってはかなり嬉しくない割り振りだ。だが上が決めたことなので文句が言えるわけもなく。一年は皆、同室の二年や三年に自分から「宜しくお願いします」とその場で挨拶をはじめた。三年とあたった二年もそれに倣う声が廊下のあちこちでおこる。顔合わせが終わり皆淡々と自室へと散っていく中、試合以外でも親交がいくらかあったらしき少数の者たちだけが談笑しつつ一緒に同室へ向かっていった。
 牧は仙道と同室だったらという、消せなかった淡い期待を小さな吐息に混ぜて吐き出した。
「……さて、行くか」
「す」
「え、流川? もしかして待ってたのか?」
 背後で待たれていたことに気づかなかった牧は目を丸くしたが、流川は無表情のまま黙ってこくりと頷く。そういえば挨拶していなかったと、牧は流川に向きなおった。
「あー……合宿の間、宜しくな」
「っす」
「俺のせいで最後になっちまったな。すまん、行くか」
「す」
 宿泊棟内をほぼ知っているため牧は先を歩いた。その後ろを黙って流川がついて来る。
「天気良くて良かったな。移動の日に雨は面倒だ」
「っすね」
 返事はすぐ返ってくるから、感じが悪いということはない。だが「す」のバリエーションだけの会話はそう続けられないだろう。何かを選ぶとか……。
「ここが俺達の部屋だ。ベッド、流川は右側と左側のどちらがいい?」
「どっちでもいーす」
 流川に喋らせたことで牧は妙な達成感を感じた。
「そうか。じゃあ俺が右でいいか?」
 振り返ると流川は牧を見つめながら小さくこくりと頭を下げた。
(そこは「いいっす」じゃないのかよ〜「す」すら言わねえ)
 ここまで寡黙な者は周囲にいないのもあり、牧は堪えきれず笑ってしまった。流川は長いまつ毛で二度ほど瞬きをしてから、何がおかしいのかというように首を小さく傾げてみせた。


 体育館通路に通じる電気が消された薄暗いロビーには牧の予想通り誰もいなかった。いつからあるのか知らないがかなり年季が入ったソファに牧は腰を沈めた。
 開け放たれた大きな窓ごしの青空には目に染みるほど白い夏雲が浮かんでいる。満たされた腹に血液が集中しているせいもあるのか、昼休みに一人でこうして空をただぼんやりと眺めるのはけっこう好きだ。サーフィンの順番や波を待つ間の時を思い出すから。
 ゆっくりと流れる雲を目で追いながら、夜に日誌に書くことを踏まえて午前中の流れを思い返してゆく。
 部屋に荷物を置いた後は体育館で全体ミーティングや基礎の技術の確認や修正。個人の精度向上のための練習や指導で終わって、食堂で昼食という例年通りの運びだった。
 合宿初日の昼食はやはりどこも同校でかたまってすませていた。これも合宿最初のよくある風景で、日が経つにつれてバラバラになり、気の合う者どうしが適当に一緒に食べだしたり一人になったりと変わってくる。
(明日の晩飯くらいからは仙道と一緒に食えないかな。もし今日あいつと話せたら誘っておくか……)

 思考に少し荒い足音が混ざりだし、牧は音の方角へ首をひねった。廊下の天井が低くなったと錯覚させる2m超えのよく知る大男が、いつもの倍は眉間の皺を深めた顔でこちらへ向かってくる。
「どうした魚住」
「仙道を探してる。今日は福田とあいつが午後のドリンク担当なのに、あの野郎」
「居場所がわかってるような足取りだが、どこにいるのか知ってるのか?」
「合宿だからそう遠くは行ってない。ときたら天気がいいから体育館裏の涼しいとこで昼寝してるに決まっている。まったく、ちょっと目を話すと消えてやがって。合宿中くらいじっとしてろと言っておいたのに」
「あー……裏には確か、野球部のOBが置いてったボロいベンチがあったな」
 沈みすぎるソファから牧は身を起こした。
「確実にそこだな。……案内はいらんぞ?」
「暇だから魚住探偵が逃亡者を見つけられるか見届ける」
「牧が暇とは珍しいこともあるもんだ。まあ三年だもんな。海南の後輩は手がかからないだろうし、いいよな」
「お前のとことは違う意味で手はかかるさ。……仙道は昼休みはいつも昼寝するのか?」
「昼寝が目的というよりは多分、外が好きなんだろな。寒い日や雨の日は室内にいるし、起きてるぞ」
「……なんかわかるな」
 初めて海の家の裏で仙道が寝ているのを見つけた光景が浮かび、目元がゆるむ。
「そうか? 俺は天気がよかろうが外では眠れんからわからん。楽じゃないだろ?」
「それもわかる。俺も眠れん」
「じゃあなんで外で寝る奴の気持ちがわかるんだよ」
「気持ちがわかるんじゃなく、仙道らしくてわかるという意味で言ったんだ」
「…………」
 魚住はなにか言いたそうに分厚い唇を薄く開けて牧を見たが、牧が片方の口の端を軽く上向けると、また口を閉じて進行方向へと顔を戻した。

 体育館に着くと魚住は手に下げていたランニングシューズに履き替えて外へでた。牧は用具室にある鍵がかかっていないロッカーにある共用サンダルに履き替え、早足で追った。先をゆく2mの背で上半身は見えないが、塗装の剥げたベンチに横たわる長い脚が見えた。
「名探偵だな魚住」
「違う。こいつの逃亡先は三パターンしかないんだ。本当に見つからないと寝過ごして説教やペナルティが増えるだろ。適当な頃に見つけてもらうのを見越してるんだよ」
「へえ……」
 どう考えても舐めてるか甘えてるかのどちらかだが、それを陵南部員はなんだかんだで容認しているのだから随分と甘やかしているものだ……と顔には出さなかったが牧は少々驚かされた。もし海南なら誰がやっても許されないから、面白くも感じた。
「……牧の考えてることはわかる。だがお互い様な部分があるのも否めないもんでな。ほら起きろ、仙道」
 少し背中を丸めて気持ちよさげに眠る仙道の肩へ、長い魚住の手が伸びかけたのを牧が止める。
「起こさなくていい。俺が福田を手伝うから」
「なんでだよ。そこまで甘やかす必要も、牧が手伝う必要もない。それに放っておいたら昼休みが終わっても寝てるぞこいつなんて」
「俺も暇で寝ちまいそうだったんだ。このまま戻ったら中途半端に寝てしまって午後の調子が上がらなくなる。ドリンクやるの懐かしいな。あ、終わったら仙道も起こしておくから」
「でもそれじゃ福田が」
「ほら、行くぞ魚住。早く行かないと福田一人で終わっちまうかもしれん」

 魚住の話を強引に遮り辿り着いた調理実習室では、福田がウォータークーラーにアクエリアスの粉末を入れていた。二人に気付いた福田が訝しげながらも小さな会釈をよこしてくる。牧は「よお」と返し隣に立とうとしたが、魚住が間に入った。
「遅くなってすまなかったな。あとは俺と牧でやるから、福田はもういいぞ」
 憮然とした魚住の横顔を牧は思わずまじまじと見てしまった。三年で他校の俺と一緒では福田がやりにくいだろうと配慮したのだろう。先程『お互い様』といっていた魚住。牧は部活動謹慎から戻った気難しそうな福田や、陵南で一人飛び抜けた才をもつ仙道が孤立することなくプレイできている理由の一端を感じた。
 だがわけがわからない福田はぼそりと呟いた。
「仙道は……?」
「敷地が広大で見つけられなかったから、夜にしっかり説教しとく。福田にひとつ借りだとも言っておいてやる」
 結局理由らしい理由を知らされなかった福田は、仙道のことは置いておくとしても、どうして海南の三年がドリンク係の仕事をやるのかという顔で魚住と牧を交互に見やった。
 牧は多くを聞かれる前に「暇なんだ俺。じゃ、お疲れ」と福田の肩をポンと叩いた。
 眉を微妙に歪めた福田は魚住を見上げたが、魚住もそれ以上言葉がないようで「お疲れ」と一言返し顎で扉を指した。

 福田が用意したドリンククーラーを牧が台車で運ぶ間に魚住が残りのスポーツドリンクを作るよう分担したことで、作業は効率的に進みほどなくして終わった。
「これで最後だな。運んだついでに仙道を起こしておくから、魚住はもういいぞ」
「いや、俺が運んでおく。起こして説教しないと。牧こそもう休んでくれ」
「説教は夜するんだろ? 実はさ、少しあいつと話がしたくてな。勝手に当番に割り込んですまなかった」
「そうか……それを早く言ってくれよ全く。そういうことならドリンクなんてやらんでも……あ、この借りは仙道本人に返させるからな」
「そんな借りはいらん。暇つぶしができて眠気も去って一石二鳥……話もできるから三鳥ってとこか?」
「牧も甘いところがあるんだな。まあそうもいかんのは元主将としてわかるだろ」
 ほんの少しだけ苦く笑った魚住に、牧は同じような笑みで頷き返した。

 台車を用具室へ戻すと牧は仙道のもとへと急いだが、走る必要はなかったと苦笑が漏れるほどに仙道はまだぐっすりと眠っていた。
 まさかまた仙道の夢を見れるチャンスがくるとは。少々強引に手伝いをかってでて正解だった。もし目的の夢─── オレが登場して仙道と普通に接している夢をみられれば。もしくは仙道が別の誰かと性的なことをしている夢であれば、もう俺はオレが登場していたあの夢のことはすっぱり忘れることができる。人の夢を思い返すなど無駄なことをしなくてすむようになる。
 二つの体育館に挟まれた先に見えるグラウンドに人影はない。靴を履き替えてまで体育館から来る者ももういない。ここは人目を気にせずにすむ絶好の場所だ。
 いいところで寝てくれたものだと感謝して、ひとつ深呼吸をする。牧は跳ねる己の鼓動を無視して、閉じている仙道の瞼に二本の指先でそっと触れた。
 仙道の額の上に浮かんだ本を急いで手にして開くと、左側のページには学校の部室らしき場所でスニーカーを、大きな緑色の寿司桶風のたらいに浸けて洗っている仙道が映し出されていた。映像全体がぼんやりと淡い水彩画のようで今にも消え入りそうだ。右側には文字も表示されておらず真っ白だ。洗っているスニーカーはいつの間にかタオルに化けたが、仙道はかまわず黙々と洗っている。
 いつもとは違う場所で落ち着かないせいかは知らないが、朧気に夢をみているようだった。夢がこの先変化しても、得たい情報は見れないだろう。期待していた分だけ落胆したところで、映像は見るのが困難なほどに薄れ、そのうち本そのものが手放す前に薄れて消えてしまった。

 追っ掛け仙道が目を覚ます。
「……んぅ……うん? 牧さん? あー……昼休み終わってたんすか。すんません、寝過ごしました」
 陵南ではない者が呼びに来たため、時間が過ぎてると誤解したようだ。
「いや、あと10分くらい残ってる。表玄関に戻って靴を履き替える時間くらいはあるぞ」
 少しぼんやりしていた仙道は急に瞼を軽く見開くと、後頭部をガリガリとかいた。
「やっべ。昼休み福田と」
「やっておいた」
「え?」
「お前のかわりに俺と魚住が当番をしておいた。大丈夫だ」
「なんで魚住さんと牧さんが?」
「俺が一番暇だったんだ」
 説明が面倒で雑な返事をしてしまったから理由は全くわからなかっただろうに、仙道は重ねて訊くことなくふにゃりと笑った。
「俺は助かったけど、福田驚いただろうな〜。あいつああ見えて、けっこう繊細なんで」
「驚かれたが、まあ残り半分は楽できたんだしいいだろ」
 午前中も何度か仙道を見かけはした。だがこうして二人きりで顔を合わせている仙道は一緒に過ごした二日間のような、電話の最中にふらりと現れたかのような空気感をまとっていて、牧は安らかな温かさに包まれる。
 もっとこの仙道とゆっくり話をしたかったが、そう時間もない。牧はとりあえず聞けることだけ聞いてしまうことにした。
「あのな。唐突で悪いが。お前は翔陽の二年と同室だったな」
「はい、ガードの伊藤って奴です」
「お前はその……伊藤と部屋で過ごすのは初めてだろ。楽しみか?」
「別にそーいうのは。実は挨拶をしたあと、お互い話題がなくて。部屋でも早く集合のアナウンス入らねーかな……って思ってたくらいなんで。まあ煩くなくて良さそうな奴ですがね。つか牧さんは流川すよね」
「うん。無口な奴だと赤木から以前聞いていたが、予想以上だったな。まあ必要最小限の返事はするから問題はないが。あれほど寡黙な奴は俺の周囲にいないから面白くはあるな」
「いいなぁ流川。替われるもんなら替わりたいぜ」
「お前、俺と同室になりたいのか?」
「そりゃね。合宿中は電話もできないし。あ、これって予鈴かな?」
 牧は瞬時に浮き立った気持ちを即座に抑え込み立ち上がった。仙道へ手を差し出しつつ教える。
「昼休み終了の一時の五分前。つまり午後練開始五分前の予鈴だ。行くぞ」
 差し出した手をとった仙道をベンチからぐいっと引っ張って立たせてやる。
「……あざす」
 立たせてやったことに礼を言われたと思い、牧は素直に頷いたのだが。
「牧さんのおかげかな。すげーいい目覚めで……なんか今、気分がすげーいいんです」
 二つの体育館の隙間を埋める青い空。その清々しい青を背に爽やかな微笑みをむけられ、牧は一瞬だけ今自分がどこにいるのかわからなくなった。
(胸に染み込んでくるこの空もこの笑みも、俺は何度も見ている。あの二日間、何度も何度も溺れるほどに。それで俺は…………溺れた俺は………………)
「牧さん?」
 惚けていたのは数秒だろうが牧は急ぐふりで踵を返す。
「……お、俺は関係ないだろ」
「んー……。前も似たような感じだったんですよ」
「前?」
「海の家の裏で寝て、目が冷めたら牧さんが傍にいた時と。あんときも、目覚めが……うまく言えねぇけど気持ちよかったんですよね」
 仙道の夢を読んだことなど気付かれるはずがないのに、牧の心臓はキュッと絞られた。夢を見られた者が目覚めに何か感じているなどと知りようもなければ考えたこともなかった。
「んで、頭がしっかりしてくると、今みたいに驚くほど頭ん中が爽快なんすよね」
 もっと詳しく聞きたくて牧は足を止めて話の先を促すべく振り返ろうとした。
 しかし数メートル先の体育館の扉に手をかけてこちらへ身を乗り出す魚住が見えたため、前に走り続けるしかなかった。















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高校三年で発育も良い牧はヒゲを剃ってるだろうと、電動シェーバー(肌に優しい)を持たせました。
洗髪料は大浴場備え付けを使うので持っていきません。……どうでもいい設定ですな(笑)







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