Let's have fun together. vol.05


 昨夜越野が余分に入れたコーヒーを仙道は耐熱プラボトルに密閉して川に一晩浸しておいた。
 川から引き上げてマグに注ぐと深みのある芳香は全く失われていなかった。香りに引かれ伸ばされた日に焼けた手へ渡せば、暗い液体を覗き込んでから喉へすべらせたのち目を細めた。
「……しっかり冷えてる。美味いよ。格別だ」
 仙道は牧と同じように両方の口角を上げてから、半分ほど一気に飲んだ。ホットでは少し濃い目に感じていたが、アイスにはベストだ。苦味と冷たさで頭の芯まで冴えわたる。
「食後のアイスコーヒーっていいですよね。おかわりありますよ」
「この一杯くらい飲ませてから送り出してやればよかったな。あいつが一番楽しみにしていたのに」
 先程の心のこもった称賛も合わせて越野が聞いたら、ますます牧さんに傾倒していくことだろう。仕込んだ一杯も忘れ、飛ぶように帰った奴の食器は俺が丁寧に洗ってやろう。
「あんな焦ってる時に飲んだって、流し飲みで終わりますよ」
 しっかり味わったほうが値があるってもんですと、まだ飲みきっていない牧のマグへ仙道は残り全てを注いだ。

 二人で炊事場へ行ったが、けっこう混んでいたため仙道だけ戻されてしまった。『お前はテントで片付けや何か進めててくれ。俺は指示がないと動けんから』という殊勝なキャンプ初心者のお言葉に逆らってまで傍にはいられなかったのだ。本当は昨夜みかけたカップルのように、肩を重ね合っていちゃいちゃと洗いたかったけれど。

 少々手荒に簡易椅子を畳んでいると、牧が食器などを抱えて戻ってくるのが見えた。
 仙道が大きく手を振ると、両手がふさがっている牧は代わりに首を傾げてニコリと微笑んだ。
「かっ……可愛い……!!」
 思わず声にした仙道はがくりと膝をついた。こんな恋人や夫婦みたいなやりとりが自然に出来るなんて、二人きりのアウトドアはなんて良いものなのだろう。明日の朝までこんな感じが続くだなんて、俺の心臓はもつのだろうか。
 濃い影がさして仙道が顔を上げると、牧の長い足が見えた。
「どうした急に。腹でも痛くなったか?」
「全然。洗い物お疲れ様っした。水しか出ないから手ぇ冷えたでしょ?」
 立ち上がりざま仙道は手の温度をはかるふりで、食器を持つ牧の手に指を伸ばしたが。
「平気だ。きっちり汚れ拭いてったからな。大事なことだな、下洗いってのは。洗いに使う水の量が全然違ったよ。これを全家庭がやれば水質汚染は格段に改善するだろうな」
 牧の大変真面目な返事に圧されてしまい、仙道の手は行き場をなくす。
「……そっすね。工場排水から考えたら家庭用排水なんてと思われがちだけど。実際は逆なんでしょ?」
 彼好みの返答をすると案の定、「そうなんだよ。どこの市の環境部のデータだったかな……工場排水より生活排水の方が20%以上も高い汚染原となっていた。この認識の差は」と語りだした。
 長く一緒にいるようになってわかったのだが、牧さんはサーフィンをするからか海水や河川の水質汚染などに興味が深い。その手の番組や記事にはよく目を通しているし、サーファーは海岸のゴミ拾いもよくするとも聞いている。俺も叔父と海キャンプをしていた頃はゴミ拾いもしたし、釣りでは海中のゴミを釣り上げては舌打ちをしていたから、まあ……わかる。

 食器を拭いて仕舞い終えると、急に牧さんは照れくさそうに眉根を潜めた。
「悪い。面白くもないことをベラベラと」
「つまんなくねーすよ。なんで恥ずかしがってんの急に?」
「……ちょっと浮かれてた」
「洗い場で何かいいことあったんすか?」
「いや、そういうんじゃない」
 仙道はじゃあ何でと問うように二度ほど瞬きをしてみせた。
「……わからない。なんでだろうな」
 本人もわかっていない顔で首を捻ったので、仙道は笑ってしまった。身についてる叔父のキャンプの教えが彼の気分を上げることに繋がったのかどうかすらわからないけれど。
「ま、楽しいのに理由はいらないすよ。俺なんて朝からほら、浮かれる通り越して別人とか言われてますし?」
「はは。別人じゃないだけマシか」
 軽く笑い声をあげた横顔は笑みの余韻を残している。
 今日はこれからだというのに、もう二人してこんなにいい感じに上がってるなんて上出来過ぎる一日のスタートだ。越野……いや、猫を拾って越野へ泣きついた越野の妹さんよありがとう。


 彫りの深い牧の精悍な顔にテントを通した水色の光が青く濃い陰影を作り上げている。至極真面目な表情のせいもあって、向かい合う仙道は胡座をかいた両膝に両手を乗せると思わず背筋を伸ばし一礼してしまった。
「……さて、今日の予定ですが。今朝も言いましたけど遊び倒します。まず午前中は釣りをします。昼食は釣った魚を食いましょう」
 スマホで地図と釣り堀のサイトを牧へと見せると、眉間を僅かに狭められた。
「釣りって、釣り堀のことか……。そこの川でいいじゃないか、こんな自然の中にいるのに。キャンプの受付で釣り竿レンタルもあったよな?」
「ありますけど、絶対釣れませんよ。道具や腕前のせいじゃなく、時間帯がダメなんです。朝は4時から7時まで。夕方は3時から6時までが釣れる時間帯で、他は釣り竿垂らすのが無駄なくらい釣れません。天然魚は飯を探して食うのが目的の時間帯と、回遊メインで食う気がない時間帯があるんすよ」
「そんなに時間が限定されてるのか。午前中いっぱいくらいなら釣れるもんだと思っていた。なるほどな」
 素直に感心されて、仙道はいい感じに自尊心をくすぐられる。
「釣り堀なら道具も時間も問題ないですし、必ず釣れる楽しさを体験できる。なにより釣りたての美味さも味わえるから、けっこうバカにできないんすよ」
「俺は釣り初心者だから良さそうだが、お前には簡単過ぎてつまらんのじゃないか?」
「牧さんと一緒なら俺は何だって楽しいですよ」
 ニコリと笑ってみせれば牧さんは片眉を上げた。
「調子がいいな。昨日とは本当に別人だ」
「でも普段の俺っぽいでしょ?」
 自分で言うのもなんだが常日頃牧さんの番犬かと思うほど、俺は意図的に牧さんと行動を共にしている。いくら好意に鈍いこの人でも、俺が懐いていることぐらいは自覚しているだろう。
 牧が苦笑ながら頷けば、仙道は満足さそのままに大きく頷いてみせる。
「で、釣り堀までですが直行バスはないので。まずは秦野駅までバスで行って、蓑毛行きかヤビツ峠行きに乗りかえて蓑毛バス停留所で下車しましょう」
「そこ、お前は行ったことがあるのか?」
「ないです。ルートはさっき調べました。まだバス時刻は調べてませんけど」
「流石、自称観光ガイド。仕事早いじゃねーか」
「んな大したことじゃねーすよ」と返しはしたものの。顔の緩みは止められなくて、仙道は顔を見られないように深く俯いてスマホを操作した。


 こんな人通りのないバス停に来るくらいだから、車内はがらがらだろうと踏んでいたのに。ようやく来たバスは適度な乗車率だった。一人がけ用座席の前に牧、その後ろに仙道が座った。車内は大変静かだったので、二人は自分たちにすらも聞き取りにくい小声でポツポツと言葉をかわしていたが、そのうち他の乗客と同じように黙していた。
 降りる者がおらず停留所を二つ素通りしたところで、牧が背もたれに深く背中を預けて首をひねった。
「お前、この辺は知ってるのか?」
「全然。牧さんも?」
 小さく頷いた牧はまた顔を窓へと戻した。色素の薄い瞳が光をうけて縁が少し透きとおっている。
 濡れた飴のように綺麗だと感じたところで、子供の頃に叔父からもらったカンロ飴を思い出した。あまじょっぱい大粒の飴はいつまでたってもなくならず、大きさを確かめようと何度も手のひらに出しては日にかざして。濃い琥珀の色が薄まっていくのが楽しかったっけ。─── この瞳を舐めたら同じようにあまじょっぱい味がするだろうか。
 彼の瞼を指でそっと抑えて舌を這わす自分を想像してしまい、胸が甘やかにざわめく。
「……神奈川に長いこと住んでるのに、知ってるとこの方が少ないような気になる」
 穏やかで低い声が白昼夢に漂う仙道の意識を優しく引き戻した。
「……そうだね。バスってめったに乗らないから遠出したような気分ですよ」
「俺も。車に乗るようになってからなんて、せいぜい電車くらいだからなぁ。なんか乗ってるだけで楽しい。……お手軽だな」
「お互いにね」
 窓の向こうに視線を走らせるあんたの横顔を見ているだけで俺は楽しくて幸せなんだと、続きは心の中でだけ言った。


*  *  *  *  *  *


 バスを降り数分ほど歩くとマス釣りセンターの看板を掲げた建物が見えた。
 手続きをして案内された場所へ移動すれば広々とした渓流の釣り場が青々とした緑に包まれていた。水は綺麗で浅瀬なため、川底の細かな石まで鮮明だ。生い茂る緑は屋根となり、適度に日差しを遮り暑さを忘れさせる。
 存在を知ってはいたが来たのは初めてだった仙道は、想像以上の風光明媚な景色に顔が笑った。その隣で呆けたように牧が零す。
「四角く囲われている濁った池を想像していた……」
「釣り堀もあったけど、渓流釣りにしといて正解でしたね」
 驚きに目を瞠っているのが可愛すぎて、声に笑みを隠しきれなかったようだ。牧さんは少々面映そうに。だがしっかりと頷いた。

 釣り堀で渡されたエサ箱を仙道が開くと、少し拍子抜けしたように牧が呟いた。
「イソメかミミズだとばかり思ってた……」
「あ〜。釣り堀では大体が練り餌すよ。川でも生き餌を使わない人もいますよ、生き餌ほど食いつきが良いわけじゃないけど。練り餌は扱いやすいし材料費も安くて便利なんです」
「へえ……。実はあまり虫は得意じゃないからありがたい。俺もアウトドアは好きな方だが、海辺ばかりなんだよな」
 流れとはいえ牧の苦手なものをこんな形で知ることが出来て、しかもそれが自分が平気な部類なだけに仙道の胸がキュンと音をたてる。
「海は虫少ないもんね。種類も限られてるし。でもまだこの時期だと山もそんなにいねーでしょ?」
「そうなんだよ。昨日も登山中、小さい虫しかいなくてさ。おかげで助かってる」
「もしデカイのがきても俺がいますから。野生児だったんで頼って下さい」
「その時は頼むな」
「もちろんです! 他にもなんでも言って下さいね」
「初めてお前を頼もしく感じた」
 肩をすくめて冗談っぽく言われた。
「なに言ってんすか〜。日頃からなにかと頼りになるこの俺に〜」
 にやけを無理やり押さえつけて口先を尖らせながら、わざと不満そうに装いはしたけれど。何でも自分自身で解決出来る、強くて優しい頼りがいの固まりのような男にこんなことを言ってもらえるとは。
 虫の話題が終わってもまだ、仙道は餌が生き餌だったら毎度自分がつけてあげては感謝されたのかなどと考え続けてしまうほどに。仙道のテンションはぐんぐんと面白いほどに上昇していく。
「八匹放流コースだから、多く釣った方が勝ちってどうです? ハンデつけて、俺五匹のあんた三匹でもいいですよ」
 俺と同じで勝負となれば俄然楽しさに本気が加わる彼は、面白そうに片側の口の端を上げる。
「ハンデなんぞいるか。釣り堀なんだ。初心者だって勝機はあるはずだ」
 見返してくる瞳はエネルギーに満ち溢れて美しい。この強い煌めきはいつだって仙道を容易く高揚させる。
「二時間以内に釣れなかったら川に入ってつかみ取らなきゃだから、釣りきりますよ!」
「おう!」
 双方やる気十分。不敵な笑みを交わしあうと、二人は少し距離を置いて小さな簡易椅子に腰を据えた。

 両隣の釣り場に人がいないのもあって、静けさの中で鳥や虫の声が耳を打つ。
釣り糸を垂れてしまえばウキを見る以外はすることもなく。二人はのんびりと言葉を交わす。
「釣り竿にはリールがついてるものだとばかり思ってた」
「リール巻き上げたかった?」
「ちょっと。なんか格好良いじゃないか。こう、ガーッて巻き上げてんのがさぁ」
 牧が釣り竿を持ち上げてリールを巻く仕草をする。
「海上いけすの釣り堀だったらリールついてるとこもありますよ、水深あるから。神奈川にも何件かあったはずだから、今度そこに……あ」
 最初にヒットしたのは仙道だった。緑を映して暗緑色に輝く川面で仙道のウキの下だけが、明らかに違う水流が発生している。
「おい、きてんじゃないのか? 何で引かないんだよ?!」
「まだちょい早い…………うん……よし、食った!」
 逃げられるのではと焦れる牧の丁度目の前で、キラキラと水飛沫を弾きながらニジマスが空に踊った。
「おお! すげえ、もうかよ!」
「まあ釣り堀ですし?」
 すましてみせながらも、先に釣れて良かったと仙道は一安心する。得意分野くらいは格好良いとこをみせたいなんて、本当に自分は恋する男だぜと。口にはしないが上々の滑り出しに頬が緩む。
 釣り堀に誘ったのは正解だったと、早くも仙道は自分のプランに満足した。

「俺も早くヒットしないかな……」
「餌が取られてる場合もあるから、定期的に引き上げてみるといいですよ。餌がふやけて不味そうになってたりもするし、水草とかに引っかかってる場合もあるから」
「そうだな。……あ、ない。餌もう消えてた。なんだよ〜全然気付かなかったぞ? これじゃ釣れるわけないよな」
 苦笑いしながらテグスをたぐり寄せている様は、いつもより少し子供っぽくてなんともいえない愛らしさがある。好きな人との釣りとはこんなに楽しいものなのかと目尻が下がるのを止められない。
 手慣れた手付きで素早くテグスを引いた仙道は自分の針先の餌を付け替えてみせる。
「餌はね、こんくらいでいいんすよ。たっぷりつけすぎても取れやすいから」
「なるほど。……痛っ。針先鋭いな…………よし出来たっ」
 それっと円を描くように振り回し投げる様からは、肩に力が入っているのが伝わってくる。
「牧さん、リラックスリラックス〜。始まったばっかですよ〜」
「リラックス〜」
 復唱して深呼吸までしてしまう素直さもたまらなくて抱きしめたくなる。
 バスケットでも何でもそうだが、牧さんは人の教えを素直に学ぶ姿勢がある。そして努力を重ねてある程度わかってくると、自分なりの考察を織り交ぜて更に強化し自分の武器にしてしまう。素直だなどと上から思っていられるのは束の間。気を抜けば立場は一転して追われる側に回されている。そんなスリルを感じさせるのも彼の魅力のひとつだ。
 しかし今は、その束の間の“素直に教わる可愛い彼”を存分に味わわせてもらえる、贅沢極まりない時間だ。
「楽しませてもらいますよ……っと」
「俺はさっきから楽しんでるぞ」
 言葉に含むものがあるとは知らない牧は、仙道の独り言へ笑顔で返した。


 仙道は笑みを口元に保ったまま、ぐっと竿を強く握り直した。
( ───別れさせよう。俺が牧さんの恋人になるんだ )
 牧さんは浮気や二股をする人じゃない。だから俺は諦めねばならなかった。でもそんなことは無理だとわかっていたから、酷く苦しんだ。これほど欲しくて欲しくて丸ごと自分のものにしたい人が、俺のこの先の人生でまた現れるわけがない。ならば奪うしか道はないだろ。
 不確定なことを軽々しく口にしない牧さんの性格からして、今もって俺に恋人がいると明かせないのは相手が同性というよりも、まだ深い関係にない線が強い。付け入る隙は早いほどあるはずだ。
 今まで以上に彼を楽しませて俺のいいところをアピールしよう。俺といるのが一番楽しいと思わせて、早いとこ俺を好きになってもらおう。同性でも問題ないとわかった以上は、俺だってもう遠回しに好意を匂わすとか手ぬるいことはしねー。
 攻める。好意に鈍い牧さんにもわかりやすくあからさまにガンガンに攻めて落とそう。俺と付き合いたそうな雰囲気を牧さんからミリでも感じたら、俺が別れてくれと彼の相手に直談判したっていい。今の恋人関係を終わらせる原因が俺なのだから、やれることはなんだってやってやる。みっともなかろーがなんだろーがかまってられっかよ。修羅場でもなんでもこいってんだ。

 腹が決まると、清々しいほどに頭の中はクリアになった。眼前に流れる澄んだ渓流のように、己の胸の底までも全て把握できる。もう俺は臆さない。
 ポチャリと微かに水音がした。やけに研ぎ澄まされた感覚が水面下の魚の姿を捉えた─── ような気がして、仙道は竿を敏速に引き上げると餌を手早くつけ直して先程音が聞こえた場所へ放った。
 絶対に釣れると微塵も疑わずに。


*  *  *  *  *  *


 二匹目を仙道が釣りあげたあとも牧はアタリすらなく。緩やかに時間だけが流れていた。
 天気が良いせいか景色や川面を見ているだけというのも、海を眺めているのとはまた違う良さがあるものだと知る。
 虫の音や鳥のさえずりが昨日の山登りの時と似ているせいか、牧に昨日の衝撃─── 仙道が変だったのは失恋のせいだと聞かされたことを思い出させた。

 大学時代から今現在も、自分が知る限りは仙道に想い人がいる気配は全くなかった。断言するくらい確信があるのは、少ない部活休みは大体一緒に過ごしていたし、プロになってからも似たようなものだからだ。そう考えると俺が知らない、仙道が大学四年の頃に出来たと推測できる。その頃からの片思いが破れたのならば、長くて一年と少しくらいか。
 これほどつるんでいる俺に気付かせないほどの秘めたる恋。それに気付けなかったのもショックだが、教えてもらえなかったのも地味にショックだ。
 確かに俺自身、恋愛相談に向いていない自覚はある。だからって越野には教えて俺には秘密とか。なんでだよ。俺だって話を聞いてやけ酒に付き合うくらいは出来るのに。
 越野はただの旧友のように言っていたが、違うんじゃないのか? 実はかなり仲が良いんじゃねーのか? 会えてはいなくとも越野も仙道と頻回にSNSで連絡しあっているのだろうか、俺のように。……いや、いいけど別に。俺だって宮益や高砂という高校時代からの親友くらいいるし。なんならもっと古い付き合いの奴だっている。
 ……今朝ほど仙道は越野が今日いないことに『ラッキー』と言っていた。越野に叱られずに予定変更できて助かる気持ちの方が、越野不在の寂しさよりも勝ったともとれる。やはりただの旧友の域でしかないのか。

 なんにせよ腹が立つ。俺が一番気にするのは仙道なのに、あいつはいったいどんな女を長いこと気にかけていたというんだ。
 そもそも俺はどうしてこんなにショックを受けたり腹を立てているんだ。別にいいじゃないか、失恋ってことは振られたってことだ。あんないい男が振られるのは全く解せないし、振った女は変人極まりないとは思うが人の趣味嗜好は千差万別だからそういうこともあるだろう。とにかくあいつはフリーなんだからいいじゃないか。

 …………ん? 待て。俺はなんで仙道がフリーなことが救いだと思ってんだ? 関係ないだろ? いや関係なくはないか、彼女ができればこれまでのように晩飯を一緒に食ったり休みを一緒に過ごすのも減るわけだし。
 ……もしかして俺は自分が淋しくなるのを恐れているのか? でも食堂には誰かかれかいる。そもそも俺は一人飯を淋しいと感じはしない。むしろ気が合わない奴と食う方が疲れる。余暇の過ごし方だってそうだ─── って論点がずれてきたな、軌道修正しよう。ええと……まだ仙道はフリーなんだから何も変わっていない、大丈夫。まだ間に合う、落ち着け俺。
 ……んん? 何に間に合うというんだ? わからん。わからんが大事なことな気がする…………。考えろ、何かわかりかけているぞ。引っかかってることに思考を集中するんだ。集中だ……集中…………。


「……さん、牧さん! 引いてる! 竿あげて!」
 竿を握っている両手ごと仙道の両手が上から強く掴み竿先を移動させた。川から引き上げられたテグスと浮きが勢いで空中で踊る。その末端にはキラキラと水しぶきを弾いて跳ねる魚の姿が。
「うえ?!」
「牧さん、こっちに引き上げて! こうっ。そう! おっし!」
 右の足元に釣り上げられた魚がビチビチと跳ねているのを、牧は呆然と見つめた。
 強く握られていた手は仙道の手が去ったことで軽い痺れと涼を感じ取る。
 かいがいしく針をはずしバケツに魚を移してくれた仙道が牧を見上げて、強気な笑みを浮かべた。
「釣れましたね。けどまだ俺が一匹リードすよ」
 昨夜の澄んだ夜空を思わせる漆黒の瞳を煌めかせ、眩しいほどの白い歯を見せつけられて。突然心臓が一試合終えた後のような激しい血流を牧の全身に送り込んできて、喉から上を瞬時に熱く燃やしながら牧の脳へと答えをつげる。
 お前はこの男が好きなのだ、と。

















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飴玉を口から出して見るのは汚くもありますが、子供の頃はそういうことしますよね。
昔、指輪に大きな飴がついてる駄菓子があって、私はそれが綺麗で好きだったな〜。


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