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You made my day. <前編>


 窓から射し込む、まだ夏の名残の濃い日差しが流川楓の腕へ落ちている。男にしては白い肌が光を反射し、先ほどから桜木花道の目に眩しくその存在を主張してくる。日焼けをするとすぐに肌が赤くなり、触ると痛がるくせに、流川はぼんやりと電車の振動に身を任せたままだ。
 花道は小さく舌打ちをしてデイパックから薄手のタオルを引っ張り出すと、鍛えられてはいるが白いその腕へ雑に広げた。
 流川は怪訝そうに眉根を寄せて花道へ視線を向けてくる。
「寒くねえ」
「うるせー、いいからかけとけ」
「暑い」
「日焼けで熱ぃ湯に入れなくなってもいーんなら、返せ」
 花道が大きな掌を流川へ突き出せば、流川は誰も座っていない向かいの座席へ再び向き直り黙してしまった。
(ここで礼の一言でも言えりゃあ可愛げあんのによぅ。ま、そこまでの期待なんざ今更しねぇけどよコイツに)
 溜息を吐きかけた花道の左腕に柔らかなものが触れた。視線を落とすと自分の左腕と流川の右腕が一枚のタオルで覆われていた。
「何だぁ?」
「日差しが移動した」
 言われて再び見やれば、白いタオルが日差しで煌々と輝いている。
 花道の肌は少々の日焼けでは色が黒くなるだけで、痛みはしない。
「俺ぁいらねーんだよ。テメーみてーにヤワな」
 言い終る前に、タオルの下で流川の指先が花道の腿へと移動し、その手を握った。
「………テメー………ず、ずいぶんと大胆な」
 流川らしからぬ行動に動揺した声は電車の走行音に紛れるほど小さい。
「“あずま湯”?」
 行きつけの銭湯のスタンプ満了景品であるタオルの色褪せた文字を唐突に読み上げられた。花道は戸惑いつつも首を傾げる。
「これから行く温泉の名前と違う」
「あー。んなの、誰もいちいち見やしねーよ。見たってなあ、わざわざそんな遠くからようこそいらっしゃいました、ってなもんだ」
「ふーん」
 返事と共に流川の手が離れていくのを察知し、花道は咄嗟にその指を掴んだ。はずみでタオルがするりと床へ落ちる。
 ローカル列車内でまばらに座っている乗客は皆、スマホを見ているか寝ているかで二人を見ている者はいない。それでも花道は慌てて手を離した。
 流川は小さな溜息をひとつ吐くと左手でタオルを拾って呟く。
「手」
「て?」
「乗せろ」
 己の右腿の上に置いた右手を流川が顎で指す。
「な。いや、だって」
「いーから」
 周囲を気にしながらも、そろそろと伸ばしてきた大きな手を流川は掌を返してぎゅっと掴まえる。その上から、すぐさまタオルをかけて二人の腕ごと隠してしまった。
 
 重なり合った掌は花道の高い体温のせいですぐに汗を含む。それでも流川が指先を解くことはなく。花道もまた口を閉じたまま、車掌越しに広がる田園風景を長いこと眺め続けた。



 そう待たないうちにホテルの送迎バスは駅前乗り場へやって来た。家族連れや老夫婦に混ざって二人も乗車すると、バスはすぐに出発した。
 市街地を行き過ぎ山道を三十分ほど走行した頃。林の隙間に漸く見えてきた立派な建物を花道は窓ガラス越しに指差した。
「おい。あれが今夜のお宿だぞ」
 他に乗客がいるため声は抑えたが、かなり浮かれているのが表情から容易に伝わったのだろう。
「立派そーだ」
 流川にしては珍しく、花道の気持ちを更に盛り上げる返事を寄こす。
(立派なホテルで鼻が高ぇぜ親父! 土産買ってってやるからな!)
 花道はまだホテルに入ってもいないうちから、旅行嫌いの父が会社行事で当てた一等宿泊券を譲ってくれたことに深く感謝した。


 通り抜けた広いロビーも使用したエレベーターも案内された部屋も。全てが日常にはない、和を感じさせる厳かな静けさと優美さに溢れていた。
 畳敷きの広々とした和室の中央に置かれた立派な木製のテーブルを挟んで流川と座した花道はやけに落ち着かなかった。
「お。ありゃあ何かな。……空気清浄機か。こんな空気の良さそうなとこじゃ必要ねーだろよ」
 四つん這いで戻ってきて座椅子に腰かけても、五秒もたたないうちに目についた物を見に立ち上がる。
 そんな花道に流川は溜息を零すと飲んでいた手を止め、汲出しを茶托へ戻した。
「ちったぁじっとしてらんねーのか。茶が冷めんぞ」
「う、うっせーや。その茶は俺が入れたんだぞ」
「だから言ってんだ。うめーから飲みやがれ」
 渋々と座椅子の上でお茶を手に胡坐をかくも、どうにもすわりが悪い。
 テレビの豪華な旅番組に出てくる純和風の室内。窓から見える、嘘くさいほど手入れが行き届いている庭。そんな中にとけこんで違和感のない、漆黒の髪と白い肌の純和風美青年な恋人。ここでは毛色の違う自分だけが異様に浮いている。
(高級なトコってのは育ちの悪ぃ俺にゃアウェイ過ぎるぜ……)
 身の置き所がなくて俯いてしまっていた花道に流川は首を傾げた。
「もう風呂に行くか?」
「ふ、風呂はもうちょっと……後にしよーぜ」
 見慣れているはずの流川の美貌が一段と際立って見えるせいだろうか、今のこの状態で一緒に風呂など、色々と危険な気がして頷けない。
 もじもじそわそわとテレビのリモコンの電源を入れたり消したりしている花道に流川は肩を軽く竦めてみせると、やおら立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
「売店。水とかアイスとか買い込んどく」
「おし! 館内探検だ!」
 ホテルに入ってから初めて聞く花道らしい力強い声に、流川は安堵したように目元を和らげた。

 ロビーを通り過ぎ、売店と呼ぶには上品で抵抗がある店内へ入り品物を数個見るなり、花道は鼻白んだ。
「高ぇ。なにもかもが高ぇ。なんでこーんな小せぇ巾着袋ひとつがこんなにすんだよ……」
 様々な工芸品や土産品が並ぶ棚の前で、花道は腕組みをしたまま唸り声を漏らす。
 バスケットのプロ選手になってもう長く、年収もなかなかのものになってはいても、学生時代の貧乏生活の性根は抜けきらぬままだ。そのため父親への土産を選ぼうにも、全ての品物が予算よりゼロが一個。物によっては二個も多くて全く手が出ない。
 こうなったらいつものように温泉饅頭的な菓子でお茶を濁すしかないかと、どこか負けた気分で食品系の一角へと向かう。その途中で突然流川に腕を突っつかれた。
「おい、あれ見ろ。あんな変な髪型の大男がセンドー以外にもいるんだな」
 流川の視線の先、二つ隣の棚むこうに2m近い大男の後ろ姿があった。確かに長めに頭頂部を逆立てた髪型が、ひとつ年上の同業の男を彷彿させる。
「……実は流行ってる、なんてこたねーわな」
「……本人だったり?」
「んなわけあるか。こんな遠くの高級温泉にプロバスケット選手が偶然三人も集うわけ……」
 髪を逆立てている大男の方へ歩いてきた、これまた高身長で色黒の男の横顔に花道と流川は目を丸くする。
「ジイ?」
 けっこう大きな花道の声に視線の先の二人が同時に振り向いて、「桜木? 流川?」と驚きの声を重ねた。

 四人はセレクトショップ(仙道が売店をそう呼んでるのを聞き、花道はひとつ語彙を手に入れた)から移動してビューラウンジの一角に座した。
 美しく磨き上げられた工芸品のような木製の調度品は、知識や教養がなくとも名のある物だと一目でわかってしまう。花道たちとは別のチームに所属している仙道彰と、彼よりひとつ年上の恋人であり形成外科医である牧紳一は、そんな高級感たっぷりの椅子に腰かけていても浮いた感じは全くない。むしろしっくりと馴染んでいるようにすら花道の目には映った。
「……また俺だけかよ」
 花道の不機嫌そうな呟きに覚えのない牧と仙道は顔を見合わせたが、流川は恋人の機嫌など気にせずのんびりと尋ねる。
「先輩達もビンゴすか?」
「ビンゴ?」
「あー、俺の親父が会社のなんとか大会のビンゴでここの宿泊券当てたんだよ」
 花道の補足に納得した仙道が頷き、牧が話に乗る。
「それはラッキーだったな。俺達は普通に宿取っただけだよ。評判良さそうだったんでな」
「シーズンオフ中くらい、ちょっとは楽しまないとね」
「医者にもシーズンオフってあるんすね」
 仙道の言葉に反応した流川に牧は苦笑した。
「いや、俺じゃなくて仙道がだよ。俺はただの有休消化」
「この人、放っておいたら全く有休使わないどころか、休日も急患で呼び出されるからね。休ませるのが俺の第二の仕事みたいなもんさ」
「ジイ達はけっこう二人で温泉とか泊まったりすんのか?」
「ここ数年くらいから、年に二〜三回か? 車で四時間かからん程度の範囲内ばかりだが。な」
「うん。交代で運転して疲れない範囲。桜木達も車で来たの?」
「俺らは免許持ってねえ。センドーも車持ってんの?」
「いや、免許だけ。二台もいらねぇし、あんま使わねぇのに維持費払うの馬鹿らしいから。昔はバイクも持ってたけど三年前に手放した」
 ふぅん、と相槌をうった花道は、ハッとして隣の流川をみた。案の定、顔に『車移動は楽そうでいい』と書いてある……ように見えた。
(面白くねぇ。なんかしんねーが俺の格が下がりっぱな気がするぜ……)
 花道は何に対してかはわからないものの、対抗心がメラメラと湧いてきて話題を変える。
「ジイ達は何階の部屋なんだ? 俺らは三階」
 この温泉は五階建てで、一階から順番に部屋のランクが上がっていく。二階までの部屋にはユニットバスしかなく、ワンフロアに四室しかない三階は部屋風呂と独立したトイレがついた豪華な部屋なのだ。
 得意げな顔の花道から、何故か牧は少々困り顔で目を逸らした。
「……俺達は………四階だ」
 落とされた牧の声音に花道の表情が曇る。
「え……。もしかして、すっげぇ高ぇ部屋じゃね……? 四階って確か二部屋しかねぇんだったよな?」
 彼らは『普通に宿を取った』としか言っていなかった。そのため、このホテルの中では手頃な値段(それでも花道の感覚からすれば、自腹であれば利用しない額だが)で部屋数も多い一階か二階と踏んだのに。最上階の五階は展望大浴場と展望ラウンジバーしかない。つまり四階フロアはこのホテルの最上客室で、パンフレットでも大きくとりあげられていたバカ高くてむやみに豪華で広過ぎる部屋……。
「いや、まあ、それほど高くはなかったはずだ」
「そうそう、三階の部屋とあんまり変わんないよ? 俺達もさ、いつもはもう少し安い温泉宿だよね。今回はたまたまだよ」
「あぁ。三階の空き室がなかったから、仕方なく四階にしただけで」
 牧と仙道は顔を見合わせて、うんうんと互いの言に頷き合っている。
「いっすね、部屋に露天風呂」
 三人があえて口にしなかった。いや、できなかった設備を流川がズバリと言ってしまった。
――― 恋人同士で備え付けの露天風呂がある部屋に泊まる。
 じわりと三人の額に汗が浮かぶ。牧は腕を組み天井から吊るされている洒落た照明を見上げ、仙道は乱れてもいない己の耳の上の髪をしきりに撫でつける。花道は居たたまれなさに己の開いた両膝の間に頭を落としてしまった。
「牧先輩?」
「あぁ、うん。朝風呂が良いらしいから楽しみだよ」
「夜も入ったらいーじゃないすか。風呂、広い? 二人ぐらい余裕すか?」
「そ、そうだな……入れなくはないんじゃないかな?」
「? 牧先輩、顔赤いすけど。あ? センドーも?」
 見ないでも二人の顔が赤いのは想像に容易く、花道はぐいっと上体を起こすと流川の肩へ手を置いた。
「やめとけ流川。もう喋んな。勘弁してやれ」
「何がだ。俺が悪ぃことでも言ったってのか? ……おい、テメェも赤ぇぞ、どうした?」
 訝しげな流川の肩を桜木はぽんぽんとなだめるように叩いた。

 妙な雰囲気を打開すべく、仙道はおもむろに腰を上げると牧へ明るい声をかけた。
「なんかここ、ちょっと暑いよね。部屋に戻りましょうか」
「あぁ。じゃあな、桜木、流川」
 牧は渡りに船とばかりに立ち上がった。脇を通り過ぎようとする彼のジャケットの裾を流川がつまんで止める。
「部屋の露天風呂、見てみたいっす」
「バッ、バカ野郎! 何言ってんだテメ―は!!」
 すかさずパコーンといい音をさせてスリッパで流川の後頭部を叩く。
「なにすんだどあほう……どういうつもりだ……」
 怒りでゆらりと立ち上がった流川が花道の胸倉をつかんで立たせる。
 仙道が花道の手からスリッパを取り上げ、牧は流川の両肩を掴んで引き離す。
「落ち着け、流川。違うよ、桜木はふざけただけなんだ」
「こんなところで不穏な空気を作るな。今から部屋を見せてやるから。な」
「え。そりゃまずいだろジイ。いいって、んな甘やかさねぇで」
「甘やかすってなんだ。大体な、テメーはさっきから何が言いてぇんだ」
「こら、流川もいちいち桜木の言葉に反応するな。桜木の言動がおかしいのはいつものことだろ。ほら、いいから行くぞ」
 牧が流川の肩を抱いて歩き出す。その数歩後ろで花道は隣を歩く仙道へのみ届く小声で「すまねぇ」と詫びた。花道の猫背になっている背筋を伸ばすように仙道は強めに叩くと「牧さんも言ってただろ。いつものことで慣れてるよ」と笑い零した。
 四人集まると似たようなことが何度かあった。それらを思い出した花道は、牧と仙道へ未だに張り合ってしまっていた自分が可笑しくなる。この二人の前で見栄も格好もつける必要はないというのに。
 花道は己の赤い髪を両手でぐしゃぐしゃとかきまわすと、大きく息を吸い胸をはった。

 降り立ったエレベーターホールには豪奢な独り掛け用のソファが一脚。壁には美しい装飾的なライトと絵画が厳かな空気を演出している。その一角を中心として、両側面の壁にはそれぞれの部屋へ通じる扉があった。
「俺達の部屋は右だ」
 カードキーを通して開かれた扉の中へ足を踏み入れると、玄関ホールの広さと天井の高さに驚いた花道が思わず声をあげる。
「うっへぇ〜天井高ぇ〜。なんで玄関に椅子があるんだ? おー、部屋も立派だなー。んん? こりゃ洋室? いや、和室か?」
「和洋室っていうんじゃねーかな。和洋折衷? こっちがリビングルームであっちがベッドルームだよ」
 壁紙・照明・ソファや調度品など全てが落ち着いた高級感に溢れており、ここまで完璧に別世界を作り上げられてしまっていると、もう三階の自室と比べるどころではなく。
「すっげーな! こりゃすげーわ! ここまできたら笑うわ」
 圧倒され過ぎた花道は隣に立つ仙道の背中をバシバシと叩いた。流川も牧に案内されながら、「すげー」と珍しく驚きを口にしている。
 広々とした豪華な室内からテラスへ通されると、花道と流川は同時に「おお……」と感嘆の声を漏らした。
 大理石で作られた湯船からは透明な湯がこんこんと溢れ流れてゆく。
「源泉かけ流しだそうだ。浴槽まわりの床は濡れているから、靴下気を付けろ」
「……すげー」
 先ほどから同じ返事しかしない流川に牧はフッと笑うと仙道と一緒にテラスから出ていった。
 湯の表面は鏡のように生い茂る樹木の緑と空の青を映しながら揺れている。緑の香りを含む爽やかな風が、湯船から立ち上る白い湯気を連れて足元を吹き抜けていく。露天風呂は陽光を弾く湯の清新な煌めきも加わり、開放感と清涼感に満ちていた。
「いいな……」
 流川の素直な呟きに花道はなんとなく小声で尋ねる。
「オメー、そんなに露天風呂好きなんか?」
「のぼせねぇから長く入れる」
 頷きながら返されて初めて、流川が家風呂で烏の行水なのは浴室が狭い(自分達が大柄過ぎるせいだが)せいではないことに気付かされる。
「かけ流しも楽そーでいい」
 返事をしてこない花道に、流川が珍しく追加の説明をしてきた。
「……そっか。いいな、部屋に露天風呂ってのは」
「ん」
 露天風呂の横に設置されている休憩用の竹で出来た椅子に腰かけ、ガラス天板のテーブルに頬杖をついてボソボソと話しているのを、牧と仙道は開け放した扉の奥。部屋の巨大なソファから微笑ましく眺めていた。

 コの字型に設置された革張りのソファから手招きされた花道と流川は少し距離を置いてソファへ身を沈めた。お茶を出した仙道が牧の隣に腰掛ける。
 仙道へ会釈をし汲出しを手にした花道が口を開く。
「キツネの提案なんだけどよ。ジイ達も晩飯は部屋食だろ? なら俺らの部屋で四人で食わねえ? こうして会うのもクリスマス以来だしよぉ」
 牧と仙道は顔を見合わせてからすぐに首肯した。
「賑やかでいいな。この部屋でも構わないぞ?」
「うんにゃ、俺らの部屋にしようぜ。ここよりは狭ぇけど、四人くらい楽勝だし、三階の部屋もなかなかいいもんだぜ?」
 じゃ決まりな、と一口でお茶を飲み干した花道へ仙道が声をかける。
「なあ。俺達はこれから大浴場に行くけど、お前らはどーすんの?」
 一瞬考えるような顔をみせた花道だが、すぐに二カッと白い歯を見せた。
「ちょっくらホテル周辺を観光してくるわ。滝とか土産屋とかあるみてーだったし」
「俺達も滝は観てきたぞ。悪くなかった」
「そっか。よっし、行くかぁルカワ」
 小さく頷いた流川は居住まいを正し頭を下げた。
「部屋、見せてくれてあざした」
「おう。夕食の頃……六時半くらいにお前らの部屋に行くから。宜しくな」
「す」
 流川の返事と一緒に花道も牧と仙道へ頭を下げた。仙道が口の端で軽く笑む。
「桜木、ホテルの人に飯の件、連絡入れ忘れんなよ」
「忘れねーよ。んじゃ、飯ん時にな」
 別室のベッドルームやパウダールームや室内風呂には見向きもせず、さっさと帰っていかれて仙道は軽く肩を竦めてみせる。
「あっさり帰りましたね。もっと学生時代の悪ふざけのノリであちこち開けたり漁ったりするもんだと思ってたのになぁ」
「大人になったんだろあいつらも」
「まあねえ……昔から、どーもあいつらはガタイに反して幼いというか。ひとつしか年が違わないと思えなくてさ」
 つい面倒みるはめになるっつーか……と整った濃い眉をハの字にして首を傾げた。
 珍しく照れを含めた仙道の表情に牧は頬を緩める。
「俺も。あいつらの前だと年の離れた兄になったような気で振舞ってしまう時がある」
「兄なんだ。ジイって呼ばれてるのに」
「煩いよ。さて、桜木がフロントへ電話を入れる前に電話するかな」
「何で……あ。晩飯、あいつらの分も俺らの部屋と同じのを用意してもらうのか。んで、差額はこちらが払うからって?」
 頷いた牧へ仙道は眼尻を下げた含み笑いを浮かべる。
「……なんだその顔は。何が言いたい」
「“ジイ”でも“兄”でもなく完璧にあいつらの“パパ”だな〜って」
「お前、本気で黙らせるぞ」
 牧が腕を伸ばして仙道へゆるいヘッドロックをかませてきた。
「ウソウソ。許してパパ〜。……う……まじ苦しい。ギブ、ギブだから!」
 


 ホテルを出た花道は両腕をめいっぱい天に突き上げ、濃い緑の香りを胸に吸い込んだ。日は傾いてきているが空は高く澄み渡っている。
「くあ〜〜〜……気持ちぃーなあ〜!」
「意外だった」
 隣を歩く流川の、いつもながらの主語も脈絡もない呟きに、花道は「へ? 何が?」と首を捻る。
「テメーは滝より四人で大浴場入りたがると思ってた」
 流川は学生時代、部活の合宿でわいわいと賑やかかつ楽しそうに大浴場で遊ぶ花道を何度も見てきてた。だからそう思うのも無理からぬことではある。しかしあれらは決められた団体行動だったからであって。花道としては今も昔も、風呂はゆっくり落ち着いて入りたいし、なるべくなら流川の入浴姿を他人には見せたくないのが本心だ。
「もとから四人で来たんじゃねんだから。晩飯一緒に食うんで十分じゃねぇか」
「…………」
 当然ながら花道の本心など理解していない流川は納得がいかない表情を崩さない。
 何事にも『どあほう』などと水を差しはするが、流川はこう見えて、基本的には花道が喜ぶことはなるべくさせてやろうとする節がある。だから自分に興味がないことであっても、大概のことは無表情ながらも付き合ってくれるのだ。
 そんな流川なりの優しさを知っている花道は仕方なく続ける。
「あっちも俺らもデートだっつってんだよ。最初からクリスマスん時みてぇに四人で遊ぶ予定じゃなかったろ?」
「ふーん……」
「そーいうもんなんだよ。大体、晩飯だってもしかしたらあっちは二人きりで食いたかったかもしんねーんだぜ?」
 全く考えもしなかったのだろう流川の目がわずかに曇る。
「…………クリスマス以来だったから……顔合わせたのは……」
 だんだんと俯き加減になっていく流川の頭を花道はぽんぽんと軽く叩く。さらさらとした黒髪の感触が気持ちいい。
「気にすんな。オメーがジイのことを好きなのは皆知ってる。だからジイもセンドーも即決だったんだろ。オメーと食いたくなったんさ」
「気持ち悪ぃ言い方しやがって。テメーもだろが」
「そうそう。俺もお前もセンドーも他の奴らも、みーんな、な」
 どんだけ野郎に好かれやすいんだよあのジイは、と花道のカラカラと笑う声が静かな林道に吸い込まれていく。
「センドーは俺らとは違うだろ」
「お? それくらいはわかってんだな」
「バカにすんな、どあほうのくせに」
 昔から他人の気持ちに興味を示さない流川が、牧と仙道が自分達と同じ関係にあると知ってから、少しずつ変わってきていた。特に牧の気持ちを探ろうとし、距離を縮めようと試みているように思える。そのたどたどしい成長までも花道にとっては可愛くてたまらない。流川の髪をくしゃくしゃとかきまぜるように撫でて、煩そうに手を払われてもまだ花道は破顔したままだ。
 白い歯を見せている恋人を少々悔し気に睨んでから、流川は足を止めると抜けるような空を見上げた。
 仕事仲間やチームメイトはいても流川にダチはいない。別にそれで本人に不便や不満がないのだから、俺はかまわねーと思ってる。無理して作るもんじゃねーし、ダチってのは気付けば“なってる”もんだ。
 でももしかしたら流川は初めて、ダチになりてぇと望んでいるのかもしれない。確かにジイは文句なくいい奴だ。でも先輩な上に父親のような存在になってしまっている。しかもジイも流川とはまた種類の違う天然だから、ダチという同列になりてぇ流川の気持ちに気付けるか微妙過ぎる。
(随分と難しい相手を選んじまったな……。けど、応援してやりてぇぜ)
 花道は流川の不安を消すように声を張る。
「でーじょーぶだ。ジイは懐が広いからな。ダテに長年老け顔してねーよ」
「もう年齢より顔は若ぇ気ぃする」
「はは! そーかもな! それ、いつかジイに言ってやれよ。喜ぶぜ。さーて、まじ土産屋探さねぇと。本物のジジイに土産買わなきゃなんねんだよ俺ぁ」
 流川は目を細めると「俺も買う。親父さんに佃煮」と、花道にだけ伝わる淡い笑みで返した。











*next : 後編









高級な温泉宿やリゾート地をTVで見るとすぐ、牧と仙道が二人で利用したら…と
想像して幸せになるので、自分に縁がなくても見てて大変楽しいです(笑)


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