You made my day. <後編>
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時間通りに牧と仙道は花道たちの部屋へ訪れた。 既に大きなテーブルの上には隙間がないほど料理が並んでいる。二人は表情を輝かせながら座椅子へ腰を下ろした。 「これは凄いな……食べ切れないかもしれん」 「残したら俺が食ってやるよ。んじゃ、まずは乾杯といこーぜ! カンパーイ!」 「いきなり乾杯かよ。ま、いーけど。ほら、流川もグラス持って。乾杯〜」 「カンパイ」 洒落た細いカットグラスに注がれたビールを四人は一息で飲み干すと、早速料理に手を付けた。 「ん。美味い……が、なんの白和えだろう。胡麻麩と……これは胡桃か?」 「牧さん、この『長月献立』に書いてあるよ。えーと、それは前菜の……これかな?」 「いーじゃねぇかなんだって旨けりゃよぅ。あ、そうだ。メインは肉にしといたから。どんだけ旨ぇ魚をちまちま食ったって腹ぁ膨れねえかんな。やっぱ肉食わねぇと、肉。だろ?」 「肉はあとで焼きたて運んでくる。黒毛和牛」 「俺は魚でも良かったかなぁ。魚はなんだったんだろ?」 「なに年寄りぶってんだよ、センドーのくせに。あ。そーだよなー、ジイこそ魚の方が良かったよな。胃もたれすんだろ?」 「なあ桜木。何度も言ってるが、お前と俺は二つしか違わないわけで」 牧の話を花道は片手で遮ると、その手で流川を指し示す。 「冗談だよ。俺はわかってるから肉を選んでおいてやったぜ。わかってねぇのはコイツ」 行儀悪く今度は箸で指された流川が眉間を寄せる。 「違ぇ。俺が牧先輩には魚って最初言ったのは、消化にいーからだ」 「牧さん大事にされてますねぇ」 「……別に俺は胃腸に問題などないし、肉も好きだ。お前らが一般より食うだけであってだな」 「まーまーまーまー! 二度目の乾杯といこうぜ! こういう小洒落たグラスは小さくていけねえや」 ビール瓶を差し出され、仙道は自分のグラスに手で蓋をした。 「酒はもうこれで。俺は今夜は飲むより食いたいんだ。ビールは特に、すぐ腹が膨れるからさぁ」 「牧先輩もあんま飲まねー方がいっすよ。夜も風呂入んでしょ」 「あー……まあ、そうだな」 苦笑いを浮かべた牧へ流川はほんのわずかだが口角を上げて頷いた。 楽しい雰囲気は食を進ませる。途中運ばれてきた黒毛和牛の味噌漬け焼きも、最後の水物で運ばれてきた柿のグラニテも。すぐにそれぞれの胃袋へ収まってしまった。 「器がどれもやたら高そうだからよー、ちぃと気ぃつかっちまったぜ」 「あー。俺、あんまり焼き物ってわからないんだよね。これって伊万里焼? 有田焼だっけ?」 「俺に聞くなよ、俺だって知らん。……ん? どうした、流川」 「完食すね」 「あぁ。俺の胃袋は健康だからな」 さりげなく年寄り扱いを回避しようとしている牧の返事に、仙道と花道は忍び笑いを洩らす。しかし伝わって欲しい肝心の御仁は常の無表情のまま、どういう意味での返答なのかわからないが、長い睫毛を一度瞬かせて返していた。 一般の夕食事時間の半分ほどという早さで食べきった四人は、深い満足感と満腹感のもと、晩餐をお開きとした。 自室のバルコニーで夜空を眺めくつろいでいた牧と仙道だったが、それほどたたないうちに冷たい秋風を含んだ夜気に酔いを醒まされてしまった。 牧がぶるりと寒さに体を震わせると、仙道は視界の隅で湯気を上げている露天風呂を指差した。 「温まりません?」 間接照明で琥珀色に揺れる牧の眼差し。そこには迷いが見て取れる。 温泉は二人で選んだが、部屋は仙道が決めた。照れ屋の牧はパソコンの予約確認画面を見せられた時に眉間を曇らせたが、『わかった』とだけ口にした。彼も納得ずくのことではあったのだが、しかし昼間の出来事は彼の中でハードルを上げさせたのだろう。 (それでも一度決めたことでは、あんたは逃げない) 柔らかな牧の髪を夜風が乱すのをただ見つめる。彼が自らの意思で動いてくれることを願いながら。 やがて根負けしたように牧は視線を外し俯くと、丹前の紐を自ら解いた。 橙色のライトが牧の褐色の肌をより濃く、艶めかしく浮かび上がらせ、紺碧の夜が際立たせるように蒼い影で縁どる。 仙道は牧の肌にかけ湯をしながら深い感嘆の溜息を吐いた。 「あいつらに昼間の風呂を見せといてよかった……。夜の、この光の下のあんたの肌を欠片も想像させたくねぇ」 透明な湯をはじく滑らかな肩先へ仙道はそっと唇を落とした。牧の肩がぴくりと撥ねる。 「馬鹿なことを。でも今回のことで俺はこりた。次は部屋に露天風呂のないタイプで頼む」 今度は牧が仙道の背へ湯を流してくれる。優しい指先が項から背中を何度も甘やかすように撫でてくれるのが、とても心地よい。 「もっと高い宿なら、全室露天付きもあるよ」 「そういう話じゃない。……それにあまり広過ぎても落ち着かないだろ。桜木達のいた部屋くらいがいい」 「そう? あ、もういいよ。入ろうか」 横並びで入り、冷えた体に染みわたる熱い湯に深い吐息を零す。一気に体の力が抜けてゆき、二人は表情を緩ませる。 暫し言葉もないまま、ライトアップに照らされ幻想的な様の森林を濛々たる湯気越しに眺めた。 「……桜木はいくつになっても純情で困るよ」 隣から聞こえてきた恥ずかしさを含んだ呟きに、仙道はこの非日常の風景や熱い湯も彼の羞恥をぐずぐずに溶かせはしなかったかと落胆する。 あんただって桜木に負けず劣らず恥ずかしがり屋で、いくつになっても純情さや奥ゆかしさが消えない。俺はずっと困りながらも、それすらたまらなく愛しくて辛いんだよ……などと。顔を隠すように顎まで湯船につかってしまった愛する御仁へ正直に言えるはずもなく。 「あいつはわかってるからまだいいんだけどねぇ。流川がなぁ……」 仙道は牧の機嫌を損ねないよう、己の気持ちに蓋をして無難に返す。 「確かに。さっぱり読めん。天然の上に寡黙だからなぁ」 目を瞑って首を振る牧の耳に触れそうな距離まで顔を寄せた仙道が、内緒話のように声を潜めてつげる。 「あいつは天然というより宇宙人すよ」 瞼を開いて顔の近さに驚く牧にできた隙を見逃さず、仙道は浴槽と背の隙間に腕を通して牧の腰を抱いた。 「お前……桜木の想像通りのことをここでする気か?」 「だってあんた、さっきからあいつらの話ばっかすんだもん」 「何言ってんだ。妬くような話じゃないだろが」 ちょっと不貞腐れた顔をして腰に回した手に力をこめれば、あからさまに狼狽して唇を噛む。常日頃が泰然としているだけに、こうした様子もまたギャップが大きい分、人を惹きつけると本人は全く気付いていない。 仙道の右手が双丘の狭間に移動してきたことに戸惑い、牧が身じろぐ。湯が咎めるようにぱしゃりと小さな音をたてた。 「………するなら、ベッドで」 視線から逃れるように火照った顔をそらす恋人へ、意地悪く問う。 「ふぅん……。まだ頭の中に俺以外の誰かがいて、そいつらの言うことを優先するんだ? つれない人だね」 「だから、……っ……そういうわけじゃない」 牧に密着した仙道の左腕や指が黄金色にたゆたう湯のすぐ下で、魚のように優雅な動きで牧の体表を辿っていく。もう片方の仙道の指先は暗がりで、隘路に忍び込もうと撫で擦ってくる。 「そういうことだよ。自分じゃ出来ないみたいだから、俺が自力であんたの頭から追い出すしかないね」 反論を封じるため言い切るなり、熱を帯びた唇を奪う。ひるんだ隙にとろけそうに柔らかな下唇や逃げる舌を深く貪れば、湯気のせいでいつもより早く酸素が不足する。そう長くは続けられなかったが、それでも牧の目縁を濃い薔薇色に染め変えるには十分だったようだ。 「あんたが最優先すべきなのは誰か、今から思い出させてあげますよ」 潤んだ金褐色の瞳で咎めるように見つめてこられても、妖艶さにますますそそられるだけだというのに。いくつになっても学習しない人だ。 「四階別室の湯船はここと逆方向だから、どんなに鳴いても俺以外には聞こえない。たっぷりイイ声、っ?!」 話の途中でバシャリと湯を顔へかけられた。一瞬動きを止めた仙道の濡れた頬を、牧が熱い舌で舐めあげる。 「……話はもういい」 至近距離からのぞいた瞳に漸く劣情が灯ったのを見い出した仙道は、己の唇の上の滴を舌先ですくい飲み込んで嫣然と微笑んだ。 食後は花道の予想通り、流川は「飲み過ぎた。眠い……」と畳にごろ寝してしまった。 昔から流川はどこでも暇があると寝てしまう、寝るのが趣味のような男だ。静かに眠る流川の横で花道はゲームをしたり雑誌を読んだり、何もせずぼんやりする穏やかな時間が好きだった。 今もこうして眠る長い睫毛や細い鼻梁を眺めているうちに気が緩み、心地よい軽い疲れも手伝って瞼が下りてくる……。 頭をそっと撫でられているような不思議な感覚に花道はゆっくりと目を開けた。驚くことにその感覚は現実で、流川が花道の髪を梳くように指を滑らせている。 「……ど……どーした?」 「俺は腹ごなしにもう一回大浴場に行く。テメーは?」 流川から頭を撫でられたことなど数えるほどしかなければ、返す声や言葉までも珍しく柔らかで。流川らしからぬ言動に戸惑ってしまう。それでもやはり嬉しさが勝り、胸は踊り高鳴る。花道はもう少し横になっていたがる身体の声をあっさり無視した。 「行く」 花道の返事に立ち上がった流川は、「片付けて敷いてってくれたぜ」と座卓と座椅子があった空間に敷かれた二組の布団を指差した。 「全然気付かんかった……けっこうしっかり寝ちまってたんだな」 喜んでいると悟られないように、なるべく普段通りを装う。けれどどうしても緩んだ口元が直せなくて、花道は俯きながら両頬の内側を噛んでやり過ごす。耳や項が己の染めた髪と同色化していて、感情を雄弁に流川へ伝えていることなど気付かずに。 大浴場の広々とした露天風呂は冷たい夜風が吹きあげる白い湯気で周囲をぼんわりと白く滲ませている。遠くの街灯りがぼんやりと儚げな色味で光り、揺れている。 内風呂にはまばらに人はいるが、露天風呂は花道と流川しかいない。 「まるで貸し切りみてーだな。はあ〜極楽極楽〜っと」 湯舟はゴツゴツした岩で囲うように作られている。後頭部を岩の上にあずけて、両手両足を湯の中でめいっぱい伸ばす。ふよふよとクラゲのように漂う開放感に鼻歌も出るというものだ。 「♪お〜お〜お〜 天才ぃ〜オレは天才〜 なにをやらせても〜てーんさぁーい〜フフフン……さぁくらぎぃ〜花道ぃ〜…い?」 数メートル先で湯が跳ねる音に花道は視線をやると、驚き硬直した。なんとあの流川が両腕を平泳ぎのように動かして湯船の中を移動しているではないか。あんなガキっぽいことをするなんて。夕食の酒が過ぎたのかと一瞬思いもしたが、振り返ってみれば午前中に乗った電車の中からずっと、どこか彼らしくなかった。もしかしたら自分同様に流川も最初から浮かれていたのだろうか。 口をぽかんと開けている花道に気付いた流川が湯の中で腕をすいすいと動かしつつ、うさぎ跳びの要領でトントン跳ねながら隣へ戻ってくる。 「部屋に露天風呂あんのは便利だろーけど。でっけぇ露天風呂のほーが、やっぱいい」 桃色の頬を緩ませる、いくつになっても変わらぬ美貌の恋人に、花道は返事も忘れて魅入ってしまう。 相槌も寄越さないことに気を悪くもせず、流川は続ける。 「手足伸ばして、テメーと並んで入れるしな」 「っ……!!」 尋常ならざる可愛さ爆発の発言に、これは夢かと息を呑む。自分はまだ部屋の畳にごろ寝をしているのではないかと。そうじゃないなら完全にキツネに化かされている。それなら……ば。 花道は上半身を湯船から出してぐるりと周囲を見回す。露天風呂へ通じる奥のガラス扉の向こうにも人影がないことを確認すると、流川の頬へ唇を素早く押し付けた。実は昼間の入浴中も、白桃の果皮のように美味しそうになった頬に触れてみたいと思っていたのだ。 二秒もせずに離れた花道の背に流川の笑いを含んだ呟きが届く。 「フキンシン」 「うっせー。されたくねぇんなら、んな顔すんな」 「どーいう顔だってんだ。こっち向いて説明しやがれ」 常とは違い、声までどこか甘さが含まれているのもいけない。振り向いたらまた目を奪われてしまうとわかっていながらも、つい首を捻ってしまう。 「……誘ってるとしか思えねーんだよ」 「だったら?」 肩越しに見える流川は白い湯気と煌めく白い湯に溶けてしまいそうな淡い笑みを口の端に乗せた。希少な高山植物が花開いているような可憐さの中に、捕食者を痺れ麻痺させる毒が隠されている。その複雑な美しさにこそ花道は目も心も強く引き寄せられてしまうのだ。 「化かされてたってかまわねぇや」 花びらのようにほころぶ唇が溶けて消えてしまう前に。花道は奪うように荒っぽく唇を重ねた。 片側壁面を占める磨かれたガラスは昨日より雲が増えた青空を映し、冴え冴えとした朝の光を室内へ透過させている。 全てのホテル利用者の朝食は、この明るく清々しい別館のレストランでオーダー式バイキングとなっているため、けっこうな賑わいに満ちていた。 花道と流川は朝風呂でいよいよ空いた胃袋へ、せっせと料理を詰め込んでは追加注文を繰り返していた。 「最後にもう一回、甘いもん食うかなぁ。それとも……」 再びメニュー表へ手を伸ばしかけた花道は、レストランへ入ってきた牧と仙道を目の端に見つけた。軽く手を挙げればすぐに仙道が気付いて二人のいるテーブルまでやってきた。 「案外寝坊なんだな。ジイだから朝は早いと思ってたぜ」 軽い挨拶の後で軽口をたたいた花道に牧は相手をせず、二人の皿へ目を落とした。 「お前らはもっと朝から食うのかと思ってたよ。案外普通なんだな」 「こいつんは全部三周目。俺は二周。牧先輩……もしかして風邪ひいたすか?」 「……体調悪そうか?」 流川はこくりと頷いて「声もあんま出てねーす」と言うなり桜木へ向き直ると「テメー、風邪薬もって来てたよな?」と尋ねた。 花道はちらりと牧の方へ目線をやったあと、気まずそうな顔でただ首を振る。流川が不審気に首を傾げたが、仙道がその肩を軽く叩いた。 「大丈夫、俺が薬もってっから。さ、牧さん。早く食って早く薬飲んで、さっさと治しましょーか」 仙道にニッコリと笑みを向けられた牧は不承不承といった態で頷いた。 「センドー達は車だから、チェックアウトギリギリまでいんの? 俺らは送迎バスの出発時間にあわせて出っけど」 花道は苦々しい顔の牧から目を背け、ことさら明るい声で仙道へ聞いた。 「そのつもりだよ。じゃあ、またな。お前達も気を付けて帰れよ」 「あんたが全部運転しろよ」 仙道を指差しながら流川が言い放つ。言外に、帰りの道中は牧に負担をかけるなと言っているのが全員に伝わる。 牧は後頭部を無意味にかくと、流川へ真面目な顔を向けた。 「俺は大丈夫だから。それにその……昔より少し細くはなったが、体が弱くなったわけじゃない。声は……ちょっと室内が乾燥してたせいで。すぐ戻るよ」 「寝て帰れば早く治るっす」 有無を言わさぬ力強さで牧の言を一蹴した流川は、また仙道を射貫くように見つめる。仙道は両手を小さく上げると苦笑交じりに宣言した。 「わかった。約束する。心配すんな、俺が牧さんを大事にしないわけねーだろ」 「テメーが無理させたからじゃねぇか。反省しやがれ」 その場の流川以外の面子が凍った。 数秒後、花道へ牧と仙道の視線が集中する。花道は何も自分は言ってないと表明すべく、必死で首を左右に振った。 微妙な空気を消すべく、仙道はおどけたように小首を傾げて苦笑してみせる。 「反省した。これからはもっともっと大事にするよ」 「たりめーだ。大体テメーは牧先輩に甘え過ぎんだ」 「さて。腹も減ったし。早く飯にしよう。じゃあな、桜木、流川。行くぞ、仙道」 これ以上流川に喋らせないようにと牧は掠れた声を明るく張って遮った。仙道も「そーしましょう、行きましょー」と牧の背を手で押すようにして足早に去って行った。 帰りの送迎バスは行きの時よりも人が少なかった。まだ何泊かする者もいるのだろう。 バスの揺れに身を任せているうちに、ここはきちんと確認しておくべきかもしれない……と、花道は重い口を開いた。 「……あのな。朝飯食い終わった頃、ジイ達と話した時にだなぁ」 小声で話す花道を流川は黙って見つめることで続きを促す。 「オメー、ジイが風邪ひいたのはセンドーのせいだ、みてーなこと言ってたよな。なんでそー思った?」 「かまかけただけ」 「か、かま……?」 ケロリと言い放たれ、思わず復唱した花道へ流川は鼻で笑った。 「で、勝手にセンドーがゲロった。なんもしてなけりゃ反省なんてしねーだろ」 「あー……そーだな。なんでかまかけて確認したんだ?」 「牧先輩は自己管理がしっかりした人だ。なのに風邪をひいたってことは、センドーが先輩に無茶させたってのが一番ありえる話だろが。でも普通に先輩が風邪ひいた可能性もなくはないからな」 「ムチャ……」 仄かに頬を赤らめる花道とは対照的に、流川は忌々し気に口先を尖らせる。 「はしゃいで露天風呂に何度も入らせたりとかよ。しそうじゃね?」 「あ、あぁ。だな。一緒に入りたがりそーだぜ」 「そりゃ入るだろ。牧先輩は甘いからな、少々狭かろうが我慢しそーだ。大方センドーがのぼせさせたか湯冷めさせたんじゃねーの」 「まあまあ。そう怒んなって」 「クリスマスに泊まった翌日に風邪気味になってた時もあっただろ。俺らと牧先輩はもう違うっつーことくらい、なんでわかんねーんだか」 医師の牧はスポーツ選手で体を鍛えることが仕事のうちな自分達とは違う。そこを踏まえてもっと大事にしてほしいという真摯な思いが伝わってくる。それと同時に、やはり流川は全くなんにも気付いていないことも理解できてしまった。 「……さっきんでセンドーもわかったんじゃね。真面目な面してたし?」 「どーだか。最近はわかっててやってんじゃねぇだろな、とか。ま、人ん家のコトだ、外野はあれ以上言えねー。つか、もうしらねー」 流川は匙を投げるように言い捨てると瞼を閉じてしまった。 花道は以前もこんな会話をしたことを思い出す。……仙道に言った方がいいのだろうか、流川と翌朝も会いそうな時は少々控えてくれないかと。しかしあまりに無粋で言えない。向こうだってわかっていて気を付けてはいても、の結果かもしれないし……。そもそも、流川の言う通りあちら側の事情なのだから、俺だってジイが恥ずかしがろうが知ったこっちゃねーや。 そこまで考えたところでふと、ナニをドウすれば。しかも露天風呂なんぞで。いや、もしかしたらベッドかもしれないが、あれほど声を枯らすまでに喘がせられるのか気にかかる。教えてもらいたい気がしないでもない……けれど、やっぱり想像するのも怖くて絶対に訊けやしないけれど。 「先輩達は車か……」 ついつい下世話で邪なことを考えてしまっていた花道は、突然の流川の呟きに肩を跳ね上げた。しかし目を瞑ったままの流川は気付かずに続ける。 「バスとか電車には乗んねーんだな……」 「……車が羨ましーかよ」 「送迎バスも電車も悪かねー。……それに」 花道が流川の横顔をみやる。 「車に駅弁は付いてこねぇ」 バスの狭い座席では大柄な二人が並んで座るととても窮屈だ。どうしても肩や腕が重なってしまうし、膝もぶつかる。そんな狭さを利用して、花道は己の体で隠すように流川の手をギュッと握った。 「またどっか行こーぜ。でっけえ露天風呂があるところにもよ」 返事の代わりだろう、流川が花道の手を強く握り返してきた。 * end * |
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牧と仙道があまり飲まなかったのは、夜に部屋の露天風呂に入るからです。
花道はけっこう飲んでたけど、少し寝たから問題ないかなと。 え、何が問題かって? 飲酒後にお風呂は体に悪いからですよん。ふふふ…v |