Sugared lies.  vol.04_omake


 ICUでは二時間おきに脈拍・熱・出血している血液量など計られた。この頻回な計測のために手術後の患者はここにまとめらているのかもしれない。
 食事もないので計測以外は全く何もすることがないため、酸素マスクをしたままうとうととしているうちにまた眠っていたようだ。瞼を開けるといつの間にか周囲は薄暗く、消灯されていたことを知る。
 起きていても機器に繋がれた熱のあるだるい体では、寝返りもまともにうてやしない。意識がしっかりしてくると室温の高さと自身の38℃の熱と、酸素マスクの息苦しい暑さで苛々がつのる。
 加えて周囲の患者(カーテンで区切られているが、広い一室に十名を超える術後の患者が自分同様にベッドに横たわっている)のいびきや唸り声、様々な機械音を聞いているしかない時間は、軽い拷問に等しい。
 暑くて不自由な中でじっとしていると心底うんざりした。時間の進みが異様に遅く感じて気が滅入りながらも再び眠りに落ちていたようで、また計測で目覚める……という繰り返しを幾度か経て漸く長い夜が明けた。

 点滴のせいだろうか、ここでは水しか口にしていないのに一晩中腹は減らなかった。朝に腹が減らない日が二日連続とは滅多にないことなので、自分の体とは思えない。点滴とは凄いものだ。
 朝には酸素マスクや酸素濃度計などが外されて、やっと少し自由を得られた気がして深い溜息が漏れた。とはいえ、数種類の管と機械に繋がれてはいるから、手術前より不自由な状態に変わりはないが。
 それほど病状が辛くないせいか、沢山の機器に繋がれて行動が制限されるのが自分には大きなストレスになっている。望んで病院に来て施術してもらっておきながら勝手なものだ。


 朝食(といっても水と鎮痛剤などの錠剤)後の医師の回診では「自立歩行が出来るようになったら病室に戻っていいですから」と言われた。
 早く自室に戻りたい一心で「もう立てます」と傷口の痛みに耐えてその場で立ち上がってしまい、「牧君、突然立ったら立ち眩みするからダメだよ! ゆっくり!」と看護師に叱られてしまった。謝りつつも医師を窺い見れば、「もう立てるとは早いね。スポーツやってるからかな。……点滴につかまって少し歩いてみる?」とチャンスをくれた。
 傷口の痛みが顔に出ないように気を付けながら、ベッドの脇を二度ほど自力で往復してみせる。これで病室に戻る許可を得られると思ったのに。
「歩けてはいるけど、やっぱり足取りが少しおぼつかないね。まあもう一晩くらいゆっくりしてってよ。カテーテルは外してもらっていいから」
 よろけたつもりもなかっただけに落胆が大きく、牧は下唇の内側を噛む。医師はそんな牧の顔を見るなり苦笑いで「夕方の数値次第かな。また昼間に来るから、それまでテレビでも見て休んでて」と機嫌を取るようなことを述べて去って行った。

 カテーテルを外す時の不快感は暫くじんわりと残ったが、それでも開放感が勝る。医療用弾性ストッキングも介助をうけてなんとか脱げば、『もう今すぐここから出ていいんじゃないのか?』とまで気持ちが上がった。実際、カーテン越しに聞こえる他の患者の辛そうな息遣いやうめき声を聞いていると、自分がいるような場所ではないと思うのだ。他にもっと辛い患者がゴロゴロいるだろ、とも。
 手術着から病衣に着替えると、看護師が車椅子を持ってきた。自力で歩けると断ったが、「転んだら牧君大きいから介助大変なのよ〜。レントゲン室まで乗ってくれる?」と拝まれてしまえば断り切れなかった。

 昼食はパンと柔らかく煮た野菜二種類と牛乳。
 やっとまともな食事が出て気持ちが浮き立つ。ジャムもなければトーストされてもいないただの食パンをこんなに美味いと感じたのは初めてのような。絶食すればなんでも美味さ三割増しだ。おひたしみたいな味の薄い野菜の煮物ですら、いける。看護師が運んでくれる際に『全部食べられたら点滴外せるかもしれないけど、無理して食べきらなくていいからね』と言っていたが、点滴どうこうの話がなくとも楽勝でたいらげてしまった。
 食事の最中はもっと量が欲しい気がしたのに、食べ終えてみれば十分満足した。やはり一日半の絶食後だからか。病院食というのはそこらへんも考えて出されているのだなと、当たり前のことにまた感心してしまった。

 昼食後。再び回診に来た医師へ牧は早く病室に戻りたい旨を伝えた。食事も完食してトイレにも自力歩行で何度も行けているから、病室に戻っても問題ないと主張する。
 医師は暫く測定の数値を見て渋い顔をしていたが、「まあ……いいでしょう。でも今夜は安静にね」と念願の許可を出した。
 午後四時前に看護師と一緒に病室まで歩いて戻って良いとの正式なお達しに、牧は礼を述べながら心の中で『よしっ!』と握りこぶしを作った。
 (これで仙道に余計な心配をかけなくてすむ。きっと手術の結果を気にしてるだろう。早く会って伝えたい)
 術後の状態の知識もなければ自分の状態がどうなっているかなど、あまり深く考えておらず軽く約束してしまったせいではあるが。結果的に有言実行になった。そのおかげで今夜はここで過ごさなくて良いことにも思い至り、気が随分と軽くなった。

 病室までの付き添い看護師には「よっぽどICUが嫌だったんだね。気胸だとだいたい二日くらいICU泊なんだよ」と微笑まれてしまった。
 確かにICUは退屈過ぎたがテレビもイヤホンあるし、煩さからいえば病室も部屋の者の体調によっては似たようなものだ。だから“よっぽど嫌”と言うほどではない。俺が一泊のみで出たがったのは、翌日(今日)の夕方までには戻っていると仙道と約束したことが気にかかっているからで……などと頭の中では瞬時に返答したけれど。
 話せばなんとなく面倒なことになりそうなため、牧は「……はあ、まあ」とだけ返した。



 





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梅園が入院した時のICUを参考に書きましたが、きっと色々なタイプのICUがあると思います。
実際、親友が入ったICUはもっとカオスな空間のようでしたし(苦笑)
 私は昔から小説や映画などの入院シーンが細かいほど好きな性質でして。
いつか自分が書く時には詳細に書きまくろうと思っていたのですよ。
 で、こうして書いたのですが。小説に入れるとなると多過ぎると余談になっちゃうためカットになりました。

 でもきっと、私のように事細かく読みたい方もいるかな……と思って、オマケとしてここに残しました。
面白味ないですが、誰かお一人でも『なるほど牧も頑張ったのね』と思ってもらえたら幸いですv

オマケまで読んで下さった貴女へサプライズになったらいいなーと、手術着と医療用弾性ストッキングに
着替えたぷち牧を描き下ろしました。白ストッキングの自分の足に恥ずかしがっております(笑)
点滴付きのチェストドレーンバッグはデフォルメして描いてます。サイズとかも気にしないでねv




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