Sleeper train vol.06
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晩飯は高松駅から徒歩2分でいける、骨付鶏が有名な老舗店『一鶴』にした。 香川県の名物といえばうどんだが、地本では塩コショウと店舗によって異なるオリジナルスパイスで漬け込んで焼く骨付き鶏も有名だったからだ。 到着した店は予想とは異なりとても小洒落て明るく、綺麗だった。早い時間にもかかわらず席はほぼ埋まっている。二人は手早くメニューを決めて注文をすると、椅子の背もたれにどっかりと体を預けた。 「あー腹減ったぁ。この店内に漂う美味そうな匂いで飯が食えそうだ」 「俺も〜。やっぱ肉の焼ける匂いはたまりませんねぇ」 メニュー表に書かれている説明を見ながら牧は「ふぅん」とつまらなさそうに鼻を鳴らした。 「創業60年とは随分と老舗だな……」 「今、あんたが考えてること当てましょうか。“店内がこう明るく現代的だと、老舗って感じがしなくてありがたみが減る”でしょ。違う?」 「ほぼ当たり。もっとタレとか煙が染み込んだ古臭い店の方が好みなんだよ。ま、老舗に勝手なイメージ持ってるだけなんだけどさ」 彼のたわいのない話を聞けるのも、どこか気恥ずかしそうにおしぼりで手をふく様子を向かいで眺めているだけも、楽しい。 「お前相当腹減ってたんだな」 「え。なんで?」 「店入ってからずっとニコニコしてるだろ。まあ気持ちはわかる。俺もそろそろがっつり肉を食いたいところだ」 いくら美味いうどんとはいえ、三食うどんじゃあなぁ。やっぱ肉には勝てん……などとしみじみ頷かれてしまった。歩き回ったわりにはさほど食欲はない気がしている。 しかし牧に同じ気持ちと思われているのが嬉しくて仙道は調子を合わせた。 「うどんやサラダに添えられてる程度の肉は、肉食ったうちに入りませんからねぇ」 重々しく賛同の首肯をした牧に仙道は殊更嬉しそうに白い歯を見せた。 お冷を飲み干してしまったところで料理が運ばれてきた。テーブルに料理が並べられた途端、二人は目を輝かせる。 「うっわー美味そう!」 「熱いうちに食おうぜ。いただきます!」 「いただきますっ。うわ、熱ぃ」 仙道は若鶏の骨付きモモ肉を焼いた『ひなどり』に豪快に齧り付いた。パリパリの皮に柔らかで肉汁があふれる身は絶品だった。牧が食べている骨付き鶏『おやどり』も美味いようで、頬張りながら満足げにコクコクと頷いている。 「すっげー美味いすね! こんな美味い鶏、食ったことないかも」 「俺も。こっちも食ってみるか?」 頷きつつ皿を交換する。おやどりの方が噛み応えがある分、旨味が深い。柔らかさはひなどりの方が勝るが、こちらの方が好みに感じた。 「おやどり、美味いすね。噛むほどにジュワ〜っと肉汁と旨味が広がる。鶏の味が一段濃い感じ?」 「お前そっち食っていいぞ。俺はこっち食うから」 「え。いや、そんな意味じゃなくて。いいっすよ〜なんでそんな甘やかすんですか」 慌ててひなどりが乗っている皿を取り戻そうとしたが、牧は皿を仙道から遠ざけた。 「お前の感想は食い物でも観光でも、聞いてて楽しい。だから……そうだな、感想の礼みたいなもんだ。遠慮せずに食え」 話しながら脂のついた指をペロリと牧が舌で舐めとる。 ちらりと覗いた赤い舌先。少し厚みのあるふっくらした唇が脂で濡れたように光ってやけに……やけに? 男の舌先や唇になんで俺は目を奪われてんの? 何でこんな焦ってんだ? 凝視されていたことに気付いた彼が首を傾げかけたが、すぐにおしぼりへ手を伸ばした。凝視は行儀が悪いと見咎めていたのだと勘違いしたようだ。 「違うから! んなこと気になんてなりませんよ、俺もするし」 口早に仙道はつげたが、牧は「そうか」と苦笑いしながら、手にしたおしぼりで指先をぬぐった。 仙道は奇妙な罪悪感を腹の底に押し込めてなんとか言葉を続ける。 「感想なんて、そんなの。……寝台特急代金立替払いした上に、飯まで美味い方を俺に譲るとか。あんたが損ばっかで、なんかもう……」 自分で話を戻したくせに、口にのせてみれば改めて申し訳なさがつのり、食べる手が止まってしまった。 「……美味いと言いあって、楽しく飯が食えて。一人旅だったらこうはいかないだろ。ほら、俺には得しかない。それよりいいから、とりめしを皿の脂につけて食ってみようぜ。これが美味い食い方って書いてあるんだし」 牧は肉を皿のはしに寄せると豪快にとりめしを乗せて混ぜた。タレで色艶が濃くなったとりめしを口に運ぶ。 「……どっすか?」 「美味い。……ほらな。俺は感想を言うのが下手なんだ。特に食い物は、美味い・不味い・まあまあ食える。大体この三つくらいしかボキャブラリーがない、つまらん奴なんだよ」 言いながら牧がフッと自虐的に笑った。 「そうかなぁ? もっと色々聞いた気がするし、全然つまんなくねーすよ。俺、あんたと飯食うの好きだもん。あ。そういや、牧さんが不味いって言ったの一回も聞いたことないかも。うどんにレモン入れた時も言ってなかったよね。つーことは、この旅行での飯は牧さん的にも満足ってこと?」 「そうだな。十分過ぎるくらいだ」 向けられる、ほころぶような微笑みが嬉しい。自然と自分の口角も上がってしまうほどに。 なのに、まただ。今日何度も感じている、妙な不安感がぶり返して胸をざわつかせる。食事を終えて駅へ戻って、また寝台列車に乗ったら。この旅の終わりが来てしまう。そんな当たり前でわかりきったことが頭をよぎっただけなのに。 「……痛苦しい、かも」 「え。どうした、大丈夫か? どの辺だ」 「いや、なんかこの辺りが……。んん? ……やっぱなんでもないみたい。平気っす。すんません」 「その辺りは胃か肺か……。疲れがでたのかな……無理して食わんでいいぞ」 「残したら牧さんが食べるってんでしょ。イヤですよー、美味いから自分で全部食います〜。わけてあげませんよーだ」 無駄な心配をかけてしまったため、それを振り払うように仙道はあっさりと、かつ少々ふざけてみせた。 「いらねぇよ。それならサラダ食え。少しは胃の負担減らせよ、肉や米ばっか食ってないで」 「サラダはお昼に食べたから、もういいんです〜」 「あんなもん、食ったうちに入るか」 また元気に鶏へ齧り付く仙道に牧は苦々しい返事とは裏腹な柔らかい微苦笑を見せた。 牧はおやどり一皿と枝豆、それとおにぎりと烏龍茶を二つずつ追加オーダーした。店員が厨房へ戻ってから仙道は尋ねた。 「そういや、牧さん酒頼まないの? ビールもありますよ。鶏に合うんじゃない?」 「お前飲みたかったら頼めよ。俺はいらん」 「飲むならビールだけど、今から飲むと腹が膨れて追加分が食えなくなるからいらないす」 俺に遠慮しないで飲んでとメニューを牧の方へ向けようとしたが、そっと指先で押し戻された。 「んー……実はあまり酒は強くないんだ。自主的に飲みたいとも思わない」 苦笑いで答えられ、仙道は目を丸くする。 「へ? だって、旅の楽しみは……ってワンカップ出してきたじゃないすか」 「あのワンカップは眠剤がわりだ。飲むとてき面眠くなる。日本酒だとちょうどあの一杯分。ビールだとジョッキ一杯。酔いは顔にあまり出ないが……酒に弱いのは似合わないから内緒にしておいてくれると助かるかな」 「似合わないとか、んなこた思わないすけど」 目の前で軽く手刀を切られて、仙道はコクリと首を縦に振った。 もしかしたら、ついてきたとはいえどこか緊張や遠慮を感じている俺を少しでも楽にしてやろうと、気遣って出してくれたのではないだろうか。眠剤用の大事な酒を……。 「……駅でワンカップ、売ってますかね」 「さあ……あるんじゃないかな。なんだ? 飲みたくなったか?」 「や、あんたの眠剤補充に」 「いらん。行きの時に用意したのは、初めての寝台列車だったからだ。もう飲まなくても寝れるのはわかったし、今夜はシャワーも使う。すぐ眠れるだろ。いいよな、寝台列車。全然寝れるよ」 「寝れますね。合宿のせんべい布団よかずっと寝心地いーし、揺れも気になんねーし。あ、牧さん今夜こそB寝台のベッドで寝て下さいね」 「俺はあの床にゴロ寝の方が気楽だよ。ベッドは揺れたら落ちそうでな」 おどけたように肩をすくめる牧に「落ちないって」と軽く笑い返しながら。仙道はもうすでに自分以外にも何人か知っていそうだと思いつつも、牧の小さな隠し事を知り得た喜びに浮かれた。 出発まで時間を潰すべく高松駅二階のUCCカフェプラザに入った。流石に腹が一杯だった二人はコーヒーだけ注文する。 注文を終えてもまだ牧がメニューを見ているので、仙道は少し身を乗り出して覗き込んだ。 「……牧さん、もしかしてホントはまだ食えるんじゃないすか?」 「食えねぇよ。お前、俺がどれだけ胃袋デカイと思ってんだ」 「じゃ、食えたとしたら。どれ頼みたいです? これなんてどう?」 壁に貼られているオススメメニューのワッフルの写真を指さし、説明文を読み上げる。 「『オーダーごとに焼き上げられ、 外はカリッ、中はふわっとした食感の焼きたてワッフルがおすすめです。』だって。美味そうじゃない?」 「……腹に隙間さえあればなぁ」 至極残念そうな声音に仙道は笑った。 「牧さん実は甘いもの好きでしょ」 「あぁ。お前は?」 「俺もけっこういけますよ。けどしょっぱい系のスナック菓子の方がよく食うかな」 「あー。たまに食いたくなるよ。甘いもの食い過ぎたあととか」 「そんなに甘いもの食うんだ。なら、神奈川戻ったらデザートバイキングとか行ってみますか」 「お前はそんなに甘いの食えないだろ。俺は恥ずかしいから遠慮しとくよ」と肩をすくめられる。 そんなことはないし、別の店でもいいからと強く誘おうとしたところで、店員がサイフォンで入れたコーヒーをテーブルまで持ってきて目の前でカップに注いでくれた。なかなかない丁寧なサービスに、普段だったら喜んでいただろう。しかし望まないタイミングだっただけに仙道は素直に喜べなかった。 牧は店員へ軽くお礼を言うとカップを手に目を細めた。 「いい香りだなぁ。癒される」 「うん……」 美味そうに熱々のコーヒーをゆっくり味わっているのを邪魔できなくて。どうして旅が終わってからの約束を全て流そうとするのか聞けなくなる。 昨夜、実はけっこう人に気を許さない俺が、彼にはなんでも喋り、醜態まで晒した。そのせいかはわからないが、一夜にして関係が一気に親しい友人レベルに変わった気がしている。それはきっと彼も同じだと感じるのは俺の楽観的かつ希望的観測のせいだけではない。今日一日ずっと一緒にいて、そこは確信できている。なのに、何故だろう。この旅が終わると、またもとのバスケでしか繋がっていない関係に戻ってしまうような不安が消えない。 多分自分は今、あまり冴えない顔をしている気がする。そしてきっと、敏い彼がそんな俺を見て何も言ってこないのは……俺の不安──── バスケでの繋がりのみの関係を彼が望んでいる、なんて。……ひょっとして、俺が彼に好意を持ってしまったことに気付いてしまっていて、これ以上会わないようにと警戒されてる、とか。 ない。んなことあるはずがない。気持ちに気付かれるもなにも、俺自身が彼への気持ちを自覚したのは数時間前でしかない。そのあとで何回か少しだけいい雰囲気を感じた気がしたけれど、その度に肩透かしみたいな返事をされていたんだ。てことは、やっぱり牧さんには気付かれていないってことだろ。 そこまで一気に考えたところで、こんなことを考える自分はもう、勘違いですませられないほど彼を好きになってしまったのだと、どこか寂しい気持ちとともに自覚する。 この旅の間に気持ちを伝えたいなど思っちゃいない。けれど好きになった人とこの旅限りで終わりだなんて、あんまり過ぎる。 仙道は薄暗い疑心暗鬼と寂しさを飲み干すようにコーヒーを呷った。 (大丈夫。さっき店員がこなければ、次に会う約束を取り付けられていたはずなんだ。まだ時間はある。焦るな) 自分自身に何度も胸中で言い聞かせる。そうしなければ自分達には次はないような不安が現実のものとなりそうで。 普段飲んでいるインスタントのコーヒーとは違い、この香り高いコーヒーはとても苦く喉を焼いた。 * * * * * 晩飯に出る前にみどりの窓口に寄り仙道の分の切符を購入しておいた。キャンセル空きがあったのは予想通りノビノビ座席のみだった。金銭的にこれ以上牧へ頼るのは心苦しかったため、仙道としては内心助かったくらいだ。しかしそれは今夜も一人はB寝台、一人はノビノビ座席ということで。 ──── 今夜こそはなんとしても牧さんにB寝台で寝てもらいたい。俺がいなければ彼は往復であのベッドを使っているのだから。 駅のホームで電車を待つ間、仙道の頭にはそればかりがまわった。 列車が発車すると牧が「瀬戸大橋からの夜景を観よう」と誘ってきたので、B寝台を出てノビノビ座席へ向かった。 すっかり慣れたゴロ寝席で二人腹這いに横になれば、仙道の口からは深い安堵の吐息が零れた。肩が触れる場所に牧と二人きり。それだけで先ほどまで感じていた微妙な寂しさは薄れて穏やかな気持ちになれた。 「疲れたか? 橋渡り終わったら、タオル貸してやるからシャワー浴びてこい。で、早く寝るといい」 「疲れたんじゃないす。なんか……ホッとしただけ」 列車の揺れとガタゴトいう振動音と風を切るような低い走行音。他にも適度な雑音と隣にいる彼の穏やかな気配に包まれて、このまま一緒にここで寝れたらいいのにと願ってしまう……。 心地よさにうっとり瞼を閉じていると肩を突っつかれた。 「おい、起きろ。そろそろ瀬戸大橋に入るぞ」 気付かぬうちにまた少し寝ていたようで、慌てて車窓の景色に目をやる。 最初のうちは海岸沿いにオレンジの色味が強いささやかな夜景が瀬戸大橋の鉄骨の合間に見え隠れしたが、すぐに辺りは真っ暗になった。 「……真っ暗すね……たまに白い光の小さい点が…………? どうしたの、牧さん」 両肘を床につけたまま頭を抱える牧に仙道は首を傾げた。 「すまん……ちょっと考えればわかるよな。夜だし、海の上を走ってるだけなんだから、ただ真っ暗いだけに決まってる。瀬戸大橋がライトアップされてたって、そこを走行してたら見えるわけがない」 ボソボソと呻くように話す牧を見ていると、それほど気にかけさせていたことの方が申し訳なくなる。 「なんで謝るんすか。海の上を走ってる状態がこんななんだってわかって、俺は満足ですよ?」 「……そうか?」 「うん」 手を頭からおろした牧がちらりと視線を寄越してくる。仙道はもう一度力強く頷いてから、「見せてもらえて良かったっす」と言い切るように伝えた。 牧の弱り切ったような表情がゆるゆるとはにかんだものに変わる。突然仙道の後頭部をわしわしと撫でてきた。あたたかで力強い手が気持ちいい。少しでも長く撫でてもらいたい犬のような気持ちで仙道は少しだけ首をすくめて車窓を眺める。 本当はもともとそれほど車窓や夜景に興味はないことは黙ったままで。 岡山駅を過ぎる頃、牧はボディパックからタオルを二枚取り出し、一枚を仙道に渡してきた。 「ペラッペラだがないよりマシだと思ってくれ。シャワーカードを買う場所は昨日見たから覚えてるよな? ボディソープとリンスインシャンプーが備え付けてあるはずだ。先に使って来い」 「後でいいすよ。牧さんお先どーぞ」 「なに言ってる。さっき寝てたくせに。いいからさっさと入ってこい。シャワーの湯が出るのは6分間だからな」 「じゃあ、牧さんB寝台で寝て待ってて下さいよ。あがったら知らせにいくから」 「……わかった。暗証番号覚えてるか?」 「もちろん。んじゃ、途中まで一緒に行きましょう。あ、タオル借りますね。あざす」 礼を言いながら細い階段を下りる。牧もあとをついてきた。 狭いながらも脱衣かごや備え付けのドライヤー等がある脱衣室で衣類を脱ぎ、シャワーカードを入れてシャワー室に入った。機能のみ追及したような狭い空間はどこかメタリックで、宇宙船のセットの一部ようでなんとなくわくわくする。 熱い湯をあびれば様々な疲れが一気に流されていく。シャワーを止めるとトンネルにでも入ったのか轟々と重苦しい振動音が大きくなった。仙道は音に紛れる程度の鼻歌を歌いながら備え付けのボディシャンプーに手を伸ばした。 こざっぱりして一息ついたところでB寝台へ行くと、ベッドに座り腕組みしたまま牧は眠っていた。 一日や二日くらいシャワーを浴びなくたって平気だろう。起こしたくない、このまま寝かせてあげたいと仙道は強く思った。しかし座ったままでは疲れは取れない。起こさないまま横にさせられないかと、牧の頭部と肩に手をまわそうと近付いて動けなくなった。 足元を照らす常夜灯の淡く柔らかなイエローの光の下。柔らかそうなブラウンの髪と伏せられた濃い睫毛が列車の振動で繊細に震える。通った鼻筋の下でぽったりとした下唇がほんの少し開かれ、その柔らかさを教えてくる。堀の深い端正な顔に落ちる影の暗さまでも美しかった。 薄暗く狭い部屋の中は絶えることのない列車の走行音で満たされている。そんな非日常の空間が感覚を狂わせるのだろうか。まるで古い映画の世界に飛び込んでしまったようだ。彼がこのまま美しいブロンズ像にかわっていく錯覚に囚われて胸が切なく引き絞られる。 牧の呼吸を確かめようと、仙道がそっと指先を牧の唇へ近付けようとしたところで列車はガタンと大きく揺れた。 列車の揺れと同時に飛びのくように身体を逸らしたせいで、仙道は壁に背中をしたたかに打ち付けた。その痛みで強制的に現実に引き戻される。 瞼を開き顔を上向けた牧は一瞬だけ焦点が合わないようだったが、すぐに状況を把握したようだった。 「……ん? あぁ、あがったのか」 「うん。シャワー気持ち良かったすよ」 「そりゃ良かった。じゃあ俺も入るかな」 タオルを手にした牧が立ち上がる。それに伴い一緒に出ていこうとした仙道の肩を牧はそっと押し戻した。 「お前はここで待ってろ、湯冷めする。寒かったらエアコンの暖房あげろよ」 壁のコントロールパネルを顎を示され、仙道は首を左右に振った。 「俺、今夜はあっちで寝たいです。せっかくなんだし違うとこで寝てみたい。……牧さん?」 僅かに見上げてくる視線に戸惑えば、牧が髪に触れてきた。 「髪が下りているのを初めて見た。……随分と幼くなるんだな」 優しく細められた瞳が照明のせいでまた蜂蜜のようにとろりと潤む。その美しさに先ほどの自分らしからぬ乙女な錯覚が再びよみがえって心臓が跳ねる。 「が、合宿ん時とか見てませんでした?」 心臓だけでおさまらず声まで変に跳ねてしまった。しかし牧は気にならなかったようだ。まだ少しだけ寝起きの穏やかさを連れたままのようなゆっくりとしたペースで答えてくる。 「覚えてない……。逆立てている時は髪型を崩しそうでうかつに触れないが……こうしてると触り放題だな」 ふわりと微笑みながら額に降りている髪をすき上げてくる。優しい指の動きと丸く硬い指先の感触が気持ちいい……。 仙道は牧が撫でやすいようにと深く顔を俯けたまま呟いてみる。 「なら俺、牧さんと遊ぶ日は下ろそうかな」 「……もう十分触った。逆立てるのはお前のアイデンティティだろ、逆立てとけよ。その方が似合ってる。じゃ、入ってくるな。お前も湯冷めしないようにしっかり髪を拭くんだぞ」 当たってほしくない予想通り、離れていく指先。一気に言い切ると返事を待たずすり抜けるように出ていってしまった。 優しい声音で突き放した男の背中が見えなくなっても、まだ仙道は閉ざされたドアを見つめながら下唇を強く噛み締めていた。 *Next : 07 |
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UCCのコーヒーが美味しくないわけじゃないです、仙道の気分がそう感じさせただけです! |