Sleeper train  vol.04

金毘羅神社へ通じる表参道は歴史を感じさせる古い土産屋や飲食店などがひしめき合うように並んでいた。人通りも丸亀城周辺よりもかなり多い。
「人が増えてきたなぁ……。『一生に一度はこんぴら参り』って言われるだけはありますね」
「あぁ。しかしこう店屋ばかり続かれると、参拝に来てることを忘れかける」
「すよね〜、多過ぎ。あっ! 牧さん、あれ見て!」
仙道が指さした先にある看板を牧が読み上げる。
「『うどん好きが驚いた かまたまソフト』……釜玉うどん味のソフトクリームか?」
「そんなんあるんだ、凄いなぁうどん県は。あ…牧さん、あれ……」
視線で仙道は牧の目線を誘導する。仙道の視線の先、店から出てきたばかりの男の子の手には奇妙な形のソフトクリームらしきものがある。
「遠目のせいか、うどんに見えるよね……。なんだろあの緑の。それとあれ、黒蜜かけてある……?」
「食おう」
「え!? えー…、いや、俺はいっすよ。なんか不味そうだもん」
「なんだよ、そんなに興味津々の顔しといて。俺が一個買って毒味してやる」
「ええー? そこまでしなくても。……え、マジ? なら俺も買いますよ〜」
迷いなく店に入ってしまった牧の後ろを仙道は慌ててついていった。


注文時、店員の兄ちゃんに「ねぎは多目? 少な目? あ、醤油はあっちでお好みでかけてね」と言われた。仙道は思わず「ソフト少な目、ねぎ抜きで!」と勢いよく言ってしまい、その勢いに店員に少し笑われてしまった。その後ろで牧が「バカ」と小さく悪態をついて笑った。
仙道が購入して牧の元へ戻ってくると、牧はテーブルにある醤油を手にした。
「ホントに醤油かけんの……? あ、かけた。あ、あ、そんなにかけんでも!」
「お前さっきから煩いぞ」
咎めてる割に楽しそうな顔で、牧は自分のソフトに齧りついた。
「…あ、食った、たっぷりネギと醤油。……ど、どう? 不味いすか? どんな味?」
食べた本人よりもよっぽど嫌そうな顔をしている仙道が聞けば、牧は真面目な顔でひとつ頷いた。
「生姜風味のソフトだから、ネギも醤油も違和感はそうない。お前も色々言ってないで自分の食え。溶けるぞ」
言われて渋々、うどんに見立てて細く絞られた白いソフトを恐る恐る口にする。
「……不思議な味……だけど、思っていたほど不味くはないです。冷たくて甘い……生姜味」
「いい土産話が出来ただろ。……なんだ? 俺のも食ってみるか?」
楽しそうな表情に気を取られただけなのに、ズイとネギと醤油まみれのソフトを差し出された。一瞬躊躇したものの。仙道はネギと醤油がかかっていなところを少しだけ口にする。
「お前なー。それじゃ意味ないだろ。こっち食え、こっち」
もう一度差し出され、今度は意を決してネギと醤油がかかっている部分に齧りつく。
「……どうだ?」
自分ですすめたくせに牧は心配そうに聞いてきた。
「思ったよりへーき…。醤油がソフトの甘さでキャラメルっぽい感じ。ネギも思ったよりは味、しないかも」
「だろ。あぁ、もうお前は無理すんな」
牧は店の人に聞こえないように小声で「あとは俺が食ってやるから」と、自分のをあっという間に食べ終えると、まだ半分以上も残っていた仙道のソフトを奪って食べきってしまった。
「あざす……。なんか、ごめんね?」
「いいって。俺が無理に買わせたんだ。悪かったな」
「牧さんゲテ系強いんすね」
「あんなもん、ゲテのうちに入らないだろうが。お前が弱過ぎるんだ。けどまぁ、頑張ったな」
ポンポンと後頭部を優しく叩きながら微笑まれる。
「……また次も、残した分をあんたが責任持ってくれんなら。変わったもんも挑戦してもいーすけど?」
「お? そうか。また色々試そうぜ」
妙な照れくささについ偉そうな感じで言ってしまったのに、また楽しげに目を細めるものだから。
「うん」
つられて仙道も素直に笑みを零してしまっていた。


上れども上れども、石段。御本宮まで785段あるという石造りの階段をひたすらに上り続ける。
立派な鳥居や狛犬、『笑顔でおまいり。こんぴらさん』などの看板。銅像や金刀比羅本教総本部といった歴史がありそうな建物や青銅の灯篭を、立ち寄りはしないが眺めながら登るのは飽きがこなくて楽しかった。
「けっこう上りますね。冬で良かった。夏なら汗かきそう」
「疲れたか?」
「いえ、別に。…そういや、丸亀城はけっこう坂道の傾斜きつかったすよね」
「次のところで少し休もうか」
軽い足取りに体力差を地味に見せつけられ、その上気遣われてしまい少々面白くない。が、面に出すほどは子供ではないから、にこりと笑って返す。
「休むほど疲れてないす。あ。あれが大門じゃないすか?」
仙道はあえて牧より一歩分早く石段を上り、365段目にあるどっしりとした威厳たっぷりの大門をくぐった。そこでは白い五つの傘の下で何か販売していた。
「ちょっと覗いていこう」
表参道に連なっていた沢山の土産屋の前では一度も足を止めようとしなかった牧に言われ、意外に感じた。土産等には全く興味がないようにみえていたが、そうでもないらしい。
店では『加美代飴』というべっこう飴が売られていた。店の人がこの飴の食べ方や、五軒の飴屋を意味する『五人百姓』の由来話などを説明しながら試食の飴の欠片をくれる。牧はもらった飴を仙道に食べさせると、「どうだ?」と聞いてきた。
「素朴な味すね。柚子もほんのり」
「好きか?」
まっすぐ目を見て聞かれて心臓がドクンと大きく跳ねた。
「……あぁ、はい」
返事を聞くなりくるりと半回転した牧は「すみません、この500円のひとつ下さい」と店の人に声をかけた。
購入しているその数歩後ろで仙道はやたらにはやる心臓に、『飴が好きかどうか聞かれたくらいで、何を動揺してんだ』と、何度もツッコミを入れねばならなかった。


大門をくぐってから暫くは平たんな道が続いた。
8枚入りの飴のうち7枚と付属の小さなハンマーを渡され、仙道は首を傾げた。
「こんなにいらないす、半分で。あ、金」
「いいから。疲れたり口淋しくなったら食え。残ったら土産にしたらいい」
この飴がここでしか売ってないのを俺達は店主の説明を聞くまでは知らなかった。試食があるのを見て立ち寄ってくれたのでは。俺の口に合えば疲れをとるために食べさせてやりたいと思って……?
などと仙道が考えているのをよそに、牧は飴を素手でバキンと割った。
「石段の半分辺りの場所で売っていたのは、昔の人もここら辺で一息つきたくなる頃だからかな。飴を舐めながら残りの石段をのぼれば疲れも少しは違うだろうし」
話しながらもう少し飴を小さくしようとしていたが、そう簡単には割れないようだ。
「…おい、すまんがハンマーやっぱ貸してくれ。半分以下には手で割れそうにない」
手渡すと牧は袋から飴が出ないように気を付けながら小さなハンマーで飴を一口サイズに割った。
「…ひとかけ、俺にも下さい」
「自分の分を食えばいいだろ」
「こんなに沢山食えないす。二人で食べたら片付くのも早いから」
下さいと差し出した掌に二欠片のべっこう飴が落とされる。ひとつは口にいれ、残りのひとつを日にかざしてみる。
冬の冴えた光を通す黄金色は昨夜の牧さんの瞳のように綺麗だった。


白くて綺麗な和洋折衷の建物の宝物館をぬけ。表書院や資生堂のレストランや祓戸社などにも一切立ち寄らず一気に上っていくと、とても立派な建物が見えてきた。これが御本宮かと思ったところで、数段先を上っているオバサン達が「まだ旭社だなんてぇ〜。こんなに立派なんだから、これを御本宮にしてくれたっていいじゃないのよぉ」と、上り疲れた様子で大声で喋っているのが聞こえてきた。それは隣でのぼる牧にも聞こえていたようだ。
二人は顔を見合わせてから、細かいところまで彫刻が施された荘厳な社殿を見上げる。
「……違うらしいな」
「そのようですね。や、確かにこんな立派なのがこんな場所にあっちゃあ紛らわしいすよ」
牧が手にしていた観光マップを見て呟く。
「『天保8年に金堂として竣工した社殿……重要文化財に指定』って、そんなに凄いんなら御本宮でいいだろうよ」
「御本宮はもっと凄いんじゃないの?」
「……説明読んでも旭社の方が詳しく……。あ! 旭社は御本宮をお参りしてから寄ることって書いてある。あぶねぇ〜」
「マジすか。…あ、ホントだ。皆寄らずにあっち行ってる」
「俺たちも続こう」
「うぃす。やあ、なんかここまで来ると雰囲気高まってきたーって感じしますねぇ」
「だな」
黄銅鳥居や賢木門などをくぐっていくと本宮手水舎があった。手を清めに立ち寄る。手水作法に従い手にかけ口をすすげば、水のキンとした冷たさにぶるりときた。
「気が引き締まった気分だ」
言葉通り冴え冴えとした牧の笑顔に暫し瞳を奪われる。
(お清めをした意味、俺にはないかも……)
冷たい水で一瞬、自分も引き締まった気はしたのに。なんだろうこの胸にたまっていく甘い感覚は。飴の甘さとかじゃあないんだけど……と、仙道は説明し難い感覚を抱えたまま、ただ頷き返した。


小さな神社をいくつも通り越し、785段の石段を上りきり御本宮に辿り着いた。明治初期に改築されたという御本宮は流石の風格があった。複雑そうな建築が見事だ。
参拝の列に並び、御本宮の御祭神の大物主神と崇徳天皇へ拝礼をする。大物主神は最初は海の神様だったが、現在ではなんでもありで願い事は自由らしい。けれど特に願いらしいものは思い浮かばず。仙道は(怪我をしませんように)とお願いしておいた。
参拝を終えて隣を見れば牧もほぼ同時に終えたようで目が合う。小さく頷き合うと参拝の人ごみからそそくさと抜け出た。


御本宮の北東側に広がる高台は展望台になっており、讃岐平野が見渡せた。手前には社。その向こうは街並みが。そしてさらにその向こうには讃岐富士と海が見えた。雲一つない空は青く高く、地平線の丸みを感じさせるそれらを上からふわりと包んでいる。
「丸亀城より標高があるせいか、また違った感じに見えますね」
「雰囲気も違うよな。俺は単純だから渡殿や神社を背に見ているせいか、ありがたく感じるよ」
「俺も。霊験あらたか? さっきなんてさ、立派な神社過ぎるから、なんかいい願い事でも言わなきゃいけない気がして、ちょっと考えちゃったすよ。まあ、結局バカの一つ覚えだったんですけど」
はははと軽快に笑う精悍な横顔に、ふとこの人は何を願ったのだろうと興味が沸く。今まで何度か部活の奴等や家族と神社に行く機会はあったけれど、他人の願い事など気にかけたことなど一度もなかったのに。
「……願い事って、口にしたら叶わないもんなんすかね」
「そんなことはないだろ。言霊という言葉もあるし。だがまあ……種類にもよるだろうな、願い事の」
一瞬。ほんの一瞬だけ、微笑んだ彼が淋しげに見えた。胸がざわめく。そんな淋しそうな笑みを浮かばせる願いとは何なのだろう。とても訊いてみたくなる。でも訊いてしまうと、この楽しい旅の時間全てが砂のように崩れてしまいそうな気がするのは何故だろうか。
「なんだ、どうした?」
無意識に彼の薄手のダウンの裾を掴んでいた。指をほどいて首を左右に小さく振ってみせる。
「顔色があまり良くないような。寒いか?」
「……うん。手ぇ洗ったせいかな。指先、冷えたみたい」
のっかって嘘をついた。そんなことをしたって、彼の願いを知ることなどできないのに。
「お前、少し薄着だもんな。暖かい飲み物でも売っていればいいんだが…」
嘘の理由を真に受けて、自販機を探して周囲を見渡してくれている。
(あんただって素直に騙されてんじゃん……)
彼のブラウンの髪をたっぷりの冷気を含んだ山風が吹き上げ、乱す。先ほど垣間見せた淋しさで俺の心を乱したように。
「牧さん。俺、なんか寒くなってきた。もう降りようよ」
「そうだな。早く降りて、あったかいうどん食おうか」
「うん。あとは旭社に寄ればいいんだったよね」
「あぁ。その前に、ここでしか買えない御守を買うと言ってなかったか?」
「そうだった。さくっと買って降りましょう。……何してんすか?」
振り返ると牧はデイパックを片手に下げ、歩きながら着ているライトダウンジャケットのボタンを外している。
「マフラーや手袋のような、すぐ貸してやれるもんがないから」
「いっすよ! そこまでしてもらうほど寒くないです!」
「お前は下に着てる服も薄手だ。服の交換はこんなとこじゃできんが、コートならできる」
脱いだジャケットを差し出されてしまい、仙道は助け舟を探すように視線を泳がす。
「早く。このままだと俺も寒い。うどん屋でまた交換すればいいんだ、少しくらい我慢してくれ」
「が、我慢?」
「人のが気持ち悪いんだろ。だが風邪をひかれたら俺は立ち直れない。俺を助けると思って。麓まででいい、着てくれ」
必死の面持ちに仙道は周囲の目も忘れて急いでピーコートを脱ぐと牧へ押し付けた。
「気持ち悪くなんかねーっす。決め付けないで下さいよっ」
勢いに気おされた牧がポケッとした顔で固まる。その腕からダウンを取り上げると仙道は急いで袖を通した。
「ボケッとしてないであんたもさっさとコート着て。周りの人も見てますよっ」
「はい」
「そうだ、俺のポケットに財布入ってるんで、下さい。あ、牧さん」
「はい?」
「ありがとうございます、暖かいです。すごく。それに軽くて動きやすい」
丁寧にお辞儀をすると同じように返された。しかも「そうですか」と敬語を使ってくるため、仙道は笑った。
「なんで牧さんさっきからいきなり敬語?」
「焦ったから……? お前、怒ると神みたいだ」
“ジン”が一瞬、人の名前と結びつかなかったが、すぐに海南大附属篭球部の現主将の大きな目と耳が脳裏に浮かぶ。
「え〜? あんな不思議ちゃんと一緒にしないで下さいよ」
「バカ。神はな、ああ見えてかなり怖い男なんだぞ。不思議な部分は否定はせんが」
「あいつが食えない奴なのはわかってますけど、怖かぁないすね俺は」
ハーッと白い大きな息を吐いた牧が「……似た者同士め」と呆れ口調で零す。
「ちょっとぉ。牧さん今、聞き捨てならないこと言ってくれちゃいました?」
「うわ。今の笑顔、鏡の前でやってみろよ。美形のそういう顔は迫力があって怖いぞ」
肩をすくめて「おー怖」と呟きながら先を行く牧へ、後ろから「帝王怖がらせる俺って何? 大魔王?」などとふざけながら追いかけた。


神札授与所で仙道は目的の『幸福の黄色いお守り』を購入した。牧は同じ御守と交通安全御守を購入していた。
「その交通安全お守りは親父さんに土産ですか?」
「いや、俺用。先月から自動車学校に通っているんだ」
「えー、いいなあ! 何月に免許取れそう? 取れたら車買うんすか?」
「なんで学生の俺にそんな金があるんだよ。親の車を借りて乗るんだ。御守くらいは自分のつけようかと思っただけだ。免許は順調に講習時間取れれば3月末くらいかな」
「免許取れたら、どっかドライブ連れてって下さいね」
「父親の車だと言ったろ。そうそう自由になど使わせてもらえないんだ」
「なら、レンタカーで。そうだ、キャンピングカー借りて気まま旅なんてどう?」
「どこにそんな暇と金があるんだ」
「牧さんが連れてってくれんなら、俺、バイトしますよ。部活は……仮病?」
「勢いで喋り過ぎだろお前」
並んで階段を下りながら、教習所の話や互いの部活の後輩の面白おかしい話で盛り上がる。
暖かくて軽いライトダウンジャケットから時折、ふわりと爽やかで好ましい香りがする。隣をみれば自分のピーコートを着こなしてしまっている、この香りの持ち主。
旅とはこんなに楽しいものかと。ずっとこのままあちこち観て歩きたいなどと思うのは。ほかならぬ彼とだからなのだと、今頃になって明確に理解する。
「牧さん」
「ん?」
「黄色いお守り、買えて良かったです」
「そんなに有名な限定御守なのか?」
「うん。牧さんも大事にした方がいいすよ」
「わかった」
素直に頷いた牧に仙道は満足気に頷き返した。
本当はそれほど有名かは知らない。姉が昔欲しがっていたのをなんとなく覚えていただけだから。でも俺にとっては今日からこのお守りは特別なものになる。願わくば。彼にとってもこのお守りを見れば、同じものを持つ男の顔が浮かぶものとなりますように。
「……お守り買ってから参拝すればよかった」
「なんだって? 聞こえなかった」
「このジャケット、あったかいって言ったんす」
「そりゃ良かった。お前のコートも思ったほど寒くないよ」
「このままもらっちゃいたいくらいすよ。ね、旅の記念に交換しません?」
「お前のこのコート、高級ブランド品だからダメだ。俺のとは値が違い過ぎる」
「えー。そんなん関係ないすよ。コートの価値は暖かさなんだから」
頑なに首を縦に振ろうとしない牧に「そのコートは親が買ってきたから、俺、値段なんて知んねーもん」と仙道は不貞腐れた。牧は苦笑いを零すと仙道の背中をぽんぽんと軽く叩いて言った。
「下についたら土産物屋で白いマフラー買ってやるよ」
「何で白いマフラー?」
「うどん県だから」
「あんたそれ、香川県の人に石投げられるから」


表参道まで降りてきたところで腹が減ってきた。タイミングよくふわりと食欲をそそる香りに誘われて、昔の旅館のような建物にすいよせられる。入り口横にある大きなガラス窓を覗き込めばうどんを打っているのが見えた。二人は顔を見合わせ一つ頷き合うと、『こんぴらうどん』と書かれている暖簾をくぐった。
店に入った途端、巨大な木彫りの大黒像にぎょっとする。
「でっけぇ〜…。しかもうどん食ってるし、この大黒様」
「縁起良過ぎてコメントに困るな」
笑いながらついた席でメニューを覗く。メニューもトッピングも豊富で目移りしてしまう。
「『平成の定番』『昭和のオーソドックス』『最もめずらしい食べ方・おすすめ』って……こんなにあったら迷うなぁ」
「俺はエビ天ぶっかけにかき揚げ天のトッピングと、とり天サラダ」
「牧さん決めんの早いよー。エビ天ぶっかけにしようかな……でもでっかいお揚げも気になる……」
「きつねうどんにしとけ。温まるから」
「エビ天。けど卵天もなー……」
「それならきつねうどんにエビ天と卵天をトッピングすればいいだろ」
「それだと具にボリューム多過ぎるよ。食い切れっかなぁ」
「残したら食ってやるよ」
「ゲテじゃないのに?」
「お前なぁ、俺はゲテ好きなわけじゃ、…あ、すみません、注文いいですか」
隣を通った店員を呼び止め注文をはじめた牧を見ながら、仙道はくっくと喉で笑った。


運ばれてきたきつねうどんのお揚げはメニューの写真通り大きく、どんぶりからはみ出しそうになっている。皿に乗って出てきたエビ天と卵天をお揚げの船に乗せる。
「うはー、なんかゴージャス。いっただっきます!」
「いただきます」
二人同時に箸を持って食べだす。「美味い」と口にしたのもほぼ同時だった。
「出汁がきいてて美味いす。うどん、ツルッツルでコシがあるし」
「とり天も美味い」
頷きながら牧は自分のとり天サラダに乗っているとり天を仙道の皿にひとつ放ってきた。
「やる」
「あざす。お揚げ、出汁がしみて美味いから食ってみて」
自分のどんぶりを牧の方へ押しやると、牧もまた同じように自分のどんぶりを寄越してきた。
「俺はいいのに。あ、ドンブリの中にレモン入ってる。絞らないんすか?」
「俺は唐揚げにレモンをかけない派だから」
「でもこれはうどんじゃん。何事も経験とか言ってましたよねぇ?」
お揚げを齧る牧がウッと眉間を寄せる。仙道はれんげに麺と出汁を少し盛り、その上にレモンを少々絞った。
「……それ、自分で食えよ」
「ホントに苦手なんすね、レモン。俺は唐揚げにレモンは平気なんで。まあ、どっちかと言えばない方が好きですけど」
れんげを口に運ぶ。レモンでさっぱりとして食べやすい。少しくせになるような感じがある。
「牧さんさぁ、これ試してみてよ。うどんソフトよかずっと食べやすいよ?」
「うどんソフトは食べ難くはなかったぞ?」
「なら、なおさらだよ。一口でいいから。ね? 俺もうどんソフト食ったじゃん」
「そこを突かれると痛いな……。少しでいいぞ、少しで」
仙道はれんげに先ほどと同様に盛った。そこへ温玉の黄身を少しだけ乗せて、どんぶりごと戻す。
渋い顔でれんげを口にした牧だったが、食べ終わると「……まあまあかな」と言いながらどんぶりにレモンを全部絞り豪快に混ぜた。
「気に入ったんだ、レモン。…え、ちょっと、なんで?」
牧は仙道の皿を手元に引き寄せるととり天サラダのキャベツの千切りをどさっと盛った。
「朝からお前も野菜食ってないだろ。まあこんなもん、食ったうちに入らん量だが。気休めだ、食え」
「……こんなん食ったらエビ天残すかも」
「残ったら食ってやると言ったろ」
「エビ天とキャベツっていったら、エビ天でしょー。あれ? なんでまだ渋い顔して食ってんの?」
「レモン入れたから」
「嫌いなのに絞って全部入れたんすか!? なんで!?」
「ビタミンCでもとろうかと思って。食えない味じゃなかったし」
ケロリと言い放つと、牧はまた少し眉間に皺を寄せながらうどんを食べだした。
「……牧さんさぁ、唐揚げにレモンかけられても黙って食うんでしょ」
「好かんが、食えなくはないからな」
この人の強さはこういうところも関係あるのだろうか。それとも全く無関係なのだろうか……。ぐるぐる考えているうちにわけがわからなくなって、仙道は自分のどんぶりに向き合う。
「……俺も食います。残さず全部。キャベツも」
「偉いぞ」
まるでお父さんが子供を褒めるような優しい顔をされてしまい、仙道はむきになって全部平らげた。


店内で観光マップを見て次の目的地は栗林公園に決めた。二人とも特に行きたい場所もなかったので、観光名所として名高かかったのと高松駅に近いというだけで選んだ。
琴平駅へ引き返す途中で小さな衣料品店があった。牧の視線がきょろりと仙道に向けられる。
「……いりませんよ、うどんマフラーなんて」
「いいからいいから。ちょっと入ろうぜ」
「マジいらねーすから。うどん食って暑いくらいだし。あ、ちょっと!」
返事を最後まで聞きもせず、牧は仙道を置いて店に入ってしまった。慌ててあとを追えば、既に牧の手には三本のマフラーがあった。店の奥から店員の小太りなおばちゃんがニコニコと牧の方へ近付いてきている。そのため、いらないから棚に戻してと声をかけづらくなってしまう。
仙道の歩く勢いが削がれたところで店員が牧へ声をかけた。
「いらっしゃいませ〜。男性用のマフラーをお探しなのかしら?」
「あ、はい。あいつ用に」
「あらぁ、いいの選んでますねぇ。どれも軽くて肌触りがとってもいいんですよぉ」
軽い笑みを返事代わりに店員へむけた牧は、重い足取りながら到着した仙道の首元に三本のマフラーを押し当てた。
「この濃紺も似合うが寒そうに見えるか……。こっちの明るい方がいいかな」
「あらあらとってもお似合いですよ。長い首にはマフラーのアクセントがあると、ぐっとお顔が引き立ちますよ。今鏡をお持ちしますね」
店員からにっこりと笑みをむけられ、仙道は「鏡いらないです」と両手を軽くふって止めた。
「あの、俺は」
「すみません、ではこれを。すぐ使うので包装いりません、値札切って下さい」
「かしこまりましたぁ。お会計はあちらで。少々お待ち下さいねぇ」
牧も店員も仙道を完全に無視してレジへ行ってしまった。

仕方なく先に店を出ていた仙道のもとへ戻ってくると、牧はマフラーを仙道に手渡した。マフラーは太さがランダムな薄いブルーグレーとホワイトの縞模様で、時折細いダークレッドのラインが入っている。年齢問わず使えそうな品の良いものだ。
「土産だ。使ってくれ」
「……いらないって言ったのに。いくらしたんすか、払います」
「そんな顔しないでくれよ。勝手に趣味でもない柄をもらって嬉しくないのはわかるが、寒いよりはマシだろ。旅の恥はかき捨てというじゃないか」
困って弱り切っただけなのに、すねたと勘違いされてしまった。誤解をとくために渋々受け取ったマフラーはとても肌触りが良く、仙道は目を瞠った。
「これ……もしかしなくても高いでしょ。すげー肌触りいーんだけど」
小さな洋品店だからと侮っていたが、もしかしたらそういう店にある良い品はけっこうするのかもしれない。
「土産の値段を聞くのは無粋というものだ。いいから、見てないで巻いてくれ」
焦れたのか牧は仙道の手からマフラーを奪うと、ぐるぐると仙道の首に巻き付けてしまった。
「うん。似合うぞ。男前だ」
嬉しそうに何度も頷かれてしまい、余計なお節介と強引さに少々苛立っていた感情がスゥッと消えてしまう。とうとう仙道はマフラーに顎先を埋めてへにゃりと笑んだ。
「ありがとうございます……あったかいす、とても。柄も好きです」
「そうか!」
パッと場が明るくなるような笑みを向けられる。仙道はかなわないなぁという気持でもう一度強く頷いた。
「これ、大事にします。……すげー好きです、このマフラー」
「東京に戻るまでは使ってくれ。寒くなったら頭もぐるりと巻いとけ」
「俺もあんたに何か土産、買いたいよ。欲しいものとかないの?」
「ない。気持ちだけで十分だ。さて、行こうか」

あたたかな心、温かな気遣い、暖かいマフラー。全てをくれたこの人へ、俺は何を返せるだろう。
旅の間に何か贈りたい。でも購入の機会も探せそうになかったら、神奈川に戻ってからだっていい。喜ばせたい。大事にすると思わせるものを、彼のためになりそうなものを贈りたいなら、焦ったらダメだ。

満足そうな顔で一歩分先をゆく牧とは対照的に、仙道は眉を八の字にして下唇を噛んでいた。








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棚にある一番高いマフラーを三本手にしただけで、実は柄とか選んでなかった牧です。
ゆっくり選んでいたら仙道に止められちゃうものね。私は店員のおばちゃん役になりたい(笑)



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