Surely goes well. vol.10



本格的に大学生活がスタートした仙道は学業が加わったことで忙しさがぐんと増した。部活も下っ端の中では一足先に部活参加していた仙道達は新たに入ってきた部員と上級生との間に挟まれて、余分な仕事で働かされてもいた。
当然ながら帰宅は遅くなる日も増え、晩飯の用意に手が回らないこともあった。
「すんません、今日も飯支度させて」
「気にすんな。何事も反復練習は大事なんだから」
「美味そうな匂いのせいで一気に腹減ったぁ〜!」
「どうも味がいま一つ決まらなかったんだよ。お前の作るのと何が違うんだろ……。味噌でも何でも足してくれ。さて、いただきます」
「いっただっきまーす!」
こんな会話もすっかりなじむほどに、4月が終わる頃には平日の晩御飯は牧が作ることが増えていた。
それでも週末は仙道が腕を振るい、そのどちらか一日は時間を合わせて二人で一週間分のメインの材料の買い出しをした。

掃除は買い出しの後で分担してすませるのが自然と習慣になった。二人とも特別綺麗好きでもないがあまり散らかすタイプでもなく、またお互い家にいる時間が少ないせいか、掃除や片付けにはそれほど時間を要しなかった。
「来週のメイン、五日分考えておきましたよ」
鶏がらスープの粉末を足して味を調えなおした豚汁の二杯目をお椀に入れながら、仙道は得意げに口角をあげた。
「おお、やるな。スーパーでメニュー考えるよりずっと効率的だ」
素直な牧の驚きと褒め言葉に仙道はいたく気をよくして続けた。
「牧さんだってイイコトしてくれたの、俺気付きましたよ。トイレピッカピカ〜♪」
「予定より30分早く帰れたからな」
「明日の買出しと掃除タイムはけっこう早く終わりそうだね」
「ああ。どこか行きたいなら車出すぞ?」
「いいっすねぇ〜。俺は行きたいとこ特にないけど、牧さんは?」
「俺もない」
「んじゃあ、あのディスカウントショップどう? そろそろ人も減っただろうし」
「あんなの、すぐ見終るんじゃねぇか?」
「いいじゃん。その分家でゴロゴロできて」
「お前、いつも最終目的は“家でゴロゴロ”ばっかだな。ゴロゴロしてるうちに寝てるし」
笑いながら二匹目の焼き魚の骨をはずす牧へ仙道も「DVD見ながら軽い昼寝が趣味だから、俺」と笑みをむけた。


慌ただしい春が過ぎてからはゼミの飲み会や部活の短期合宿でどちらかが家を空けることも増えたが、密な連絡でうまくやれていた。
初夏の日差しがきつく感じだした頃には部活の練習試合を挟むことで、試合前の同居人との距離感なども覚えていった。そのため本戦がはじまっても暗黙の了解で、家ではバスケットの話にはあまり触れずに適度な距離を保って暮らすことが出来た。それは口にはしないまでも二人にとって一番安堵したところかもしれなかった。大学が夏休みに入ると部活は午前中からとなり、その分帰宅は早くなった。夏の日は長く、一緒にいる時間が増えた二人は海辺へ散歩に行くことが増えた。
ぐんぐんと仙道と距離が縮んでいくのに比例して、牧は家にいる時でも随分笑って喋るようになった自分を自覚するようになっていた。

今日も早目に帰宅できた二人は海岸へ下りた。何をするでもなしに座って海を眺め、とりとめのない話を重ねる。
会話が途切れてふと、部活の仲間に“高校時代は他校で学年違いのライバルだった仙道”の話を持ち出されたことを牧は思い出した。一年半くらいしか経っていないのに、高校時代の仙道と今一緒に暮らしている仙道は全く別人のように捉えている自分が不思議だった。牧の中での仙道はバスケ上のライバルなのは今も変わらないが、それよりも弟のようで親友のような……もっと何か別の……
「なんすか? 俺の顔に何かついてます?」
「いや……。お前って何かなぁと思って」
「俺? ……哲学かなんかすか?」
「哲学……哲学ねぇ。そういうものかなぁ。俺にもよくわからん」
首を傾げた牧を真似るように仙道も首を傾げ、口元だけで笑みを作った。
「変なの。あぁ、太陽が雲に隠れちゃいましたね。そろそろ戻ってアイスでも食いましょーか」
「そうだな。俺、ブラック」
「え〜。俺だってブラック食いたいっす」
「買って帰るか?」
「んー……かなり遠回りだし、メンドイからいいや。半分コで許してあげましょう」
「仕方ない、俺も半分はクランチで我慢してやろう」
目線を合わせると、同時に相手を小突いて笑い合う。
肩にのせられた長い仙道の腕が重いのに牧はそのまま、また雲間から顔を覗かせはじめた夕陽を見上げて歩き出した。

同居生活は忙しくも穏やかに、かつ思いのほか楽しく順調に過ぎていった。


* * * * *


お盆を過ぎてもまだまだ蒸し暑いままで、サウナのような体育館から出て顔を洗ってもすぐじんわりと汗が浮かぶ。仙道は汗臭い部室の中で脱いだTシャツを床へぞんざいに落とした。
「もうちょい窓がありゃマシなのに。臭気こもってくっせぇ」
「この暑さと独特の臭さったらねーよなー。熱気と臭さにいぶされてスモークサーモンみてぇ」
「つーよりはスモークチキン? 俺、最近胸筋ついてきた気ぃすんだよね」
今日の部活も終わり仲間と部室でダラダラと着替えつつ雑談を交わしているとメールが入った。
「また彼女?」
「うん」
「いいよな〜年上の理解ある美人な彼女。俺もほしい〜どこかに落ちてねぇかなー」
同居人からのメールを見る自分の顔は毎度にやけているらしく、仲間に彼女からだと誤解をうけている。最初は「他校の先輩」だと言っていたが信用されず、そのうち億劫になって言わなくなった。するといつの間にか俺には他校でひとつ上の美人な彼女がいることになっていた。その勘違いのおかげで付き合いを断る時など都合が良いせいも多々あって、今では正す気すらもなくなった。
「そんなわけで、俺もう帰るわ」
着替えやタオルを乱暴に詰め込んでいるとひやかしややっかみが浴びせられるが、それすらももうすっかり形式化したものになっている。
「じゃあな、お先」と仲間の誰へともなく言えば、「おー」「じゃーなー」などのんびりとした返事が仙道の背へ投げられた。

仲間と帰り道のコンビニ買い食いタイムをパスした分、早く帰宅できた。
「ただいまーお待たせー。パン買ってきたから俺、もう行けますよ」
玄関に荷物を放り投げながら声を張り上げると、二階から牧が下りてきた。
「おかえり。すまんな、帰って早々。車の鍵とってくる」
言いながら居間へ引っ込んだ牧は鍵とペットボトルを二本持って出てきた。助手席でパンをペットボトルで流し込んでいる仙道へ牧は申し訳なそうに口を開いた。
「すまんな突然で。幹事の一人として断りきれなくてさ…。お前、明日の予定は本当になかったのか?」
「うん、釣りでもするかなどうすっかなーくらいで。今回は牧さんも幹事だったんだ?」
「代打でな。ついてないというかなんというか……」
「予定の宿泊先で食中毒問題が発生するなんて、なかなかないよねぇ。三日間営業停止だっけ?」
「そう。だからってなんで俺らの家を会場にするかな全く。だから親不在の家なのがバレたくなかったんだ」
「……ごめん」
先月早朝、仙道は家から続く細道から出た時、偶然会った西内に牧の家に宿泊したのかときかれた。まだ寝ぼけが残る頭で居候してますと答えてしまい、牧のサーフィン仲間に知れ渡った経緯を思い出して仙道は力なく項垂れた。
「ああ、すまん。違うんだ、お前を責めたくて言ったんじゃなくて。去年の夏に泊めた時にはもう薄々バレてはいたんだ。気にしないでくれって前も言ったじゃないか」
しまったという顔から、心底どうしようという顔へ変わった牧を見て仙道は苦笑を零した。
「まあ、俺だけのせいじゃないし?」
「そうだ。決定打は俺だからな」
それから数日後、早朝サーフィンの時に西内に『仙道を居候させてんの?』と訊かれ、牧は即座に『居候じゃない、二人で一軒家を共同管理しているんだ』と言ってしまったのだった。
「嘘のつけない人だよねぇ牧さんは。試合じゃフェイクも策も講じもすんのに」
「それとこれとは別だろ。あの時の俺はまだ寝ぼけてたんだ。お前なんて寝ぼけてる時は別人になんじゃねぇか」
「んー……。お? 流石にこの時間だと駐車場すいてるね」
巨大ホームセンターに駐車し、二人は車から降りた。


翌日は朝も早くから続々とサーフィン仲間が家にやってきた。日焼けした面々は早朝だというのにシャッキリした顔で、テキパキと玄関横の空いたスペースにバーベキューセットや日差し避けの簡易テントを設置している。流石サーファーだなぁと仙道は昨夜購入した木炭などを玄関横へ運びながら感じていた。家の中では牧と数人が二階で人数分の宿泊スペースを作っている。最初はこの全員が泊まるのかと驚いたが、十名ほどいる女達は全員と男の2/3も帰宅組と聞いて安堵した。

仙道の当初の予定では部活のない貴重な土曜。尚且つ家で一人など二ヶ月ぶりなので、とことんぐーたらしようと考えていた。それだけにせっかくの貴重な一日を知らない大勢の人達の間に混ざって気を遣わねばいけないのかと、牧のためとはいえ内心残念で気乗りはしていなかった。
しかしサーファー特有か、それとも牧の属するグループの特性かは知らないが、垣根を感じさせない人々の輪に仙道は二時間もしないうちになじめていた。自分はもともと知らない人とも表面上は合わせてとけこめるし、人数が多いほど上手く影を薄められる方だ。だから心配はしていなかったが、牧を除いて西内・中谷・田澤しか知らないのにこれほど楽になじめるとは。大変嬉しい誤算だった。

まだ昼には早いけれど皆手馴れているのか、もうすっかり会場が出来上がってしまっていた。
仙道は隣に座る田澤に訊いてみた。
「今日のは何会っつーんでしたっけ」
「“まるっと会” 一年に一度、歓送迎会・大会お疲れさん会・親睦会……あとなんだっけ? とにかく全部」
「そーそー。人数増えすぎちゃってるし年齢もけっこう幅あるしでさ、全員集まんのが大変なんだよね」
田澤の話の先を奪うように会話に参加してきた間野に別の場所から声がかかる。
「間野〜! あっちで富永が呼んでっぞ。開始しろってー」
「何で俺? 幹事にやらせろよー。あ、幹事誰だっけ?」
「村田と松井と牧。あ、いたいた。松井〜、もう始めていんじゃね?」
振り向いた松井と呼ばれた男は上唇の上に白い泡がついており、周囲から「なんで一人でもう飲んでんだよ!」といっせいにブーイングがあがった。
「違う違う、これは幹事として新しいビールの試飲? 毒見?」
またもや野次や笑い声があがる中で牧が立ち上がった。
「えー、バカは放っといてさっさと始めます。幹事挨拶、村田さん、どうぞ」
「ええっ!? 俺? やだよ、なんでだよ、牧がやってくれんじゃないの?」
「俺は進行役ですから」
「え、えええ? そんなのいつ決めたの、松井と牧で?」
「いや、俺が今決めました。朝飯食う暇なかったから腹減ってるんで、さっさと村田さんお願いします」
マイクを渡すなり牧が「はい、拍手」と棒読みで周囲を煽ると一斉に拍手や指笛が鳴った。

村田のネタかと思うような面白おかしい挨拶で、仙道はなんでもアリの飲み会みたいなものだと理解した。
実際、その場で作られるバーベキューやスモーク料理や、持ち寄られた料理に用意された色々な種類の飲み物を飲み食いしながら交わされる会話はサーフィンのことだけではなかった。様々な年齢・職業の人達の話は聞いているだけでも大学の面子で行われる飲み会の何倍も内容が深くて面白かった。
会話が少しディープなサーフィン話になったので、仙道は聞くふりをしながら少し離れた席で談笑している牧を見ていた。ふいに牧が年齢よりも大人びて感じるのは、こういう触れ合いから自然と学んでいくからかもしれないと感じながら。


昼食後、軽い片付けが終わるとレクリエーションのため海岸へ移動になった。
スイカ割りならぬ林檎割り、ビーチフラッグ、ビーチバレー。アルコールのまわりがキツイ者は林檎割りを、あまり飲んでいない者は他のどちらかを。つまり全員どれか一つは参加が必須で、仙道は高身長を買われほとんど強制的にビーチバレーに決められた。
そこで活躍したせいか、やたらにサーフィンもやれよと皆に薦められてしまう。最初は軽くかわしていたものの、周囲の勧誘は熱を帯びていく。
「いや、やっぱ道具とかもけっこうするだろうし……」
「そんなの俺のお古を譲ってやっから。今ならここにいる面子全員のお古で一式揃うじゃん?」
「そーだよ、あとはウェットスーツだけ自腹でさぁ!」
興味がなくはないし、気のいい人達ともわかったけれど。今はまだそんな余裕がないため、どうやったらこの場の雰囲気を悪くしないように断れるかと仙道は苦笑いの下で考えていた。

どんどん増えていく人の輪の中へ牧がするりと割り込んできて仙道の肩に腕を回した。
「こいつに教える役目は俺、ってもう話はついてるんだ。悪いな」
片側の口角をあげて言い切った牧へ周囲がブーイングをあげる。
「道具とかで頼りたい時は大いに頼りにいくから。な?」
至近距離で微笑まれ、仙道はやたらに騒ぐ心臓へ無意識に手をやりながら「はい」と頷いた。
「道具だけかよ」「フェイド・ターンなら俺の方が牧より上手いぜ?」等々。周囲のぼやく声もどこ吹く風の体な牧は仙道の肩を抱いたまま、「あっちの片付け手伝ってくれよ」と輪から連れ出してしまった。

「いいんすか、あんな適当」
「いいんだ、奴らもふざけ半分だから気にすんな。お前も適当に流せばいいのに。そういうの得意だろ?」
「部外者なのに下手こいて牧さんに迷惑かけらんねーすよ」
「……可愛いこと言うじゃねーか」
「え?」
「似合わないこと考えんなって言ったんだ。気楽にやってくれよ。あいつらなんてこれからどんどん酔っ払い化してくから、いちいち真に受けんな。翌日には忘れてるんだから」
「わかりました。あの、」
「ん?」
「さっきはあざっした。助かりました」
「本当はそばにいてやりたいが、幹事だからなぁ。困った時は視線よこしてこい、なるべく行く。あぁ、あっちに飲み物あるからお前も飲んでこいよ、喉渇いたろ。じゃあな。」
ビーチバレーの用具のそばにいる者達からお呼びがかかり、牧は小走りにそちらへ行ってしまった。
「……俺の聞き間違いか」
牧さんに真顔で可愛いと言われた気がしたなんて、恥ずかしい奴だな俺は。第一俺には可愛いとこなど牧さんと違って一個もねぇっつの……と溜息交じりに仙道は軽く頭を振った。


晩飯はビーチで行われた。昼間に仕込んであったゴロゴロの肉や野菜がたっぷりのカレーは具材にしっかり火が通って柔らかく美味しかった。
しかし調理担当の人数計算違いで量が少な過ぎて、急きょ買出し班が出る羽目になった。買出しには料理が出来る者達が行ってしまったため、残っているのは酒をメインにするオヤジ達と料理ができない野郎ばかりであった。
中途半端に刺激された胃袋をもてあました野郎数人が「ひもじい〜」「空きっ腹にアルコールはキツイよ、何かないの?」「デザートのスイカ食っちまおうぜ」などと騒ぎ出した。
「買出し班の班長は佐竹さんか……。仕方ねぇなあ、何か家にないか見てくる」
「おお〜! 牧様神様仏様〜!」
「優柔不断の佐竹の買物なんて何時間かかっかわかんねーもん、俺も行く」
「俺も〜。だって戻ってきてもまた作るのに時間かかんだろ?」
わらわらと牧のあとを追って数人の欠食男子が立ち上がった。仙道はそれほど空腹ではなかったが、なんとなく最後尾についていった。

傾斜の強い上り坂の上にある家に辿り着くと、半数が疲れて居間でゴロゴロしだした。残りの半数は台所のあちこちを勝手に開けて食材を漁っている。
「食い物、冷蔵庫とここにしかねーぞ。菓子とかねーのかよ」
「あるったって、牛乳とスライスチーズとキムチとしなびたほうれん草……しけてんな〜」
「そんなんじゃ全然腹のたしになんねーよ。オヤジ達のツマミ持って帰るために来たんじゃねんだぞ」
「牧ん家、ひもじいな〜。流石野郎の二人暮らし。あーあ、坂登ってきただけ腹減って損した〜」
「煩ぇ。本来なら今日が買出しの日だったんだ。急に人ん家を会場にしたお前らが悪いんだ」
牧達の会話を背中で聞きながら仙道は冷凍庫の中を見て呟いた。
「冷凍の豚肉と白飯残ってるから……豚キムチチャーハンくらいならできますよ」
一転、周囲からは歓喜のどよめきと拍手が沸き起こった。

仙道がキッチンに立ってからほどなくして肉が焼ける匂いとゴマ油の食欲をそそる香りが居間へ流れてきた。
七人もの野郎が台所に集っていては調理の邪魔になると牧が仙道以外全員を居間へ追いやったのだが。耐えきれなかった高校生の手塚がふらふらとキッチンへ行ってしまった。
「なぁ仙道さん。もういんじゃね、火通ってんじゃね? 味見さして味見」
「うーん……なんか味がきまんないんだよね」
「俺が味みるよ! 仙道さん、あーん。あ──ん!」
隣で必死の雛鳥に、仙道はほうれん草を箸でつまんで口へ運ぼうとした。その手首を横から伸びてきた褐色の手が掴み、強引に引き寄せて自ら食べてしまう。
「ええっ!? 牧さん、ずっり──よ!! 横はいり!! 仙道さん早く早く俺にもっ!!」
「煩ぇ。味見は俺の仕事って決まってんだ。少しくらい待てねぇのかガキ。仙道、もう十分いい味ついてる。フライパンごと持ってこうぜ。このまま突っつこう。皿だと取り合いかねん」
「そっすか? まぁ、味薄かったら塩でもかけてもらいましょーか」
塩と鍋敷き、そして手塚の首根っこを掴んだ牧は台所から出て行った。
仙道は誰にも聞こえないように「あんたこそガキみてぇだよ」と呟くと、先ほど握られた己の手首を逆の手でそっと握った。

豚キムチチャーハンは賞賛の声と共にあっという間になくなってしまった。
「牧さんほとんど食えなかったでしょ……。少しわけておけば良かった。気ぃきかなくてすんません」
「いいんだ。俺はいつでも作ってもらえるんだから」
「そーだよそーだよ! 牧さんなんて一人で味見したくせにーっ」
「こら手塚、牧の分まで奪って食っておいてまだ言うか。この欠食児童」
「こんだけ料理出来る奴と同居っていいよなー。でも彼女だったらもっといーけどー」
「女の子だと飯作ってくれても色々気ぃ遣ったり面倒そうじゃね? うまいこと便利な後輩引っ張りこんだな、牧」
違うと言おうとした仙道を遮るように牧は「羨ましいだろ」と笑った。
「悪い先輩だな〜。仙道君、嫌な事があったらすぐ俺らに報告に来るんだぞ?」「美味い焼き飯のお礼に、俺達が牧をしめあげてやっかんね」等々。すっかり牧を悪者にして皆ふざけてくる。仙道は空気を読んで「けっこう怖い先輩なんで、そん時ゃ俺のチクリがバレねぇようによろしくっす」と言って更に場をわかせた。

またゾロゾロと海岸へ戻ると買出し班がちょうど戻ってきて調理の準備を始めているところだった。
簡単・焼くだけのような物ばかりだったので、夕食第二弾はけっこう早くはじまった。
「これ食ってないだろ、美味かったぞ」
小皿に乗せたシシカバブを仙道に渡しながら牧が隣に座ってきた。
「あざっす。牧さんはこれ食いました? 取りましょうか?」
「いや、いい。そっちの烏龍茶とってくれ」
仙道が長い腕を大きなペットボトルへ伸ばすと、その前に座っていた和田が手渡してくれた。
「牧君と仙道君は仲がいいよね〜。部活が同じなんだっけ?」
「先輩後輩おホモだち〜、ってやつ?」
「もー、なんでそういうこと言うのよ〜。仙道君困ってるじゃない」
「いやいや、マジ同居じゃなくて同棲じゃないの? 今流行ってるじゃん、そーいうの」
「お? 俺もその流行は知ってるぞ。俺の娘っ子が好きなボーイズラブってやつだろ?」
アルコールがかなりまわってきたオヤジ連中が、こんなデカイ野郎どものどこがボーイズかとゲラゲラ笑った。
仙道は面倒な雰囲気になってきたなと思いながらも、とりあえず曖昧な笑みで首を傾げた。
「おーい、手塚ぁ、木下、八木さん、それとさっき仙道の飯食ったその他の奴ら〜。仙道いじめられてんぞー」
のんびりとした牧の呼びかけに、バラバラの場所に座っていた者達がわらわらと寄ってきた。
「なになに、仙道君、牧さんにいじめられてんの?」
「誰が“その他の奴ら”だ、まぁ〜きぃ〜! なんなら今すぐお前と三本勝負していいんだぜ?」
狭い場所にまた人がぎゅうぎゅうと集まってきて、話は混線し先ほどの面倒な流れは消えていた。

別の話題で盛り上がっている中。ちらりと隣の牧へ視線を走らせると、牧は軽く肩をすくめて仙道の小皿の上で冷え切ってしまったチキンナゲットをひょいと奪って口に入れた。
「……足りてんのか?」
「はい。もう十分食いました。あんたは?」
「食った。……明日の昼前には終わるから。今日はありがとうな」
煩い周囲に聞こえないように、小声の早口で交わした短い会話。
仙道は今日、この会に参加できて本当に良かったとひっそりと思った。 











*next: 11







大人のキャンプって、食べて飲んで以外は何をやるんでしょう。
別にレクリエーションとかなくても良かったのかしら。うーん…;



[ BACK ]