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久しぶりに部活の仲間と一緒にお好み焼き屋から最後のカラオケまで付き合った。 口は悪いが実は“甘えたのかまってちゃん”と影では有名な四年の山下もご機嫌だった。 「珍しく付き合いがいーじゃねーか、お前がラストまで参加するなんてよ。明日は雪か?」 「今日は親戚の家の来客が遅くまでいるんで」 仙道がもっともらしい嘘をつけば、山下は「親戚とはいえ気は遣うよな、お前も大変だな〜。何かあったら俺にも頼っていーぜ」と、更に上機嫌で背中を叩いてきた。 駅へ向かう途中、お好み焼き屋へ行くときにも通りがかった道ではまだアクセサリーの露店が開いていた。
こんな時間までやってても売れねんじゃねーのと思いつつ横を通り抜けようとした仙道は足を止めた。黄色やオレンジ色のネオンが路面に敷かれた布の上のアクセサリーをやけにキラキラと輝かせて目を引かれたからだ。 「もう店閉まいするから、買うなら今だよ。こっからここまでは三割引にしとくよ」 鼻から耳からピアスだらけの小汚い若者が疲れた声でセールストークをかけてきた。 仙道がしゃがむと仲間は皆驚いた。 「マジ買うん?」「彼女にお土産か〜?」「お前金ねぇって言ってなかった?」等々。アルコールの入ってない者と入っている者との声がわいわいと背後にやかましい。耳元でこそこそと「もう少し先に行ったらまだ開いてるまともなアクセ屋とかあんよ。彼女にこんなとこのはやめとけって」と親身な声もかけられる。 「彼女なんていねーよ。……自分用」 迷わず金色で一番シンプルなデザインの指輪を選びとり中指にはめてみる。メンズの指輪を手にしたことで興味を失った外野数人が「先行ってるぞー」と場を去り始める。 太くフラットな指輪にネオンの光がまた反射した。静かになった頭の中で金の縁取りが施されたシルエットと弾ける金銀の雫が交互にフラッシュバックする。 「これ下さい。あ、袋いらないっす。このまんまで」 緑の隙間から見えた家の玄関には明かりが灯っていた。 今朝出かける前に牧さんが今夜は遅くなるといっていたから部活の仲間に最後まで付き合っただけなのに。 「んだよ、早く帰れたならメールくれりゃいいのにさ」 嬉しさあまって憎まれ口を叩くと、仙道は砂利道をダッシュで駆け上った。 「おかえり。お前、どっかで飯食ってきたか?」
「ただいまー。食ってきたよ、部活の奴らとお好み焼き。牧さんは? 早かったんだね帰ってくんの」 「俺も仲間と居酒屋で食ってきた。土産にアイス買ってきたぞ」 「わーい、パパありがとう! 早速いただきます!」 「誰がパパだ。手洗いうがいしてから食えよ」 牧の嫌そうな低音の突っ込みに、だって土産って響きがパパっぽいからと仙道は笑いながら洗面所へ直行した。 仙道は一口齧ったソーダーバーを牧へ「一口食います?」と差し出してきた。
その時、仙道の節ばった長い指が一瞬蛍光灯の光を受けてチカリと光った。 「いらない。……お前、指輪なんてするんだ」 「あー……忘れてた」 水色のアイスを口に入れたままで仙道は指輪をはずし牧へと差し出してきた。 「?」 牧が指輪を受け取ろうとしないことに焦れたのか、アイスを咀嚼してから口を開いた。 「左手、貸して。つけたげる」 「なんでだよ、いらねーよ。俺はアクセサリーの類は全部邪魔くさくて嫌いなんだ」 「うん、わかります。俺もアクセ系すんの嫌いだから」 もしかしてまた寝ぼけてでもいるのかと牧はいぶかしみ仙道の目を覗き込んだが、眠そうではなかった。 怪訝な顔つきを仙道は気にもせず、牧の手をとって勝手に中指へ指輪を押し込んだ。 「帰り、アクセの露店の前通ったら、キラッキラ光ってて思わず買っちまったんすよ」 「いや、経緯はどうでもいいけどさ……おい、痛い」 ぐいぐいと押し込まれても第二関節以上は入っていかない金の指輪。仙道は口先を尖らせて渋々と抜いた。 「やっぱ同じサイズなわきゃないか。けど俺、あんたの指のサイズなんて知んねーから」 「俺だって知らん。お前は知ってんのか自分のサイズなんて」 「知りませんよ、んなもん。俺、こういうの買うの初めてだもん」 手のひらの上でころころと指輪を弄びながら仙道はアイスに八つ当たりするようにガリガリと齧った。 牧は本当にこいつの言動は理解しがたい時があると思いつつ、その子供っぽい不貞腐れ具合に苦笑した。 アイスを食べ終えた仙道が牧の隣へ腰掛けてきた。古いソファがギシリと音をたてる。
「もしかして、18金や24金とかの本物だったらつけてくれたりするんすか?」 本物以外は身につけたくない?、と続けられて牧は片眉を上げた。 「そういう理由じゃない。お前、もしかして俺が金持ちだと誤解してないか?」 「……誤解っつか、実際あんた財布から俺に五万円をポンと出して貸してくれたじゃないすか。普段からあんなに持ち歩いてりゃ…」 昔から牧は実年齢より上に見える風貌のせいか金を持っていると誤解されがちだ。しかし身近にいればそうではないことなど自然と知れるものであったから、仙道ももういい加減わかっていると思っていた牧は溜息を吐いた。 「持ち歩いてない。あの時の俺の手持ちは三千円くらいだったんだぞ。だから家に戻って生活費入れから全財産引っ張り出したんだろうが。よく思い出してみろよ、そこのサイドボードから出して渡しただろ」 牧の指さす方向を目で追いながら仙道が呟いた。 「全財産……?」 「いちいち使う分だけ引き落とすのは面倒だから。生活費が振り込まれたら、全部おろしてあの財布に入れて、そこから必要な分だけ抜き出して使ってるんだ」 遠出するなら別だが普段五万もなんて持ち歩かないって、と面白くなさそうな顔をした牧を仙道はじっと見つめてくる。至近距離でまじまじと見られて、牧は嫌そうに横を向いた。 「あ、ごめん……。や、だって……まだあん時は俺達、そんな親しくもなかったすよね」 「……そうだけど。でもお前憔悴しきっていただろ。俺は親に連絡して侘びればすぐ追加入金してもらえるから」 手持ちの三千円で入金まで暮らせるし……と何故か言い訳めいてしまった牧は落ち着かなくて、意味もなくTVのリモコンを弄り番組を目まぐるしく変えた。
そんな牧の居心地が悪そうな様子など仙道は全く見ていなかった。目には映っていたが、頭には入っていなかった。
─── 自分だったら、知り合いが困ってるからと迷いもせずその時ある全てを与えられはしないだろう。 特にそれが金であれば後のトラブルになる可能性を考える。だから貸すにしても、返ってこなくても諦められる額にする。そう考えるのは多分誰だって同じだろう。牧さんだってそう考えたはずだ。それでもなお全てを与えてくれたのは……彼の懐の広さゆえか。それともあの時、俺がまだ親しくもなかった彼に何故か頼ってしまったように、何か感じるところがあったとでも……? 感動だけではない、言葉にならない甘苦しい切なさが仙道の胸を疼かせていた。
感謝を伝えるだけでは足りない気がして、でもどうしたらいいのかわからないもどかしさに下唇を噛む。 「あ……もしかして」 呟いた仙道が突然牧の手を再びとったため、牧は軽く驚いてTVから己の手へ視線を移した。 「おお! ぴったり!」 仙道はすんなりと牧の薬指の根元に納まった指輪を見て目を輝かせた。 「ぴったりってお前、彼女もいない俺をいきなり妻帯者にする気か」 「やっぱりあんたの肌には金色が似合う」 「聞けよ人の話を」 「だから買いたくなったんだな……」 自分の言葉に納得して満足げに微笑む顔がやけに柔和で、牧は毒気を抜かれてしまった。 「もらって下さいね」 あまりに嬉しそうに眼を細められて、(これでいらんと断れる奴がいたらお目にかかりたいものだ…)と牧は口元まででかかった受け取り拒否の言葉を飲み込んで別の言葉を探した。 「……使わんぞ」 「いーすよ」 「お前が使えばいいじゃないか」 「俺も使わないよ。あんたの指にあんのが見たくて買っただけ。オモチャなんだし、んなかまえないでもらってよ。嫌ならこっそり俺に隠れて捨てていいから」 目の前で捨てられちゃー流石に凹みますけどね、と軽く苦笑いされてしまえば、いよいよもって断れない。 頑なに突っ返すほど意味のある物ではないのかもしれないと、『オモチャ』という言葉に背を押されて牧は重い口を開いた。 「……使わん……から、しまっておく。…ありがとう……?」 「あはは! こちらこそ、もらってくれてありがとうございます」 左手の薬指に慣れない異物感で落ち着かないながらも、牧は仙道の微笑みにつられて苦笑した。 部屋に戻るまでの間、仙道は何度か牧の左手を盗み見た。 綺麗に日に焼けている褐色の肌に指輪はなじみながらも、時折動きにあわせて蛍光灯の光を反射して金の光を主張する。一粒の金の滴が掌に宿っているようで嬉しかった。 「金の滴ふるふる、銀の滴ふるふる……」 牧に聞こえないように、仙道は口の中で鈴の音のような言葉をそっと転がした。 |
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ここ数年はアクセしてる男性が増えましたが、私の中では牧も仙道もしない派です。 |