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夕暮れが終わる直前の空が一番好きだ。この絶妙なグラデーションは刻一刻と変化するから飽きることがない。 見慣れない風景の中で見上げるグラデーションもいいものだ。見知らぬ地がゆっくりと夜に染められていくとどこかホッとする。 などと違うことを考えて気を散らしても、喉の乾きばかりはどうにもならない。黙したままの仙道の背に宮益は声をかけた。 「ここら辺で自販機かコンビニないかな。喉が渇いてラーメン屋まで我慢できそうにないんだ」 「ああ、すんません。んじゃ、公園つっきって行きましょう。公園の中に自販機あるから」 青々とした緑の垣根がぐるっと取り囲む公園の入り口が信号の一つ先に見えた。大きな公園が学校の傍にあるのは少し羨ましい。海も近そうだし…といっても僕は泳ぎは苦手なんだけど。 明るい光を放つ自販機の前で、宮益は立ったまま清涼飲料水を一気に半分飲みほした。ベンチも少し歩けばあるけれど、そこまですらも我慢できなかった。仙道も同様に喉が渇いていたようで、その場でペットボトルを煽った。 「くぅ〜、空きっ腹に炭酸はきくなぁ〜」 そう言いながらも続けて喉を鳴らせて飲む仙道の横で、宮益は携帯を開いた。やっと振動が止んだことから、練習が再開したのがわかる。今のうちに電源を切っておこう。もう携帯を使えるような長い休憩時間はないけれど。 「綺麗な画像すね」 「宇宙の写真とか好き?」 「見るのは結構。でも撮るとかは全然」 待ち受け画面を悪びれもなく上から見ている仙道へ、宮益はもっと綺麗な写真を見せようとフォルダを開いた。 「これなんかはかなり有名なんだけど……あっ」 突然の着信音と同時に画面が切り替わる。画面には登録してある人物の名前が表示されたが、宮益は即座に電源を切った。 「“牧紳一”…って、あの牧さんすよね。出なくていんすか」 いいんだ、と宮益が返す前に前方の垣根がガサガサと大きく動いた。 「そこかっ!」 聞きなれた声と一緒に長身の男が自販機の横へ垣根の隙間から飛び出してきた。一瞬バランスを崩したがすぐに立て直すと、唖然としている宮益と仙道の眼前へ立ちはだかった。 声を出すことすら忘れ驚く宮益の腕を牧は強く掴んで引き寄せた。その様子を見ながら仙道は「ちわす」と頭を軽く下げた。 「牧さん体に葉っぱいっぱいくっついてますよ」 荒い息を整えるのを優先したいのだろう、牧は頷くと深呼吸を繰り返しながら、空いている方の手で手荒に己の体を叩き葉を落とした。 「…あのね、牧。僕は」 「宮は黙ってろ。話しは後で聞く」 厳しい声音で一刀両断され、宮益は口をつぐんだ。 こんなに威圧的な命令口調をされたのは初めてだった。怖さよりも嫌われたかもしれないという不安に襲われ、宮益の血の気は一気に下降した。 息が整った牧はまっすぐに仙道の前に立つと深々と頭を下げた。 「すまなかった。全部俺のせいなんだ。部活をさぼらせた謝罪を今から陵南の主将へ俺から言いに行ってくる。お前に非はないことをつげ、罰則があるなら全て俺が受けてくる」 「違うんだ、牧さん顔を上げて下さい。部活サボったのは俺の意志でもあるんです。それにうち、罰ったって部室と便所の掃除くらいだし、今回は海南の二年生と話しをしていたと伝えれば温情でダッシュ50本追加程度ですむから平気なんです」 「打ち合わせでもない、部活と関係のない話しをしていただけでは信じてもらえるわけもないだろう。俺が今から行って説明して、金輪際こんな失礼なことのないように謝罪してくる。ついでにダッシュ百本もその場ですませてくる」 「やめて下さいよ! 海南の牧さんが陵南でダッシュだなんて、それこそ大事件すよ。お気持ちだけでじゅ──っぶんっすから! お願いだから、頼んますよ〜大事にしないで下さい〜」 心底困った顔の前で両手まで合わせられ。頭に血が上っているらしき牧も、自分の行為が裏目に出そうなことに気付いたらしい。 「では…どうしたらいいんだ……」 牧の勢いがそげたことで仙道が大きく安堵の吐息をついた。宮益は言霊に縛られて一言どころか溜息の一つもつけないでいた。 代案の謝罪を提示されないと牧は引かない。そう感じとったのだろう、仙道君は少し考えてから言った。 「ちょっと聞いていいすか。あの、さっき“全部俺のせいだ”って言ってましたよね。何で宮さんと俺が二人でサボることが牧さんのせいになるんすか?」 牧のおろされている両手にグッと力が入った。それを見た僕は口を開いた、のに。開いただけで、声が出ない。さっき水分をとったばかりなのに、喋ったら嫌われると思いこんでしまった僕の喉は干上がって音を発せなくなっていた。 「……お前は宮に…その、告白をされたんだろ。違うか?」 「そっすけど……なんで知ってんすか?」 すぅっと牧が一つ大きく息を吸って、吐いた。吐いた吐息の震えに、宮益の心臓がギリリと絞られる。 ─── 待って、正直に言う必要なんてない。逃げ道のある嘘をつくんだ、僕もそれに合わせるから! 宮益の心の叫びは届くはずもなく。牧は僅かに震える声ながらも伝えてしまった。 「宮の告白は嘘だ。宮は俺へお前の情報を……次に俺がお前と会う時までに情報を渡したくて、お前に接触を試みただけなんだ。俺がお前とまともな会話が出来るようにと」 こんな時ですら嘘をつかない牧に宮益はひやりとした。肝心な部分はぼかしているけれど、これでは追及されてしまう。そして案の定、仙道君はより深く質問を重ねてきた。 「? …あの、意味があんまりわかんねーんですけど…“まともな会話”って? 俺と会話するのに情報がいるんすか? 情報って何の? こないだだって話ししましたよね、フツーに」 まだ戸惑いが残る声に牧は辛そうに首を左右に振って否定した。 「俺はお前の話を半分も聞けていなかったんだ。1on1が今度の話になった流れを俺は知らない。次にお前と会う時は何をするのかも…。まともな会話ってのは、相手の話を聞けてなきゃ成立しないだろ。こないだ交わした会話は、全然まともなもんじゃなかったんだ。すまない……」 「……俺のどんな情報があれば、牧さんは俺の話を聞く気になるんすか?」 仙道の問いに宮益は先ほどの自分との会話が頭を過ぎった。やはり先ほど仙道君が最近関心を引こうとした相手は自分の予想と違わない。 ─── それなら何故、関心を引きたい相手をこんな風に追い詰めようとする? 声になっていない宮益の疑問に二人の会話を止める力があるはずもなく。牧は聞かれたことに答えていく。 「聞く気がなくて聞き洩らすんじゃない。どんな情報があればあんな無様なことにならずにすむのかなんて……俺が知りたいくらいだ」 牧の声には先ほどの混乱の色は消え、かわりに悲痛な色が滲んでいた。 宮益は静かな牧の声音で自分の体がもう震えてはいないことに気付いた。今震えているのは腕を掴んでいる牧の指先だ。必死で何かに耐えている。僕なんかに縋ることで気丈に立っているだけなのだ。 「本当に……すまなかった。この詫びはいつかきちんと改めて……何らかの形でさせてもらう」 「牧、」 「宮もごめんな。帰ろう」 やっと出た言葉も続けさせてはもらえなかった。力を失った弱い声ではあったが、有無を言わせる隙もない。 牧は僕の腕を握ったままで歩きだした。もし僕が腕を払ったら、それだけで牧はその場に膝をついてしまうような気がした。嫌われるのは怖い。でも牧が膝を折り崩れることなど、怖過ぎて想像もしたくない。だから……仙道君へ説明をするために戻りたいと思ってはいても、牧をふりほどけなかった。 「今度はあっちの垣根? それともあそこの遊具の影からすか?」 少々おどけたような仙道の声音に二人は足を止めた。 「あー。それとも宮さんが来た時からずっと動画でも撮られてるんすかねぇ?」 皮肉っぽい物言いも気になったけれど、言っている意味が分からなくて僕は振り向いた。 「海南の他の皆さんのことっすよ。なんかの罰ゲームなんでしょ? すっかり騙されましたよ宮さんには。うっかりラーメンまで奢るとこだった俺を肴に盛り上がろうだなんて、悪い人達っすねぇ」 口元は笑っているけれど目が笑っていない。悪い誤解をされたことに漸く気付いて驚愕した。 「違う、そんなことしてない。確かに僕の告白は本気ではなかったけど、仙道君を騙すとか何か画策しただとか。そんなことは絶対してない」 「ご丁寧に海南の副キャプテンまで、タイミング良くあんな場所から登場して? そんで二人でかばいあって、腕組んで仲良くご退場? 何コレ? 何かの罰ゲームにしか思えないっすよね?」 牧が表れた垣根の方を顎で指してから、皮肉な笑みを浮かべた仙道君に僕は情けなくも怖気づいた。 今まで僕の周囲にはいたことのないタイプ。煽ったり皮肉を述べ嘲笑する馬鹿な奴らは沢山みてきたけど、そいつらとは何かが違う。悪意ではないものが腹の底に座っている。 怖い。理解不能・言動の先が全く読めない恐怖が僕を凍りつかせた。 ジャリ……っとゆっくり足元の砂が鳴る音と視界を遮る広いブレザーの背に、宮益は自分の前に盾となるように牧が立ったことを理解した。 「俺と宮以外、ここに海南の奴らはいない。変な誤解をしているようだが、俺があそこから出てきたのは、お前らが校門から出て公園入口へ向うのを見つけて先回りしようとしたからだ。逆側の入り口を目指している時に携帯をまたかけたと同時に着信音がしたから位置がわかった。それで見失うよりはと垣根から踏み込んだだけだ」 「宮さんが俺に告りに来たって知ってたのも、公園に向うのを見つけられたのも。事前に打ち合わせしてなけりゃ無理だと思いません?」 「宮からお前に告白しに行くとメールをもらって駆けつけた。その証拠はある」 携帯を出そうとする牧を止める仙道君の指先が牧の腕ごしから見えた。 「メールなんて事前に用意できる。証拠なんかにゃなりませんよ。罰ゲームじゃないってんなら何? 宮さんが俺に告白したのが嘘で、それがあんたの責任だってことは。あんたらがデキてて、痴話ゲンカかなんかで俺があて馬に利用されたってこと?」 「どうしてそうなる。宮はゲイじゃない……俺だけだ。次にお前と会う時までに、俺がお前の前で無様な真似をしないですむように……緊張を少しでも減らしてやろうと、宮はお前がどんな奴か調べて俺に教えようとしただけなんだ」 「なんでそんな緊張するんすか? ただの他校の後輩に」 質問としては挑発的な感じもするけれど、仙道君の声には皮肉さはなく素直な疑問だけだ。牧のカムアウトに動じる気配がなかったのは、先ほど僕が告白したことで感覚が麻痺しているのだろうか。 頭だけは必死で思考し続けるけれど臆病者の僕は怖くて、彼がどんな目で牧を見ているのか確認すら出来ない。ただ祈る。言うな、牧。こんな形で弱みを握らせるようなことをこれ以上言う必要なんかない。 それでも牧は答えることが贖罪に繋がると思っているのか、哀しいほど正直に答えていく。 「……俺が悪かったんだ。お前と二人きりになると平静ではいられなくなる俺が」 ─── それ以上続けるな、続けないで。これ以上弱みに繋がるようなことを言う必要なんてこれっぽっちもない! そんな僕の胸中の叫びは無慈悲にも、牧ではなく仙道君に届いてしまった。 「…もっとハッキリ言って下さい。どうして俺と二人きりだとそうなるかを」 「……好きだからだ。俺がお前を好きになったのが悪い。そのせいでお前にも宮にも迷惑をかけた。本当に申し訳ないと思っている」 「……俺を? あんたが?」 「あぁ」 「まだ俺、牧さんと直接話したのって三回くらい…すよね?」 牧が静かにゆっくりと首肯する姿が視界の中で歪む。宮益は己の涙で視界と喉をふさがれていく中で、確認の言質までとる残酷さに唇を噛んでいた。 強く硬く握りこんでいた牧の両拳がほどけて、頭が垂れていくのをスローモーションの動画のように宮益はただ見つめているしかなかった。 ─── 最悪だ。牧を傷つけないために動いたつもりが、僕は最悪の形で残酷な告白を牧にさせたんだ。 眼前の広い背中が揺れているのか、自分の涙のせいなのか判別すらつかない。ごめん、牧、ごめん。どうしよう。嫌われたくないだけだったのに─── 僕は牧に、牧は仙道君に。たったそれだけの、そんなちっぽけな願いが一瞬で砕け散ってしまうなんて。 無力感に打ちのめされて指一本動きもしない宮益をよそに、二人の会話は坦々と続けられる。 「それが嘘じゃない事を、今ここで証明してもらいたいんすけど」 「どうしろと?」 「あんたから俺にキスして下さいよ。好きなら出来んでしょ。それに宮さん以外に海南ギャラリーがいないんなら、俺とあんたがキスしたって吹聴されることもない」 何も問題はないでしょう?、と続ける静かな仙道の言葉に宮益の頭は真白になった。 「……勘弁、してくれ」 「やっぱ嘘なんすね。俺だったら例え他にギャラリーがいたって、好きな奴とキスしていいチャンスは逃さない」 「こんなのをチャンスと言えるのか……?」 「そっすよ。誤解は晴れるし、一石二鳥じゃないすか。たかがキスくらいで何を大げさな」 「……宮。悪いが見ないでくれ」 躊躇いがぬぐいきれないままの、少し掠れた呟き。 宮益の返事も待たず、牧の腕があがった。一歩前に進み仙道の腕をつかんで少し背伸びをした。 牧の動きにつれ宮益の視線は牧の足元に自然と降りてゆく。牧の革靴の踵があがる前に、宮益は完全に瞼を閉じて視界をシャットダウンした。 「……これ以上は…出来ない」 牧の言葉で終わったことが分かった。 「気が済まないなら、俺を殴ってくれてかまわない。ただ、宮は俺に巻き込まれただけだから、こいつに手を出すのはなしで頼む」 驚きにきつく閉じていた瞼を開くと頭を下げている牧の姿が目に飛び込んできた。 宮益の中で何かがブツリと音を立てて切れた。 「謝んな、牧! こんな分からず屋に頭下げんな!」 宮益は叫びながら牧を背中からどついた。信じ難いほどあっけなくその場に膝をついた牧をすり抜け、宮益は仙道へ飛びかかった。仙道は後ろへ一歩たたらを踏んだが倒れはしなかった。 両手の拳で仙道の胸を力いっぱい叩きつける。しかしあっけなく細腕を掴まれ止められる。それでもなお宮益は頭を振りながら叫んだ。 「お前なんて牧に好かれる値はない! 何様だ、この根性悪! その被害者面を僕が張ったおしてやる!」 「よせ、宮! 落ち着け!」 「殴りたいなら殴れ! どんだけ殴られたって、僕はお前を見る度に罵り続けてやる!」 立ちあがった牧に背後から羽交い締めにされ、宮益は仙道から引きはがされた。 なおも暴れ頭を振る宮益の顔から眼鏡がふっとぶ。 それにもかまわず泣きながら、「離せぇ! こんな目茶苦茶な要求に応じた牧だって腑抜けだ!」と怒鳴り続ける宮益の前に仙道が立った。 「なんだよ、動けないうちに殴りにきたのか卑怯者! 死んだって化けて出て、絶対呪い殺してやるからな!」 「宮、宮、どうしちまったんだよ? 頼むから落ち着けって!」 「どうかしてんのはあいつだろ! 僕はどうもしてない!」 仙道は眉尻を困ったように下げていたが、軽く頭を下げた。 「すいません。生意気に慣れないカマかけちまって」 「カマあ? 何言ってんだ、逃」 牧は宮益を羽交い絞めにしたまま、器用に宮益の口を大きな掌で塞いだ。 「いや、分かってたから。謝る必要はないって。こっちこそすまない。宮は普段は俺の何百倍も冷静で、人の気持ちを読むのにも長けている奴なんだが」 「あー、そんな気ぃします。牧さん来る前、宮さんと喋ってた時に、なんかこの人すげぇなって思ったんすよ。けど、考えてること全部見透かされてそうでちょっと怖かった。だから今は…上手く言えねぇっすけど、ちょっと安心? してるかも」 「そうか。俺も昔、少し似たようなことを考えたことがあったよ、こいつ頭良過ぎるからさ。でもそう怖い奴じゃないんだ、優しい奴なんだよ。今はちょっと、痛いって宮。暴れるな」 宮益は牧の顎を押し上げながら仙道を見上げたが、表情がよくわからない。それでなくとも眼鏡がないのだ。 「なんか……いっすね」 「だろう」 仙道と牧は似たような笑みを交わしあった。僅かにゆるんだ牧の手を宮益は力いっぱい払いのけて怒鳴る。 「なんだよっ! 二人で何分かりあってんのさ! これだから背の高い奴らは嫌いなんだっ」 癇癪をおこして地団太を踏む宮益に、仙道はプッと吹き出した。 「なんでここで身長…」 仙道のもっともな呟きに、牧もつられて吹き出してしまった。 苦々しい顔つきではあるが、やっと大人しくなった宮益へ牧は訊ねた。 「もう凶暴にならないで俺の話を聞いてくれるなら、腕を離すが」 渋々の体で頷いたことを確認し、牧は腕をほどくと説明をはじめた。 仙道が罰ゲームか何かに巻き込まれたように言った時は牧もまだ気付いてはいなかったが、振り向いて仙道の顔を見た瞬間に認識した。仙道が本気で言っているのではなく、挑発めいた仮説は牧を振り向かせるためのものだったと。 それでも怒っている演技を口先だけで続ける仙道に答えていくうちに、牧は仙道の本当の意図がつかめた。 「これは俺に告白させようと仕向けてんだなって」 「だって牧さん、肝心な理由は言ってくれてなかったから。自分の推測が当たってるか知りたかったし、このチャンス逃したらヤバイって焦ったんすよ」 「意外に強引……いや、意外でもないか。“点取り屋”ってあだ名から考えれば、らしいっちゃ、らしい」 「あんたこそ、もうちょっと怒って冷静さを失ってくれりゃいいのに。すぐバレちゃってさ」 「そりゃお前…あんな顔されちゃあ……。俺まで赤くなっちまったよ」 「血流コントロールなんてそうそう自在にゃできませんよ。もうさぁ、仕方ねぇから誘導尋問的に仕向けて言質とろうと思ったんだけど。牧さん落ちねー落ちねー」 「まさか宮のいる前で告白させようと思ってるとは考えもしなかっただけだ。俺だって焦ってたんだよ。なのにお前、告白だけじゃなくキスまでさせるし……」 キスと言う時だけもの凄く小声で呟くから、聞いている宮益まで恥ずかしくなってしまう。 「だってなんか、不貞腐れて言われたみてーで不安になったんす。あんたが悪いんだよ、目ぇ逸らして言うから。しかもさ、何アレ。ほんのちょっと触れて終わりだなんて。俺、マジ緊張してたのに」 「不貞腐れていたんじゃない、恥ずかしかっただけだ。ちょっととか…初心者に難しい注文つけんな、今の俺にはあれが精一杯なんだ。しかも宮の前でさせやがって。酷い奴だよ」 見上げた先にある牧の顔が赤い。向かい合う仙道君の頬も同じ色。 「けどまぁ、言えて良かった。宮の言うとおりだった。カミングアウトして告白して振られてスッキリした」 「なんで今の話しの流れでそういう結論を。俺は振ってないじゃない、人聞き悪いなぁ」 「あからさまに気持ち悪がらないでくれただけで、俺は十分感謝している。今もそうだ、変わらず接してくれてありがとうな」 「待ってよ牧さん、そりゃないよ。分かってるくせに一人で意地悪な完結しないで下さいよ」 「宮の前で恥かかせてくれたからな」 「そんな〜。だって宮さんがライバルだとあん時ゃマジ思ってたんだもん。誤解させたあんた方だって悪いでしょーが」 頭上で交わされる会話を、宮益はぼんやりと聞き流していた。 ─── これが世に言う痴話げんかってものか。そして僕のようなのが当て馬? いや、馬に蹴られて死んじゃう役? いつからどうして仙道君が牧を好きになっていたのか。そこら辺を知りたくはあるけれど、牧だって今はまだ知らないはずだ。理由や経緯は分からずとも、とりあえず終わりよければ全てヨシみたくなってるのだろう。 そんなことよりも僕はもう、一人で空回りして立ちまわった自己嫌悪と、牧の恋が実った達成感でどっと疲れちゃったよ。もう帰りたい……安心したらお腹もすっごい減ってきた。 「どうして俺の返事を聞こうとしてくんないんすか。もういいよ、違う手段とってやる」 「おい、ちょ……」 突然仙道君が牧を抱きしめてきた。間に僕を挟んだままで! うわああ、男にサンドイッチされるって汗臭い、ギャー嫌あああ助けてええええ! しかも何なの、牧まで仙道君を抱きしめ返しちゃったりして! 普通は僕を追い出してやることだろ、逃がしてよ、酷いよこんな男牢獄! うわっ、うわっ、この音って……もしかしてもしかしなくても、ええええ!?? あり得ない……こともあろうか僕の頭上で……って、暑い! 僕を挟む二人の硬い体が一気に体温上昇してもわっとする。もう夜とはいえ夏だからただでさえ暑いのに。汗臭いわ気持ち悪いわ暑いわでもう限界!! 「そういうことは僕のいないとこでやれ!!」 「うわ、宮ごめん!」 「すんません宮さん。宮さん避けてる間に牧さんに逃げられると思って」 「嘘だろそれ。どうせまた僕に当てつけようとしたんだろ。もうやめてよ、僕と牧はそーいうんじゃ全くないんだ、迷惑極まりないから!」 僕は這う這うの体で男牢獄から逃げだしつつ仙道君に文句をたれた。ついでに牧にも言わせてもらう。 「それと牧! 小さくて気付かなかったとか言ったら、キンタマ蹴りあげるからね!」 身長の差はあったって弱点は同じなんだぞと、脅したつもりだったのに。二人は顔を見合わせると赤い顔のまま笑いだした。 全く腹立たしいったらない。きっと僕の顔も赤いのだろうけど、理由は暑かったからなんだ。あんたらとは違うんだからな、全くもう。あてられたわけでもないんだからな、チクショウ。 腹を立てている僕を宥めるように、牧が僕の肩に手をまわした。 「宮のおかげだ何もかも……。宮がいてくれて本当に良かった、ありがとう」 「煩いよ。そういう恥ずかしいことを臆面もなく人前で言うところは嫌いだって前も言ったけど?」 「そんなこというなよ、俺は宮の照れ屋なところも好きだぞ?」 「ちょお、牧さん。そういうこと俺の前で言うのってどうなの? 俺にも言って下さいよ」 「お前にはさっき言った。いや、無理やり言わされた」 「ええ〜、酷くね? ねぇ宮さん、この人実は釣った魚に餌はやらない人なんすか?」 「いつ釣られたよ。俺はまだお前から直接返事は聞いてないが?」 「聞こうとしないで逃げ回った人は誰なんすか! あ、分かった。もっかい熱いのくらいたいんすね? お望みとあらば」 「ああもう、ホントに二人とも煩い! お腹空いたから僕は帰るっ」 鞄をひっつかんだところで仙道君に、「壊れてないといいんすけど」と眼鏡を差し出された。 ちょっとフレームに傷が入ったけどレンズは無事で安心した。そのことに牧と仙道君は「良かった」と何度も繰り返した。そんな大層な眼鏡じゃない、安物だと何度も言ったのに……。 聞いてられないような恥ずかしい会話を繰り広げては幸せそうに笑う二人が、はらってもはらってもついて来る。 ご飯だってどっかで一人で食べるからついてくるなって言っても、「俺が奢りますよ!」だの「一緒に皆で食おう」とじゃれてきて全く聞きやしない。 仕舞いには大男二人に挟まれて肩まで組まれて、まるで昔見た捕まった宇宙人の写真みたい……って、僕が宇宙人かよ! 本気で腹立たしくもバカバカしいと思っているのに。 いつの間にか僕まで一緒になって笑っていた。 *next: 10
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やっと三人揃いましたよ! って、別に牧と仙道が揃えば問題ないんですが(笑)
牧が別人のように強気ですが、これも宮益がいるから出せる彼本来の持ち味なの♪ |