Same to you. vol.08


校舎を一度出て案内された日が陰ったここは、男子篭球部部室の裏に近い場所だろう。ぐるりと外周を一周して戻ってきたような気がして、宮益は色褪せたベンチを前に不安気に周囲に目をやった。
「あの窓……バスケ部部室のだよね?」
「そっす。途中一回学外に出たのによく気付きましたね。窓なんてどれも同じなのに。ここ、灯台もと暗しなんすよ。部活中は誰も部室なんて戻らねーし、戻ってきたら誰かが窓開けるんで声でわかって便利ですよ。あっちがグランドだから走ってたら声も聞こえてくるし」
「あの窓から覗いたらすぐここも見えるんじゃない?」
「窓から身を乗り出せば見えますけど、普通の開け閉めくらいじゃ見えないっす」
「確認済みなんだ」
「はい。ちなみに、このベンチを使えば窓から入れて更に便利。これは四日前、あの出てる釘にひっかけた痕」
腕にうっすらと残るひっかけ傷痕を見せられる。長身の彼だからこそ成せる芸当だろうけれど、状況を想像するとつい笑ってしまった。

笑い終えて気付いた。小心者の僕は他校に一人で来るだけで緊張していた。その上、初対面同然の彼を呼びだし話しをすることは思っていた以上に負担になっていたに違いない。その証拠に、笑ったことでやっと体の力が少し抜けたことを意識した。抜けたってことは、張ってたことだ。
来る途中で何箇所か人目につかず話が出来そうな場所があった。わざわざ秘密であろうこの場所へ案内してくれたのは、ガチガチに緊張している僕をリラックスさせようとしたのかもしれない。初対面の相手にこんなさりげない気遣いを出来るとは……牧があっけなく好きになった理由の一端を知った気がした。

話しをせかす素振りもなく、仙道は宮益の隣に腰を下ろすとのんびり空を見上げた。
「……いー天気っすねぇ」
「そうだね……」
どこにも力の入っていない横顔を見ていると、昨夜密かにたてた計画に対する僕の気負いまで抜けていった。
警戒心の強い僕らしくもなく、天気の話しの続きをするような感じで、用意した言葉が口からするりと出た。
「僕は先日の練習試合を見ていて、仙道君に一目惚れしました。もし今フリーなら、僕とつきあってみませんか」
たっぷり一分以上たってから、仙道君が長い首を動かして僕を見た。
「えーと……。マジ、すか?」
仙道君の瞳がじっと僕を見ている。瞳にはまだ純粋な疑問しか浮かんでいない。嘘を見破られないコツは視線を逸らさないことだ。僕は静かに真っすぐ見返してしっかり頷いてみせた。
僕が一番知りたいのは、同性に告白されて断る時の様子だ。余すところなく観察し、得られる情報は全て持ちかえる。
─── さぁ、君はどういう断り方をする? 嫌悪感をみせたりするのかい?

今度は先ほどより待たされることなく返事がきた。
「てことは、一目惚れ…ですか?」
「うん」
「宮崎さんが俺を見たのはあの練習試合ん時だけっすよね。他で会ったことはないような」
「ないけど。一目惚れなんて信じられない? 観客席からでも仙道君の容姿・動き・声・表情をしっかり見れてた。見ていてとても好みだったから、惚れました」
初めて仙道君の表情が大きく動いた。あまり何事にも動じなさそうな彼が、驚きを隠すことも忘れたように固まってしまった。
僕としては一目見て惚れるなど、本では読んだけどあまり信じていない。けれど仙道君と僕では接点があまりにないから、使える理由はこれしかない。仙道君もそう考えたから、自ら予測した理由を口にしたのだろう。
「そっすか……」
「……気持ち悪い?」
きょとんとした顔で「何が?」と首を傾げられた。本当に分かっていない様子に僕の方が驚いた。
「え。だって僕、男なのに。男に告白されて気持ち悪いとかないの?」
「別に。俺、男に告られんの初めてじゃないし」
「えっ!? あ、そ、そうなんだ」
「はあ」、と心ここにあらずの生返事をする仙道君を、ついまじまじと見てしまった。女の子にモテそうだとは思ったけど、まさか男にまでとは。つい好奇心が先にたってしまい、余計な事を聞いてしまう。
「その男とは付き合ったりした、の? あ、答えたくなかったら言わないでいいけど」
「断りました。その頃俺、まだ中一だったもんで“付き合う”とか考えるだけで面倒で嫌だったんです」
「年上の人だったんだ? どんな感じの人?」
流石に訝しく感じたのか、少し困ったように眉根を寄せられて焦った。
「ごめん、色々根掘り葉掘り! 男だっていうから、僕も男だから気になっただけなんだ。ホントごめん!」
頭を下げた僕に仙道君は困り顔のまま笑みをつくった。
「…同じように勇気を出した身としちゃ気になるもんなのかもしんねぇっすね。そいつは同じクラスで、転校が決まったからダメもとで告ったって言ってました。パッと見、女の子みたいな可愛い顔立ちの、宮崎さんみたいに細身で小柄な奴でしたよ」
「そうなんだ……。あ、僕は“宮益”だから。利益の“益”。覚えるの面倒だったら“宮”って呼んでいいよ」

過去に経験があったとはいえ、仙道君は男からの告白に嫌悪感を抱かない、とてもフラットな性質というのが分かった。これだけでもとても稀有なことで、ありがたい。けれど、女の子のように可愛く小柄な男ですら断られたということは、昔の牧ですら可能性は薄い。今の牧などどう見ても男そのものだから論外だろう。ただでさえ女子にもモテているのだ。可哀相だけど牧にはやはりこの恋はあきらめるしか道はないんだな……。断り方はソフトだろうけど、断られると分かっていてさせるのは無意味だ。
「宮さんって面白い人っすね」
仙道君の小さな笑い声に、考えに耽っていた僕は「何で?」と慌てて顔を向けた。
「や、だって。普通、自分が告白した返事をもらいたがるもんじゃないすか。なのに無関係の相手を気にするし。しかもあっさり覚え間違いを指摘して、“宮って呼んでいーよ”って。どんだけ冷静なんすか。さっきまでガッチガチに緊張してた人とは思えないっすよ」
まだ面白そうにクククと笑っているうちに、本気の告白ではないことがバレそうで言い繕う。
「僕は告白出来ただけで満足なんだ。付き合って貰えるとは端から思っちゃいないから。だから断りの返事より、僕と同じ状況を体験した人に興味を持ってしまったみたい。ごめん」
「全然。それよか、悪いけど…返事は宮さんの想像通りのものなんで。こっちこそすいません」

丁寧に頭を下げられ、僕もまた下げ返す。それを二度ほど繰り返してまた、振り出しに戻った。
二人して、少し日が陰ってきた空をぼんやり見上げる。
普通はふられた時点で席を立つものなのだろうけど。僕はまたとないこの機会、せめて拾えそうな他愛のない─── 多分、牧が一番喜びそうな、仙道君の好みや趣味なんかの個人的情報を収集していきたかった。僕としてはここからが第二の本番みたいなものだ。無関係の相手に個人的なことを聞かれて喋る奴などほとんどいない。慎重に、それでいて軽く仕掛けないといけない。
「仙道君、まだ時間いい?」
「『叱られた上に短時間で実のない練習すんのもなー』と思って迷ってます」
今度は僕が笑うはめになった。海南でもしこんなことを口にしたらとんでもないことになる。こういう発言をしても許されるのは実力もセンスもある特待生の余裕から? などと一瞬思ったけれど、特待生ならば逆にもっと切迫して練習に取り組んでいるはず。こんな呑気な返事を出来るのはきっと彼の性格ゆえだろう。まだそう会話を交わしているわけでもないのにそう思うのは、理解しがたい不思議な魅力……余裕というか、焦らない大らかな雰囲気が彼にはあるからだ。僕への気遣いと本音、両方から出た言葉か。もしくは、本当に素直に出ただけの本音か…?
「もし仙道君さえよければ。これからこっそりこのまま帰らない? 奢るから一緒に飯でもどうかな。告白記念と失恋記念の両方を一人でやるのも淋しいからさ」
「宮さんって話しの分かる人なんすね」
「見かけによらないだろ?」
ニヤリとお互い笑みを交わした。まるで友達みたいに。

話しはまとまったもののまだ夕飯を取るには早過ぎるため、ここで少し話しでもどうかと宮益は持ちかけた。すると意外なことに仙道の方も、「俺も宮さんにちょっと聞きたいことがあるし、いっすよ」と返してきた。
「部活の詳細なこと以外は何でも答えるよ、貴重な時間をもらったお礼になるなら」
「や、んな硬い話しじゃねーんで、宮さんからで」
「僕こそ特別な話なんかじゃないんだ。それより先に聞かせてほしいな。ふられたとはいえ、僕は仙道君の話を聞けるのが嬉しいから」
あれこれ聞き出し得るデータよりも、彼自らが語る内容の方が牧への良い手土産になるはず。
宮益はさらりと伝えたあとは視線をフェンスへ向け、仙道が話し出すのを待つことにした。

「……ふっておいてそんなこと聞くなんて無神経、とか言われちゃいそうなんすけど」
少しこちらを窺うような雰囲気を感じた。飄々として見えるけど、実は繊細さを隠し持っているのが分かって、好ましく感じた。気遣いを払拭させたくて軽く肩をすくめてみせた。
「僕の告白はなかったことに仙道君が出来るなら、僕はそれでかまわないよ」
「宮さん……。宮さんは随分さっぱりした、強い人なんすね」
「僕があ? ないない、それはないよ。告白成功のイメージを全く持てなかったからだよきっと。ふられるケースしか想定してなかったんでね。こんなに優しく断ってもらえて、しかもこうして話しが出来るなんて上々過ぎるくらい。十分満足しているからそう感じたのかな。だとしたらそれも仙道君のおかげだよ」
うまいなぁ…とほろ苦い笑みを浮かべる仙道に、牧の苦笑いが重なって見えた。牧は同学年、仙道は一つ下。顔も性格も共通点はない。それなのに、どちらもふいにとても大人びた、似たような独特の表情をしてみせる……。
「第三者にだから聞けることや、客観的に返事をしてもらえそうなことってあるよね。多分もう、僕は仙道君とこうして会う機会はないと思うんだ。だからさ、もっと気楽に。ね?」
「試合とかどっかで会ったら、今度は俺も気付くし挨拶しますよ」
「そう? それは楽しみだ。ふられたかいがあったな」
「そこは『告白したかいがあった』にしときません?」
「そうだね、ふった側が悪者みたいだ。勝手に告られる側も大変だよね」
「別に俺は悪者でもなんでもいーんすけど、そんなんじゃなくて」

仙道は軽く笑い零したあとで、少し口調を変えて一言一言考えるように話しだした。
「一目惚れっていうのは……俺は、異性間でのみ起こるものだと思ってました。今まで告ってきた女の子たちは一目惚れしたって言う子が多かったから。一度だけある男からのは……なんつーか、好きになった理由を色々語ってきて、それから告白された。だからかな、宮さんがたった一度の練習試合で見た俺に一目惚れしたというのは……マジ驚きました」
「…不自然に感じた?」
目を瞑った仙道はふるりと軽く首を振って否定した。
「“あるんだ”っつーか。“ありなんだ”って。同性でも」
「……僕は人を好きになる理由も、好きになり方も千差万別と思ってる。好きになる理由は性格や好みじゃないかな。性別も年齢も言いかえれば“好み”の一つに過ぎない。百人いたら百通りの性格があるように、好きになる好みも細かく分析すれば全部違うだろうね。それこそ人口の数と同じであっても、僕は驚かないな」
「“性格”は自分の?」
「そう。鼻が高い低い、唇が薄い厚い、優しい・頼りになる・面白い…細分化された多大な“好み”の要素が多いほど“好き”と決定づける。その結論付けが早いか遅いかは、相手の性質を知ってからの人もいれば、第一印象やインスピレーション? 感覚? 外見プラスそういうもので決める人もいるだろ。先にも述べたけど自分の性格──」
話しの途中で宮益は言葉を切った。仙道が聞いていないことに気付いたからだ。膝の間に落とした自分の右手を握ったり開いたりしているのをじっと見ながら、彼の頭の中は目まぐるしく働いている。瞬きすら減るほどに。
彼が聞きたかったのは、“同性でも一目惚れは十分有り得る”という一言だけだったのかもしれない。そんなものに何故引っかかって僕に断言してもらいたがったのかが気にかかる。不自然ではなくとも、まだ僕の理由を疑っていたからか。あるいは、何かもっと別の──?


宮益は隣の整った横顔と、ゆるい風を受けてもなびく様子のない不思議な髪型を眺めていた。
もしここにいるのが僕じゃなく牧だったら。牧はきっと、こうして顔を眺めていられるだけで嬉しいのだろうと推測する。推測はできても僕は牧じゃないから、やはりこう長く黙考されてしまうと退屈になってしまう。会話もなく隣にいるだけで退屈さを感じない存在など、僕には牧くらいしかいない。でも僕は牧に胸が高鳴ったりはしない。親愛の情と恋愛の情。違いは心拍数以外にも沢山ある……と知識では分かるけど、感覚で理解するのはなかなかに難しい。


夕暮れが空を濃く彩りはじめた。暑く湿った空気も幾分軽くなってきたけれど、流石に喉が渇いてくる。
困りだした頃、漸く仙道君が我に返った。
「す、すいません…! なんか今、一人で釣りに行ってる錯覚におちいってました」
「釣り?」
「はい。俺、釣りが趣味で。すんません、腹減ったでしょ。ラーメンでよかったら俺、奢ります」
荷物を肩にかけて立ちあがった仙道を宮益も慌てて追う。ほんのりと頬が赤く見えたのは夕日のせいか、それとも思考の海に没頭した無防備さを晒したことが恥ずかしかったからか。
「ラーメンでもなんでもいいけど、僕が奢るよ。そんな気にしないでいいから。僕は人が考える横にただいることって多いんだ。存在感が薄いせいか、こういうこと多いから慣れてる。特に牧なんてさ、放っておいたら30分くらい彫像みたいに固まったまま考えてる時もあって」
前を行く早足だった仙道の歩調が急に緩くなった。
「それは違いますね」
「え」
「存在感がないんじゃなくて、宮さんは邪魔をせずに相手を待てる人なんですよ」
「思考中の相手の邪魔なんてわざわざしないだけだよ。思考をまとめてから喋ってもらう方がいいじゃん」
「思考がまとまるまで待てんのが、俺からしたら特技すよ。俺、待てねーもん。大概そいつ置き去りにしてどっか行っちまうか、寝ちまう」
宮益は何かが頭にひっかかるのを感じた。
「それはまとめられる思考に興味がないからじゃない? 僕だって急いでる時は声かけて引き戻すよ」
「あー…」
「仙道君は急いでいないのに、声をかけてまで相手の関心を自分に戻したこと。最近ないかい?」
「………ありますよ」

返答に躊躇するような間があった。
僕は“最近”と時期を断定して訊いた。前の会話の中に牧の存在をちらつかせてもいる。もし今、僕が仙道君の頭の中を覗けたのなら。そこには牧の姿があるのではないだろうか。仙道君は牧と会った時、何度か牧の名を呼んで牧の恋ボケ黙考から引き戻している。朝の忙しい時間なので“急いでいない時”には該当しないから、別の件を思い浮かべている可能性も否定できない。しかし返答を躊躇したのは“最近”を強く意識したせいのように思える。
─── 少し踏み込んでみるか。牧の話をもっと混ぜて、反応をみたい。
牧の話に興味がないとは思えない、わざわざ会いに行くほどなのだから。混ぜれば話にのってくるはず。自然に話に組み込むには、やはりバスケの話題を選ぶべきか。

だが宮益が話し出すよりも早く仙道は突然ラーメンの話を始めてしまった。まるで先ほどの返事に対しての宮益の返しをブロックしたいかのように。
仙道の返答後に宮益が思考した時間はほんの数秒。その僅かの間に、仙道は『ありますよ』と返答したことに後悔したのだろう。まだ会って間もない相手に迂闊にも重要な何かに繋がるヒントを含む真実を聞かせてしまった、と悟らせないために、ごく自然に腹に手をあてて空腹をアピールしながらの会話転向。
僕の深読みし過ぎか。なんでも情報に繋がりそうだと食い付き過ぎかもしれない…等と考えつつも。宮益もまた「僕は塩ラーメン派なんだ。塩は邪道という人が多いけど──」と、何も考えていない自然体を装いながらラーメン話しに興じる。
時間はまだある。焦りは禁物だ。


仙道と二人で陵南高校の正門へ向いながら、宮益は先ほどからポケットの中で震え出した携帯をぎゅっと握りしめた。
多分今は、海南バスケ部の一番長い休憩時間。15分間ずっとかけてくるとは思わないが、それでも宮益は電源を切り忘れたことを後悔していた。電話もメールも繋がらなければ早々にあきらめて休憩時間はしっかり休んでもらえたのに。
ほんの少し意地悪がしたくて、バスから降りた時に牧へメールをしたから電源を切り忘れた。

──『今まで牧の話を聞いてきて、僕も仙道君を好きになった。だから告白してくる。ぬけがけの結果報告は今夜電話で話すよ。』

当初の予定では陵南から帰る途中に送るはずだった。フライングで送ったメール画面がチラチラと頭の中を過ぎる。
きっと体を動かしていない間はずっと気になっているだろう。冷静になった今は、ほんの少しどころか随分と可哀相なことをしたと胸が痛む。今頃どんな顔で電話が繋がるのを待っているのだろう。
今夜といわず、家に帰ったらすぐ電話をしよう。多分その頃には牧はまだ飯前だろうけど、結果が気になっていては飯の味もわからないかもしれないから。












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宮益の脳内コンピューターが必死に働き過ぎて、深読みマシンになっております。
でも友達のため頭フル回転させて頑張る宮益は可愛い&青春してますよね〜♪


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