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以前昼休みに来た職員専用自転車置き場のひさしの下へ、今度は牧が宮益を引っ張ってきた。 今朝あった出来事を教えると、宮益は深い溜息をついた。 「自主練来ないしHRギリギリで飛び込んでくるし…朝から変だなとは思ってた。しかも休み時間もずっと変でさ。何かと思えばそんなことが……」 「そんなに変だったか、俺?」 「武藤が、『よっぽど幼児の夜泣きが酷かったんだな、牧が寝坊なんて珍しい。見ろよ、あの放心しきった面』って哀れそうに言ってたよ」 そういえばそんな設定だったかと、牧が「あー」と呑気な声をあげるなり、宮益は眼鏡をクイッとあげた。キラリと光るレンズが少々怖い。 「『あー』じゃないよ全くもう。教えた台詞を間違えなくたって、話す順番を間違えてりゃ意味ないじゃん。日時はこちらで決めるにしろ、牧は仙道君と二人で会うことになったんだよ? しかも1on1じゃないとなると、会話する時間がたっぷりってこと、分かってる?」 「はい……」 「バスケ抜きに仙道君と話をするのはキツイって言ってたよね?」 「……キツイより、今は怖い。俺、全然話しも聞けなくなるから、きっと会話にならなくて嫌われちまう」 しゅんと項垂れる牧など滅多に見れる代物ではない。まして宮益が口を引き結んで腕組みして隣で唸っている光景など。もしこれを部の一年が見たら大騒ぎになるに違いない。クラスの奴らですら驚いて固まるだろう。 周囲から一目どころか特別に思われがちの牧が、高い身長を縮めるように背を丸め項垂れて宮益からのお叱りをじっと待っている。 ─── ああもう、そんな姿見せないでよ。牧ったら本当に、妙に素直なとこが変わんなくて怒れないよ。 宮益は苦く笑うと気持ちを切り替えた。 「失敗しちゃったものは仕方ないね。作戦変更しよう。返事は今日じゃなくていいだろうから、僕が明日までに考えてくる」 「宮…! あぁ良かった…宮に見放されたら俺、仙道に会うのを断るしかないと考えていたんだ」 「そこまで思い詰めて考えなくても」 「いや、俺はあいつの前では無能だ。無策で会っても嫌われるだけだ。それよりは、せっかくの好感度を下げないままで会えなくなる方がマシだ。またそのうち、インハイ予選で顔も拝めるだろうし、いいんだ」 キッパリと自分を無能と言い切る牧に、宮益は今まで読んだどの本の片想い中の人物よりも哀れを感じた。そんな親友の憐みの視線にも気付かない牧は照れ笑いを零した。 「俺さぁ、仙道と会ってる間。何度も頭ん中で宮に助けを求めてたんだ」 「何で僕!? あのさぁ、何度も言ってるけど。僕は恋愛経験もないし、」 宮益の発言を牧は軽く手をあげることで遮った。 「そういうんじゃないんだ。同性への…その、片想い話しなんて誰にも出来ないだろ。こんな話を出来るだけで十分助かってるんだ。それにな、俺は成就だなんて大それたことは望んでない」 初めて本気で好きになった相手と関係を悪くしたくないだけなんだ……。 最後の呟きは消え入るように小さくて、深い思いが滲んでいた。 「……試合をする前から負けることを考える奴はバカだって、誰かの言葉になかった?」 「試合じゃないから、これは。試合だったらいっそ良かったんだけどな」 牧が哀しそうに目を細めて口元で笑った。宮益の胸は何故かツキリと痛んだ。 視線を逸らすために腕時計を見れば予鈴の鳴りそうな時間だった。まだ走らなくても間に合うため、ゆっくりと教室へ向う。 宮益は前を歩く広い背を見ながら考えていた。 身長もあればバスケの実力もあり、仲間からの信頼も厚い。勉強もけっこう出来るし、数少ない女子にすら陰ながら“優しい”と人気がある。本人の努力はおいておくとして、自分からみれば過不足なくバランスよく恵まれているこの親友は、初めての恋を最初から諦めている。これほど恵まれていてなお、恋愛に関しては自分に自信がなくて努力する気すらないなんて。性別の壁というのはそれほど全てを根底から崩すものなのだろうか。 この恋が自然消滅的に消えても、本人はそれでいいのだろう。綺麗な思い出として胸に秘めておくのを願っているような節すら感じられる。 ─── 僕の理想を投影するようで悪いけど。牧には最初から諦める選択はとって欲しくないんだよなぁ。 仙道君が牧へ好印象を抱いているなら、可能性はゼロではない。僕は腹を括ろう、恋を実らせることを目標に替えるんだ。出来うる最善の手を考えよう。 * * * * * 夜、宮益は牧へ電話をかけた。牧からだといつも本題に入るのが遅くなるからだ。 『随分早いな、宮は飯食ったのか?』 「まだ出来てなかった。牧は?」 『食った。イカフライと、』 「メニューはいいよ。それよか、昼休みの話しの続きなんだけど。次の部活休みって来週日曜の午後からだよね」 『あ、うん…』 前置きなしに強い口調で話しだされて戸惑っているのが伝わってきたが、宮益は自分の決心が鈍らないために早く言いたくて気付かないふりをして続けた。 「僕、それまでに一度、仙道君と直接会って来る。やっぱどう頑張っても情報が少な過ぎる。これじゃ策をどうこうの話しにもならないから」 『な!? なにもそこまで宮がしなくても!』 「本人と接触せず探偵まがいのことをする時間なんて、僕達にはない。そんな技術もないし。会うのが一番早くて確実な情報収集になる。大丈夫、牧のことなんて一切口に出さないから」 『そこまでしなくていい! 俺のことを話す話さないは関係ない、宮がそこまで負担を被る必要はないんだ。いい策が思い浮かばないという理由なら、もう考えなくていい。無策で会って恥を晒してくればすむ話だ』 「会ったからといっていい策が浮かぶかは分からないけど。でもバスケ以外の個人的なデータなんて、牧が得た僅かな接触による会話だけじゃ、もう考えようがない。僕は会いたいんだ仙道君に」 『考えなくていいと言ってる! 宮が会う必要はない!』 「なんでそこまで拒むの? 牧が不利になるようなことを僕がするわけないじゃない」 『そんなことは心配してない!』 「じゃ、いいだろ。別に牧について来いっていってない。僕はデータ集めに一人で行って来る」 『行くな!』 あまりに頭ごなしに否定され、宮益は苛立ち隠せず早口でつげた。 「大きい声出さないでよ。わかったから。じゃあね、僕今からご飯だから。おやすみ」 『宮、お』 牧の話しを聞かずに宮益は一方的に携帯の電源を切った。 * * * * * 「おい牧、なんなの? なんで宮はあんな不機嫌オーラ放ってんの? 怖いんだけど」 あんなん初めてじゃね?、と武藤が牧へこそこそと囁いた。武藤が訝しがるのも無理はない。宮益は朝練の時から挨拶以外はほとんど口をきかない。眉間に深い皺を刻みへの字口で、行動の一つ一つが荒々しい。休み時間の度に乱暴に次の教科の用意をすると、机に両肘をついて頭を抱えてみたり、髪の毛をかき乱していた。昼休みも、『弁当忘れたから学食で食べてくる』といなくなり、戻ってきてからも不機嫌そうに頬杖をついて目を閉じていた。 五時間目が終わっても不機嫌が収まる気配すらなく。いよいよ心配になったのだろう武藤が、ふざけた体を装って続ける。 「ちょお、今の聞いた? 宮益様の舌打ち! 俺、初めて見ちゃった聞いちゃった〜だ。うへ〜すっげぇ苛ついてる。牧はなんかワケ知ってる?」 昨夜の電話が原因のような気がしたが、言うわけにもいかないので牧は首を振った。 「どうする〜、何かあったのか聞いてみっか?」 「そっとしておこう。宮が悩むほどのことを、俺達が聞いたところで力になれるかどうか」 「だよな〜! って、何? 牧、なんか冷たくね? あ、牧も聞きにくいなら高砂呼んでくるぜ?」 「話したくなったら言ってくるだろ…。俺、トイレ」 そうだけどーピリピリ怖ぇんだよ〜、と口先を尖らせる武藤から離れるため、牧は行きたいわけでもないトイレへ向うべく席を立った。 六時限開始ギリギリに教室へ戻ると宮益の姿がなかった。武藤へ聞こうにも先生が来てしまったので諦めた。 HR前の短い休み時間が来て、急いで尋ねると武藤は肩を軽く竦めた。 「なんか体調悪いっつって早退した。宮が早退なんて初めてだよな〜。昼休みに監督と担任には言ってきたんだって。なら五時限受けないでさっさと帰ればいいのに、変な奴。体調が悪いっつーより機嫌が悪いだけじゃねぇと思ったけどさ、」 「?」 「帰る時、メッチャいつもと同じ宮に戻ってんの。ちーっとも不機嫌そうじゃねんだよ。ケロッとしたいつもの感じでさ、『六限の歴史、ノートしっかりとっておいてね。ノートの出来によってはカレーパンにプリンつけるから』って。仕方ねぇから、いつもの三倍真面目にノート取りましたよ俺は」 確かに不自然極まりない。機嫌が悪いからといって早退するような甘い男じゃないだけに、牧は嫌な予感がした。 「おい、宮は俺には何か言ってなかったか?」 「ん? あー、そうそう。あとでメール入れとくって」 「それを先に言えっ」 * * * * * 部活が始まる前なら仙道一人を呼びだすことは可能だろう。そう踏んで、宮益は六時限目を仮病で早退して陵南高校へと向かった。 宮益は受付で学生証を見せてでっちあげの用事を伝えると、受付の先生らしき人物に怪しまれることもなく、無事校内へ入ることができた。学内地図で篭球部男子用部室の場所を調べ、そこへ通じる廊下へ向った。 丁度良いことに部室の近くに階段があった。宮益は階段裏に隠れて仙道が表れるのを待とうと、階段裏へまわった。 「なんだ……荷物だらけでダメじゃん」 階段裏には雑多な物が山積みで、160cmと高二男子にしては小柄な身とはいえ隠れることなど出来そうになかった。別の場所を探そうと踵を返すと、急に影が全身を覆った。 「仙道君……!」 影の持ち主である、身長190cmの長躯がゆっくりと振り返った。 「? あんた、誰?」 訝しがる様子もなくのんびりときかれた。学校は違えど同じ一年と思ったようだ。無理もない、僕は未だ中学生に間違われることがある。ゆっくりと息を吸い、震えが声に出ないように気合を入れてつげた。 「ぼ、僕は海南附属のバスケ部二年、宮益義範といいます」 「……はじめまして?」 仙道は僅かに驚いた表情を浮かべながらも軽い会釈をし、首を右に傾げた。不思議な反応につられ、つい宮益も同じ仕草を無意識に真似ていた。 「はじめまして、かも? 一応、先日の練習試合前の合同挨拶の中に僕もいました。あの、突然ですみませんが。ちょっとだけ時間をもらえませんか? 部活が始まるまででいいので少し、個人的に話しをさせてもらいたいんですけど」 頭を下げた僕へ、仙道君は少し考えるように頭を先ほどと逆の方へ傾げた。 「海南バスケ部の先輩に声かけられちゃぁなぁ……サボッても叱られねーかも」 「え?」 「や、別に。あの、俺の方が年下なんすから、敬語なんて使わんで下さい。あっち行きません? ここだともうすぐ部の奴らが出てくるんで」 思いのほか気軽に誘いにのり、しかも話しやすそうな場所へ案内しようとする仙道に宮益は驚いた。 「い、いいの? 仙道君にとっては僕は他校の不審者みたいなもんだろ?」 「? 海南バスケ部の二年で腕章もつけてるし、別に?」 確かに受付で学内侵入許可の腕章をもらってつけてはいる。でもそんなものがあったって、こんな小柄で貧相な男を海南バスケ部員と頭から信じてくれるなんて……。 「……ありがとう」 彼は疑問の表情を浮かべたけれど、すぐに「ヤベ。急ぎましょう」と。まるで友達のような気軽さで僕の肩を軽く叩いて促した。 *next: 08
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さてさて宮益のプチ反抗期ですよ〜。きっと牧は宮益に冷たくされた経験はないだろうから、
強がってはいても内心ドキドキしてたりして。さぁ、頑張れ宮益!(笑) |