Live and learn.






「お前……牙が少し、ふっ、……伸びて、んっ」
 喋りたいのにアキラが執拗に長いキスをしてくるので、シンイチは先ほどから同じ部分しか言葉に出来ない。口の端からどちらのものともつかない唾液が零れて喉をつたう。
 今夜は満月だからお互いがソノ気になっている。抱き合いたいのはシンイチも同じだが、一本だけになった牙を首筋に埋められる前でなければ話は出来ない。 シンイチは乱暴にアキラの硬い黒髪を引っ張った。
「痛いなぁ、なんですか」
「喋らせろ。というか、確認させろ」
 シンイチは強引にアキラを上向かせると同じように唾液で濡れている唇へ指をさし入れ口を開かせた。
 五年ほど前にアキラが自力で折った牙をそっと触って確認する。やはり気のせいではなく、ほんの僅かだが伸びている。
「おい、やっぱり伸びてるぞ。この分だといつか半分サイズくらいまでは戻るかもしれないぞ?」
 嬉しそうなシンイチに対し、本人は「んー」と鼻から気の抜けた返事だ。
 何度も目視しては指先で触って確認されるのに飽きたアキラは口を開けたまま言った。
「もーひーれふかー」
「ああ、すまん。測ってないが、五ミリくらい伸びてると思う。今、鏡持ってきてやる」
「鏡になんて俺は映らないし、そんなんどーでもいーよ。それよか、早く。焦らさないでよ」
 立ち上がりかけたシンイチの腕を強く引き、アキラが己の胸に抱き寄せる。ベッドの上で横抱きにされたシンイチが不満げな表情を浮かべたのもおかまいなしに、アキラは傷一つないもう片方の牙を待ちきれないとばかりに伸ばした。瞳は既に妖艶な深紅に変化している。こうなるともう待ったなしだ。
 シンイチは深い溜息を一つつくと、淫らで甘い時へと導く牙を首筋に迎えるべく、シャツの襟を自分で広げた。


*  *  *  *  *


 人狼であるシンイチと暮らすようになってから、すっかりベッドの生活が板についた。あれほど大事にしていた特注の棺桶もここ数年使っていない。もちろん埃などつかないよう、使い魔達に掃除だけはきっちり命じてある。
 ベッドの良さは何といっても愛する者と一緒に眠れることだ。抱きしめたいと思った時に手を伸ばせば、すぐにしっかりとした筋肉をまとった確かな体の手ごたえが……
「? ……?? あれ、シンイチ?」
 期待していた感触がないため、アキラは渋々と瞼を開いた。隣で眠っているはずの男がいないことに少々気落ちする。
 人狼は吸血鬼と違い、仲間同士の交流を大切にする。そのため自分よりもシンイチは頻繁に家を空ける。今夜は何の名目で宴が開かれることやら。

 二度寝しようにも目が覚めてしまったので着替えてリビングへ下りた。
主が見るからに不機嫌そうな顔をしているからだろう、使い魔達は遠巻きからチラチラと視線を送ってはくるものの近寄ってはこない。それでもシンイチと暮らす以前は視線どころか呼ばれるまでは姿を隠して息をひそめていたのだから、大分怖がられなくなったものだ。
 カウチへ身を沈めて「ワイン。先日シンイチがくれたやつ」と呟くと、ヒュンと我先へと使い魔達がワインセラーへ飛んで行った。
待つほどもなくお気に入りのグラスに深紅の芳香な液体が目の前でサーブされる。
「ありがとう。えーと……ティキ? ほら、やるよ」
 名前を呼んでやりテーブルの上のガラスポットからチョコボンボンを一つ放り投げる。使い魔のティキは素早くキャッチすると醜い顔を妙な形に歪めて礼をし、跳ねるように去っていった。笑顔と呼べるほど見れたものではないが、喜んでいることは伝わってくる。
 使い魔の知能はあまり高くない。それでも褒められたり褒美をもらえば喜び励みとする。名前を呼んでから餌をやると、それはそいつだけが食える。だから余計な奪い合いが起こらないそうだ。そんなことはシンイチの行動を見て学ぶまで知らなかったし興味もなかった。


 美しい夜の訪れを窓際の椅子に座り無表情で眺めていたアキラへ、使い魔が来客をエントランスホールに通したと告げに来た。
 シンイチの義理の息子であるジンやノブナガは別として、通常ならば主人が通す許可を与えない限り屋敷には入れないはずである。結界がきかなかったことや、使い魔達が闘うよりも主人への報告を優先したことで、客人がそれ相応の能力を保持した不死者であることが推測される。
 アキラは念のためにと、タイピンをオパールから大粒のダイヤモンドへ替えてから部屋を出た。  吹き抜けになっているエントランスホールへ通じるメイン階段の上から突然の来訪者の姿が見えた。
 漆黒の癖っ毛と伝統的な襟の大きな黒マント、その裾から覗く上質なパンツと靴の組み合わせ。昔と趣味が変わっていないその後ろ姿と間違えようのない周波数で顔は見えなくとも判別がついた。できれば会いたくない人物だが同胞であるため追い払うわけにもいかない。
 アキラに気付いた来訪者は顔を上げて優雅な頬笑みを浮かべた。
「やあ、久しぶりだねアキラ。思っていたよりずっと元気そうで嬉しいよ」
 階段を降りきったアキラへ親しげに握手を求めてくる。もう百年近く会っていないが、目尻の切れ上がった気の強そうな二重の目元も、ツンと尖った鼻先も何も変わっていないように見えた。変わったのは、いつも人を馬鹿にしたように口の片端をあげる癖がなくなっていることくらいか。
 アキラは渋々とその手をとって儀礼的に述べる。
「久しぶり、コリン。君も元気そうでなによりだ」
 コリンは笑みを深めるとマントの内側から上等そうな赤ワインを一本取り出した。
「いいのが手に入ったんでね、再会を懐かしみながら一緒に楽しもうよ。混血の人狼は不在なんだろ? 二人で空けないか」
 わざわざ混血と付ける意地悪さにコリンは自分で気付いていない。純血種の吸血鬼はすべからくこうだ。己の血筋に誇りを持つあまり、同胞ですら純血種以外を軽視する。まして吸血鬼以外の種族などは純血種であろうと言うに及ばない。コリンにとっては混血の人狼など差別の対象と考える必要すらない低俗な存在なのだ。大昔の自分もここまで顕著ではないが、他種族を無意識に下に見ていた頃もあった。
「……俺の伴侶を失礼な呼び方をする者とワインを楽しむ気はおきないよ?」
 リビングルームへとすぐに通そうとしないアキラの立ち位置と、柔らかい声音で拒絶の意を伝えられたことにコリンは驚き目を瞠った。
「どう、呼べと?」
「マキさん、とでも。彼はコリンと同い年だからシンイチさん、でもいいよ」
 コリンは人狼ごときに敬称を要求されるなんてと言いたげな顔で不愉快そうに細く整った眉を上げた。それでもすぐに気を取り直して頬笑んでみせた。
「同い年ならシンイチと呼び捨てにしてもいいだろ? だって僕は僕より年上のアキラを呼び捨てで呼んでいるのだもの」
 ね? と首を傾げられて、アキラは彼なりの譲歩を認め、仕方なくリビングルームへと案内した。

 カウチに腰かけたコリンはまるで我が城のように最初からくつろいでいた。
 大昔、それこそいつだか思い出せないが、コリンはアキラの屋敷に数ヶ月ほど滞在していたことがある。もちろん勝手な押しかけだったが、コリンに言わせれば“ 親友と共に暮らした有意義な時間”なのだそうだ。彼は何かにつけて自分はアキラの親友であるとあちこちで吹聴していたようだが、何にも執着しない当時のアキラにはそれすらもどうでもいいことだった。
 持参したワインを傾けながら、コリンは昔話から今の血族の内輪揉め、そして自分が今はどこの国でどんな事業を起こしどの地位に至りどんな生活をしているかまで。ともすれば自慢話としかとれないことすらも、それは饒舌に続けた。
 気のない相槌をするアキラを悪く思う様子もなく、裕福な育ちの者ならではの無頓着さでとても楽しそうに、ワインがなくなってもなお延々と続けた。
── コリンが去るまでシンイチが帰ってこないといいんだけど。

 相槌を打つことにも飽きて窓辺へ視線を固定していたアキラにコリンは小さく溜息を吐いた。
「アキラは相変わらずだなぁ。でもその冷淡で美しいアキラが僕は好きだからいいんだけど。それでね、さっきの話に戻るけど」
 話を最初の三十分しかまともに聞いていなかったアキラは興味なさげに首を傾げた。
「暫く合わないうちに培われた君の博愛精神はよくわかった。だけど混血の……っと、失礼。シンイチを養子にしたままでは、アキラの高貴な系譜の大きな傷にしかならない。今のうちに養子撤回をすれば、まだあまり世間には知られていないから、なかったことに出来る。僕の力添えで。煩く探りたがる下世話な奴らの目を逸らすためにもだね、手続き後、君は僕の城に百年くらい住むといいよ。もちろんシンイチも連れてきたらいい、二月二十九日生まれの処女探しは手間がかかるからね。シンイチを大事にしたい気持ちを理解できる僕は反対なんてしない。もちろん彼の部屋も用意しよう」
「……なんの話だ?」
「え? だからさっきも言ったようにね、君を理事として迎える用意は出来てるんだ。もちろん肩書きだけで、君は仕事なんて一切する必要なんてない。全部僕が上手く」
 コリンの話の途中でアキラは不機嫌さを露わに立ち上がった。
「俺は最初に言ったよな? シンイチは俺の伴侶だと」
「養子にしたのは知ってるって何度も言ってるだろ。珍しく気に入った味だから他の奴らに食われないように養子にするなんて、アキラらしいトリッキーなやり方に僕も驚いた。でもそんな系譜を傷つけるようなことをしなくたって、シンイチに手を出させない方法なんていくらでも……? どうしたの、アキラ?」
 腕をつかんできたアキラの目は氷のように冷たく、コリンの体は我知らず微かに震えた。
「帰れ。二度と俺とシンイチの前に姿を見せるな」
 低い声音に潜む怒気が己に注がれる理由がわからず、コリンは狼狽した。
「僕の提示した条件のどこがアキラには不満なの? シンイチの存在を僕は否定しない、部屋だって用意するって言ってる。だけどこの先もし二十年も養子にしておいたら、」
「二十年だろうが二千年だろうが俺の勝手だ。もう口を開かずに帰るがいい」
 天井まである大きな窓のガラス全てがアキラの放つ怒りの音波に共鳴してビリビリと不穏な音を奏でている。
「……アキラ。僕は君が好きなんだよ? だから来たんだ」
「お前が好きなのは俺の血統と家柄と、俺に残る一本の牙だろう。別に何をどう思おうとかまわないが、どれもお前に与える気などない。俺の持つ使えそうなものは、命も含めて全て伴侶であるシンイチのものだ。わかったらさっさと帰れ」
「気違いざたとしか思えない……。君をここまで懐柔したのがシンイチだとしたら、僕は」
 激しい破裂音と共に部屋中のガラスが全て割れて散った。同時にアキラの手がコリンの喉を締めあげる。
「喉を握り潰そうか。そうしたら暫くは静かにできるだろう?」
「話を……聞く気もない……ゲホッ、っていうんだね」
 喉に食い込むアキラの指をコリンは力任せに引きはがした。軽くむせたのち、背の高いアキラを下から睨みあげながら暗く微笑んだ。
「一本しか牙のない君と闘うつもりはなかったんだけどね。……残念だよ、力で屈服させなくてはいけないなんて」


*  *  *  *  *


「遅かったか……!」
 最速の獣体に変化し全力疾走してきたシンイチは荒い呼吸を繰り返しながら獣人形態に戻った。
 遥か遠い空中で二つの黒い影がとてつもないスピードで交差している。時折月光を反射してキラリと一瞬光るのは刃物だろうか。視力はもちろん動体視力も優れている人狼でも、あれほど高い位置ではどちらがアキラでどちらが優勢なのか判別もつかない。
 二羽の鳥の様な影が激しく交差を繰り返すうち、パッと霧のようなものが散りはじめた。
「……この香りは……血か?」
 嗅覚が強い人狼は眉をひそめた。二種類の香りがするが、霧が散る度にアキラの血の香りが濃くなる気がして、シンイチは跳躍しても届かない距離に奥歯を噛みしめる。
 月明かりの中、一際大きく血飛沫が舞い、一つの黒い影が森の中へ急降下しはじめた。それをもう一つの影が追う。シンイチもそれらを追って森へ走った。

 大きく太い木の枝に左腕が刺さった状態でアキラがぶら下がっている。レイピアのように細い剣が胸に刺さった体は全く動く気配がない。気を失っているのであろうアキラへ見知らぬ吸血鬼がとどめを刺そうと飛びかかる。シンイチは巻き毛の吸血鬼へ体当たりをかました。
 数本の木をなぎ倒しながら吸血鬼と人狼がひと塊りになって地面に叩きつけられる。降り積もっている枯葉が派手に舞い上がった。
 突然のことに動揺している吸血鬼の上に人狼が相手の四肢を己の四肢で封じ込めるように乗り上げた。
「どけろ! 決闘の邪魔をするな!」
「第三者の審判もなく行われるのは私闘だ! ここで止めなければ、アキラを傷つけたおまえの命を俺が断つ」
 怒りで金色に燃えあがる人狼の瞳に吸血鬼が目を瞠る。
「……そうか、お前がアキラをたぶらかした混血の人狼か。丁度いい、お前さえいなければ」
 不敵な笑みを見せた吸血鬼は伸ばした二本の牙を人狼の首に深々と埋めた。その瞬間人狼は四本の太い牙で吸血鬼の頭部へかぶりつき、その頭ごと引き剥がす。メリメリと頭蓋骨にヒビが入る音と吸血鬼の悲痛な叫びが響き渡る。人狼が左手の爪で己の首の肉を引きちぎると、噴き出す鮮血が二人を染め上げた。濃厚な血液の香りが辺りに充満する。痛みに唸りながらも人狼は顎の力を緩めはしない。
「は……なせっ!」
 吸血鬼が自由になった右手の長い爪を人狼の後頭部へ突き刺して引き剥がそうと身を捩った。人狼はその手をかわすため頭部から牙を抜いて上体を逸らした。動脈から噴き出る血が吸血鬼の目に直接かかり視界を奪う。その隙に人狼の両手が吸血鬼が伸ばしたままの牙をしっかりと掴んだ。
「グガアアアアッ!」
 人狼が雄叫びとともに渾身の力を腕と指に込める。首から更に大量の血飛沫があがり、両腕と指先が二倍に膨れ上がった。吸血鬼が人狼の腕を切り落とそうと動くよりも早く、恐ろしい力で吸血鬼の硬い牙をへし折る。赤紫の血が吸血鬼の歯茎から散った。

 痛みに口元を抑え転げまわる吸血鬼から離れ、シンイチはよろけながらもアキラの元へ向かった。
 左腕が刺さったおかげで落下により剣が深く刺さるのを免れてはいるが、心臓を傷つけているようで、まだアキラは仮死状態のままだった。もし木の枝が心臓へ刺さっていたとしたら、杭を打ち込んだのと同じ状態となりアキラは消滅していたかもしれないと寒気が走る。
「今助けるからな」
 両足をしっかり幹に固定し、アキラの体を担いでから木の枝を折った。支えを失ったアキラの体の重みに、塞ぎはじめた首の血管の一部がまた破裂して血が流れる。痛みに唇を噛みながらもシンイチは細心の注意を払いつつ地面まで降りた。 腕から枝を抜いてもアキラの出血は止まらず、傷口も塞がる気配がない。
 決闘用の細い剣を抜けば仮死状態から覚醒し体の治癒が始まるだろうが、痛みも同時に襲うだろう。出来うるならば痛みを感じさせたくない。腕と心臓以外でもアキラの体はあちこちに多数の傷がついている。
「……俺をすぐ大量に飲ませてやれればいいのだろうが、ちょっと今は俺の方も自信がなくてな」
 すまない、と呟いて剣をゆっくりと引き抜けばアキラの口から呻きが漏れた。
「い……痛ぇ。う、うぐぐ……」
「アキラ、アキラ。聞こえるか? しっかりしろ、辛いだろうが目を開けろ」
「……? シンイチ?」
「そうだ、俺だ。ほら、これを飲め。痛みも引くはずだ」
 アキラの右手に二本の牙を握らせると、痛みに顔を歪めながらアキラが瞼を開いた。
「あんた酷い怪我じゃないか! 止血しないと…! 何があったんだよ!」
 まだ半分濁った眼ながら色の判別はつくらしい。驚きにアキラが体を起こす。
「俺のことはいい、それより飲め。吸血鬼の牙だ」
「これは……コリンの牙? 何故あんたが?」
「名前は知らんがお前と闘っていた奴の牙を俺が折った。詳しい話は後だ。さぁ、早く……?」
 視界が急にブラックアウトした。
「伏せて!」
 視界を失ったまま引き寄せられ、強く抱きしめられる。なじんだ感触にアキラの腕の中なことだけは分かる。近距離で散弾銃の発砲音と誰かの叫び声が聞こえたが、それもすぐに聞こえなくなった。
 暗闇と無音に包まれ無防備な状態ではあったが、シンイチは愛しい者の肩口へ頭を預けて微笑んだ。
── まぁ、こんな消滅の仕方も悪くない
 やがて揺さぶられる感覚すらなくなり……シンイチの意識は途切れた。


*  *  *  *  *


 目を開くと見慣れた天井と日が沈みかけの空を映す窓。昨日となんら変わらぬ穏やかな夕暮れの室内だった。
「……あれは夢か?」
 掠れて出た声にすぐ嬉しそうな声が返された。
「ああ、目が覚めたんだね。良かった……」
 ベッド横の椅子から安堵の表情を浮かべてアキラが腰をあげた。横たわるシンイチのそばに静かに腰掛け、柔らかなシンイチの髪を額の上へそっと撫でつける。
「お前、怪我はどうした。治ったのか? 心臓の穴は塞がっているんだろうな?」
「俺なんてあんたの首や頭部の裂傷に比べたら……。毒をまわらせないように大きくえぐったんだろうけど、やり過ぎだよ。覚えてないでしょ、あんた大量出血で失神したんだよ?」
 自分の首元へ手をやれば包帯の感触と僅かな痛み。前夜は満月でアキラにたっぷり吸血されて、それから日もたたないうちの怪我と大量失血だったのにこの程度の痛みですんでいるのが不思議だった。
 アキラが止めるのにもかわまずシンイチは包帯をほどいた。肉をえぐり取った部分は血管が全て繋がり、まだ筋肉や脂肪は再生していないまでも薄い皮膜が覆っている。
「嘘だろ……何でこんなに早く皮膜が? あ……、まさかお前」
 今にも叱り出しそうな視線をむけられて、アキラは苦笑いを零しながら己のシャツのボタンを三つ開けてみせた。
「飲んだよ俺もコリンの牙を。だからほら、もう心臓の穴も塞がってるし、左腕は治ってる。一本を半分に割ってあんたと半分ずつ飲んで、残りの一本は……コリンに飲ませた。ごめん、せっかく二本奪ってくれたのに、あんたに一本全部飲ませられなくて」
 一本飲んでいたら確実に首の大怪我も頭部の裂傷も今頃は消えているのに、と頭を下げて、アキラはシンイチが意識を失った時のことを話し始めた。

 シンイチが出血多量で視力を失った時、コリンが剣を手に最後の力を振り絞って飛び迫ってきた。まだ覚醒して間もないため身動きのきかないアキラはシンイチを抱き寄せてかばうのが精一杯だった。
 二人まとめて串刺しにされると覚悟を決めた瞬間、コリンの羽と足を散弾銃がぶち抜いた。銃弾を発したのは狼の形態をしたノブナガに乗った、獣人形態のジンだった。
 ほどなく血まみれの三人の所へ辿り着いたジンとノブナガが仮死状態のコリンを縛り上げた。
 シンイチの状態を診ると失血は酷いが怪我自体はえぐられた首と後頭部の裂傷のみで、時間をかければ自然治癒できるものだった。
 アキラは全身に散る裂傷と左腕の傷痕と心臓を貫く細い穴だが、一番治癒力が強い心臓はもう再生が始まっていた。
 コリンは散弾銃で散らされボロボロになった羽と骨ごと砕けた太股、そしてシンイチが頭部に残した四つの牙痕等全ての出血が止まらない。意識が戻っても牙を二本失っているため、治癒能力はほとんど期待できない。このままでは朝日を待つまでもなく霧散する状態だった。
 比較的軽傷のアキラは最初、シンイチとコリンそれぞれに一本ずつ牙を与えようとしたのだが、ジンに止められた。
── 『マキさんはあんたを治したくて……多分折れてる牙ごと治してやりたくて二本奪ったはずだ。回復した時、あんたが全く飲んでないと知ればマキさんが哀しむ』

「……それで、折衷案として一本を半分に割ったんだ。コリンと俺が半分ずつだと、俺はよくてもコリンの治癒能力は半分も戻らないだろうと思って。……がっかりした?」
「いや、納得した。いいんじゃないか、それで。俺はお前が治ればそれでいい」
「あんたなんてとばっちりで襲われたのに、そんな大怪我しといてあっけらかんとしてるなぁ」
「とばっちりなんかじゃない、伴侶を襲われて黙ってられるか。いくら決闘用の細い剣だから死にはしないったって、落下どころが悪くて心臓に太い枝が刺さったら死ぬかもしれないんだぞ。くそっ……今更ながら腹が立ってきた」
 勝手に決闘なんかしやがって、とシンイチは腹立たしげにまた包帯を巻きなおしだした。困り顔ながらもアキラがかいがいしく手伝う。

 白い包帯をまとった逞しい首にアキラの指先が羽よりも軽く触れる。
「ごめんね、不甲斐なくて。もうちょっとイイ線いくかと思ったんだけど」
「一本牙がないくせに、お前の自信過剰には呆れるよ。一本ないだけで能力は半分に落ちるらしいじゃないか」
「詳しいねぇ。ま、そうなんだけど。でもさ、ほら見て。あんたのおかげで」
 実際は半減どころか四分の一まで落ちることを伏せたまま、アキラは笑うように口角をあげた。二本の牙が同じ長さで淡く白い光沢を放っている。
 シンイチの目が驚きに大きく開かれた。
「おお! 半分飲んだくらいで治ったのか! 流石の威力だな!」
「や、そんなに喜ばれると申し訳ないんだよ。形や長さは揃ったけど、こっちは相変わらず吸血出来ねぇし毒も出ねぇの。見かけ倒しなんだよね」
「機能的には今まで通りだから不便はないだろ。十分じゃないか、普通にしてれば折れたことが分からんのだし」
 吸血鬼の片側八重歯状態なんてみっともないのを脱しただけマシだろうが、とシンイチは満足げに笑んだ。
「まぁね。闘いと吸血する時以外は伸ばさないし、俺が吸血するのはあんただけだからね……」
 触れていた指を意味深に動かされ、シンイチは言葉の意味するところに気付き視線を逸らす。その顎先をそっとすくいあげ葡萄色の視線を甘く絡ませてシンイチの耳元へ囁く。
「あんたも早く治ってね。そうしてまた……俺にあんたの甘いのを飲ませてよ。そしてあんたは俺だけの毒に酔えばいい」
「………飲みたければ今だって。お前のものだ、好きにしろよ」
「一回くらいで意識を失われたら辛いから、今夜はよしておく。あんたが元気になったら……何度も吸って、噛んで、舐め上げて。泣くほどよくして、何度も飛ばしてあげる」
 唇がどちらからともなく重なりあう。シンイチの舌が確かめるようにアキラの牙を何度も舐め上げてくる。最初は検分するようだった動きが、ちろちろと先端を舐めたり、唇であむあむと遊ぶように中心部を甘く食みだした。
「……そんなにされたら、気持ちよく……んっ、なっちまうよ?」
「感覚はあるんだな」
 顔を離しフッと零した微笑みに男の色気がふんだんに含まれているから、アキラの手は自然とシンイチの腰に回ってしまう。腰のあやうい部分を中指でひっかくようになぞられ、人狼が甘く深い吐息をついた。
「ここ、もう熱くなってる。尻尾も獣耳も出したいんでしょ……。両方の根本を毒の出ない牙で今すぐ噛んで善がらせて欲しいんじゃない……?」
 ぐっと指で押されて、シンイチが期待に喉を鳴らす。
 妖しく濡れた金の瞳を誘うように細められては、先ほど舐められた牙が疼き出すのも無理からぬこと。アキラの葡萄色の瞳が徐々に淫らな紅色に変化していく。
「さっきまで意識がなかったくせに。……いけない人だ」
「全くです。あんたら二人揃ってどうしようもない」
 ハーッと呆れ返った溜息に人狼と吸血鬼はギョッとして硬直した。

 開いたままのドアからジンが赤ワインとペリエを。ノブナガはたっぷりのローストビーフが盛られた大皿を持って寝室へ入ってきた。ノブナガは「邪魔してすんません……」と可哀想なほど顔を真っ赤にして俯きながら。
「片や重症で貧血中、片や心臓の穴が塞がったばかり。今盛ったら二人とも貧血でぶっ倒れますよ。本能に忠実なのは結構ですけど、次に倒れても俺は助けませんからね」
 青ざめたシンイチと額に冷や汗を浮かべたアキラは急いで距離をあけた。
 刺々しい視線を向けるジンにひきつった笑みを浮かべてアキラが返す。
「冗談だよ、客人が来てるのにするわけないだろ、あははは! それよりすまなかったね、ジン、ノブナガ君。いや〜ジンの射撃の腕は凄いね! ノブナガ君のスピードにも驚いたよ!」
「そ、そうだろ! ジンは射撃で、ノブナガは走りで俺達の隊の中で一番なんだ。俺でもかなわないんだぞ」
「なに言ってんすか、去年の大会でマキさんと俺のスピード差はたった0.8秒だったじゃないすか。パワーもバランスも俺らより高い上に指揮能力までダントツで、しかもタフで人望あるなんて、どこの種族の主将にもいな」
「ノブ、興奮し過ぎると尻尾出るよ。全くもう、あんまりお子様を刺激しないでくれませんかね。仮にもあんた義父なんだから」
 ピシャリと冷たく言い放たれて、シンイチだけでなくノブナガまで肩を竦める。
「マキさんはこれ食ってまず食欲目覚めさせて下さい。あんたはワイン飲んで落ち着いたら説明して」
「説明って、えっと……」
「どうしてあんなことになっていたかですよ。こちとらマキさんが使い魔に何か耳打ちされた途端、血相かえて飛び出して行ったから、俺らも会合抜けて一旦家に戻って銃とってマキさんの匂い辿りながら追いかけただけなんだ」
「そしたら、マキさんが血みどろで……。しかも吸血鬼に襲われてるじゃないすか。いくら俺らん中で一番強いったって、武器もなしに吸血鬼と闘うなんて俺、マジ血の気引きましたよ……」
 惨状を思い出したのか、ぐすんとノブナガが鼻をならした。
「ごめんなさい……」
「すまなかった……」
 しゅんと萎れてしまったアキラとシンイチにジンが「いいから食って、飲んで下さい」と皿やグラスを押し付けた。

 アキラは決闘に至った経緯や闘いの内容を、シンイチはアキラが仮死状態の時のコリンとの対決などを話した。二人の話が時系列で繋がって終わると、室内は一瞬静かになった。
 静寂は予想通りジンの盛大な溜息でかき消される。
「知っていればコリンに牙を分けるのを止めたのに。いや、俺がとどめをさしてやったものを……」
 チッと舌打ちまで付けくわえたジンは『それで?』と視線でアキラに続きを促した。
「それで……まぁ、見てたと思うけどその場で誓約の印を結んだよ。今後はシンイチ本人と、関わりのある周囲の者には一切手だししないことをね。そんなことしなくてもコリンはプライドが高いから、二本も牙折られた上に相手の助けで命拾いした自分を許せなくて暫くは確実に引き籠りだろうけど」
「そいつの牙はもう血を吸えないんすか?」
「うん。毒も出ないと思うよ。両方の牙を失ってから牙を一本飲んだ程度じゃ回復に数百年はかかるんじゃないかな」
「それじゃバケツで何杯も飲むしかないのか〜……うへぇ」
 リアルに想像して顔をしかめたノブナガの頭をジンが軽く叩いた。
「そんなことより。今後も他のヴァンパイアにマキさんが狙われる可能性は? 何か手は打たなくていいの?」
「あー、そこは大丈夫だと思う。基本、吸血鬼は個人主義だから。俺に変に執着し過ぎていたコリンが変わり者なだけで。普通は興味もないだろうし、あっても俺の系譜が落ちればラッキーくらいにしか思わないはずだよ」
 だからここ五年間何もなかっただろ、とアキラは続けながらシンイチの唇についていたローストビーフのソースを指先でぬぐいとり、舐めた。ノブナガが慌てて二人から視線を逸らす。
 ジンが忌々しそうに口を開いた。
「……マキさんは?」
「俺?」
「マキさんは確証のないこいつの話を信じて、このままでいいんですか? 不安や不満はないんですか?」
「別にないなぁ。俺のことはもう心配するな、問題ない」
「……コリンのことは? なんだったら俺が今からノブと行ってとどめさしてきますよ?」
「放っておけ。アキラが傷つけられた分はしっかりやり返してある。おい、ノブナガ。おかわりないのか? 食ったら腹減ってきた」
「裏に牛と鹿を一頭ずつつないどいたっす」
「気が利くなぁ! あ、もう一頭、すまないが鹿でいいから用意してくれるか? アキラが客人と剣を持って家を出たと知らせてきた使い魔達に褒美をやりたいんだ」
 任せて下さいよと喜んだノブナガはシンイチのあとをついて部屋を出ていってしまった。

 一番一緒にいたくない相手と部屋に取り残されて、アキラは困り顔でジンに頭を軽く下げた。
「……なんか、ごめんね。これからはあんなヘマしないから。それに牙も一応少し治ったからさ、能力はかなり戻ってると思うんだ。だからその、もう絶対シンイチをあんなに傷つけるようなことはないから心配しないで」
 ジンは胡散臭そうな冷たい目でアキラを見たが、フイと視線を外した。
「“ 心配するな、問題ない”ってマキさんが言ったから……これ以上この件について俺は……どれだけ彼が心配だとしても、もうどうこう言えない」
「ジン……」
「マキさんはあんた絡みの幸も不幸も全部受け止めると腹をくくってる。……彼を大事にしたいと思っているなら。あんたもなるべく、死ぬな」
 どこか淋しさを感じさせる静かな声がアキラの胸にずしりと重く響いた。
 先ほどサラリと語ったシンイチの言葉をどれほど重く彼らは受け止めているのだろう。アキラが思う以上にシンイチが彼らに心から必要とされ、愛されていることが痛いほど伝わってくる。
 部屋から出ていくジンの背中へアキラは長く深い黙礼をした。

 あの時、俺は勝てない喧嘩をわざと買った。牙を片方失って能力は四分の一以下、加えて長年の偏食でポンコツに磨きがかかったこんなオンボロな体では純血種で傷一つないコリンに勝てるわけがない。
 決闘せずに牙を引き換えに交渉してもコリンはのってこない。奴の本当の望みは俺の綺麗な系譜に自分が加わることであり、牙は特に急いでほしいわけではない。もっか邪魔なのはシンイチだけなのだから、彼を養子から外さない限り聞く耳を持たないだろう。
 いっそのことボロ負けして、系譜だけでなく牙も譲ると情に訴えれば、シンイチにだけは手を出さないよう誓約の印を結べると踏んだ。
 もしコリンが全力で俺を消しにかかったとして。ズタボロの状態で両牙を失えば良くて仮死。悪ければ死が待っている。仮死状態になれば俺に執着しているコリンは俺を持ち去るだろう。死ねば灰になるだけだ。
 死んでも仮死でも俺の意識がない以上は系譜も改ざんできなくなる。養子のシンイチは傷つくことなく俺の残せる財産も地位も何もかも引き継げる。そうなればコリンはシンイチに手出しをする意味を失う。シンイチが第一継承者になってしまった時点で、奴が欲する純血の吸血鬼だけで構成された系譜ではなくなるからだ。逆恨みでシンイチを攻撃する可能性もあるが、片牙のない俺よりもシンイチは強い。能力に頼りきりのコリンより闘い慣れしているシンイチの方が優位に立てるはずだ。きっと勝てる。
 どんな形で終わろうと、シンイチが無事であればそれでいい。
 あの時の俺にはああすることが精一杯の、彼を守る方法に思えた。
── 「なるべく死ぬな……か」
 厳しい注文だねぇ、とアキラは深く項垂れた。

 階段を上る音とシンイチの声が聞こえてきた。
「おーい。お前も降りてこいよ、味見くらい手伝え。客に手伝わせてばかりいるな」
「ああ、ごめん。今行くよ」
 部屋の入口に立ったシンイチの横へ並ぶと、そっと頬に口づけられた。
「辛い思いをさせたな。すまなかった」
深く優しい小さな囁きが全身に染みわたり、アキラの鼻の奥が突然ツンと痛みを訴えた。
 くしゃくしゃと髪を愛しそうに撫でまわす手が温かい。見つめる柔らかな金色めいた琥珀の瞳が哀しげにゆらめく。
「……頼むから、俺をおいていくような方法で守ろうとしないでくれ。勝てなくたって……一緒に闘って破れたっていいだろう?」
 俺を置いて逝こうとするな。そう念を押すように伝えた唇が泣くのを堪えるように歪んでいる。
 俺は彼のように堪えきれなかった。涙を舐めすくわれながら、一言喉から「わかった」と出すのが精一杯だった。


*  *  *  *  *


 シンイチ、アキラ、ジン、ノブナガ。加えて今日は使い魔達にも開け放した隣室に席を設けて、夕食は賑やかに行われた。
 沢山の料理に酒、そして使い魔達が音楽に合わせて歌や踊りを添えて、場はまるでちょっとしたパーティーだった。こんな光景をもしコリンや他の吸血鬼が見たら信じられないと青ざめるか、使い魔達を瞬時に消し去ることだろう。
 リビングでは暖炉から漏れる柔らかな炎の光が室内を優しい色に染めている。普段は火をともすことのない暖炉へ火を入れようといったのはアキラだった。アキラと客人の様子がおかしいことや、剣を手に屋敷を出て行ったことを心配してシンイチへ告げにいった使い魔達へまだアキラは礼を直接言えないでいた。シンイチのように肉をふるまって喜ばせることも出来ない、余計な照れへの詫びのかわりだった。
 使い魔達は炎を恐れながらも、その美しさに何度も近寄っては熱さに負けて笑いながら逃げることを繰り返して楽しんでいた。

 夜明けが近付いてきた頃、ジンとノブナガが帰るというので見送った。
 アキラがリビングのカウチに腰かけると隣でまたシンイチがサラミを食べはじめた。アキラは驚いて数回瞬きをした。
「あんたまだ食えるの? ノブナガ君でさえ腹がはちきれるって汗かいてたのに」
「いっぱい食ってさっさと治して、お前を早く元気にさせてやらんといかんからな」
 ……そんなことくらいしか出来ないが、と苦く笑う彼に今度は素直に言えた。「ありがとう」と。

 先ほど彼の寝室で交わした会話は俺にとって誓約だ。
 印を結んでもいないけれど命ある限り、魂に刻んだ先ほどの言葉に忠実に生きる。
 捨て身で守れるものなんて、俺が思っていたよりもずっと足りないものだらけなんだ。そりゃそうだよな、命をかけるってのは一度しか使えない手だ。
 命を守りぬくかわりに行える手段は苦労のわりに僅かな成果にしかならない。それでも長い時の中で積み重ねていけば一度きりの方法など及びもしないことを成し得ていく。
 一度でケリつけようなんて、楽を選ぼうとして悪かったと今は思えるよ。

 人生の中で一番大事なのは暇つぶしという不死者は珍しくない。俺達もかつてはそうであった。
 真に守るべきものは命ではなく誇りであり、命など暇つぶしを失えば己の気分次第で終えてもいい。そんな程度の重さだった。
── いつの間に俺達は、一番大事なものが変わっていたのだろうね。

 伝えたい思いが言葉では表せそうにない。
 せめてこの冷たい唇から愛しいあんたへ届くように願って。
 俺は柔らかで熱を持つ唇へゆっくりと口づけた。









* end *






〈 オマケ 〉



 明るくなりはじめた空の下で跳ねるように楽しげに歩くノブナガ。その後をジンがゆっくりとついていく。
「いやー、腹いっぱいで眠くなっちゃいますね。久々にマキさんの手料理食えて嬉しかった〜! それに美味かった!」
「昔より料理の腕が上がってたね」
「アキラさんも飯食うなんて驚いたな〜。しかもジンさんと同じくらい味にうるさ……いやその、味が分かるんすねぇ」
「食っても栄養になんないくせにね。マキさんがそんな奴のために料理の腕を上げたかと思うと、甘やかし過ぎだって腹も立つけど」
 ピタリとノブナガが足を止めた。すぐに追いついたジンはノブナガの赤くなった顔を覗き込んで笑った。
「なーに、ノブ? もしかして思い出しちゃったの?」
「……何をっすか。俺は別に……!」
 ジンがノブナガの手首を掴んだ。ピクリと緊張がダイレクトに伝わってくる。この可愛い義弟であり恋人はいつまでたっても純情で可愛い反応をする。
 ジンは黒目がちの大きな目を細めて耳元へ囁いた。
「家に着いたら試してみようか。……ノブの尻尾と獣耳の付け根を牙で優しく噛んであげる」
 ノブナガの首から上が赤く染まった。
「……こ、怖いから、いいっす」
「そうだよね、普通は怖くてそんなことさせることも、されることも考えないよねぇ。……でもさ、だからどのくらい気持ちイイのかも、知らない」
 ノブの大好きなマキさんがどんな風に感じてるか分かるかもよ? と、ジンが声にせず意地悪な唇で伝える。耳へ吐息で語りかけられたノブナガはぎゅっと目を瞑るとぶるりと体を震わせた。
「…………だ」
「え?」
「マキさんもアキラさんもジンさんも! みんな、みんなスケベだあああああああ!!」
 叫び声の余韻だけをその場に残し、ノブナガは隊最速のスピードで家を通り越して走り去ってしまった。
 その場に残されたジンは暫くぽかんと口をあけて立ち尽くしていたが、ぽつりと呟いた。
「スケベじゃない狼男なんて聞いたことないよ?」
 一般的な吸血鬼はどうだか知らないけどさ……と、ジンはがっくりと肩を落とし、仕方なく一人でまた歩き出した。
「マキさんも俺も、教育方法間違ったかなぁ……」






*end*







不死者シリーズ最終話をネット連載するにあたり、本に掲載したこのお話もネットに再掲載。
これも三度目の校正。これでもまだ誤字脱字があったら、もう誤字脱字王として表彰されるレベル;
本をお持ちの方は間違い探しの気分で読み比べて遊んで下さい……///;

※背景素材はNEO HIMEISM様からお借りしてリピート用に描き足し加工しました。

<以下は2012年(多分そのくらい)に書いたあとがきです>* * * * * *


感想を沢山いただく話はつい、単純王の私は続編を書きたくなります。
おかげさまで嘘っぱちファンタジーも続けるうちにこんなに長く書けるようになりました(笑)
吸血鬼がスケベか知りませんが、古い歌で「♪男は狼なのよ〜気をつけなさい〜」
とあるので、まあ狼男はスケベで一人前ということで。←嘘設定し放題すみません☆
タイトルの和訳は、
「長生きして学べ」「長生きはするものだ」「習うは一生」「生きていれば学べる」
等々、ホント沢山。たった三語の単語なのに奥が深くていいなと思って(^-^)




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