|
|
||||
あまり何事にも悩まない。ましてや人のことを悩んでやるほど酔狂な暇人でもない。こんな俺を冷たいとか自分だけが可愛い奴だと言う輩も高校までは常に周囲に数名はいた。俺からすれば総じて酔狂で暇なそいつらはやたらにつっかかってきたが、俺は相手にしなかった。そのうち“天才と変人は紙一重”などと失礼なことを陰で言うだけになっていくのを子供の頃に学んでいたからだ。自分は天才ではないのも、そいつらが言うほど冷たく傷つかない人間でもないことも知っていたけれど。天才という言葉でくくれば煩い奴らは納得して周囲からいなくなることも知っていたから。 そういう昔からの積み重ねが、いつのまにか自分がどう評価されようとも大して気にしない悩まない自分を作った。もっと正直にいえば、極力悩まない自分でいるよう心がけ、それを実行できるようになったのだ。悩む時間があったらバスケか釣りか睡眠に力を注ぎたい。その方がずっと建設的だ。 そんな、部活の奴らに言わせれば“とんでもねぇマイペース”な俺が。悩み続けて一睡もせず朝を迎えるとは。 窓から差し込む朝日の薄く白々とした光が部屋に入り込みだした。どこか灰色がかった見知らぬ部屋を眺めている錯覚を覚えさせる。目覚まし時計が鳴る前にアラームを止めるなんて、かなり前………前過ぎて、いつだったかも思い出せない。 俺を悩ませた白いディスクを睨み、もう何度ついたかわからない溜息を零した。 昨夜、気がすむまで放心しきってから自分の目がおかしかったのかもしれないと、もう一度再生してみた。しかし最初に見たものと全く変わらなかった。少し冷静になって見て分かったが、内容自体は過激でもなんともない。もしこれが男女であれば焦れったいだけでオカズにもなりゃしない代物だ。部活の奴らからたまにまわってくる男女のこの手のものはこれより何倍もエロかったり変態くさかった。 もしこれが男女ものだったなら。彼はこういう控え目な感じが好みなんだ、という程度しか感じなかっただろう。ただ下ネタ会話なんてしたことがないから、返すのにどういう顔をすればいいか困りはするだろうけど。それでもこれほどは悩まずに返せる。『オカズを間違って受け取ったのでお届けしました。俺も少々ご相伴にあずかりましたけどね』なんてふざけたふりなど入れながら。 「……牧さんと下ネタ。想像できねぇなぁ。牧さんと下ネタで盛り上がる。……ぜんっぜん想像できねぇや」 もっと一緒に飯食ったり遊んだりして、いつかはそんな話もできるように……ならんなぁと自分ツッコミを入れる。同性同士のダチといっても色々な関係がある。下ネタを話せるような関係が必ずしも心から親しいものとは限らない。推測だが、牧さんは親しくなった相手ともそういう話は好んで話そうとしない気がするのだ。 俺も下ネタトークは聞くだけで、自分から積極的に参加はしない。くだらないとか思っているわけでも興味が全くないわけでもないけれど。恋愛の延長でそういう行為がある=恋愛をしなきゃならんわけで。そこが面倒で興味を薄れるのだ。正直にそう話して、“モテ男は余裕だとな”と場の空気をしらけさせたことがある。恋愛というのはお互いに相手のことを理解しあおうとしなければ続かないと誰だったか忘れたが聞かされていたからで……自分を理解させるなんて難し過ぎてげんなりだと。そういうことも含めてのつもりだったのだが。結局説明するのも面倒になりあきらめてしまった。そういう経緯も手伝って尚更、今は聞く側オンリーとなってしまったんだ。……なんだ、気遣いさんじゃねぇの、俺。 どんどん思考が違う方へ、本題から外れた方へと流れていく。 考えたくないからだ。このディスクを返却せねばならないこと─── このディスクを受け取った彼が傷つくだろう現実に。 牧さんが同性愛者というような噂は一度たりとも聞いたことがない。それだけに、きっとこれは彼にとって最大の秘密だろうから。俺に知られたと知ればショックを受けるだろう。バツが悪い程度ならいいけれど、多分、傷ついて今までのように気軽に朝飯を一緒するというのは……なくなってしまうと思うのだ。 いっそ、全く見てませんと白を切り通せばいいんだろうか。見る前に気付きましたと押し通せるか……な。 ぐっと握りこぶしを握ったところで、名前も覚えていないクラスメイトの女子の声が脳内に響いてぎょっとする。 ─── 『男の子って嘘がバレないと思ってるトコあるよね?。その場でバレてんのに気付きもしないとかさー』 もしもその場でバレたとしたら、更に傷つく気がする。見てません知りませんを通さなきゃなんないほどヤバイことだと言ってるようなものだから。彼の趣味嗜好を否定する気なんて俺にはないのに、そんな誤解で深く傷つけるなんて嫌だ。 それとも、罰ゲームの商品が混じってましたよと返すのはどうだろう。あくまでこれは牧さんの私物ではなく、部活かなんかでまわってきた物がたまたま俺に間違ってまわってきたと俺は理解しましたよー、みたいな。……って、ダメだよな。これじゃ結局はあんたの趣味嗜好は罰ゲームばりだってことになる。 それとも。俺もこれ見て一発やらせてもらいましたと嘘を……。けど、正直どこが抜きどころかも解んねぇこんな地味な内容じゃ、ちょっと突っ込んで話聞かれたら答えらんなくてボロが出そうだ。それ以前に下ネタトークすらしない相手にいきなりそんなことを言われたら、それこそドン引きだろ。しかももしこれが万が一、本当に罰ゲームのネタ系のアレだったら、俺は無駄な誤解とドン引きをどう回収すりゃいいっての? あ。……もしかして、牧さんは遠巻きに、俺に男はいけるクチかと聞きたくて聞けなくて探りを入れるために忍ばせたとか? 「んーなわけあるかあ。ナイナイ。そりゃーナイ」 この三ヶ月と少し、バスケ以外の彼の面に触れてきたが、そういう手の込んだ何かを仕掛けるような人じゃないのは解りきっている。バスケというルールの中では策略なども出来る人だけど、日常の中ではどちらかというとボケ……天然な感じがするほど大らかで素朴〜な……。老け顔とか言われて本人気にしてるっぽいけど、俺からすると老けてるどころかかわいい感じの人だ。ん? 男にかわいいは変だな。当たりが柔らかい感じのかわいらしい人……いやそれ同じようなもんだから、と今夜何度目かの自分ツッコミ。 とにかく、そういう回りくどいことを計画実行出来そうな人じゃないってことは確かだから、これはねぇだろ。俺の欲目がなかったとしても、俺がこのディスクに気付かず彦一に返したら、くらい考えるはずだ。……欲目? 欲目で見るほど俺はバスケ抜きの牧さんも高く評価してるのか。へぇ……そうなんだ。 お手上げになるほど脱線し、逃げに転じようとする自分の頭をかかえる。 牧さんの恋愛対象が男か女か。はたまた両方か。 そこが解らない限り、このディスクをどう捉えればいいのか答えなど出はしない。絶対的に判断する情報量が少な過ぎて推測すらできないのも、仕方ないといえば仕方ないのだ。解っていながらもどうにかしたいと悩みに悩んでバカみたいだ。 「……どうすりゃいいんだよ」 何十回目かわからない呟きがまた溜息と一緒に重たく落ちた。俺は牧さんと飯をこれからも食いたいのに。もう朝が来てしまった。今日の部活までには彦一に返却しなければいけない。本来は先週返さなければいけないところを、牧さんが来る日までと俺が勝手にギリギリまで伸ばしていたから延長はきかない。もう数日早く返してもらっていたら、もっとどうにか出来るように考えられたかもしれないと思えば自分の勝手な判断までも悔やまれる。 もう真夏なみに午前中から気温は上がる。重たい気持ちとは裏腹に今日もいい天気になりそうだ。 「暑くなりきる前に行っちゃおうかねぇ……」 まだ青に変わりきる前の白っぽさが残る空を窓から一瞥すると、仙道は背中を少しまるめてとぼとぼと洗面所へ向かった。
|
|||||
|
|||||
今回一番書きたかったのが、ぐだぐだあーでもないこーでもないと悩む仙道だったの。
書けて満足! ……でももうこの時点でかっこいい仙道から脱落してしまったよね。トホホ。 |