I can say to nobody. vol.01


三ヶ月ほど前だっただろうか。早朝海釣りをしていた俺は、偶然ランニング中の牧さんに会った。珍しいところで会いましたねと声をかけると、彼は驚いた顔をしながらも俺の隣にやってきた。
彼は最近ランニングコースを変えたばかりでこの辺はまだよく知らないことを話し、俺は自分の家がこの近くであることや一人暮らしであることなど、たわいもない会話をした。そろそろ片付けて家に戻ろうとしていた俺は、帰り道ついでに彼に自分の住むアパートを教えた。
今考えても不思議なのだが、どうして俺は彼に自分の住まいを案内したのだろう。他校の一つ学年が上で、巷では俺のライバルと称されてもいる“神奈川の帝王”。バスケの知り合いなどごまんといる。今までどれほど家の近くで会おうが、誰一人案内などしたこともなければ、住まいを聞かれても詳しく教えたことなどなかったのに。

「おい? 人の話を聞いてないだろ」
声をかけられて俺は我に返った。最近では週に三日の割合で俺と朝飯を一緒に食っている牧さんが箸を片手に苦笑いをしている。
「すんません。聞いてませんでした。何? 醤油?」
「いらない。大した話じゃないから、別にいいけどさ」
気にした風もなく、飯を零す前に声かけてみたと軽く口の端で笑って、また食事を再開した。
「ねぇ牧さん」
「ん? あ、やっぱちょっと醤油もらうかな」
「はい。あのさ、明後日は何食いたいっすか?」
「次はお前の番だったか? そうだなぁ……鮭。ハラス部分焼いたのがいいな」
「りょーかい。やっぱこの食い方が一番シンプルながら美味いね。次の牧さんの番の時も、もっかいこれがいい」
「お前は本当、スパムが好きだよな。あと、コンビーフとか」
「最近のマイブームなだけ。牧さんに会うまでスパムなんて食ったことなかったもん」
「そうなんだ」
「うん」
たっぷりのちぎった焼き海苔の上に芳ばしく焼いたスパムを乗せただけの、今まさに食べている飯と同じものを初めて食べた時の感動を思い出し咀嚼していると、牧さんはくすりと笑って言った。
「初めて食った時のお前は、欠食児童かと思う食いっぷりだった」
その一言で、何故今では頻繁に一緒に朝飯を食っているのか。そのきっかけが甦ってきた。

牧さんが走る姿を釣りをする度に見かけるのに慣れた頃。俺は珍しく魚を釣り上げた。なかなか大きいその魚を見せたくて、牧さんが走り去るとこを呼び止めた。バケツの中の魚に大いに感心し、興味津々な顔をしてくれたから俺は大層いい気分になって……彼を家に連れてきて魚をさばいてみせた。そして、それをおかずに飯を一緒に食ったのだ。
そして律儀な彼は翌二日後に、『先日の朝食の礼』と、一人暮らしの俺を気遣ってか食材を色々持ってきてくれたんだっけ。で、見たことのない缶詰のスパムの食い方を聞いてるうちに俺の家が見えてきて。どうせなら作ってと頼み、一緒に食おうと誘ったのは……どっちも俺だったかな。
─── なんだ、全部俺が招いた現状なのか。
食べ終わった後の食器を洗う彼の背を目の端に移しながら、俺はなんとなくテレビにあわせて鼻歌なんぞ歌っていた。


*  *  *  *  *


「一、二、三、四、五、六っと。うん、ピッタリあります。すんませんね、せかして」
「いや、電話貰った時に最後の一枚を観終わった時だったから。誰だっけ? 相沢だっけ? 礼、言っといてくれ」
「相田彦一っす。あいつ、姉ちゃんのツテもあんのか、珍しいの色々貸してくれるんすよ」
「それで陵南は資料に困らないってわけか」
「さー? これは面白い試合だったから俺も借りたけど、資料となるとどうかなぁ。あ、海南の牧さんに又貸ししてたってバレたら彦一が煩いから黙っとくんで、牧さんも口裏合わせておいて下さい」
「そうか。まぁ、他校の主将に貸してるなんて、お前の立場も悪くなりそうだもんな」
「んなこた平気っすけど。あ、時間大丈夫?」
「お。もう行く。じゃ、また。明後日は俺の番か……。リクエストあったら電話かメールよこせ」
「何でもいいんだよなー。牧さんの飯はなんでも美味いし」
「スパムにするか?」
「それは勘弁して。流石に飽きた〜」
俺はもうとっくに飽きてると笑いながら玄関を出る背へ、いつものように「いってらっしゃい」と声をかけた。彼もまた、いつものように振り返らず片手だけを軽くあげて返した。

その夜。ある試合のラストを思い出せず、返却する前にもう一度そこだけ観ようと今朝牧さんから返却されたDVDをカバンから出した。真っ白な表には鉛筆で薄く番号がふってある。確か、あの実業団の試合は四枚目。
「あれ……? 四枚目だけ番号ふってない。……鉛筆だから消えたのかな?」
まぁいいやと、プレイヤーへ突っ込んで再生を押し、冷蔵庫から冷えたジンジャーエールを持ってきてベッドへ腰掛けた。準備万端。さてとTV画面を見るなり、俺は顔をしかめた。
「……なんだこれ? 誰だこいつ。こんな奴、いたかな? つか、インタビューが一番最初のなんてなかったはず」
質問は全くバスケとは無関係。それどころか好みのタイプとか聞きはじめている。わけが分からなくて早送りをして、俺は驚きにリモコンを落とした。
インタビューを受けていた男が、何故かパンイチになっているではないか。
呆気にとられていると、別の男が脱いだ男の股間へ手を伸ばす映像に切り替わった。白いブリーフは既にモッコリしており、そこを撫でたり揉んだり……。触られている男は荒い息を吐きながら、とうとうそのままパンツのままやっちまっていた。汚したパンツを別の手がゆっくりと脱がそうとしたところで、突然画面が真っ黒になった。そして、白文字。
「“続きを視聴ご希望の方は、入会手続きと月会費500円を”」
途中までついアホのように文字を口に出して読んでしまった。画面左ではモザイクがかかった様々な写真が数秒ごとに入れ替わっている。それも一分ほどして画面ごと消えた。

俺はいつもの見慣れた、『再生が終わりました』の文字が残る青い画面を凝視したまま動けなかった。







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牧ならば時間さえゆるせばどこをランニングコースにしていても神奈川県内ならOKかなと。
今回はリクエストいただいた「かっこいい仙道」に挑戦。か、書けるかな……ドキドキ。

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