Do It Yourself


廊下の奥の方から話し声が聞こえた気がした。今日から三日間はこの階の学生は自分以外皆帰省しているはず。まだ帰ってない人がいたんだろうか。
徐々に大きくなる声は言い争いに発展したようだ。下手に顔を出して巻き込まれるのは嫌だと思っていたら、「しつこいぞ!」という大声に僕は尻を浮かせた。この声の主は知っている。知っているけど彼が声を荒げたところなど、この寮に入ってから一度も見たことも聞いたこともなかったため驚いて興味がわいた。
「牧、誰とケンカしてんだろ?」
事なかれ主義の僕にしては珍しく興味に負け、漫画を閉じて部屋のドアを開けた。

廊下の奥の方は電気がついており、声の主と自称その弟分である男の姿があった。相変わらず二人とも天井に届きそうなほど背が高い。僕の出現に驚いたらしい二人がこちらを向いて同音にハモった。
「むら、田村!?」
弟分は僕より一つ年下なので「さん?」と敬称も慌ててつけていた。知り合って一年以上になるというのに、二人とも一発で正確に呼んでくれない。村田という間違った最初のインプリンティングもここまでくるとおかしくなって、僕はいつものように口元が笑いに歪む。
「やあ、仙道君、来てたんだ。牧は昨日から帰省じゃなかった?」
僕の出現にあからさまに顔をほころばせた仙道君が駆け寄ってきた。190cmもあるので、顔は爽やかでも向かってこられると威圧感がある。
「聞いて下さいよ、田村さん〜」
「廊下寒いし、仙道君が電球さえぎってて暗くてヤダ。部屋、あったかいよ」
角部屋の自室扉前で突っ立っている男も手で誘う。喜んで部屋へ入った弟分と違い、こちらは渋々の体でやってきた。彼の親分にあたる牧の方が184cmと仙道君より低いけど、威圧感なら倍はある。眉間に皺を寄せている今など三倍? 類友だなぁと毎度のことを思い浮かべつつ部屋へ通した。

二人が並んで座ったベッドがギシリと音をたてた。いつもは部屋で一番大きい家具がやけに小さく情けないものに見える。
部屋まで狭くなった気分になりつつ机の椅子に座ると、仙道君は待ってましたとばかりに滔々と経緯を話しはじめた。
体もデカけりゃ人気も人望までもある、口煩いわけでもないのに存在感まで大きな二人。それがまさかそんな小さなことで言い争っていたとは……。僕は溜息が出た。
「いいじゃん、やったって。そりゃ夜寝るまでには乾かないだろうけど、朝には大丈夫なんだし」
僕の軽い返事に牧は眉間の皺を先ほどより深めた。今だからこんな顔をされても怯えないけど、最初の頃は凄くビビった。もしこの表情で赤いものを青と言えと見降ろされたら、ほとんどの奴は僕も含めて『震えがくるほど真っ青です!』と直立不動で答えるだろう。
そんな兄貴分の渋面もなんのそのの弟分は、嬉しそうに手にしていたショルダーバッグからスプレー缶を二本取り出して見せた。
「でしょう! んで、これが臭気の少ないっつー、体に無害な塗料。多数決で決定したんだから、やっちゃいましょう!」
「……乾くまでどうするんだよ。あの寒い廊下に布団敷くなんて嫌だぞ」
「カラオケか漫喫でオールとか」
「んな金、どこにあるよ。俺は明日の帰省分と飯代くらいしかねぇのに」

ごちゃごちゃと揉めているのを放っておいて、僕は件の太いスプレー缶の表示をじっくり読んでいた。日曜大工とかやらない僕ですら、かなり立派な良い塗料だと分かる。読めば読むほど……いいじゃない。
「あのさぁ」
「ん?」
「そのスプレー、一本で机の表面だけなら楽勝だよね。残ったら僕の机の天板だけでいいから、やっていい? 誰かが浅く彫った落書きがどうにも嫌なんだ。これなんだけど」
スプレーでいくらか目立たなくなるよねと机の上の本をどけて落書きを見せれば、牧は口元をひんまげ、仙道君は「ガキっすね〜」と苦笑いを浮かべた。
「スプレーのお零れに預かるかわりに、寝床は僕の部屋を提供するよ。塗装は机を牧の部屋に持っていってやって、そのまま一晩乾燥すればさ」
「部屋は広くなって床に俺達が並んで寝ても問題なし。布団は牧さんのベッドから運べばいいよね。客用布団の貸し出しも寮母さんいないんじゃダメだから」
僕の言葉の後半をしっかりくんだ仙道君は、僕にはできないウィンクを芸能人みたいにうまく決めてみせた。


話が決まってからは学園祭のようなノリで僕らは忙しく立ちまわった。僕の部屋から机を運び出し、牧の部屋から布団を運び入れ。食堂横の物置部屋から古新聞を持ち出して牧の部屋に敷きまくったり。家具を動かす合間に掃除機をかけながらやるから、けっこう煩かったと思う。
仙道君が追加の新聞紙を取りにいった時、「確かに、人がいない時じゃなきゃできないな…けっこう煩いしバタつく…」と、牧がぼそりと呟いた。動いている間に乗り気になったのか不機嫌そうな表情ではなかった。でもどうも曇った顔に見える。
「それを狙って戻ってきたんじゃなかったの?」
「いや……。仙道が俺の部屋に忘れ物したというから、戻ってきたんだ。そしたら忘れ物は机と冷蔵庫の塗装だって」
「あー、いっぱい食わされたって? それであんなに機嫌悪かったの?」
「それくらいじゃ腹は立たん。……あのスプレー、けっこう高いんだ。俺の親戚ん家で見たことあるのと同じでさ。…多分、それをあいつは自腹で買ったと思うんだよ。だから俺は半額出すって言ったのに、『貰い物だからいらない』と言い張って受け取らないんだ」
「本当に貰い物なんじゃない?」
「違う」
やけにきっぱりと断言するので、僕は首を捻った。
「牧の考え過ぎじゃない? それか、プレゼントのつもりとか」
牧は俯き加減に首を左右に振って否定した。なんとなくその姿は落ち込んでいるようにも感じられる。
返事を待っていたけれど、それより先に仙道君が戻ってきたために話は中途半端なままで終わった。


小雪もちらつきそうな寒い夜に窓を全開。首にマフラーをぐるぐる巻いた男三人が狭い室内でぶつかり合いながらの作業は思いの外、楽しく進んだ。僕と牧が新聞紙で壁を作り、仙道君がスプレーをしていく。あちこち塗装が剥げていた古い机がみるみる新品に生まれ変わっていく様はやけに爽快でテンションが上がる。
「おい、そっちに塗り残しがあるぞ」
「あ! そこだけ塗り過ぎなんじゃない? いや、そこじゃなくてそっち!」
「うわっぷ、ちょ、鼻に……っ、う、う、ぅへぇくしょい!」
「ちょ、こっちむいてしないで下さいよ。うわっ、手についた」
「田村、これで拭け」
「牧さん! そこ踏んだらっダ……あー」
「あー…。まだ一回しか洗濯してない新品同然の靴下が。あ、ヤバ…足の裏にも染みてきた」
「待ってよ牧! その足で歩いたらスタンプになって新聞紙通り越して絨毯まで染みるよ!」

素人三人のドタバタDIYも冷蔵庫を塗装する頃にはコツをつかみ余裕がでてきた。机よりも小さく形が複雑ではない冷蔵庫はあっさり塗り終わり、ついでだからと僕の冷蔵庫も運んで塗装してもらった。
「なかなかいい感じで終わったね」
達成感と妙な高揚感いっぱいの僕に牧は困ったような顔を向けた。
「田村の机以外はな……。どうする? 今度追加で塗料買って塗るか?」
僕の机の天板は思ったより落書きも目立たなくなったけど、スプレーが途中でなくなったため斑塗りになっていた。
「別にいいよ。よく見ないと分かんないから」
「や、けっこうムラが目立ちますけど」
「いーいー。どーせ使ってるうちにほどよくなるんじゃない?」
「田村さんって思ったよりザッパな方っすか? 親近感湧くんですけど」
「あー、よく言われる。裕君は神経質そうな見かけと大雑把な中身のギャップが大きいって」
「裕君…って、田村さん彼女いるんすか?」
「うん。意外だろ。二人は当然いそうだね。いるんだろ?」
「俺は」
「いますよ! 牧さんには一つ年下の、俺には一つ年上のとびっきりの美人が!」
牧の言葉を遮って仙道君は嬉しそうに力強く言いきった。牧が驚いて仙道君の横顔に文句を言う。
「俺に彼女なんていないぞ!」
「いるでしょーが。アキコちゃんって大柄なのが。隠さない隠さない。あ、俺の彼女はマキコちゃんていうんすよ」
「へ〜大柄なんだ。170cm超えとかいうの? 僕の彼女も実はけっこうあってさ、僕より10cm高いんだ」
見る? と、僕は尻ポケットから携帯を取り出した。

実は僕の自慢は高校時代から付き合ってる彼女だったりする。でも僕の友達は彼女がいない奴が多いから、それなりに気を遣ってる。けれどこの二人には気兼ねは不要。つい僕は写真を見せつつあれこれと彼女の自慢をしてしまった。片付けをしながら仙道君も僕の話に乗って彼女自慢にのってきた。
「いいっすよね、恥ずかしがりながらも甘えてくるのって」
「そうなんだよ〜。こないだなんかさ、『私、背は高いけど。裕君守ってよね』って夜道で言われちゃってさ。ほっぺたが赤くなってて……。やっぱさ、小さい人が可愛いのわかるけど、大きいからこそっていうのがさ。うーん、うまく言えないな〜」
「そういうのギャップ萌えってんですよ。俺のマキコちゃんなんてまさにそれの宝庫! ゴツイのにすんげー可愛いんですよ〜」
「あははは! いくら彼女にでもゴツイってのは酷い表現だよ〜。ね、牧」
「酷くない。恐ろしくゴッツイ。可愛くもなんともない」
「ちょ、言い過ぎだろ。人の彼女にさぁ。仙道君もニコニコしてないで怒れよ。冷たい彼氏だなぁ」
牧はそれきり僕たちの会話に入ろうとせず、黙々と片付けに没頭していた。彼女自慢なんて恥ずかしくてやってられないのかもしれない。照れ屋そうな彼らしい。本当は牧の彼女のことも聞きたかったけど、それ以上に自分の話をうまく聞いてくれる仙道君にのってしまい、僕は日頃のたまりにたまったノロケを意気揚々と語った。

「もう片付けはこのくらいでいいだろう。そろそろ田村の部屋に行かないか」
牧のいる場所は窓が近い。こちらを向いた牧の顔や耳、首までが寒さで赤くなっているのに、声をかけられて初めて僕は気付いた。色黒だからこうして正面から見ないと気付けなかった。彼は早くあたたかい部屋に移動したくて、一人黙々と片付けていたんだ。僕はあわてて立ち上がって牧に謝った。
「ごめん、早く部屋に行こう! 寒かったんだろ。話なんて僕の部屋でだってできたのに。マジごめん!」
「や、いいよ……。眠くなったから、俺、布団敷いてくる」
早々に立ち上がると牧は部屋を出ていった。
「…なんか牧、顔とか赤かったよね。風邪ひかせたかな?」
「大丈夫ですよ、今夜は冷えるけど風はないから」
心配そうどころか笑いを堪えているような仙道君をみて、確かに彼は見るからに丈夫そうだし心配はいらないのかなと思いなおした。

牧が綺麗に折り重ねた新聞紙を紐で縛っていると仙道君がハサミを差し出してきた。
「あのスプレーは本当に貰い物だから」
僕は受け取る手を止めて仙道君を見上げた。しゃがんだ状態で見上げる彼は恐ろしく高い位置に頭があって表情は伺えない。
「…どうしてそんなことを僕に?」
「……なんとなく」
牧が気にしていたのが少し気になって、探りを入れるというほどじゃないけど、僕は途中何度か『いいスプレーだな〜、高そうだ』とか『僕も買おうかな』と独り言のふりをして呟いていた。仙道君がのってきたらそれとなく聞こうと思ったからだ。彼はちっとものってこなかったけど、やっぱり気付かれていたんだ。
「気付いてたんなら、言っちゃうけどさ。牧、かなり気にしてたよ。君が高いやつを自腹で買ったって断言してた」
「……咄嗟に返せなかったのがマズったなぁ」
「やっぱ自分で買ったんだ。何で隠そうとしたの?」
言おうか言うまいか迷っているようだったけど、僕が紐を縛り終えて立ち上がると仙道君は仕方なさそうに口を開いた。
「俺、何度か強引に牧さんの部屋の細々したのを変えちゃったことがあって。お節介とまでは言われてないけど、あまり気を遣わないでくれって今日言われたばかりだったんで…。でももう買ってしまっていたから」
「変えたって何を?」
「照明の傘と、ベッドの足りない部分にビール箱置いたりとか……細々色々」
「ベッドの何が足りないの? あ、あれか。君達だと大きいから足がはみ出るってことかぁ。どうやったの?」
「箱をがっちり数個連ねて縛って、上に座布団置いて高さをベッドと合わせたんす。足乗せるだけだから耐荷重量的には平気で、俺も中学の時にやってた方法です」
照明も確かに言われてみると牧の部屋は明るく、雰囲気が違うことに今更ながら納得する。いちいち人の部屋と自分の部屋を比べたりしないし、同じだという思い込みで全く気付かなかったけれど。
「いいことじゃん。でもまぁ、なかなかやらないよね。仙道君、インテリアとかそういうの気になるタイプなんだ」
「あー……まぁ」
本物のイケメンは困り顔までも様になるのかと関係のないことを考えつつ首を傾げた。

僕だったら四年住むといっても所詮は仮住まい。そこまで手をかける手間隙や金がもったいないし、実際やってない。誰かがやってくれりゃ楽で当然嬉しい。ただし。
「家族や恋人なら分かるよ。でも確かに牧じゃないけど、金かけてまで友達や、まして後輩にそこまでされたら…微妙? 牧は律儀だから借りと感じたのかもしれないねぇ」
仙道君は深い溜め息をつくとしゃがみこんだ。真上からこの変わった髪形を見るのは初めてで、つい覗き込んでしまう。
「……自分でも分かってるつもりだったんですけど。今まであれこれ人に世話やかれる側で、やく側になったことなかったから…何かを人にするってことが楽しくて加減とるの甘くなったっつーか……」
世話をやく人達を内心、お節介な物好きくらいに思っていたから、いざ自分の段になって痛い目みるのか…と、ボソボソ呟いている。
床に置いてある冷蔵庫に塗ったスプレー缶を持ち上げれば、まだずっしりと重たい。たっぷり残っているようだ。
「仙道君、あのさぁ。この残ってるスプレー、もし仙道君がいらないんなら、僕の机を全部塗装しちゃってもいいかな。そのお礼に、今回は牧にうまいこと仙道君の厚意を説明しといてやるよ」
「そりゃ願ったりすけど。だけどそれメタリックシルバーで、机はつや消しブラック…」
「片付けたところ悪いけどさ、仙道君はここにもう一つ机が入るスペース確保したら新聞紙また探してきてくれるかな。僕は牧とここに机運んでくるから。じゃ、頼むね」
まだしゃがんだまま僕を見上げる彼を置いて、返事も待たずに自室へ戻った。

部屋に戻るとベッドに腰掛けた牧が漫画を読んでいた。
「遅かったな。あ、これ勝手に読んでた。すまん」
「いいよ。続き貸す?」
「いや、いい。仙道は?」
「作業の下準備頼んである。残ってるスプレーで僕の机を塗ることにしたんだ。机運び出すの手伝ってよ。それとももう眠いから嫌かい?」
「残ってるスプレーって、銀色だろ?」
「うん。斑があるよか綺麗なシルバーの方が洒落てるだろ。イメチェン?」
「そんな、俺の机でさえ新品みたいになっちまって、正直部屋を出るときに何か言われないか冷や冷やなのに。銀色なんてどうすんだよ?」
「どうもしないよ。出るときに寮母さんのチェックに引っかかったら、そん時は安い黒スプレーでも買って塗り直すだけさ」

牧の表情は驚きから呆れ顔に。そして最後は苦笑いに変わった。タイプは違い仙道君よりは濃い系であるけど魅力のある苦笑いに、同性ながらドキリとさせられた。どうやら男の苦笑いもいいものかもしれない。今度彼女の前で僕もやってみよう。
「田村は本当に面白い奴だな」
「そう? 面白いのは仙道君だと思うよ? だってさぁ、あんなに楽しそうに作業してたり喋ってたのにさ。牧がいなくなった途端、凹んでんだもん」
「凹んでる…? 何で?」
「一回も言ってないからじゃない、ありがとうとか? 詳しく知らないけど、多少お節介に感じたってさ、総合的に自分のためにとされたことにはまずはお礼言うもんだと僕は思う。後輩だとか関係なくさ。その上で、もう間に合ってるだとか次はこうがいいとかを考えて話をしていくと、次はお互いにとって気分良くコトが運ぶんじゃないかな」
「……俺、礼も言ってなかったか?」
「最初は顔に『不本意』って書いてて、後半には消えてたけどね。これが『満足』みたいな顔にでもなってれば、言ってなくても良かったかもしれないけどさ」
軽く肩をすくめてみせれば、牧は自分の眉間を指で押さえて、これぞまさに不本意という見本のような顔で項垂れた。
「……田村の協力でスムーズに塗って終われた。退去する時だって綺麗に使ってましたとでも言えばいい。…本当は塗装に関しては不満なんか一つもないんだ。だけど…だから……喜んだら駄目だと思っていた」
「なんで?」
「問題もなく、ただ喜べばあいつは次もまた何か俺のためにと…。面倒や金がかかるのも全て『楽しい、嬉しい』ですませて、無理を重ねられそうで嫌なんだ」
しょぼくれた様子を見ながら、僕は内心あきれていた。もしここに彼女がいたら、『やーん、裕君、この二人ってBL?』とはしゃぎだしそうだ。彼女は男同士の友情をすぐにゲイに結び付けたがるから。
「…僕さ、彼女に色々買ってあげるの好きでね。だってすっごく喜んで大切に使ってくれるんだ。彼女は替わりってわけじゃないだろうけど、お弁当とか作ってくれたり、僕だけに甘えてくれたりもする。それで十分僕は報われてるし、カテキョのバイトだって頑張るのも楽しくなるんだよ。次は何買ってあげよかなって。牧も彼女とそういう風なの経験ない?」
「彼女と……?」
「うん。基本、同じだと思うんだ。本人が楽しくて嬉しいんならやってもらっていいんだよ。牧だって嬉しいなら礼を言えばいい。礼で足りないなら、何かの折にでも自分のやり方で仙道君を喜ばせてやればいいだけの話じゃん。難しく考えることないよ」
「基本、同じ……」
鸚鵡返しに呟いた牧は、いきなり僕の机を持ち上げると、「俺が運んでくるから、悪いが床の本をよけて布団がもう少し広く敷けるようにしといてくれ」と言い残して部屋を出て行った。
僕は牧の馬鹿力に圧倒されて、驚いた顔のまま固まっていた。


どんな話を牧がしたのかは知らない。けれど数分後に仙道君がやたら嬉しそうな顔で僕を呼びにきたから、僕は自分の役割は果たせたのだろう。それなら遠慮はいらない。
「残りのスプレー全部で引き出しの中まで銀色に出来ると思う?」
「そっすね。でも天板を丁寧に塗る方に塗料を集中させたらいいと思いますけど。銀でムラになったら目立つから」
「……マーブルに塗れば模様みたく見えるかなぁ」
「田村さんは本当に面白い人っすね」
「さっき、牧にも同じこと言われたよ」


部屋へ戻るとけっこう体が冷えていたことに気付いた。電気ポットの湯で入れたヴァンホーテンのココア砂糖抜きで作業終了の乾杯をして一息ついた。
漸く寝る段となり、一番チビの僕は牧と二人で床の布団に、一番背の高い仙道君がベッドに寝たらいいと提案した。ベッドからはみ出る足は僕の床積みの本の上に座布団を乗せて解決するとも。仙道君が迷い顔を見せた時、牧が首を振った。
「俺と仙道が床で寝るよ。部屋の主のベッドを奪う気はない。俺達は合宿とかで狭い場所で寝るのも慣れてるから、気遣いは無用だ。寝るぞ、仙道」
やけにぶっきらぼうに言い放つと、牧はさっさと床に敷いた布団に潜った。
「大男二人でなんて無理だって。変な遠慮するなよ〜」
「や、全然平気なんで。じゃ、おやすみなさい田村さん。すんませんが電気消して下さい」
仙道君は牧の隣に横になった。僕は上から見上げていて改めてこの二人が狭い空間にギュウギュウに収まっているのが哀れになってしまった。でも牧も「おやすみ、田村」と小さく呟いたので電気を消した。


明け方トイレに起きた僕は床にいる二人を踏まないようにとベッドから下を覗き込んで驚いた。
仙道君の長い左腕を首枕にして牧が寝ていた。その牧を背後から抱くように仙道君の右腕が牧の上にのっかって、同じ方向に同じように足をくの字に曲げている体勢は、確かにこれ以上ないほど省スペースだ。どういう偶然で牧の枕の下に仙道君の左腕がスッポリ納まったかという疑問もあるけれど、それにしたってあまりに見事だ。
僕は笑って吹き出しそうになるのを堪え、ベッドの上に立ち上がり携帯で二人の寝姿を写真に収めた。朝になったらこの写真で散々盛り上がりそうだからだ。真面目な牧はきっとまた、かなり不本意という顔をするだろう。仙道君はふざけて自分の彼女に転送するかも。考えているだけで笑えて、朝が楽しみになった。

早く正月の二日になればいい。
BL好きの彼女は大喜び確実。なんたって種類の違うイケメン同士のホモくさい寝姿だもの。
彼女を喜ばすハズレなしの土産が出来た僕は帰省する日が待ち遠しくて、ウキウキしながら二人を踏まないよう気をつけて部屋を出た。





* end *






第三者視点の二人をまた読みたいとリクをいただいたので書いてみました。
何故か人気のオリキャラ田村君。彼がBLに詳しくならないことを祈ります(笑)


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