Believe it or not. vol.03


温泉で気分もさっぱりしたのか、恵理ももう先ほどのことは忘れたらしく、奈美と楽しげに湯船の数や泉質などを車の中で明るく報告してくれた。絆創膏を持参するといった手前、手ぶらな牧はそれとなく奈美の歩き方やくるぶしの辺りを気にしてみたが、特になんともないようだったのでその件に関しては触れずにおいた。一番気になっていた仙道も、気持ちを切り替えたようで普通に二人と接しており牧を安心させた。

夕食は近くにあるホテルに予約をしてあったので、そこで大学生には豪華すぎるディナーを四人は少々緊張した面持ちで食した。なんでも奈美の親がこのホテルのオーナーと旧知の仲で、予約した料金を半額にしてくれただけではなく、コースも予定よりかなり上の「季節の彩りフレンチフルコース」に変更されていたからだ。
ライトアップされた森を映し出す大きな壁面のガラスにシャンデリアの放つ豪奢ながらも落ち着いた光が幾重にも連なって煌く。白っぽい少しデコラティブな洒落た壁にはダークグリーンにゴールドの刺繍が施された重厚なカーテンが厳かな色を添えている。広く天井の高いレストランの中央ではグランドピアノとバイオリンの生演奏も行われていた。
女性達は豪華な雰囲気が大変お気に召したようで、食事が終わってホテル館内を特別な目的もなく見て回っている間もしきりと「素敵だったよねー、盛り付けもお洒落だし!」「美味しかったよね。特にデザートが〜」とはしゃいでいた。
正直、牧としては大きな皿に小さく盛られた美しいフレンチは食べた気がしないものであった。客も少なかったせいか落ち着かず、やけに食器が立てる音が響く気がして気疲れもした。こんな気を張る食事よりは、部屋でできあいの大盛り弁当を食べた方がまだ……とすら思っていた。しかし彼女達の嬉しそうな様子は微笑ましく水を差す気も全くないため、数歩後ろから黙ってついていく。そのまた一歩後ろを歩いていた仙道が牧にだけ届く小声で話しかけてきた。
「奈美たちはデザートが特に美味しかったって言うけどさ、俺的にはデザート以外は味が薄くて記憶に残んなかっただけなんすけど。牧さんはどうでした?」
「俺の口は高級な物に慣れてないからなんとも……。記憶もだが腹にもあまり残らなかったようだ。味がどうこうより、夜中、腹減りそうでそっちが不安だ」
こんなことなら昼飯はもっと量のあるものにすれば良かった、と己の腹に手をやった牧を見て、隣に並んだ仙道は「ホントっすよね!」と言いながらプーッと噴き出すように笑った。

館内にはガラス張りの屋内温水プールやテニスコートもあった。どちらも宿泊客以外でも使用料さえ支払えば利用できると書かれてある。
「水着、持ってくれば良かったかもね〜」
「ねー。綺麗だよね〜。水面にライトアップされた森の緑や間接照明がいっぱい映ってキラキラしてる〜。こんなにきれいだと泳ぎたくなっちゃうよね、紳一君」
「泳ぎがいのないサイズだな。それに休憩場所まで利用しない者にこうやって丸見えってのは趣味悪い気がする」
磨かれた壁面いっぱいのガラスから半地下の屋内プールをうっとりと見おろしている二人から急に話をふられ、つい牧は一緒に覗き込みながらポロリと本音を漏らしてしまった。一斉に目をつり上がらせた女性陣が牧を睨みつけてくる。
「あ、あー……。えーと。確かにまぁ、綺麗だけどさ」
妙な迫力に仕方なく自己フォローを入れてはみたものの、全くその効果はなかったようで。
「紳一君ったらとって付けたみたいに褒めなくてもいいんだよーだ」
「こういうとこのプールはカップルでゆったりくつろぐ目的だから、競泳プールのような広さはいらないと思いますよ」
などとチクチクと冷たいツッコミを頂いてしまい、牧は肩をすくめた。
その両肩へ突然長い腕がにょっきり伸びてきて牧はぎょっとした。背後にいた仙道がおんぶをしかけるような格好で両腕を伸ばして置いたのだ。その両手をぶらぶらとゾンビのように揺らしながら仙道が会話に加わる。
「それならさ、カップルでいちゃついてるところを周りの人に見せ付けるための場所ってことだよね。やっぱどう言い換えたところで趣味悪ぃじゃんねぇ。しかも水着でいちゃいちゃやってるとこを見せてんだぜ〜。そーいうのがお好みなんて、皆さんけっこうダ・イ・タ・ン〜?」
かなり辛辣な嫌味が入っている台詞であったが、おどけた口調とふざけた振る舞いでオブラートしているせいか、彼女達は「ヤーダー、彰君の言い方、エッチぃ〜」「お好みだなんて言ってないよぅ〜」と頬を染めながら笑っている。また恵理の怒りが再燃するのではと冷やりとしたが取り越し苦労だったようで、牧は自分が心配症過ぎるのかと胸中で苦笑した。
楽しげに笑いながらまた歩き出した女性達の後をまたゆっくりと仙道とついていく。隣に並ぶ仙道へ牧は前を歩く二人に聞かれないよう小声で囁いた。
「フォロー、サンキュ」
仙道はニコリと笑顔を向けて「全然」と呟くとまた前を真っ直ぐに向いた。
エントランスを抜ける前に磨かれた鏡のようなガラスが並ぶ廊下があった。そこを通りぬける際に映った仙道の横顔には、まだ笑顔の余韻がほんのりと残っていた。


ログハウスに戻ると奈美がUNOというカードゲームを持ってきて「寝るにはまだまだ早いから」と誘った。四人は大きな食卓テーブルについた。ただ遊ぶだけでは真剣味に欠けるため、どうせなら賭けをしようと仙道が提案した。
「一位の人の願いを負けた全員が絶対きくってのはどうっすかね?」
「一位の人が王様ゲームの王様で、指名は全員ってこと?」
「えー? でもあんまり変なお願いとかなら怖いかも……」
「エロいこととかはナシってのならどう? 牧さんはそれじゃイヤ? 物足りない?」
「それじゃまるで俺が一位になったらエロいことを命令したいと思ってたみたいじゃねぇか」
キャーと女二人が同時に楽しそうな叫び声をあげた。仙道までふざけて彼女達と同じポーズをとって笑っている。
「あー、はいはい。エロい命令を下せないのは大変残念だが、それでいいから始めようか」
相手にしてられんとばかりに投げやりに牧が開始を告げれば、仙道が滑らかな手つきでカードを切り出した。
「やるからにゃ、俺はマジっすよ。先輩にも女性にも手加減しませんから」
「手加減なんていらん。さて、俺はゲームが始まる前に何を命令するか考えないといかんな」
しれっと言い放つ牧へ仙道は嬉しそうに勝気な笑みをのぼらせた。しかし恵理と奈美は「二人ともこわーい!」「もう紳一君も彰君も勝つ気でいるよぅ〜」とゲームの前から不満げに口を揃えた。

予想通り点数争いは最初から牧と仙道の一騎打ちみたいなものだった。180点以上もオーバーして負けが確実な恵理と奈美はテーブルにくったりと頬をつけるようにうつぶせてしまった。
「もうやめようよ〜。頭使いすぎてイヤになってきちゃった〜」
「私ももうなんだか疲れちゃった〜。あと3回なんてやりたくない〜」
不平をぶーぶーとたれる二人に苦笑し、牧はスコア表と壁掛け時計を見てから伸びをした。
「現時点では2点差で仙道が一位。俺も風呂入りたいし、仙道の勝ちでいいぞ」
「あと3回も残ってんのに……。これじゃ俺、勝った気しないなぁ」
不満げな仙道に奈美が小さな笑顔を向けた。
「いいじゃない、私達も紳一君も試合放棄で負けってことにしましょ」
益々眉間に深い皺を寄せた仙道の手にあるカードを取って牧は片付け始めた。奈美が言ったからというだけではない仙道が引っかかった言葉が何かは分かったが、牧はあえて軽い口調で言った。
「難しく考えんな。ほら、面子の一人がもう半分以上潰れてんだし。恵理が完全に落ちる前に、せっかくの一位なんだから命令でもなんでも言っておけ」
テーブルにつっぷして今にも眠りだしそうな恵理の肩を牧が笑って軽く叩いた。仙道は苦笑を浮かべてから頷いた。
「じゃあ遠慮なく。今夜の部屋割り、王様の俺に決めさせてもらいます。……奈美と恵理さんは右の部屋、俺と牧さんは左の部屋ってことで」
合間に一呼吸を入れ、かなり真面目な声で言い切った仙道へ恵理が寝惚け眼を向けた。
「え〜。そんなの当たり前じゃない〜。右の部屋にしか大きなドレッサーついてないんだよ〜。右には可愛いクッション沢山のソファーセットもあるしぃ。どう見たって右は女の子用に作られた部屋だよぅ〜」
「彰君、右の部屋、見てないの? ベビーピンクで統一されてて……彰君や紳一君が泊まるのは変よ?」
きょとんとした仙道がぼそりと口を開いた。
「…そう…なんだ。俺、左の部屋しか見てなかった」
恵理は目を擦りながら起き上がってあくびをした。
「なぁんだ、彰君、そんなこと命令したかったのか〜。あんなに真剣に勝負してるから何を命令したいのか興味あったのにぃ。ねぇ、紳一君はもし自分が勝ってたら何を命令するつもりだったの?」
「俺? 俺は……腹減ったから、残ってる菓子パン全部俺一人で食いたいって言うつもりだった」
奈美と恵理が「あんなに食べて、まだお腹減ったとか言うの!?」と大笑いしながらキッチンへ行き、ドライブ途中で寄った菓子屋で購入したパンを持ってきて牧へ手渡した。
「彰君も紳一君も欲がないね〜。私達ならこんなに沢山勝負して勝ったんなら、もっとすっごいことおねだりするのに。あ。でもエッチなことじゃもちろんないわよ! じゃ〜ねぇ〜おやすみ〜」
と笑いながら一階へ降りていった。

残された牧は四つの菓子パンの二つを仙道へ放った。
「そう呆けてないで、お前も食え」
「……っす」
牧がソファに腰かけTVをニュース番組に変えてパンを頬張っていると仙道が隣に座ってきてパンの袋を開けた。やはり夕方感じたのは牧の気のせいではないようで、仙道は昼間よりもずっと牧の近くへ腰かけてきていた。
「……牧さんさ、右が女性用に作られた部屋だとか、左が男性用だとかって知ってた?」
牧はパンを咀嚼しながら頷いてみせた。
「俺は恵理達の荷物を部屋へ運んでった時に見たから。ベッドのサイズも左はセミダブルが二つだが、右はシングルが二つだった」
こういう作りも珍しいよなと牧がふると仙道も頷き、大きく息を吐き出した。
「なぁんだ……俺、すっげ本気だしたのに……バカみてー」
「本気出すから何でも面白いんだろ。俺は面白かったぞ。お前がムキになってスキップやリバースを返してくるとこなんてな。席替えして隣になった時なんて、ドロー4の使い道を考えるのが楽しくてたまらんかった」
牧は自惚れかもしれないと思っていた読みが的中したことに内心少々悦に入っていた。それを隠さずニヤリと笑って見せれば、仙道が「あれは……」と照れくさそうに苦笑を漏らした。

パンを食べきると空になった袋を潰して仙道はひっそりと呟いた。
「あんたの、パン全部食いたいってのが目的だったっての。あれ、ウソでしょ」
「……何でそう思う?」
「俺が部屋割り言った時。あんた、俺ん考え、見抜いたから変えたんだろうなって」
「見抜いたんじゃない。お前が見抜かせたんだろ。確かに二人でゆっくり話しが出来そうなのは夜くらいしかないもんな。ほら、そんな顔すんな。腹ごしらえも出来たし、ゆっくり話せるぞ」
仙道が泣き笑いのような微妙な表情を無理にひっこめて首を傾げてみせた。そんな些細な仕種が牧の頭よりも先に体を動かした。牧は仙道に少し近すぎるくらいに身を寄せると、そっと仙道の後頭部を撫でてしまっていた。
「……先、風呂入ってきて下さい。俺は後から急いで入るから」
僅かに俯いて耳を赤らめ大人しくしている姿は、試合中や合宿や打ち合わせなどで見知っていた仙道と同一人物には到底思えないほど、繊細で可愛く牧の目には映った。子供でもなんでもない、自分より少し身長では高いくらいの男を。
牧は「おう」と返事を返すと急いで立ち上がり、着替えを取るため階下へ足早に降りていった。もしこいつが女であったなら、恵理のことなど一切考えもせずに自分はあのまま無意識に抱きしめていただろうと思い至ってしまったことに激しくうろたえながら。
一人広いリビングに残された仙道が触れられた後頭部に手をやって、「牧さん……まき……さん……」と、真っ赤な顔を俯けつつ名を小声で何度も熱っぽく囁き続けられていることなど知らずに───









*next : 04




もう相愛(爆笑) 展開早いですかね? でも恋が始まるのは時間関係ないということで。
余談ですが私は本物の豪華なフランス料理を食べたことがありましぇん。本物は美味しいのかなぁ?


[ BACK ]