ミスターグルメ
作:TAKE様



練習後はいつも、「暑ィなー」と誰に向けるわけでもなく、
けれども誰もが聞こえるようなデカイ声で言い、桜木は上着を脱ぐ。
露わになる肉体を、視界の端に捉えながら。
惜し気もなく晒すその筋肉質の肌に、思い切り噛み付いてやりたいと思う事がある。
俺はその理由を知っている。
そしてこの男の体温が、存在と同じくらい暑苦しい事も、俺は知っている。


      ******


「いくらお前が馬鹿だっつってもこの時期にその格好は風邪ひくぜ、花道?」
宮城先輩が先輩らしい事を言う。
なるほど、外ではそろそろ、北風が吹き始める季節だ。
この人もキャプテンらしくなってきたなぁなどと、俺は余計な事を考える。
「誰が馬鹿だよ、馬鹿リョーチン」
「てめ、キャプテンに向かってなんだその口の聞き方は!」
いつもの軽いど突き合いが始まる。
「あーもーホント元気ねー、あいつらは」
後ろでアヤコ先輩が、彼女の隣にいる元主将の妹に言った台詞に、俺は何気なしに振り返ってしまった。
そんな俺に、先輩は同意を求めてくる。
「ね、流川もそう思わない?」
俺は振り返りついでに後方にある出口に向かう事にし、通り過ぎざま、
「馬鹿は風邪ひかないからいーんじゃないすか」
と呟いた。
決して大きな声ではなかったそれを、どう聞き拾ったのか。
桜木は絡む矛先を俺に向けてきた。
「聞こえたぞ流川ァーッ!!誰が馬鹿だ誰が!!」
(お前だどあほう…)
俺は口には出さずに心の中で大仰に溜息をつき、そのまま体育館を後にしようとする。
が、後ろから肩を思い切りつかまれ、それは叶わない。
そして無理矢理見せられる、筋肉の塊。

生え途中の歯を、むず痒く思った頃。俺はよく自分の腕を噛んだりして、親に怒られた。
あの頃の感覚と少しリンクする、ちょっとした既視感。そして今ここにある、絶対的な男の存在。
その隆起した肉を食いちぎりたいという衝動。
今、俺の中を突風のように吹き抜けた感情。
全てを奥歯で噛み留めて、努めて冷静に俺は桜木を見据えた。
「俺の天才を妬んでるな?」
そう言ってにやりと笑うその馬鹿面よりも、首を少し傾けた時にできる首筋の骨の動きに、俺の背筋は粟立つ。
そして思い出すのだ。




その味を、俺は知っている。

夏に、1度だけ桜木の家に行った。
そん時に知った男の首筋の味は、決して美味くはなかった。
だけど思い切り噛むと、まるで自分の歯形にぴったり合うかのように吸い付く筋肉に、
無性に切なくなった事を覚えている。
噛まれた方より、きっと噛んでる方が痛い。そう思った。




「どあほうは死ななきゃ直らねぇ…」
風邪くらいじゃ、到底この馬鹿は直らない。
本気でそう思って口からこぼれた言葉に、桜木は反応する。
「ふんぬーー!!誰がどあほうだ!!」
熱い男。
その体温が、俺の周りの空気をも侵すのだ。
その身体から発される熱気が、陽炎のように俺に纏わりつくのだ。
その時、フと頭を掠めたものがあった。

「お前、焼いて食ったら美味いかもな」

「!?」

俺の一言に、桜木を始め、体育館中が静まり返った。


「俺は死んでも食わねーけど」
俺はその反応を気にも留めずにそう付け足し、今度こそ体育館を後にした。


      ******


騒ぎ出した体育館を背に一人更衣室に向かいながら、桜木の首筋を思い出す。
俺は死んでも食いたくない。
もう1度味わったらきっと、1番知りたくない事実を知ってしまう気がするから。
バスケとは全く別の、違う場所にある感情。
俺はそれをなんと呼ぶか知っている。
だけど知らないフリをする。
自分に嘘をつく事は案外面倒で、いっそどうでもいいかと思うのに、
それに歯止めをかける自分がいるから、尚更俺は、歯痒くて仕方がない。
何かに思い切り噛み付きたい衝動を抑え、俺は奥歯を噛み締めた。

更衣室に着くと、隙間から学ランの裾が出ている一番小汚いロッカーを蹴りつけ、
元々ぼこぼこだった扉に更にでかい溝を作ってやった。
どあほうだから気付かねぇだろ、と思い、踵を返し、体育館に向かう。
何とはなしに更衣室まで来てしまったが、自主練を怠るわけにはいかない。


未だざわめきを残す体育館内に、俺は何事もなかったかのように戻って行ったのだが、
三井先輩と宮城先輩に無理矢理飯を奢られる事になり、自主練はさせてもらえなかった。
桜木は柄にもなく二人の申し出に遠慮し、そそくさと帰って行った。
俺は先輩二人に挟まれ、微妙な居心地の中でとんかつ定食をご馳走になる。
不自然な笑顔で「遠慮なくどんどん食え!」と三井先輩が言うので、その通りにさせて頂く事にした。
衣を小気味良い音をたてて噛み砕きながら、つい先程桜木を見て、「湯気を纏ったグリルの肉塊」
を思い浮かべたが今食っているとんかつの方がよっぽど美味い、等という事を考えていた。

一方で、味覚とは別の感覚で感じた、あの筋肉の味を思い出す。



ああそうだ。わかってる。
俺はよくわかってる。
美味いか不味いかの問題じゃない。
イイかヨクないかの問題。
そろそろ欲しくなる。


死んでも食いたくないそれに歯をたてる日に思いを馳せながら、俺は3枚目のとんかつにかぶり付いた。






Fin


TAKEさんのサイトでゲットした切り番小説の1コマのつもり。男らしい二人に感激しながら描いたの!!
花道がボケているのは写真風にしたかったから。…説明しないとダメなとこが情けない☆