うたた寝日和

作:まつこ様



歩いていた。
それが通学路なのか、廊下なのか、何処なのか分からないけれど、ただ、歩いていた。
首を温かくしていきなさいって、母親に押し付けられたマフラーは、やっぱりポカポカ温かくて、年の功って言うのか、助言は聞くもんだ、正解だなってと思った。
なのに、そのマフラーによる不幸は突然やってくる。

「あがっ・・・!!」

突然、くるくる巻きつけるマフラーを誰かに引っ張られた。
振り返っても、そいつはいなくて、やたらと長く伸びきったマフラーの先には、電信棒の影から、誰かが、マフラーの端を引っ張っている。
その誰かは、分からないが、とにかく、苦しくて、緩めたくて、オレは、グイグイっと自分の首に巻きつけているマフラーを引っ張った。
それでも、びくともしない。

「サッ、桜木っっ!!」

とっさに出た言葉はアイツの名前で、思わず呼んで自分でも驚いたが、でも、こんな緊急事態には、何だか現れてくれそうな気がする。
でも、呼べど、桜木は現れない。
そうそう、世の中うまくいかないもんなんだ。

「サッ・・・。」

それでも、もう一度、名前を呼ぼうとして、声も出ないくらい、グイっと引き寄せられたのを感じた。
息が詰まる。
それは、すごい力で、マフラーがまったく緩む気配はなかった。
ズルズルと、電信柱に引き寄せられる。
体重だって、軽いわけじゃないし、力もソコソコある方だと思っていた、オレが、こうも無力なものかと思えた。
はたと、「やっぱり、体力ないね、キミは!!やはりこの天才がいないと!!」っていうアイツの自身満々の顔が浮かぶ。
にゃろう・・・。
ちょっとだけ、助けて欲しいと思った自分が嫌になる。
桜木は、こんな時でも、オレの起爆剤だ。

どうしたら、この緊急事態を回避できるか?
引っ張られるばかりで、首はドンドン絞まっていくが、マフラーの先に自分から突入すれば、相手は油断するんじゃないだろうか?
我ながら天才って思いながら、そう思ってから、その発想が誰かに似ている自分にチッと舌打をして、引っ張られる方向へと、体を寄せた。

それは、意外にも近くて、ドンっと何かにあたったそこは、やたらと熱いところだった。
苦しいはずのマフラーは、心なしか、すこーしだけ緩くなったような気がして、助かったと思ったのも束の間、マフラーが、外せる状態でないことを、瞬時に察知した。
マフラーを引っ張り続けるその諸悪の根源が誰なのか、目を凝らして見ても影になっていてよく分からなくて、恐怖に、身が縮む。
もうダメだ・・・。

「サクラギ・・・。」

最後の呟きを吐いたら、また、マフラーをグーっと締められ、薄れ行く意識の中、オレは、朦朧と、何度も、桜木の名前を呼んだ。
それでも、人間ってのはしぶとくて、なかなか死なないもので、オレは、苦しさに、もがきながら、黒く陰になったそいつの顔を見ようと、精一杯、目を見開いた。






「・・・テメーかよ・・・あほうが・・・。」

ハァーハァーとこれででもかってくらい、息がたくさんきれた。
嫌な夢を見た。危うく殺されかかった。
こんなに、目覚めの悪いのは、腹立たしい。
クソッ、何人たりとて、オレの眠りを妨げるヤツは、許さん!!
ギロリっと目を思い切り開いて、諸悪の根源を睨んだら、そんなオレとは裏腹に幸せそうに眠る花道の顔が目の前にあった。
そんな顔を見たら、何が諸悪だったのか、何が何だか、わからなくなる。
とりあえず、この目の前にある重い腕が、オレの首の上に乗っていたんだろうか?
メチャクチャ苦しかったじゃねぇーか!!
あんまり悔しくて、もう一度、寝ようと思ったけれど、また、嫌な夢の続きを見そうな気がしたから眠るのはよした。



寝起きのまま、静かに怒りつつ、桜木の幸せそうな顔に、複雑になりながら、寝起きの寝ボケた頭のせいか、いったい自分は、どんな怖い夢を見ていたのか、すでに忘れそうになっていた。
あんなに怖くて、鮮明な夢だったけれど、少し時間が経てば、ただ、首が苦しくて、怖かった夢、死にそうになった夢ってことぐらいしか、思い出せなくなりつつあった・・・。
抽象的な夢の中、具体的な記憶は・・・。
何度も何度も桜木の名前を呼んだこと・・・。
気がつけば、オレは、桜木の腕の中に包まれていたこと・・・。
もう一度、顔を上げると、やっぱり桜木は側にいて、オレは、幸せそうな桜木の腕の中眠っている。
何だか笑えてくる。
オレの趣味とも言える、そして、得意な睡眠ですら、コイツは、割り込んできやがるっ!!
何だか胸のあたりがうるさくて、やっぱり眠れそうにないから、オレは、コイツが、まぬけ面で起きてくるまで、寝たふりをすることにした。
で、いっぱいいっぱい、寝ボケたアイツをおちょくってやる!!


それから、10分もしないうちに、桜木が、モゾモゾと動き始めた。

「あっ、寝てたんか・・・。」

なーんて、マヌケな声が聞こえてきて、ボリボリと頭を掻いているのが、目を開けなくたって想像つく。
そして、オレの方を振り返って、異常なまでの密着している自分に驚いて、ズズっと、急激に遠のいたのが、温かい体温が逃げていったそれで分かった。
いい加減に慣れろよって思えてくる。
いったい、こうやって、同じ朝を、昼を、夕方を、夜を迎えることは、何度目か数え切れないくらいなのに・・・。
思わず笑いそうになったけれど、自分は寝てるんだったと、無表情を崩す事無く、何気に、寝返りなんかを打ってみる。
それでも、桜木は、まだ、オレが起きないみたいだって思ったらしく、そぉーっと、オレに当たらないように、動かさないように、ゆっくりと整えたようだった。
しばらく寝たふりをしていると、いつまでも、オレの横から動かない桜木に、少し疑問が湧いてくる。
そっと、目を開けたいけれど、もう少しだけ様子を見てみようと、また寝返りを打ってみて、そしたら、桜木が、それに敏感に反応しているのがわかった。
二度寝をしているわけではないようだ。
それにしても、自分でも、これだけ、目を閉じていて、よく今まで起きていられるもんだと、思える。
でも、流石にいい加減、そろそろ、本当に眠くなってきそうで、そぉーっと目を開けようとした瞬間、桜木の手が、オレの髪を撫でた。

ん!?

オレは、どうしたものかと、とりあえず、もうしばらくだけ、寝たふりを続けることにした。
桜木は、オレが起きないことをいいことに、オレの髪を何度も撫で、掻き上げ、たまに、顔にふんわりと触れた。
その触る掌は熱い。
オレは、ちょっと、うっとうしそうに、眉間に皺を寄せて、眠りが浅い、もうそろそろ、起きそうだと言う、表情を作った。
たぶん、そんな顔をしていると思う・・・。
オレにしてみれば、迫真の演技だったはず!!
そして、たぶん、まんまと騙されている桜木は、はたと、髪を撫でていた手を止め、何を思ったか、オレの額に、こっそりキスをしてきた。
オレは、なんとなーく、そういうことするんじゃないかって、予想していたからか、驚くこともなく、相変わらず、眠った振りをする。
そして、ほんのこっそり、薄目を開けたら、案の定、顔を思いっきりほころばせ、かなり満足気の桜木が見えた。
オレが、そういうベタベタするのを嫌ってるのを、桜木なりに、よく分かっているから、もしかしたら、こうやって、オレが寝ている間に、そんなことしてんのかなぁーって思ってたけど、本当に、していやがった!!
でも、意外にも、額だった・・・。

横になったまま、薄開けにしていた目を、いかにも、今起きましたと言わんばかりに、うっすらと開け始める。

「ル、ルカ・・・!!!??」

桜木は、さっきまで、エヘラエヘラと、ニヤケていた顔を、慌てて戻して、その慌て方が、あまりにも、バレバレで笑えた。
それでも、オレは、まだまだ、演技を続ける。
手を、額に当て、キョトンって顔をしてみる。
桜木が、オドオドとしていて、それを横目で見ながら、自分の内ん中でプククと笑い、額に、何か触った?みたいな演技をしてみる。
そして、オレは、ゆっくり、ゴロゴロしすぎで重くなった体を面倒くさそうに起こした。
いかにも寝起きの目つきの悪い、座った目にして、ジロリと桜木を見る・・・。
花道がゴクリとツバを飲み込んだ。
バレたって思った焦った顔も面白いけど・・・。

「サクラギ・・・おはよう・・・。」

オレは、無防備な桜木のくちびるに噛み付いた。
寝ぼけた振りで、寝ぼけてないけど、そうしてみた。
桜木は、オレが狸根入りしてたなんて、全然、気付いてないだろう・・・、たぶん・・・。


オレ的には、ほんのちょっとのじゃれ合いのつもりだった。
額じゃなくて、どうせなら口がよかったんだっていう軽い気持ち。
寝起きのひとときを、桜木が望んでるように、たまには、甘ったるく過ごして見てみるのもいいかもという、ほんの出来心。

「テメー、エロい夢見てただろっ?」

「あぁ?別に・・・。」

「テメーから、キスしてくるなんざ、おかしい!!」

真っ赤な顔をして怒る桜木が笑える。
オレは、フフって笑って、「寝ぼけてるからかもな」って、言っておいた。
桜木は、まだ真っ赤な顔で、モジモジとしている。
たぶん、エロい夢を見たのは、桜木の方なんだろう。
ふぅーっとどあほうって、お決まりの言葉を吐かずにはいられない。

「オレ、さっき、テメーの夢見てた。」

「どんな?」

「言ったら、怒る。」

なら言い出さなければいいのに、桜木は、やっぱり、どあほうなのか、まったく・・・。
あっ、でも、エロい夢、しかもオレが出ているらしいその夢を聞き出そうとしてるオレも、どあほう!?

「言えっ!!」

オレの命令口調な言い草に、いつもは、ケンカになるはずだが、今日の桜木は、うぅーんっと唸った。
そして、アイツなりに言葉を捜して、「大胆なルカワの夢」って言いやがった。
その遠まわしな、言い方が良く分からないけれど、その真っ赤な顔が、モジモジっぷりが物語っている。
ふぅーんって、ふぅーんって、何度そうやって言ってやったら、観念したように桜木が、口を開いた。

「さっきみたいに、テメーから、仕掛けてくんの。だから、オレ、正夢見てるかと思ってよ・・・。」

そう言って、桜木は、もの欲しそうに、オレの顔をじぃーっと見てきた。
なんだか、ちょっと、ヤバい雰囲気か!?

「もうしねぇー。」

「あぁ!?そりゃ、ねぇーだろ!?」


そして、やっぱり、いつものケンカが始まる。
そして、やっぱり、いつものケンカの延長が始まって・・・。
オレは、そんなつもりじゃなかったのになって思いながら、いつの間にか、満更でもなくて・・・。
オレ達は、また、うたた寝したくなっちまうような、その前の、ひとときを過ごす。

「サクラギ・・・。」

何度も、何度もそう呼んで、さっきの夢を見てるんじゃないかって思った。
夢じゃ、オレは、桜木に首締められて、だから仕返しとばかりに、オレは、桜木の首に腕を巻きつけた。
桜木の首はビクともしなくて、オレがそうしたことで、逆に、より嬉しそうで・・・。
桜木はオレの名前を何度も呼んで、オレの間合いに飛び込んできて、これはまた、悪夢なのか、なんなのか・・・。

「サクラギ・・・。」

意識が何度も飛びそうで、オレは、もう一度、桜木の名前を呼んだ。
「ルカワ」って、オレを呼ぶ、桜木の声が聞こえてきて、その声に安心したのか、オレは、意識を失った。


桜木の腕の中、また、うたた寝していたらしい。
そっと、目を開けると、桜木がふわり微笑んでいて、なんだか、大人びたその顔に、ドキリとする。
ちょっとばかし、心臓がうるさくて、その音が聞こえそうで、オレは、クルっと、桜木に背を向けて、また、うたた寝の続きをすることにした。
なのに、そんなオレの身体は、グイっと力任せに、桜木の方へと引き寄せられる。
ギロって寝ぼけ眼で睨んだら、桜木は、今度はいたずらっ子見たいな顔で、笑ってた。
離してくれなさそうな腕に、オレは、仕方なく諦めて、桜木がそのつもりなら、今度は、桜木の腕の下敷きにならないようにって、オレが、桜木の腕を下敷きにしてやった。
そしたら、桜木が、真っ赤な顔をして、オレを桜木の懐にいっそう抱き寄せてきやがった。
ちょっと窮屈だけど、まぁ、暖かくて気持ちイイから許してやる。


眠りにつく頃、桜木のくちびるが、オレのくちびるを掠めていった。
今日は、特別なうたた寝日和だななんて、思いながら、次は、いい夢を見れるような気がした。





*おわり*


 とあるお礼にと描いた色鉛筆絵に素敵な小説をプレゼントしてもらっちゃいました。
こういうのをタナボタと言わずしてなんという(笑) まつこさんありがとうございましたv