Merry Christmas
aaaaa


昨日買った本を今日も読もうとした。しかし昨日同様に牧はすぐに本を閉じた。目で同じ行ばかり追ってしまって内容が頭に入ってこないからだ。あきらめてTVをつけてみたが、サンタクロースの格好をした女性キャスターが街頭の人々にインタビューをしている映像やら、にぎやかしげに明るくはしゃぐタレントの姿。昨日と大して変わりばえのない番組たちに興味を失い、また電源を切った。
ソファから身を起こし、音楽でも聴こうかとMDを探しに部屋へ入ったが、目当てのMDは仙道が出張に持って行ってしまったことを思い出して引き返す。
こんなことなら同僚の皆に誘われた飲み会にでも出ればよかったかな…などと思ってしまった自分に驚いた。
「…?俺は…淋しいのか?」
口に出しても一人の部屋では当然誰からの返事もあるわけではない。空しいような馬鹿げたような気分になって、ついムッとした顔になる。
「ちくしょう…。何が『クリスマスは二人ですき焼きしましょうね。予定入れないで下さいよ』だあ? 自分の仕事のスケジュールくらいしっかり記憶してから言え」

冷蔵庫のある方角に顔をぼんやりと向けた。冷蔵庫にはいつもより上等なすき焼き用の和牛と、少し高価なロゼワインが冷えている。ワインを冷蔵庫に入れるのは邪道だと分かっているけれど、つい氷を用意するのが面倒で突っ込んでしまうのが俺達流。
仙道が他の奴と予定が入れ替わっていたと分かったのが23日。俺がそれを知らずに肉を買ったのも23日。…そして今日は25日。
「肉が痛むから、俺が一人で食ってやる」
誰に言い訳しているのかも分からないまま、牧はキッチンへ入り、鍋を出しはじめた。

いつもより丁寧に具材を切る。いい肉を引き立てるにはやはりいい出汁が不可欠だ。ぐつぐつと良い音と香りが牧の口元を緩ませる。
暖かい湯気としんなりしてきた野菜が、そろそろ肉を入れてもいいような感じで、お玉を手に味見してみる。なかなかいい。でもあと少し。何か足りないかな。
「なぁ、醤油もう少し入れようか?」
くせで振り返った右手にはキッチンの入り口がぽっかりとあいているだけ。牧は黙ってコンロの火を消し蓋をした。お玉をシンクに置くと下唇を少し噛んでソファに戻り横たわった。

TVもすき焼きも本すらも。別に特別じゃない。クリスマスと平日の差は何だ? 何もない。仕事だって平常通りあるし、特別なものなんて何もない。なのにどうして…いつもと同じもの全てが、お前の帰りを待っている気にさせるのだろう。
マッチ売りの少女はマッチをすって幸せな夢を見たんだよな。…俺なんかマッチなんてなくたって仙道の笑顔ばかりが今日は殊更に思い出される。
情けない。何を一人でセンチになってんだ、格好悪い。…毒されたのかなぁ、奴のイベント好きに。一人の夜だって別段珍しくもなんともないってのに。

テーブルの上の携帯を手にしても仙道にかける気は起こらなかった。仕事をしている時にプライベートな電話がかかってくると俺はいつも戸惑うから、同じことを自分がしたいとは思わない。それでもこうして手にしてしまうのは…かかってくることを期待しているのかな…。
本当は解っている。でも口に出したら自分が辛くなりそうで言えない。無駄な強がりだと分かっていながら同じ言葉を呟くしかない。
「気のせいだ。…淋しくない。淋しくなんかないんだ」


携帯を握り締めたままうたた寝をしてしまっていた牧は家の電話の呼び出し音で飛び起きた。慌てて駆け寄り電話のウィンドウを見ると“桜木花道”と表示されている。
瞬間、仙道でないことが落胆させられてしまったが、すぐに気を取り直して電話に出る。
「はい、牧です。桜木か?」
『ジイ!元気か?久しぶり! 俺、今どこにいると思う?すっげージイん家に近いとこで飲んれんだぜ』
「…お前、かなり酔っ払ってるだろ。呂律怪しいぞ。今どこにいるんだ?」
『酔わねぇで一人でクリスマスなんてやってられっかよ。今はなー、△△町の…えっと…なんて店かなぁ』
△△町といえばここから車で20分しないところだ。牧は壁掛け時計を見上げながら言った。
「一人で飲んでるなら…俺ん家、来るか?来るなら車で迎えに行ってやるが」
『え?いいのか?? …あー…でも仙道に殺されちまうからいいや。クリスマスに邪魔したらやっぱマズイし』
「仙道は仕事で留守だ。お前さえよければ泊まっていってもいいぞ。どうせあと二日は帰ってこないから。どうする?」
『行く!!』
「今からじゃあ迎えに行くから。店の名前と住所を言え。あ、今メモとるから…」


「ってワケでよぅ、酷ぇ話だと思わねぇ?テメーらばっかノロケ話すんじゃねっつの。俺にもさせろって! いーじゃねぇかよ、恋人が男らってなぁ!」
牧が迎えに来るまでに近くのコンビニで酒を大量に買って待っていた桜木は、購入した酒を牧に「俺の酒は飲めねぇのかー」と、酔っ払い特有の台詞でまた勧めながら自分もあおる。

最初のうちはすき焼きを二人でつっつきながら、桜木がこちらに戻ってきた経緯や流川と今日一緒じゃない理由を話したり、互いの近況などを言っていたのだが。鍋が空になる頃にはすっかり桜木は酒にのまれてかなりな酔っ払いと化していた。そして桜木ほどではないにしろ牧も酔いがまわっていた。
「仕方がないだろ。お前や俺みたいなのが特殊なんだから」
「ジイー、ジイにゃ解るよな?流川がどんだけ可愛いかよぅ。そりゃ普段は無口で無愛想なとこもちったぁあるかもしれないけどよぅ…」
床に横になっていた桜木があぐらをかいて座っていた牧に近寄り、その膝に頭を乗せる。初めて見た時と変わらない真っ赤な髪に負けないほど、桜木の顔もまた赤かった。
先ほどからぐだぐだと悪友の話や流川の悪口を言っているのは淋しいからなんだなと思うと、邪険にもできず、牧はその頭をポンポンと軽く撫でるように叩いてやった。
久しく会っていない流川の顔をぼんやりと思い出す。仙道のように真っ黒い綺麗な瞳。仙道よりも白い…白すぎてちょっと不思議な肌の色。仙道が桜木を長いことかまうと、俺にだけ聞こえる小声で『センドー…邪魔』と零す辺りが面白かった。
「お前の見方とは違うが、確かに流川は可愛いところはあると思うぞ。うん。いくらかは」
いくらかってなんだよーと笑いながら桜木は嬉しそうに、閉じた口の両端を上げたまま目を閉じた。

アルコールのせいで牧もまた眠気に襲われてぼんやりとしていた時、寝ているのかと思っていた桜木が目を閉じたまま話しかけてきた。
「ジイは…優しいよな。やっぱジイだからかな」
二歳しか違わないのだからお互い様じゃないかと牧はムッとして、酔っていないときならば言わないであろうことを口にする。
「お前だって若くないじゃないか。俺だけ爺さん呼ばわりするの、もうやめろよ」
桜木は軽く「そーいう意味じゃねぇよ」と笑ったのち、真面目な声で言った。
「ジイはな、俺から見てなんちゅーか…男としてジイなんだよ。 俺もさ…もちっとこう…余裕もって流川と接してたいのにさ」
“男としてジイ”とは何だというのだろう。男でバアには成り得ないのに。やはり桜木の言動は解らんと牧は黙っていたのが、桜木は話が通じているから黙していると判断し、そのまま独り言のように話を続けだした。
「仙道見てたらすっげ解る。ジイが仙道のメンテしてんだなって。だから仙道みてーなちゃらんぽらんがジイに対しては必死っつーかなんつーか。呼吸あってるっつか。 悔しいけど、俺達はまだジイ達みてぇにツーカーじゃねぇ。それは俺にジイのようなでかさが足りてないからだと思うけどよ…だからこそっての?」
ゴロリと体を半回転して桜木は牧の膝に顔を埋めた。表情を隠すように。
「流川もさ…もちっと仙道みてーに素直に言葉くれたっていいじゃねぇかって思うときもあんだよ。贅沢な話かもしんねーけど。だってもう何年一緒にいんだよって」

ドキリと心臓が音をたてた。牧は花道に気付かれないようゆっくりと自分の心臓の位置に右手をやった。
桜木は俺をかいかぶってる。俺は別に度量の大きい男なんかじゃない。心身のメンテなんて意識したことなんかない。
それどころか、素直な言葉をいつもくれているのは仙道で。惜しみない愛情を鬱陶しいほど注いでくれている。
俺は…俺はどうなんだろう。さっきだって誰もいないというのに素直な言葉を呟くことすらできなかった。
何に意地をはっているのかと、たまに反省することもあるけれど…気付けばやはりあいつに先に言わせてる。そして俺は相槌を打って有耶無耶ってパターン…。
仙道も今の桜木のように不安に思う時があるのだろうか。

───酔いが、一気に覚めていった気がした。

膝の上の桜木の頭がずっしりと重くなった。
「…おい、桜木?寝たのか?寝るならせめてソファで寝ろよ」
軽く揺すったが桜木は目も開けなかった。デカイ図体のコイツをソファやベッドへ引っ張っていってやれるほど今の俺には腕力もない。おまけに酔っているせいか自分の足取りすら怪しい。牧はあきらめたようにため息を零すと、桜木の頭を膝から外して電気を消した。
月明かりを頼りに毛布をとってきてかけてやる。桜木の頭の下にクッションを入れてやろうとしたとき、牧の手を桜木がギュッと掴んだ。
「桜木、俺は隣の部屋で寝るから手を離せ。桜木…?」
「…るかわ…ここにいろ…このまま…ねるべ…」
途切れ途切れに呟いた桜木の声があまりに頼りなくて。それがまるで仙道が不安がっているような錯覚に捕われて…牧はその手を解けなくなってしまった。



「な…なんで…どうしてこうなっちゃってんのさー!!!」
真っ暗なリビングの電気をつけると、テーブルの上にはワインと焼酎の空瓶と、これまた空っぽの鍋。部屋に漂う残り香からしてそれはすき焼きと予想がつく。床に点在するビールの空き缶と中途半端に食べ残された袋菓子。
そして何より。何故一つの毛布に牧さんと桜木が一緒に抱き合うようにして眠っている───!!??

仙道は慌てて毛布をひっぺがすと桜木の足を乱暴に掴んで引き摺って牧から離す。それでも二人とも起きないため、イライラしながら牧を抱き起こす。
「牧さんっ牧さんっ!!起きてよ、ねぇ、俺あんま時間ないんだよー」
ピタピタと軽く牧の頬を叩くうち、ようやくぼんやりと牧が目を開いた。
「あ…れ? 仙道?何でお前ここにいるんだ?」
「夜行乗って帰ってきたんす。でも二時間したらまた始発乗って戻らないといけないんだけど。俺達の家だもん、俺がいんの当然でしょ」
何で俺と牧さんの愛の巣に桜木がでんぐりがえってんだよちくしょうと言いたいのをぐっとこらえて、引きつりながらも優しい笑顔を無理やり作る。
そんな仙道の内心に気付きもしない牧は、腕をゆっくりと上げ、仙道の頬に添える。そして柔らかい笑顔を向けた。
「おかえり、仙道。 俺、お前に会いたかったんだ、今日とても。淋しかった。帰ってきてくれて嬉しい」
仙道の外気で冷え切ったコートの胸に牧は顔を埋める。いつも先に言われてしまうから。今日くらいは頑張って言わなくてはと焦って早口に言ってしまった。

返事が返ってこなくて牧は少し不安になった。早口すぎて聞き取れなかったんじゃないだろうか。そうだとしたら同じことを二回なんて言えないぞ…?
顔がほてっているからコートの冷たさも心地よかったが、恐る恐る仙道の顔を見ようと顔を上げた。
そこには泣くのを堪えている子供のような顔の仙道があった。目には心なしか涙が滲んでいるように見えた。
と、次の瞬間には仙道の唇に牧の唇は呼吸ごと奪われてしまった。仙道の冷たい唇がすぐに牧と同じ温度に変わる。脳天まで痺れるような深い口付けが何度も角度を変えて牧を襲う。それを同じだけ返したいと牧もまた仙道の頬に熱い手を添えて引き寄せる。

二人は願う。早く全てが同じ温度になりたいと。


「う…ん……るか…てめぇ…」
桜木の寝返りの音と寝言に仙道と牧はギョッとして体を離した。牧は真っ赤になって後ろを振り向いたが、桜木は二人に背を向けた状態で毛布にしがみついてた。
ホッとしたため息を二人同時についたとき、互いに照れくさくなって軽く笑いあった。
二人がかりで毛布を抱いたままの桜木をソファに乗せ、違う毛布をかけてやってから寝室に入って扉を閉めた。

「あのな、桜木は本当は今夜、流川と二人で…」
ベッドに腰掛けながら説明をしようとした牧の手を仙道は床に跪く形でとった。そのまま牧の手の甲に自分の頬を乗せる。
「桜木のことは明日帰ってきてからゆっくり聞きます。さっきも言ったけど、俺、ホテルから抜け出してきたんだ。どうしても会いたくてさ。夜行乗ったらあんたに会えるって思ったら、時間も考えないで飛び乗っちゃった。だからホント、あと…」
仙道は自分の左手の時計を見た。
「一時間半くらいしかないけど、二人でクリスマスしたかったから。…といっても、すき焼きもワインももうないみたいだけどね」
「す…すまん…。 でもお前も悪いんだぞ、電話くらいしろよ。そうしたら残しておいたのに」
「電話…。牧さんの携帯電源落ちてません?充電いつしました?」
「…かなり前かもしれん…。な、なら家の電話にしてくればいいだろ」
「何回もしたけどFAXになってたんですよねー」
仙道が笑顔のままで怒っているように思えて牧は青くなった。そういえば桜木が『ジイん家の電話、面白れぇ形してんなぁ』となにやらいじっていたような…。
「すまん…そんなに怒るなよ。設定直して充電してくるから」
立ち上がろうとした牧の動きを止めるように仙道は牧の手を強く握り締めて見上げた。
「怒ってなんかいないっす。そりゃ帰ってきたとき牧さんと桜木が抱き合って寝てるのを見たときはすっげムカついたけど。 …淋しかったって言ってくれたから。 俺、それでもうなんかね、全部どうでもよくなっちゃった。ありがとう牧さん。淋しい思いさせてごめんね。愛してます、心底」
仙道のすがりつくように回された腕の強さがいとおしい。たった数時間しかないのに会いに戻ってきたお前に言える言葉が一つしか見つけられない。
心を込めて。その心が仙道の胸に届く事を願って、言う。
「ありがとう…」



声を抑えるのが辛い。堪えきれず漏れる吐息が恥ずかしい。ベッドのスプリングがきしむ音すら恥ずかしい。
桜木が起きて不審に思われるということだけは避けたいからと拒む牧を仙道が無理に求めてきたのだ。
口元を手で必死に押さえながら乱れる牧の耳元に、仙道が小さく囁きと吐息を吹き込む。
「大丈夫。今、桜木も夢ん中で流川と同じ事やってるよ。だからそんなに恥ずかしがらないで、俺の名前呼んで…。もう一度“淋しかった”って言って」
牧の手を口元から外させるように仙道は牧の体をうつ伏せにすると、強く背後から抱きしめた。



「ごめんね…。なんか俺、セックスするために帰ってきたみたいだよねこれじゃあ」
コートに袖を通しながら照れくさそうに言う仙道に、慌てて牧が『シーッ!!』と人差し指を口元にあてて嫌そうな顔をしてみせた。
「クリスマスらしいこと、桜木とやっちまった俺が悪い。だから謝るな。それより急げよ、始発乗り遅れるぞ」
「うん。来年は二人でクリスマスしようね。あの衣装着せるの楽しみにしてたけど、今年はあきらめるよ」
「…あれは捨てた。来年はもっと落ち着いた時間にしような。お前ももうこんな無茶なことすんなよ。さ、行けよ」
「どうして捨てちゃったの!?今年は牧さんが着る番だって約束…あ、ヤベ、ホント間に合わなくなる。んじゃまた!帰る時連絡入れますから」
「おう。携帯充電しておくよ」
コートの裾を翻して足早に去っていく背がエレベーターに乗り込むまで見送ると、音をたてないよう静かに扉を閉めて鍵をかけた。



午前7時。桜木を起こして二人で朝食をとった。とはいっても桜木は二日酔いのためオレンジジュースのみではあったが。
片手で頭を抱えながらちびちびとジュースを飲む桜木を尻目に、牧はトーストをコーヒーで急いで流し込んでいた。
「ジイは二日酔いになんねかったんか?夜、俺が便所に起きたとき、隣の部屋からジイの苦しそうな唸り声が聞こえたぞ。体調ダイジョブか?」
牧の動きがピタリと瞬間止まった。しかしすぐいつもの顔(といっても少し疲れの残る顔ではあったが)で爽やかに返してきた。
「あぁ、平気だ。少し飲みすぎてうなされたかもしれんが。俺の寝返りが煩くて眠れなかったか?」
「いんや。俺も具合悪くてすぐ横になっちまってまた爆睡したし。俺こそイビキ煩くねかった?俺、ビール飲むとイビキかくこと多いらしいんだよなー」
「ちっとも気にならんかったぞ。イビキかいてなかったかもしれんな。まぁ、よく眠れたなら良かったな」
ポーカーフェイスが下手だと仙道によく言われる牧ではあったが、仙道以外にはとても上手いということを牧自身は知っていた。
しかし背中にびっしりと浮かんでしまった汗をどうするかと笑顔の下で考えながら、牧は桜木に二杯目のジュースを注いでやった。


牧は仕事があるので、合鍵を渡そうかとサイドボードを開けようとしたとき、桜木が「俺もジイと一緒に出るよ」と止めた。
朝日の中、駅に向かう途中。冷たい空気を裂くようにキッパリと白い息を吐きながら桜木が言った。
「俺、やっぱこれから流川の実家に行ってくる。何だかんだ言って俺様の顔見てぇと思ってるだろうからな。行ってやることにした」
「それがいいだろう。流川に仙道ほど言える口はないだろうが、それでも会いたいと思ってるはずだ。お前が分かってやれよ、そこんとこ」
明るい真っ直ぐな桜木の笑顔。きっと流川はこの笑顔に惚れたのかもしれないなとふと思う。早くその顔を見せて安心させてやれ。
「へへへ。あのさ、ジイ」
「ん?」
「…ちっと電車賃貸してくんねぇ?昨日酒代で使っちまったんだー」
…真っ直ぐな笑顔すぎて今度はガクリと牧は肩を落とした。流川も苦労してるんだろうなぁと少し同情気分も湧いてきて苦笑いが零れた。


駅までの道。店の前に置かれたクリスマスツリーを片付けている店員の姿。ウィンドウに残るメリークリスマスの文字が一夜過ぎただけで間抜けなものに変わってしまったように見えた。

宗教としての意味合いの薄いこの国のクリスマス。プレゼントをもらえる喜びで楽しみにできる子供時代を過ぎても、まだこの日を特別に思うのは、大切な人に会える口実を皆平等にもらえる日だからだろうか。
そしてまた、会えても会えなくても、その人の幸せを思うことができることに感謝をして、胸のうちで言うのだろう。『Merry Christmas』と。

駅構内に残されているクリスマスの名残を清掃の人が忙しそうに片付けている。その横で年末の帰省によるダイヤ変更のポスターを駅員が貼っていた。
クリスマスも正月も。イベントというのは全て、大切な人と過ごしたいという願いや、大切な人の健康を祈りながら過ごす時間を作るためにあるような気がした。
そして少しだけ素直になれるように後押しをしてくれる日でもあるならば…。イベントも悪くないななんて思う。
…本当はいつも素直になれてたらいいんだろうけどな。

改札口を通り、電源を切ろうとして携帯を手にした時にメール着信があったことに気付いた。
『ホテル着きました。本当は牧さんに抜け出したこと怒られると思ってた。でも行って良かった。クリスマスさまさまだ(^-^) 会った時言い忘れてたから、メールで。メリークリスマス、牧さん。』
腕時計で時間を見て、ホームの端の人の立っていないところに急ぎ、列車が来るまでに慌てて打つ。
『俺も言い忘れていた。メリークリスマス、仙道。明日は気をつけて帰って来い。』

電源を切り表情を引き締めて混雑しだした乗車口に並ぶ。いつもより一本遅くなった列車は、案の定大混雑の戦場だ。
牧は人より頭一つ分高い身長を少し屈めるようにして人の波に乗り車内に足を踏み入れた。
明日は特別な日ではないけれど、特上の和牛すき焼き用を買って待っていようと思いながら。






*end*




クリスマスということで、花流とMSMの融合なんぞやってみました。
本当はイラストも同時UP目指したかったのですが、タイムアップ。いつか描けたらいいのににゃー。

[ BACK ]