牧さんの貯金額が気になるところ
作者:おぐへんさん
イラストと前半の文:梅園悠花



 築年数はかなり古く間取りや設備は少々使い勝手はよろしくない。けれど室内壁紙は貼り直されているし、大学には電車一本でいける距離。そしてなんといっても窓から海が見える。それだけで仙道にとっては即断で決めるに値する賃貸物件だった。
 その狭くて古いアパートに一度訪れてからは仙道の恋人である牧もまた気に入り、高校時代よりも来訪する回数が格段に増えた。

 お互いに午前中で部活が終わる日曜の午後。珍しく約束より早く待ち合わせの駅前に着くと、数歩分離れた隣で同じように人を待っている女性から甘い砂糖と油の匂いがふんわりと漂ってきた。その人の手元を見ればドーナツ屋のBOXが二つ。
 人混みなど関係なく周囲をその場で見渡せる仙道は首をゆっくり左右に捻って目当ての店を発見する。
(ちょっと強度のあるフロロが欲しい……けど、こうも鼻がドーナツになっちまったら食わずにはいられねぇよな……)
 先月末にも似たようなことで欲しい釣具を諦めて小遣いをおやつ代にとかしてしまったことを思い出す。けれどオレよりも甘いものが好きな格好良い恋人も喜ぶと思えば迷いは秒で消えた。

「ここは本当に風通しがいいよな。クーラーも捨てがたいがこの景色と風も捨てがたくて困る」
 ご満悦な様子でいつもの窓際に座った牧へ、仙道はドーナツの箱と家に着く前に寄ったスーパーで買った低糖カフェオレを手渡した。
「今コップに氷入れてくるから」
「いいよこのままで。十分冷えてる。それより早く食おうぜ。この甘ったるい匂いは食わないと脳から消えねえ」
「だよねえ」
 笑いながら箱を開けたオレだが、ちんまりと綺麗に収まっているドーナツを見ると、店内では飲み込んだ言葉も溜息と一緒に出てしまうってものだ。
「ここ数年で食い物がどんどん小さくなってるまいるよね〜。はい、あーん」
 差し出されたドーナツまで距離があるため、彼は腰をずらしてオレの足に己の足を乗せた。そして首を伸ばして口を開けパクリと食いついた。
 部屋が狭いし人目もないからという理由で、オレは照れる彼にかまわずここでは大胆に密着しまくってきた。そのため今では牧さんもここではこの距離が普通になったようで、自発的に身を寄せるようになってくれて大変喜ばしい。二人きりのときくらいは目一杯気を抜いて甘えてほしいし、オレだってこの人に甘えたい。




「サンキュ。……小さくなったり、量が減ったりと世知辛いよな。何個も食わないと全然腹の足しにならん」
「まったくだよ。このドーナツもさあ、普通サイズだけど値段が高くて驚いたよね。この上ドリンクまで買えるかっての」
「原材料や資源高だなんだで物価ばかり上げられても、実質賃金はずっと上がってないってのにな」
 腹立ちのままに喋っていたが、牧さんの世情をしっかりみているのがわかる話っぷりに、オレも少しは大学生らしく……そう、選挙権もあるんだし政治や経済にも当然目を向けてますよ〜感を出してみたくなる。バスケ以外の真面目な話だってできるんだなこいつって思わせたい。
 仙道は牧の言葉に神妙な顔で頷いて返す。
「胃袋はそうそう小さくならねーのにキツイよね。こーゆー現状を政府は……何? 俺の顔に何かついてる?」
 これからちょっと聞き齧った知識をうまいこと語ろうと思ったのに。牧さんが眉間に力を込めて口元を固く引き締めてオレの顔を凝視してくるものだから、何か変だったかと少々焦って聞いてしまったら。
「美形が口のまわりを砂糖だらけにしながら深刻そうに喋ってるから、おかしくて。もうダメだ……あはははははは!」
「!!」
 床に飲み物を置いた牧はラグにパタリと倒れこむと、腹を抱えて盛大に笑い出した。仙道は慌てて口のまわりの砂糖を手で乱暴に払い落としたが、それでもまだ牧はヒーヒーと目尻の涙を拭きながら苦しそうに笑っている。
「俺だってたまには真面目な話を……もー、そんなに笑わなくていいから!」



*  *  *  *  *  *









* end *




おぐへんさんが梅園の2024年仙牧DAY絵のその後をイメージした小説をプレゼントして下さりましたv
描いた絵とちょっとのシチュ説明や会話から、こんなに可愛いくて大学生らしい彼らの日常を
楽しませていただけるとは嬉しすぎます……! しかも牧ったら大学生にして甲斐性たっぷり///v
おぐへんさん、絵のその後というとても贅沢な誕生日プレゼントをありがとうございましたvv


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