cross the twilight
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作者:志毛さん |
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ひどく変わった夢を見た。 一体なぜこんな夢を見た、と思わずにいられない不可思議な夢なのに、どうしてか懐かしくどうしようもなく慕わしい。 現実に戻ったことが認識できて安堵しながらも、同時に後ろ髪を引かれるように切ない。 廊下から居間へと続くドアの開く音と、移動する静かな気配。 外の空気の匂いを連れてきた同居人の帰宅に、意識がゆっくりと浮上してくる。 いつの間にか居間のソファの上で転寝をしていたのだ、とようやく寝惚けた頭に状況が把握できた。 見降ろされている時間を、どこか不自然に長く感じる。 「おかえり」と声をかけたく思っても、まだ頭の中が霞がかったように働かない。 すぐ傍に仙道がいるとわかるのに、自分は今醒めたばかりの夢の中に置いてきてしまったような、大切な何かに気を取られていて動けない。 気配は足音とともにキッチンの方へと移動して、そこでまだ抑えたような動作の物音が聞こえてきた。 そんなに気を遣わなくてもいいんだ。 おまえが帰ってくるのをずっと、ずっと待っていたんだから。 そう声に出したのは、夢の中の出来事だったのか。 インターフォンが鳴る音が部屋の中に響いて、はっきりと牧は覚醒した。 瞼を開くと、見慣れた部屋の白い壁紙が貼られた天井が目に入る。スイッチ一つで灯りが点く照明器具に、また夢が終わっていないかのようなおかしな違和感を受ける。 背もたれを掴み、ゆっくりと弛緩した上体を起き上げて、キッチンから出てきた仙道に「俺が出る」と声をかけた。 仙道はなぜか少し驚いたような顔をして、それからすぐに「ありがとう」と笑って、またキッチンに戻った。 ドアを開けると目の前には誰もいなかった。 共有廊下の湿ったコンクリートの匂いの風景は、いつもと同じ胸までの手摺と斜め前にエレベーター。箱は上の階へと上昇中で、この階には止まっていない。 不思議に思って左右を見渡してから、ふと気配を感じて下を見ると、まだ就学前と思われる子供が3人、それぞれにおかしな扮装をして立っていた。 見上げている小さな顔が驚きの表情に固まっていて、牧は面食らう。 確かにインターフォンが鳴った音を聞いてドアを開けたのだから、この子達はこの部屋に用があるのだろう。 少し腰を屈めて、「なにか用か?」と訊ねると、真ん中にいた男の子とその隣の女の子の顔がみるみるうちに歪んできた。 歪んだばかりではなく、涙までその目に浮かんできて、牧は驚き、慌てた。 「え? どうした? 何か困ったことでも、」 「どうしたの?」 すぐ後ろから仙道の声がして、全く気配を感じ取れていなかった牧の肩が小さく揺れた。が、気安く顔が乗せられた肩はすぐに暖かくなる。 今にも泣き出しそうだった子供達の目が、牧の顔の隣に並んだ仙道へと流れ、また牧に戻る。 3つ並んだ小さな口が大きく開いて、もう泣き出す、と牧が絶体絶命の危機を迎えた時に、仙道が牧の腰に両手を添えて、そっとその体をドアの脇に寄せ、子供達の前に出て膝を折ってしゃがみ込んだ。 子供の視線の高さと合わせて仙道がにっこりと笑うと、今にも泣き叫び始めそうだった子供達の表情がピタリと止まった。 「トリック・オァ・トリート?」 こくこくとそれぞれに大きく首を振ったところで、共有廊下の端から女性の声が響いてきた。 「あなたたち、そこじゃないわ! 奥! 一番奥の部屋よ! もうーすみません〜!」 子供達の顔が一斉にそちらを向き、口々に「ママー!」「えっちゃんママー!」と叫び、女性へと駆け出した。 牧と仙道もそちらに身を乗り出すと、子供達にスカートに取りつかれた女性が盛んに頭を下げてくる。 なんとなく合点がいって、礼を返すと、立ち上がった仙道が子供達に声をかけた。 「待って、お菓子持ってくるよ」 そう言うや、部屋の中に身を翻した仙道の背を見て、ああ、ハロウィンのアレか、とようやく牧も気づく。 そういえば同じ階の角部屋には小さな子が住んでいたな、と思い出した。 もう一度外廊下へ顔を出すと、恐縮している母親にしがみついた子供達が、また牧を見て顔を歪ませ始める。 慌てて顔を中に引っ込めると、入れ違いに小さな菓子らしきものが入ったオレンジ色の見かけない器を持った仙道が玄関に出た。 「ちょっと行ってくるね」 その目が笑っている。 まあ自分が子供に好かれる顔だとは思っていない。 だが自分より体がデカくてけったいな髪型をしている仙道の方が怖がられない、というのはどういうことだ。 牧は納得いかない思いをムッと引き結んだ口で隠して、部屋にすごすごと引っ込んだ。 居間に戻ってソファに腰を降ろし、よく菓子なんかあったな、とキッチンの方を見ると、テーブルの上に見慣れない横文字の描かれた紙袋が置かれてあった。 仙道が帰ってきたときに、そういえば何か紙の擦れるような音のするものを持っていたような気配があった、と思い出して、まめなヤツだなとしばらく眺める。 少し考えて、その紙袋が置かれたダイニングテーブルへ行き、中を覗きこむと白い箱が入っており、甘い匂いが鼻に届く。 「それは牧さんへ。食べる?」 そこに戻ってきた仙道に声をかけられた。 「うん? 俺に?」 「うん。コーヒー淹れようか」 「ああ。そうだな」 取り出して開くと、濃いチョコレート色の小さなケーキが二つ並べられていた。 「なんか急に食いたくなって」 そう言いながら、マグカップを二つ取り出して仙道は笑う。 「ハロウィンならカボチャとかじゃないのか?」 「そう思ったんだけどカボチャのケーキはすっごいかわいい飾りつけでさ。さすがに頼めなかった」 豆を入れたミルを片手で掴んで、手回しでゴリゴリと挽く音。コーヒー豆の香ばしい匂い。 最近、仙道は手回しのミルで曳いたコーヒーに凝っている。 面倒じゃないか?と問うと、粉の粗さを自分で調節できていいんだよ、と聞いた風なことを言って笑った。 「お菓子は配る用か?」 今のようなことがあるとわかっていたのか、と不思議に思い、テーブルの上に戻された中身の菓子が半分ほどに減った透明なオレンジ色のプラスティックの容器を見て訊ねた。 よく見るとカボチャの形に象られていて、ハロウィン用に作られたものだということがわかる。 「そういうわけじゃないけど。ケーキ包んでもらってるときに目について」 時々仙道は先が読めているようなことをする。 それはこいつの器用さの一端だと考えていたが。 魔法のように、固い小さな豆は馥郁とした香りを漂わせる黒い液体になって、牧愛用のマグカップに満たされて仙道から手渡された。 一口、含んで自分の考えに牧は頷く。 本当に魔法のようだ、と。 「おもしろい夢を見たんだ」 体のほてりが落ち着いてくると、行為の最中もついぞ頭を離れなかった午睡の夢について、牧は仙道に無性に説明したくなった。 見た内容を伝えたい、というより、それを聞いたときの仙道の顔を見てみたい、という渇望にも似た欲求を抑えきれなくなった。 「夢?」 「うん」 「どんな?」 仙道は唇で触れては離れてを繰り返していた牧の唇に、また一つ軽く啄むようなキスを落とし、脇に肘をついて顔を覗きこんできた。 けだるさの余韻の残るかすれた低い声が、耳元で心地よく鼓膜を擽る。 こんなすぐ傍に仙道のいる満ち足りた幸せを感じて、それなのにおかしな夢の話しまで持ち出そうとして、一体自分は何を求めるのか。 自問しつつも欲求を抑えきれずに唇が解ける。 「おまえが…、いや。なんでもない。…本当に…変わった夢だったんだ」 が、口にしてすぐに牧は思い直した。 説明しようとすればするほど現実離れした内容に困惑する。 …いや。というよりは、その夢を自分が口に乗せる違和感にわけもなく当惑した。 残念に思いながら努力を放棄しようとすると、「…吸血鬼にでもなってた?」、と言い当てられて、牧は目を丸くして仙道を見返した。 「なんでわかった?」 「ホントにそうなの?」 おかしそうに仙道は笑う。 「さっき来た男の子が吸血鬼の格好してたから」 …ああ。 牧は内心の驚きに納得のいく答えをもらって息をついた。 「それで…俺は狼男なんだ」 仙道の笑い顔が止まって、漆黒の瞳が牧をまじまじと見つめてくる。 「そんな呆れた顔するなよ。だからおかしな夢だって言っただろ?」 「ううん、ただ…。いや、そうだね…。あんた鼻いいし」 笑い顔が戻って、鼻の上にキスが落とされる。 顔を上に向けてそのキスを唇で追うと、すぐに冷たく感じられる口内に迎えられる。 今の今まで抱き合っていたのにもう冷えたと感じるのは、窓の外が黄昏時を迎えていたからかもしれない。 薄手のカーテンだけを引いていた室内は、汗をかいた体に少し肌寒く、部屋の壁はオレンジ色から薄暗い闇に色を変えつつある。 絡めていた舌を解いて、歯を一つ一つ確かめるように撫でていく。 綺麗な歯並びは欠けたところはなく、安心して牧はまた仙道の咥内を堪能する。 仙道の手が下に降りて、腰を彷徨った。 尾?骨を指でしつこいくらいに何度も擦られて、眉が寄った。 「なんだよ、ムズムズする」 「…ムズムズするだけ?」 「そんなとこ他になにが、」 悪戯な笑いを浮かべているだろう、と睨みつけた仙道の顔が思いのほか表情がなく牧は戸惑う。 瞬間、脳裏を深い暗い森の風景が過る。 石造りの部屋と、湿った土の匂い。 こいつのあるかないかのような体臭に混じった、己の血。 まだ夢から醒めていないのか、と頭を振る。 「…少し…寒いな」 言葉にすると仙道はもう一つキスを軽く落として、牧の上から体を引き上げた。 「汗かいたから。風邪引かないようにしないと。お風呂先どうぞ」 「ああ、ありがとう」 ソファから立ち上がって2,3歩あるき、思いついて仙道を振り返った。 3人いた子供は、箒を持っていた魔女の真似をしているらしき女の子、フランケンシュタインをまねた大きな被り物をかぶっていた男の子、スーパーマンのマントを羽織っていた子供。 吸血鬼の格好の子どもなんていたか? 声に出そうとして、牧は動きを止めた。 暮れる窓を背にした仙道の表情はわからない。 「…なに? 牧さん」 呼びかけて少し開いた仙道の咥内は、逆光で色彩がわからないにもかかわらず、薄闇の中に昏く紅く、白く光る何かが見えた。 end |
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志毛さんから『下手な感想を書くより…!とオマージュ的な3次創作的な?小話を書かせていただきました。』と
拙本『Vampires and Werewolves』の二人の別軸の未来のお話をいただき、大変嬉しくも光栄で泣きました……。 この本はサイトで2022年にやっと完結させましたが、その後の未来はこのいただいたお話に繋げたいと思っております。 いつか点と点を結ぶ話を書きますので、吸血鬼&人狼シリーズがお好きな方は、 志毛さんのこの妖しくも素敵な小説を読んでお待ち下さると嬉しいですv 志毛さん、別軸未来の彼ら(しかも大変格好良い!)に会わせて下さりありがとうございましたvv
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