頭上に喜雨
作者:志毛さん

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・志毛さんのサイトの仙牧(仙)小説『ride on time』シリーズの二人です。

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 18時を過ぎてまだ夕日の名残が家の周囲を包んでいた。一度の切り返しで、牧は鼻歌混じりにきれいに車を停める。機嫌の良さそうな運転係に仙道は頬を緩ませながら、自分も酔いの残る上機嫌でシートベルトを外した。ほぼ同時に車を降りると、涼しい汐風が体に心地よく吹き抜けていく。同じく気持ちよさそうに伸びをして薄暮れに染まった空を仰いでいる牧に仙道は声をかけた。
「お疲れ様。運転ありがとう。お風呂お先にどうぞ。風呂自動やっといたからもう入ってると思うよ」
「ああ、ありがとう」
「もらったシャンパンまだ冷たいけどもうちょい冷やしとくね」
「楽しみだな」
 助手席で揺られながら頭の中で組み立てていた段取りを口にすると、牧は振り向いて穏やかに笑い、上着を脱いだ。
 親しい人間達だけの食事会みたいなものだからキメ過ぎなくていい、と友人に言われてはいたが、一応スーツにドレスシャツを合わせて、タイは会場の雰囲気を見て二人で外した。
 郊外の地元の食材を使った和風オーベルジュという触れ込みのレストランは、森に囲まれていて街の暑さを寄せ付けずにジャケットは苦にならなかった。北欧風に整えられたインテリアは、体の大きい自分達にも余裕があるほどにゆったりと居心地がよくて、窓は大きく天井は高く、外の自然が感じられる解放感のある造りだった。奥まった席に案内されてしばらくすると、乾杯の音頭と花嫁花婿の挨拶があって、それからは格式ばった式次第もない。告げられていた通り身内の食事会のようで、知らず強張っていた体から力が抜けていった。
 主役の酒屋の娘は席に着いた二人を目敏く見つけると、白いドレスの裾を乱暴に捌き足早にやってきて、自分の隣に並ぶ男を待って息を吸った。
「今日はおめでとう」
 その出鼻を挫くように仙道が祝辞を述べると、牧ものんびりと同じ言葉を口にして、花嫁の、いつもはケンカを売るように勝気な眉が少しだけ温和に下がった。
「うん、ありがと。あなた達がいると他の男が煤けて見えるけど、今日は私のダーリンが主役よ」
 もとより二人で出来る得る限り壁によって目立たないように参列するつもりではあった。おかしな紹介をされて前に押し出された花婿は、日に灼けた顔に気のよさそうな笑みを浮かべて二人に、「今日は参列くださってありがとうございます」と丁寧に頭を下げた。
「やっぱり尻に敷かれてんのかなー」
 隣のテーブルに挨拶に去った二人の背中を見ながら、ヒソと呟くと、牧が目をちらりと隣の仙道に流した。そうしておいて澄ましてナプキンを手に取る。
「あれでなかなかいい波乗りだ。思い切りがいい」
「うん、思い切りはいいよね。まだ20出たばっかでしょ」
「こういうのは本人達のタイミングだからな。周囲にはわからない」
「うん、…そうだね」
 テーブルの上のシャンパンの注がれたグラスに敢えて左腕を伸ばすと、何回目かのリストアを乗り越えて未だ正確に時を刻む腕時計が袖口から覗いた。そのまま牧へ視線を移すと、苦笑するように牧も左腕を伸ばして目の前のグラスを取る。グラスを軽く合わせて、仙道は笑みを浮かべたままの唇を縁につけた。
「あれ。美味い」
 少し驚いて、グラスを離して目の前に翳した。発泡が午後の日の光りに透けて、グラスの中が黄金に輝く。
「舐めるだけ」
 今日は牧が運転を買って出た。アルコールは口にできないが、味見に舐めるだけなら、それが抜けるだけの時間はここで過ごす予定だった。差し出したグラスに牧が少し口をつけた。
「うん、美味いな」
「どうもお二人さん。美味しいでしょ? いっぱい仕入れたからさ。牧さんは箱ごと持って帰ってよ」
 飲む頃合いを見計らったように、花嫁の父親が仙道達のテーブルにボトルを持ってやってきた。太陽と海風に晒されて色の薄れたいつもはボサボサの長い髪は、今日はきれいに撫でつけられて後ろで団子にまとめられている。
「今日はおめでとう」
 口を揃えると、まるで自分の式のように照れ臭そうに、既にアルコールが入って赤く染まった鼻をかいて頷いた。
「まあさ、これ逃すといつ家出てってくれるかわかんないしね」
 そんな憎まれ口をききながら、すこし声が上擦っているのは花嫁の父親として当然のことなのだろう。
「小さい頃は牧さんのお嫁さんになるーなんて言ってたのになぁ」
「小さくはなかったよね」
 そこは仙道が真顔で口を挟むと、「そうだったかぁー?」と花嫁の父親は首を捻った。
 そうだ。初めて今日の花嫁と顔を合わせたのは、牧が客として世話になった後に海で偶然出会って友人になったという、酒屋の顔を見に偵察に行った時だった。
 通りがかりの客を装って覗くと、「何かお探し?」と高く尖った声をかけられた。仙道が振り向くと、店の出入り口にセーラー服が立っていた。いきなり親の仇でも見るようなキツい目つきで睨まれて、どこかで面識があっただろうか、と仙道は考えた。
「いや、土産になるものがないかと思って立ち寄ったんだ。おすすめはある?」
 年はいって中学生ぐらいだった。その未成年が店員の態度を取ったことに対して揶揄われたと感じたのか、余計に意思の強そうな眉が跳ね上がった。
「ウソつき。あんたね、牧さんの恋人。外に置いてある車、牧さんの車だわ」
 仙道は口を閉じた。
 牧が信頼するぐらいだから店主は口が堅い人間だと思っていたのに。
 頭の中に警戒の文字が閃くと、少女は苛々と面倒臭そうに手を振った。
「父から聞いたんじゃないし。私が立ち聞きしただけ。言いふらしたりなんかしないわ。それよりあんたなんで遠くに住んでんの? 牧さんのそばにいないの?」
 仙道は口に薄く笑みを浮かべたまま、制服を着たままの少女を見つめた。するとその顔が怒りに染め上げられた。
「なによ。子供相手じゃバカバカしくて話せない?」
「初対面の相手に敬意を払えない人間はスルーしていいことにしてる」
 それを聞いた少女の顔が赤くなり、そっぽを向き、それからまた仙道に向けられた。
 警戒すべきは父親ではなくて、その子の方だった。
 黙って睨み上げてくる中学生を見つめながら、仙道は相手にはわからないように息を吐いた。

 あれはつい先日のことのようなのに。セーラー服で睨みつけてきた少女は今はウェディングドレスを纏って、人前で立派にスピーチする大人の女性になっていた。
「あっという間だなぁ」
 思わずつぶやくと、牧が何を勘違いしたのか、
「そうか? 随分長風呂したと思ったが」
と被ったバスタオルで髪を拭きつつリビングに入ってきた。この頃では風呂上りにはTシャツを着ていたのに、今は素肌の上に長袖の麻のシャツを羽織っていて、そういえば海からの風は少し冷たく変わってきた。梅雨が明けたばかりの気候はまだ、夏まで足踏みしているようだった。
「あはは。飲もうよ。花嫁のパパ、3本も持たせてくれたよ」
「おう。サンキュ」
 本当に推しつけられた木箱はなんとか辞退した。ソファに腰を降ろした牧にフルートグラスを手渡し、引き出物代わりのシャンパンを注ぐ。
「まだ冷え切ってないかもだけど」
「いや、うん、美味い」
 一口含んで、牧は満足そうにグラスを掲げてから、一息に半分ほどまで干した。「豪快過ぎる」と笑うと、「喉が渇いてる時に飲むとヤバいな」と牧は真面目な顔をして返してきた。
「どんな酒でも美味いものを探してくるのは、あの男の稀有の才能だな」
「だね」
 開け放った窓から汐の香りを乗せて波音とともに夕暮れの涼しい風が流れてくる。それが酔って火照った肌に心地いい。傍らには機嫌よくグラスを傾ける牧がいる。もうこの年で友人の子供の結婚式に出席するなんて、といろいろと思うところはある。が、自分の人生はまあまあどころか、もしかしたら最高のものなのじゃないだろうか、などと酔いの余韻に浸りながら、そういえば、と仙道は思い出したことがあった。
「そうだ、俺からも牧さんにプレゼント」
 買ったまましばらく忘れていたCDを、置きっぱなしだった本棚から取り出してオーディオにセットし、牧が先刻鼻歌に乗せていた曲を選んだ。牧はダウンロードより断然CD派だ。ジャケットは牧に手渡す。
「お、クラプトン」
「古本屋行ったら見つけてさ。このアルバム失くしたって言ってたよね」
 仙道は牧の前まで歩いて行って手のグラスを取り上げてテーブルに置き、繋いだ手で牧が腰掛けていたソファから引っ張り上げた。
「踊ろ」
「…は? おまえ酔ってる、うわ」
 曲はフランスの古いシャンソンをブルースにアレンジしたものだった。原曲は切々と失恋の心情を歌った仙道にとっては大分感情過多に感じられるものだったが、このアーティストによるカバーは感情面では軽く、渋味があるのにどこかコミカルにすら聴こえる。そのイメージのままに、「ほら、」と両腕を牧の腰に回して抱き寄せ、重ねた体を曲に合わせて横に揺らすように動かした。牧は笑いながら、それでも両腕を仙道の腰の脇から背に回して腕の中に収まり、一緒になって体を合わせてくれた。ご機嫌はまだ続いているらしい。
「おまえ、この季節に『枯葉』って」
「さっき牧さん歌ってたじゃん」
 参列した結婚式の帰り道に歌うような曲ではないが、ただ単に思いついた曲がそのまま上機嫌の口に乗ったのだろう。
 本当は知ってる。牧は自分よりも大分年上の男が好きだ。機嫌がいい時に鼻歌でたまに歌うこのアーティストなんか、モロに好みのタイプなんじゃないかと仙道は密かに考えている。そういえば牧が昔付き合っていたあのキザったらしい金髪の同業者。ヤツも年上だった。そしてこのアーティストに似ていたような気がする、と普段は思い出しもしないことまで頭に浮かんでしまったのも、過ごした酒のせいなのかもしれない。そこから昔の記憶に更に結びついた。
「…前もこうして踊ったね」
「そうだったか?」
「そうだよ、ほら、タオルミーナの隣町の」
「ああ、」
 少し斜めに下降し始めた仙道の思考とは逆に、牧は機嫌よく唇を笑いの形に留めたまま頷いた。
 初めて牧と体を重ねた異国の地。時差ボケも治らない頭で昼遅くに起きると、隣には既に牧の姿はなかった。
 なんとなく想像はしていたし、牧がそのホテルにまだ滞在する予定は聞いていたからそこまでガッカリはしなかったけれども、しばらくは不貞腐れながらシーツに埋もれて、空の枕を眺めていた。それから思いついて両腕を立てて勢いよくベッドから飛び出した。
 欧州のリゾート地は長期滞在客向けにホテル内には飽きさせない工夫が多い。一つ一つ、牧を探すという目的とともに探検していく楽しみがあった。プール、図書室、スパ、カフェ、バーを巡り、プライベートビーチを覗き、ついでに泳いで、いないとは思いつつヘアサロンやエステまで覗いた。
 そこまでして発見できず、見ればもう空は夕暮れに差し掛かりつつあった。結局降参して、フロントにダメ元で「牧を見なかったか」と訊ねると、カードキーを見て信用してくれたのか、牧とともにいた仙道の顔を覚えていてくれたのか、「もしかしたらここかもしれない」と牧の行きつけの店を教えてくれた。ここに滞在する時は必ず寄るバーがあるという。ホテルの外だということにちょっとショックを受けて、それでも迷わず追いかけた自分は若かったなぁと思う。
 観光客と地元の客で賑わうテラス席を抜けて、ひょいとレストランの奥を覗くと、さらにその奥に続く廊下があった。そこに立ってカクテルを飲んでいた女性二人組が自分に気づき、こっち、というように手招きされた。ナンパにも客引きにも見えずについて行くと、背中を押されて入った先にバーがあった。中央のフロアには音楽に合わせて体を揺らしている客が数人いたが、バーらしく薄暗くはあったものの音楽はさほどうるさくはなく、壁際の窓は暮れていく海に向かって開け放たれていて、南国の解放感を肌で感じられた。ここに牧がいるのだろうか、と周囲を見渡していると、音楽と地元訛りの言葉で聞き取りにくかったが、自分を引っ張ってきた女性二人に盛んに、仙道は踊ろうと誘われているようだった。
 困ったことになったな、と思いつつ、断ろうとした目の前で、女性達は互いにふざけ合うようにキスをした。目を丸くして、しかしそういえば周囲の人間は、同性同士のカップルが多いことに仙道は今更ながらに気が付いた。両腕を女性同士のカップルにそれぞれに取られて微笑まれ、少し楽しくなって仙道は体を音楽に合わせた。曲はその時期世界のどこにいても耳に入ったラテンのギタリストのもので、バーの窓から見える、海に浮かぶ月の情景そのままに情熱的な歌詞だったことを覚えている。頭を振った時に、薄暗闇に慣れてきた目が壁際のカウンターを捉えた。
 その視線の先、カウンター席に牧はいた。背を向けていてもわかった。一人ぼんやりとグラスに口をつける様を見て、胸の中が跳ねた。いつの間にか増えてきていた踊る人混みをかきわけて足を向けようとすると、その牧に声をかけてきた男がいて思わず足を止めた。見たことのある金髪だった。同業者のあの男だ。自分を小僧呼ばわりするいけ好かない野郎。牧が付き合っていた相手。何故今ここに。
「牧さん!」
 思わず声を上げたが、牧には届かないようだった。男に促されて、意外なことに牧が立ち上がった。必死に追おうとしたところで、踊っていた女性二人に肩を叩かれた。
「シンね。相手のあの男はダメ。結婚したくせに」
「連れ戻してあげて」
 口々に言うと、二人はするすると人混みをかき分けると、牧と男の間に入って、踊るように両脇から牧を連れ出した。仙道がやっと踊る人の群れから抜け出すと、目の前に憮然とした表情の牧がいた。
「あ、りがとう」
 仙道が女性二人に礼を言うと、二人はウィンクをしてまた人の輪の中に入って行った。仙道が牧の背後の追ってきた金髪に目を移すと、取り残されてあっけにとられたとでもいうようにこちらを見ていたが、じきに仕方ないとでもいうように、両手を広げて背を向けた。それを睨みつけて、それから恐る恐る牧の顔を見た。
「あの…」
「他会社に協力者がいたとは」
「へ?」
「あの二人。彼のいる航空会社のCAだ」
「そうなの?!」
 知らなかった。思わず目で追うと、音楽に合わせて体を揺らせつつ、情熱的にキスを交わしている。目を逸らし、牧に顔を向けると笑いを含んだ声がかけられた。
「…おまえ、ここがどういう場所かわからずに来ただろう」
「わからなかったけど…」
 揶揄うような牧の視線に仙道は降参して正直に答えた。ここは牧の縄張りのようで断然分が悪い。
「あー…ミックスバー…?的な?」
「そうだよ。あの二人にはおまえがここに入るのを躊躇ってる不慣れな東洋人のゲイに見えたんだろうな」
 面白そうで、少しだけ意地の悪い言い方は、牧が自分にここまで追ってこられたことを怒っているからなのだろうと思った。
「踊りませんか?!」
 いきなり声を上げると、牧の片眉が驚いたように上がった。折しも曲はアップテンポだったものからバラードに代わっていた。
「俺は、」
 小さく上げられた断りの出だしのようなニュアンスを持った声は聞こえない振りをして、仙道は牧の腰に両腕を回して体を寄せた。目の前のカップル達も次々に寄り添っていく。ここではなんの遠慮もなかった。仙道は牧の頭が自分の肩に当たるように、頬を牧の耳に沿わせた。
「お願い」
 その耳朶に吹き込むように囁くと、諦めたように一つ溜息をついた頭が、仙道の肩にそっと寄せられた。

「踊っていたのはおまえじゃなかったか? 楽しそうに女の子達と」
「へ?」
 腕の中の牧の眉間にいつの間にか皺が寄っていた。
「俺を追ってきたのかと思ってたら。随分楽しそうだったよな」
「え…もしかして牧さん…」
 あの時、追ってきた自分を怒っていたのではなく、やきもちを妬いていてくれたのか?
 だがここは牧の性格を考えて、入念に確認をしていく。
「だってあの子達、カップルだったでしょ?」
「二人ともバイだ。よく二人で男を持ち帰ってた」
「そうだったの?」
 それは気付かなかった。牧を知らなかった頃ならば喜んで持ち帰られていただろうが、あの時にはもうそんなことのあろうはずがない。
「あんただってあの男。別れたと思ってたのに」
「ああ、別れてた。だがちょっと頭にきて」
 そこで牧はヤバいとでも思ったのか言葉を切った。
 やっぱり。
「…もしかして…妬いてくれた…?」
 今は自分も使う、同じシャンプーの香りのするまだ少し湿った髪に口元を埋めて囁いても、牧は顔を上げてくれなかった。
「あんたを追っていったに決まってるでしょ。わかってるくせに」
 いくつになってもかわいい人はなかなか顔を上げてくれない。でも自分は牧と過ごしてきた月日の中で少しづつ変わった。少々のことならばもう動じない自信がある。牧のことも全部とまではいかないまでも、若かったあの時より余程理解が深くなったという自負がある。例えば今牧はきっと眉間に深く皺を寄せた顔を、失敗したと赤くしているに違いないのだ。だがそこを突っ込むことはあまり得策でないことも学んでいるので、仙道は流れる音楽に合わせてあやすようにそっとその体を揺らした。
「それもあったのかもしれないな…。でもおまえがあまりに、」
「え、俺? なに?」
「あの時の…踊るおまえが誰よりも…何よりも魅力的過ぎたんだ」
 仙道は吃驚した顔を牧の髪に寄せた。牧がそんなことを言うなんて。今、牧のことがわかってきたと思ったばかりなのに。
 自分が牧の好みでないなどという考えはもう頭から吹っ飛んでいった。照れに言い返そうとして返せなくて、仙道は牧の暖かく湿った洗い髪の中に唇を乱暴に埋めた。
「痛い、照れるな」
「牧さんこそ!」
 いい年して二人で何をやってるんだろうと思わなくもないけれども、仙道は幸せに口元を緩めた。部屋には低く流れる音楽と穏やかな波の音。静かな夜に二人だけ。
「…自分にこんな体験が出来るとは思わなかった」
「え?」
 牧の言葉の指すものを拾えなくて聞き返すと、牧は顔を上げ、はっきりと言葉をくれた。
「パートナーと一緒に、友人の子供の式に出た」
「…ああ」
 パートナー。
 その言葉に仙道も牧に向けた顔を更に深く緩ませた。あの頃の自分に、牧が今愛しているのは、自信を持っておまえなのだと誇ることが出来る。
 今流れている曲の歌詞とは違う。夏の日に触れた唇は目の前にあって、日に灼けた手は今自分が握っている。片手を持ち上げて甲に唇で触れると、機嫌よく上がった目の前の口角が薄く開いた。
「うん」
 牧を抱いた胸がしみじみと暖かい。
「いい式だったね」
「ああ」
 お世辞でなく心から言えた言葉だった。
 窓から入る風が少し肌寒い。CDは既に終わって耳に届く音は波の響きだけになっていたが、それだけでなく、互いの体に回した腕を外すのがとても惜しく感じられるのは自分だけではない、と仙道には感じられた。
「ありがとう」
 告げられた言葉に、仙道は腕の中の体を抱きしめ直し、らしくなく目に浮かんだものを牧の髪の中に落とした。










end




志毛さんのサイトの『GENTLY.』のさらにその後で、あれからも格好良く年を重ね続けている
二人に感無量……! お洒落なお話の誕生日プレゼントをありがとうございましたvv




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