10月某日―――牧は後輩の神、清田と共に陵南高校へ向かうため江ノ電に乗って先ほど陵南高校前駅で降車した。今日は文化祭が開催されるので普段は閑静な雰囲気の道のりも華やいでいる。
「すげぇ…俺、他校の文化祭って初めて行くけど海南と同じくらい盛り上がってるっす!」
「そうだね。普段この辺りがこんなに賑やかなことってあるのかな?牧さんはどう思いますか?」
「ん…あ、ああ、そうだな。賑やかかもしれないな。」
何度も陵南は練習試合で訪れたことがあるがいつになく緊張している牧――実は、一月半ほど前にこの高校のバスケ部に所属する仙道とお互いに想いを告げ合って恋人同士の関係になり、彼らが特別な関係になってから牧が陵南高校に行くのは初めてであるためだ。二人とも同性同士の秘密のお付き合いということでお互い好きで好きで仕方がないが今のところ交際していることを口外はしていない。しかし、勘の良い神には早々に事がバレてしまい「大丈夫、誰にも言いませんから。」発せられたセリフに牧は腹の奥底では何を考えているか…いまいち掴めない後輩の微笑みに少々恐怖を感じていた。
駅そばの踏切を渡って少し坂を登り、陵南高校に着くと様々なお店やステージ発表などの客引きに遭うが……まずはバスケ部主催のお化け屋敷を目指して一行は進む。途中で「海南の牧と神と清田だ!」そんな声があちこちから聞かれて牧は恥ずかしそうに握手を、愛想良く神が応えて、清田はご機嫌で高らかに笑って相手をしたのだった。
バスケ部のお化け屋敷は3階の教室を2クラス分借りて催されている。順番待ちの列もあり、なかなか繁盛しているようだ。
列に並んで10分ほどで順番が来て一行の姿を見てとても緊張している1年生と思われる案内係の陵南バスケ部員に一度進み出したら引き返せないこと、クリアすると魚住特製カレーの引換券がお化けからもらえること、途中でリタイアも可能だがそうするとカレーは食べられないということの説明をざっと受ける。
入口で入場料の100円を払って中に入ると当然の如く教室は真っ暗だった。気味の悪いBGMも流れ、お化け役の部員たちは衣装もメイクもかなり工夫されているのがよく分かる。入口から入ってすぐのところで三つ目小僧に扮した彦一やゴーストになりきっている植草らのかわいいお化けたちに脅かされるがはっきり言ってあまり怖くはない。
「かっかっか!そんなんでこの俺がビビると思うなよ!」
なんて威勢良く言う清田だが、本当は強がりでニコニコしながら一緒に歩く神は「信長、ホントに怖くないの?」などツッコミを入れていた。
彼らの半歩後ろにいる牧は仙道はお化け役と言っていたがどこから登場するのだろうか?周囲を見回しながら進むが特に仕掛けなどはない。あいつのことだからのんびり登場するのだろうと牧は本人にしか分からない程度に小さな笑みを浮かべた。
「ぉぉぉぉ……」
どこからともなく地の底から響いてくるような唸り声が聞こえてゾンビになりきった福田が清田の前に現れる。
「ぎゃああああ!!!!!」「信長、あれはフッキーだよ、本物じゃないから。」「ジンジン…怖がらないのか…」
恐怖のあまり叫び声を上げて清田は神に抱きつき、福田は神が怖がらないので悔しいのかフルフル震えて素に戻っていて…そんな後輩たちの様子を牧はため息混じりに見守っていた。
少し進むと突然、後ろから肩を二度叩かれた牧。もしかしたら仙道か?そう思って特に身構えもせずに振り返るとさっき通り過ぎたところに設置してあったはずの人体模型が真後ろに立っているではないか!!それを見た牧はビクッと体を震わせてしまう。
「ま、まさか…人体模型が…」「うわぁぁぁぁっっ!!!動いた〜!!」
今度は牧にしがみつく清田。しかし、神が人体模型と暢気に挨拶を交わしていて怪訝に牧は思うがよくよく見てみるとそれは池上だった。
「帝王をビビらせることができたぜ!」
池上はしてやったり!というニヤリ顔である。牧は未だにしがみついたままで放心しかけの清田をなんとか引き剥がし、神と共に宇宙人強制連行のようなスタイルで引きずって行くことになった。ここから出口は近いらしいが仙道とはまだ遭遇していない……先ほど池上相手に驚いて、今度は仙道にも脅かされるのだろうか?怖いものはそんなに苦手ではないが彼には変なところを見せられない。緊張を増して手に汗をかきながら牧は注意深く周りを見回した。
「うらめしや〜」
「おい、そんじゃ全っ然怖くねーってずっと言ってんだろ!」「えっ、そう?」
少し先の方から気の抜けた幽霊と思われる声が聞こえ、ダメ出しにマイペースに答えている一際背が高い人物はもしかして……牧の手の汗が増す。
「あ!牧さん!!来てくれたんですね!」
「ああ、なかなか凝っているな、お前らのお化け屋敷は。」
「そう?ねえ越野、牧さんに褒められたよ。」
「せっかく池上さんや福田ががんばってもトリのお前がこれじゃなー。」
「いや、越野は迫力あるよ。迫って来たら本当に吸血されそうだ。」
「そ、そうか、以外なところから褒められたな…」
神から褒められてやや照れているドラキュラ役の越野にダメ出しをされていた声の主はやはり仙道だった。古風な幽霊の姿をした彼はいつも逆立てている髪を今日は下ろし、顔も白く、目の回りは薄墨でも流したようにメイクを施されている。牧の姿を見て満面の笑顔で言葉を交わしていたり、まあ、見た目は背も高いせいもあって怖いが雰囲気や口調はのほほんとして恐ろしいという感じは全くしない。
「お疲れ様でした、ここでお化け屋敷は全クリです!魚住さんの特製カレー、隣の教室でぜひ味わって行ってください。」
仙道から魚住特製カレーの引換券を渡されて清田はようやく正気に戻った。「カレー、早く食いに行きましょうよ!」今度はそんな彼が牧と神の先になって隣のカレーを提供している教室へ急ぐ。お化け屋敷からの去り際に仙道が「もう少しで交代の時間なので隣で待っててくださいね。」そう牧の耳元でひっそり囁き、ぞわっと全身に電流が流れたような感覚を覚える。仙道の密やかな声は実に効く。彼に触れたい、でもここは仙道のホームだ…大それた行動はできない。牧は心の中で葛藤していた。
隣の教室で食した魚住のカレーは想像以上に美味であっという間に一皿を平らげてしまい、それから互いの近況などを語り合っていると仙道が幽霊の格好のまま牧の元へやって来た。どうやら出番を終えたらしい。
「ふーやっとお役御免だー。魚住さん、メイク落とすのと着替えに行くの牧さんに部室まで付き添ってもらって行って来ますね!他校の先輩の付き添いがいるって分かれば誰も追っかけて来ないと思うんで。じゃ、そういうことで!」
牧は有無を言わないうちに仙道に連れて行かれた。清田はそれを追いかけようとしたが神に「隣の隣の教室で売ってるクレープを食べようか?」とうまく気を紛らせてもらいようやく設けられた牧と仙道の水入らずの時間に邪魔は入らずに済んだようである。
いつもと違う出で立ちをしていても高身長な仙道は目立つ。しかし、今日は牧も一緒なので彼の予想したとおり振り返られたり、すれ違う人が二人の顔を見てあっ!という表情をしても声をかけられることもなく体育館に併設されている部室へ移動することができた。
部室に入った仙道は誰も中にいないことを確認して牧を招き入れ、ドアを閉めたのを合図に正面から牧を抱き締める。
「やっと二人っきりになれましたね。もう俺、ずっとこうするの我慢してたから牧さん欠乏症だ。」牧もまた「俺も…ずっとこうしたかったぞ。」と照れながら仙道の肩に顔を埋めた。
「お化け屋敷、どうでした?演劇部に頼んでメイクと衣装はやってもらったんです。」
「池上は本当に人体模型に見えてしまって脅かされたのはちょっと恥ずかしかったな…逆にお前は暗い会場より日の光が入るこっちの方が血の気がなくて怖く見える。俺は……色白の仙道の頬が、俺といるとうっすら赤く染まるのが…好きなんだ。」
「俺も牧さんのさ、口角が俺と一緒の時にキュッと上がってるの好きっす。牧さんの唇って果物みたいでホント美味しそう…」
牧がはにかみながら恋人への愛を口にし、仙道もにんまりした顔で牧へ言葉を紡ぐ。
しばしの間抱き合っている二人――ここが彼らだけの場ならもっと濃密な触れ合いができるのだが…ここは部室、それも仙道は早くメイクを落として着替えなければいけない。
ふと、牧の持ち物にバスケができる用意とおぼしき物があるのを仙道は見つけた。牧の了承が得られてここでバスケをすればしばらく一緒にいられるのでは…なかなか良い案だと思ったが返事はどうだろうか…… 意を決してそれを本人に話してみることにする。
「牧さん、バスケできる用意持って来てますよね。良かったらここで俺とやりませんか?これから夕方の閉会式まで俺、時間あるんだ。文化部のステージ発表とかは隣の記念ホールでやるからここの体育館は使わないし、今から即行でメイク落として着替えるんで。終わったらシャワーも貸しますよ。主将権限でその辺はOKにします!」
「いいのか?帰りに家の近くにある公民館に寄ってシュート練習でもしようと思っていたんだが…本当に良いならそうさせてもらうぞ。」
『仙道と一緒にバスケ』と聞いた牧の目に試合さながらの力が宿り、すぐにトレーニングウェアへ着替えを始めてバッシュに履き替えた。仙道は超特急で顔回りのクレンジングをし、髪型をいつものツンツンヘアへ準備ができると彼らは競うようにコートへ飛び出して行き、アップを始めた。
「おい、仙道がすげーヤツとバスケやってるぞ!!」「ありゃ海南の牧だ!」「仙道と互角にやり合ってる!!」
ドリブルやバッシュの音を聞いた陵南の生徒や文化祭の見物客が次々に体育館に押し寄せる。仙道が決めようとすれば牧がそれをブロックし、逆に牧が攻めるのを仙道は上手く体を使って防いでいて……
少々強引にディフェンスを振り切ってミドルの位置から牧がシュートを決める。それが決まってオフェンスを始めた仙道は仕返し、と言わんばかりの巧みなフェイントを使って牧を抜き去り、ふわりと飛んでダンクを成功させるとギャラリーから盛大な歓声が沸き起こった。
「やるな…」牧はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。「やられっぱなしじゃいられませんよ。俺、負けず嫌いなんで。」仙道も挑戦的な笑顔で応戦した。
「文化部のステージ発表の客席が疎らだと思ったらこっちに人が流れてたのか。」「仙道のヤツ、マジになってやがる。でもすげー楽しそうだな。」「うん、仙道笑ってる。楽しいんだろうな…きっと。」
お化け屋敷での役目を終えて着替えのために部室まで来た福田、越野、植草は仙道・牧による超高校級なバスケのプレーを見て口々に呟く。
「牧さんっ!!なんであそこに!?」「あらら、あの二人で他の発表とかお店のお客さん食ってるんだ。」
どこからか話を聞きつけた清田と神もギャラリーの中に加わっていた。知ってはいるものの、やはり牧と仙道のマッチアップはレベルが高い。それに、競っているがどこか阿吽の呼吸のようなものが感じられる。
(バスケはもちろんお互い全てに惹かれ合ってるみたいだ…相思相愛ってやつか。)
牧と仙道の関係を唯一知っている神は一人、心の中で思った。
その後もギャラリーはどんどん増えて、体育館は見物客で溢れている。この日、陵南高校文化祭で一番盛況だったのは牧と仙道の1on1だったのは言うまでもない。
* end *
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