capriccio☆
作者:Lucaさん



 暑い中、ご苦労さん俺〜。

 なんて朝からだれきったことを呟くのは、皆様おなじみ。陵南高校二年の仙道彰だ。
 俺は今国体選抜チームに選ばれて、海南の合宿所に着いたところ。

 ちょっと海から遠い山の奥の合宿所の宿舎の部屋は新しくて広々。
 意味もなく伸びをして、ついでに天井に手を伸ばしてもまだ高い。手足がつっかえなくて嬉しいなあ。俺ら二年一年のいる四人部屋は優に20畳あるんじゃない?

 無意味に手を振り回しながら、俺のとりとめもない感想はたらたら続く。
 さすがお金持ちの私立高だね。そのなかでも破格の扱いを受ける海南篭球部だもの、合宿所も広いしでかいし設備充実♪いーんじゃない?

「おい、遊んでないでいくぞ仙道」
「はいはいー」

 鼻歌交じりで浮かれた様子の俺を、荷物の整理をし終えた越野が苦虫を噛み潰した体で呼ぶ。

 おまえなー、面倒掛けさせるんじゃないぞ。とくに牧がらみで俺に!! どんだけお前がやらかしてくれるせいで俺が海南に頭下げてるか云々。

肩を並べて体育館に移動する道すがら、苦労性の越野の小言が続くが俺はやっぱり聞いていない(笑)。

 一年のときから牧さん狙いの俺が、これから二週間彼と寝食を共にするんだから浮かれないわけがなくて。

 それというのも例年は海南主体で国体チームが組まれるのだが、今年は違った。
 湘北の安西監督、うちの田岡監督、海南の高頭監督と協議した結果、インハイで活躍した各校の有望選手でチームを組もうということになったらしい。

 てなわけで集められたメンツは陵南・湘北・海南・翔陽の、引退した三年を除いた一軍のメンバーだ。

 陵南は俺と越野、フクちゃん、植草。
 湘北はリハビリ中の桜木を除いて三井サン、宮城、流川。
 海南は愛しの牧さん!とその他じゃなくて、高砂さん、武藤さん、神、ノブナガ君。
 翔陽は藤真さん、花形さん、高野さん。

 もうもうもうこれは牧さんと俺とで史上最強の神奈川代表チームを作ろうとしてると了解していいですよね、監督!!わかってますわかってます、監督方の期待はそれはもう!

 と、最愛の牧さんに会うために遅刻もなしに集合場所の体育館にきた俺に開口一番。
 藤真さんたら酷いんだぜ。


「もう牧さんと藤真さんの双璧時代は終わりですね♪ これからは俺と牧さんの蜜月時代ですから」って俺が機知に富んだ挨拶をしたらば。

「…そんな時代は一生来ねえよ…」

 何故ならここでオマエは死ぬからな! って高速の右拳が飛んできた。軽々避ける俺がさらに気に入らないらしい。おっと、もういっちょ来た! 俺がひょいひょい避けるせいで藤真さんの苛々はさらにつのる寸法。お、足も出てきた。それを難なく避けながら別のことを考える。

 まぁねー、短気な藤真さんの行動は想定内なんで、うまーく利用させてもらおう。
 俺はひとつ深呼吸して大げさに叫んだ。

「きゃああああー!助けて牧さん!」
「え、あ、仙道?? どうした藤真??」
 
 ひょいっと避けた俺は、可憐な悲鳴を上げてちょっと離れたところで花形さんと話し込んでいた牧さんの背後に回りこんだ。そのまま広い背中に後ろから抱きつくと、びくっ!と反射的に固まる牧さんに触る。

 あああ、腰から太腿ににかけてのこのエッチな弾力ぅ〜たまらないねv 首筋に顔を押し当てて魅惑の「雄っぱい」もしっかりホールドv
 どさくさにまぎれてべったり密着し、流れる動作で牧さんの腰を撫で回していると牧さんが頬を赤らめて俺を見る。

「藤真さんが勝手に荒れてるんですよ」
「ん…あ、ああ…そうなのか?」

 仙道に不必要に触られているような気はするけど、とっさのことにどうしていいかわからないって困った顔の牧さんはやっぱりかわいいな〜。ますます恥ずかしがらせたい!

 牧さんの可愛さに鼻の下を伸ばして。前触っていいですか? と囁きながら伸ばしたす手ごと無情にも引き剥がされた。

 忌々しいことに青筋立てた藤真さんと、牧さんの保護者を自認し駆けつけてきた神に二人がかりで変態退散!! の掛け声一斉。さすがの俺も牧さんの体からぺりっ! とひっぱがされる。

「ちょっと、なんですか。邪魔しないでくださいよ」
「牧から離れろ、この色魔が!!」
「ちがいます〜。言いがかりです〜! えーん、牧さーん!!」
「仙道に変なところ触られませんでしたか!?」
「いや…大丈夫…だ」

 守るように神に肩を抱かれた牧さんの脇を、俺と藤真さんはぎゃいぎゃいと騒いで駆け抜ける。
 怒り心頭の藤真さんの粛清を受ける俺に牧さんは救いの手を差し伸べてくれる。ホント、俺に優しいんだから牧さんてばv

「ちょっとやりすぎじゃないか、藤真? 俺はなんでもないからもう許してやっても…」
「ほだされるな、牧!! お前が甘いからコイツが調子に乗るんだよ!」

「なんか色々と…大変だな、牧」

 顔合わせ早々牧さんを挟んでこの騒ぎ。一連のやり取りを見て、ノーマル男子高校生代表・花形さんがため息交じりに述懐した。


++++++++++++++++++++++


 ま、さっきの牧さんへのお触りはウォーミングアップってやつで。本番はここから。
 時間通りに集合したメンツに監督方から以後二週間の合宿スケジュールの説明があった。

 それによると初日の今日はウォームアップと個々の能力を見るための練習試合を一本。午後は軽い調整メニューだ。
 初会の人間同士慣れる時間を取ろうってことだろう。

 そういうことで今日の練習試合のメンバーは。
 紅組は牧さん、フクちゃん、流川、花形さん、植草がベース。
 白組は俺、藤真さん、高砂さん、三井さん、神で。

 あとは随時メンバーを入れ替えて攻撃パターンを観察するって感じの慣らし運転だね。
 …って、えー!?

 試合は当然牧さんと同じチームと思ったら、なんで俺が牧さんと離れ離れにならなきゃなんないの!?

 早速組むメンバーと和気藹々と話している牧さんと、『俺だってお前と組むのイヤだ』が表情に出ている藤真さんと三井さんと神を見比べる。

「ちょ…! 監督、これはナイっすよ!!」

 監督陣は流川とフクちゃんを牧さんの下につけたフォーメーションを確認したいらしい。
 同じく俺と藤真さんを組ませてみたかったらしく。

 や、通常布陣と違う状態に置かれた俺たちの能力を冷静に見極めたいから他校の人間とわざと組ませてるという安西監督の意図もわかりますけれども。
 何も相思相愛の俺と牧さんを裂かなくてもいいじゃないですか!!

「牧くんと君の勝負がまた見たくて。ほっほっほ」

 そんな俺のジト目を適当に言いくるめて。安西監督はあの体格に堪えるパイプ椅子をきしませた。
 老獪な安西監督はのんきに笑ってばかりで取り付く島もない。さすがの俺もすごすごと退散する。

 確かに牧さんの敵に回るのも面白いんだけどさぁ…。でも!!!
 こう、不満たらたらの俺に構わず練習試合が開始され。

 そして牧さんはやっぱり、自軍・敵軍構わずばったばったと野郎どもを無意識で落としまくっていった…。無意識の魅了のほかに、人徳とか包容力プラスで。

『仙道には苦労させられるだろう?』とウチの植草と越野を労い、湘北の新キャプテンとしてお悩み中の宮城を励まし。三井さんのスリーを褒め、花形さんのディフェンスを称えた。

 越野なんかなー。今まで牧さんのこと『牧…!』と呼び捨てだったのに、あっけなく『牧さん…v』に宗旨替えだもん。嫌になるよなー。越野ー、牧さんの魅力に開眼するのが遅いんだよ。

 その中でも流川と組んだときの牧さんは隠し切れないくらい浮き浮きしてた。牧さんの浮気者!!

 確かに俺を越える(かもしれない)ルーキーだもの。そのバスケセンスと技の冴えに有望な新人好きの牧さんが目を細めている。ううう、気に食わない。

 それで開始早々『…流川、仙道を倒すぞ』なんて、あの不敵な笑みを浮かべて流川の肩に腕を回して囁いたもんだから。

 うわお。人馴れしてない流川でもやはり人の子、速攻牧さんの色香に落ちた…。
 顔はもちろん耳から足先まで真っ赤なんじゃないのアイツ? 宮城と三井さんがなんとも複雑な表情で流川を見やる。

 そんな瞬時に上せたところを「ん?」なんて、可愛い上目遣いで流川を覗き込み、駄目押しで『お前なら出来るよな、信じてる』光線浴びせるなんて、あんたって人はー!! 天使の顔した小悪魔ちゃんめ!!! 流川のやる気に火を点けて煽るし!!!

 異様な『パスくださいパスください』オーラを出す流川に、これまた牧さんは甲斐甲斐しく付き添って過不足ないパスを与えていく。

 牧さんが的確にサポートするんだもの、流川の止まることを知らない絶好調には本当に手を焼いた。
 そして量産される得点…にさせないために俺がどれだけ苦労したと思ってんのさ牧さん!!



 ああ、フクちゃんのときもなぁ……。

「いいぞ、福田」

 なんて、神のシュートを阻んだところを、絶妙のタイミングで牧さんが褒めた。
 穏やかな笑みを湛えた神奈川の帝王直々のお褒めの言葉。

 ああ見えて繊細なフクちゃんにはその重みが十分過ぎるほどだったらしく、照れた顔で下を向いていた(純情だね)。

 そんな感動に打ち震えているフクちゃんに駆け寄り、笑顔の牧さんはあのフクちゃんの独特な頭に手を伸ばすとくしゃりと掻き回したのだ。

 弾かれたように顔を上げたとたん。嬉しそうに笑う牧さんを至近距離で見てしまい、途端に耳まで赤くなってよろけるフクちゃん。おおお、羨ましい奴…!

「大丈夫か、福田」

 牧さんは足から崩れそうになるフクちゃんを支えてぽんぽんと背中を優しく叩く。常に優しさと賞賛に飢えているフクちゃんは即座にイチコロだ。

 後輩を甘やかせたら牧さんの右に出る者はいない。こうしてフクちゃんもあっけなく骨抜きになる。

 以下何かにつけて反発していた三井さんを。あの捻くれた宮城を。完璧なリーダーシップに感服した植草と越野を…。

 という具合に牧さんは野郎どもを落としていった、無自覚に。
 そしてあっという間。牧さんに心酔する神奈川国体チームの一丁上がりだ。

 はいはいはい、これでまーた俺の邪魔者が増えるって寸法ね。こうなると牧さんてば無意識に防御壁構築してるんじゃないの? と勘ぐりたくなるけど俺の下心に気付かない、あそこまで鈍い人にそんな芸当が出来るとは思えない。天然て…本当に天然って奴は!!!



 こんな風に俺が悶々としながら走ってる間にも試合は順調に進み。

「さあ、一本いくぞ」

 後半こちらが4点リード、残り7分というところでメンバーが組み変わる。
 こちらのチームは三井さんが下がり、神が入る。向こうのチームはフクちゃんを下げ、流川が入った。

 ドリブルで間を取りながら牧さんは次の攻撃を組み立てる。
 この局面。今組んでいるメンツをみてどうやら牧さんは自分がオフェンスの基点になるのではなく、サポートに回ることに決めたようだ。

 こっちの中深くにいち早く切り込んでいた流川にワンバウンドでパスを出すと、流川の意図を読んですぐさまバックアップに入る。
 ほら丁度速攻でがら空きの右サイドにもう牧さんがいる。
 流川に向かおうとする藤真さんを遮り、俺にも牽制してくるわけ。やりにくいったらありゃしない。

「流川…!」

 植草から受けたボールを藤真さんをかわして流川に通す。あんだけ手堅い藤真さんのディフェンスを抜き去ってのパスだ。この価値がわからないオフェンスはいない。

 こんなふうに牧さんは帝王と呼ばれているけど、実は一緒に組んだ人間を万能の王様気分にさせるのが牧さんって言う人の本質。

 いつも組んでいる自分のチームの連中には悪いが、自分だけのために精密に計算されたのパスが寄越される。たとえそれがどんな難しい局面でもだ。

 己の欲しいパスが必ず用意される快感は経験したものじゃないとわからない。

 オフェンスの意図を察し、邪魔するものは排除する。そのためには自らファウルを取りにいくこともいとわない。
 牧さんは、勝つために持てる全てをオフェンスの人間に捧げてくれる。徹底的に尽くされるのだ。

 いつもこの味を独占している神や海南の連中は大変複雑な顔をしていたが(ま、当然だな。ざまあみろ)。

 こんな献身的な牧さんのプレイにメロメロにならない奴はいない。
 それが一番顕著にでたのはフクちゃんと流川だった。

 魔法のように自分だけのために用意されるパスを受ける。障害となるディフェンスを止め、ゴールまでを地均しされる。試合が己の思うとおりに運ぶんだ、面白くてしゃーないだろ。

 牧さんのパスを受けて生き生きと動く流川に。聞こえてないのを承知で俺は小声で呟く。

 わかるわかる。どんな斜に構えてる奴でもな、こんな風に自分に全てを与えて尽くしてくれる牧さんのために奮起しちゃうわけですよ。去年の国体合宿のときの俺もそうだったし。

 向かう敵からオフェンスの背を守り、気持ち良く走らせてくれる。得点者の快感のために下にも置かない献身ぶり。

 そしてまさに今の流川がそうだった。勝利に貪欲な牧さんのあの笑顔が見たいから。牧さんに勝利を捧げようってその一心で走ってる。

 それがわかるから気に入らないねぇ。
 調子に乗った一年坊は叩き潰してわからせないと。

 嫉妬もあって気合入りまくりの俺が流川の前に立ちはだかる。そう易々と抜かせるか…!
 
「牧先輩…!!」

 俺の手を避けて無理な体勢で放った、流川のパスは少し芯がぶれた。しかし牧さんは果敢に飛びついて止めにかかる俺に向ってきた。

 後方いや、左の花形さんに回すか…? と俺が判断に迷った隙を見逃さず牧さんがボールを奪う。
 そしてそのまま―。

 牧さんはリングにぶら下がるようにしてボールを叩き込んだ。


 ダンクかよ…!


 皆、あっけにとられた。公式戦で牧さんがダンクを決めた記録はなかったから、まさかダンクで押し込んでくるとは思わなかった。

 呆気にとられる俺らをよそに、牧さんはリングから手を離して淡々と着地する。

「ナイスアシスト、流川」

 お前からのパスだったからな。止められる気がしなかった。
 そう言って牧さんは、牧さんに駆け寄ったはいいけど突っ立ったままの流川にハイタッチの催促をした。

 ああああ、もう…。この短時間で物慣れない流川が完全に牧さんに懐いた。ナウシカ姉さまか、あの人…。

 あの標準装備が無表情の流川が傍目にも嬉しそうに牧さんの手を叩くの、本当マジで信じられない…!

 まずい流川のパスを自らの手で掬い上げ、結果奴の手柄にする。
 そうですか、そこまでこのルーキー(ルカワ)がお気に召しましたか。
 面白くない。俺は思いっ切り面白くない。

 本当に有望な新人を見込むのが好きで、そいつを徹底的に甘やかすの大好きだよね牧さん…。
一年前の俺の位置を奪われた気がして、俺はぎりぎりと心臓が締め上げられるような気になる。

 ぎこちなく応じる流川に満足そうに微笑んで、牧さんは棒立ちの俺に向き直る。
 流川はなかなかいいだろう?と言いたげな顔で俺を見つめるから。
 俺は肩をすくめて牧さんを見返すしかない。

「ホントあんたって…」
「何をするかわからない。…か?」

 最高の褒め言葉だな。
 そう言うと牧さんはこの試合一番の笑顔で笑った。

「……」

 くそう…、完敗だ。何こんな顔で笑うかな。
 試合とか、今の俺のどす黒い気持ちとか。何もかもこの人に持ってかれてる。
 そう思うといても立ってもいられなくなって。

「牧さん…!」
「何だ?」

 俺はつかつかと牧さんに近づき、迷わずぎゅーっと抱きしめた。

「…仙道!?」

 上気した熱い体を抱きしめても。
 まだ残り時間あるぞ? と特に警戒感もなく言うのが憎らしい。

 残り時間がなかったらアンタに何かしていいのかよ!と、やや八つ当たり気味に熱い首筋に顔を寄せるとさすがに異変を感じた牧さんも身じろぐ。

「まて…仙道?」

 このままアンタを抱き潰したらーー。

「いてぇ!!」
「…牧先輩から離れろセンドー!!」

 って今思いっきり俺の後頭部殴ってお前が引き剥がしたんだろうがよ!!!
 その一方で殴られた痛みにしゃがみ込みながら、止めが入ってほっとした自分がいる。

「流川…」

 現実に引き戻されたのはいいけれど。
 牧さんは俺から引き剥がされて、今度は流川に両腕で腰を取られている。
 流川に引っ付けた牧さんはなぜかコアラの親子のような微笑ましさ…じゃなくって!!

 ちょ…なんで牧さんてば簡単に他の野郎に触らせんのよ!! 俺はさっきまでの自分を棚上げして厳重に抗議した。

「お前こそ牧さんから離れろよ!」
「………」

 神と藤真さんを始め、牧さん信奉者の皆は俺と違って邪気のない流川の抱きつきを黙認する。周囲は流川を強力な『ムシ(仙道)避け』と判じたようだ。

 ちょ…な…!なにこれ!!差別じゃん!贔屓じゃん!!なにこのずるっこしい!!
 流川は良くて俺はダメってどういうこと!?

「とっとと戻れ、仙道」

 藤真さんはこの阿呆が!! と散々ののしりながら俺の襟首を掴んで回収し、一同はわめく俺を完璧に無視しやれやれ、と肩を竦めて試合に戻る。

 このころ監督席では高頭監督は笑うしかないって感じに苦笑し、茂一は俺のトラブルメイカーぶりに頭を抱えていたらしい(部屋に引き上げたあとで越野に説教されたときに聞かされた)。

「流川。残りもこの調子で頼むぞ」
「…ウス!!」

 腰に流川を懐かせたまま、牧さんが楽しげに奴を振り返ってこう言ったから。
 そのあと引き続き流川がキレキレにシュート決めやがってすごく…すっごく面倒だったんだよ、牧さん!!


++++++++++++++++++++++

「ふぃー」

 牧さん(とその他)を相手にそれはそれはハードだったが、久しぶりに試合中の牧さんを堪能できた紅白戦がひと段落し午後の小休憩になった。試合中の牧さんは精悍と野性味が同居してさらに美味しそうなんだよ。

 監督たちも席を外し、通常ならちょっとした息抜きができる時間なのだが、まさかあんなことが起ころうとは…!!

「づがれたー!」

 あれだけ気を張ればさすがに疲れた。俺はぐでぐでとしながら誰よりも早く床に倒れこむ。床が冷たくて気持ちいい。俺は冬のライオンなんでこのまま眠らせてくれ…! って昔のサッカーアニメのエンディング曲なんか思い出しながらさらに床に懐こうとしたら。

「なにだらしないこと言ってるんだ、仙道」

 なんてフクちゃんやら越野やら、ついでにノブナガ君と流川に言われちゃう俺って相変わらず人気者だなあ〜(笑)。

「いや、俺も疲れた。お前たちが元気すぎなんでな」

 その声に薄目を開けると目の先に。座り込んで壁にもたれた牧さんが微笑んでいた。他校の人間と組んでのプレイに流石に疲れたのか、気を抜いたら牧さんはすぐにでも眠り込みそうな勢いだ。
 あああ、そんな気だるい色気たっぷりに言われたらどうするよもう!!

 と、本能的に牧さんににじり寄ろうとすると。

「どこ行くんだ、仙道」

 不機嫌声の藤真さんが俺の腕を掴んだ。

「え? 牧さんの隣っす」

 藤真さん体力ないんですからそのまま休んで疲れを取ると良いですよ。
 冗談じゃねぇ。牧と親睦を深める体力は別腹だ。

 なんて両者譲るわけがない俺と藤真さんが牽制しあってると。

 さっきの試合のときも不気味な沈黙を守り、今までどこにいたのかわからないくらい牧さんの横で気配を消していた神が動いた。

 そしてもう眠くてたまらない様子で床に転がりかけていた牧さんの肩に手をかけ、強引に抱き寄せて囁く。

「牧さん、直に寝たら体が痛いでしょう? いつもみたいにしていいですよ」

 ノブナガ君も神の横に鎮座してうんうんと頷いている。
 いつもって、なんだよ??? 訝しがる俺と藤真さんは蚊帳の外に置かれた。

 厳格な試合のときとは打って変わって。牧さんは困ったような、曖昧な表情で神を見上げた。

 何! なにっ! このラブラブ二人だけの世界モードは!!!
 慌てふためく俺を尻目に、限りなくイチャコラに近いトークは続く(怒)。

「いいよ、他の奴らもいるし。お前も疲れてるだろ?」
「そんなこと気にしないでください。いつもしてるじゃないですか。ね? どうぞ」
「うん……ありがとな」

 熱心な(というか執拗な)勧めを、断り続けるのも悪いと思ったものか。
 神に向ってそう恥ずかしげに、すまなさげに目を伏せた牧さんの取った行動に周囲は一気に騒然となった。

 寝落ち寸前だった流川が衝撃の光景に目を見開き、あまりの破廉恥さにフクちゃんがプルプルする。その中でもあの余裕ぶっこいた藤真さんが一番驚いていたかもしれない。

「うおお!!??」

 投げ出された神の足の間。牧さんは奴の太腿を枕にしてころりと横になったのだ!!!
 そしてそのまま牧さんは周囲の動揺にも気づかず、あっさりと眠ってしまったっておい!!!!

 ふふふ、可愛いでしょう? いつもこうやって牧さんはお昼寝してるんですよ。ここまで牧さんの信頼を勝ち得ている俺にしかできないことですけどね。

 ドヤ顔の神に牧さんと一緒にいる年季を見て、俺たちのため息とざわめきが巻き起こる。

 安心しきった表情で眠る牧さんを独り占めだとうーーー!!
 あの牧さんが神の足の間に小さく丸まって収まってしまっている…!!!

 声もなく騒然となる俺たちの目の前を、これまた周到に用意してあったと見える薄手のハーフケットが翻る。

 大事な大事な牧さんの体を冷やさないようにね。いや、下世話な皆さんの視線から牧さんを守らないといけないし。

 という『暗黒』神の黒い執着が見え隠れして怖い!!

 なんて神と俺たちの間の精神的な暗闘も知らず。牧さんは試合のときの厳しい表情は微塵もなく、いっそあどけないほどの寝顔だ。神に身を凭たせかけて完全に安心しきって、眠り込んでいる!!!

…この異様な雰囲気の中で即刻入眠できる牧さんてば本っ当、大物だよ(滝涙)。

 自分の生唾を飲み込む音がうるさい。俺たちを生殺しにするための神の悪意なのか、毛布で隠し切れなかったたまんない脚に釘付けになる俺らコーコーセーたち。

 なんで神にそうやってお昼寝するように教育されてんの! 問いただしたいことは多々あれど、今はあの背中から腰のライン、撫で回して舐め回したい!!

「…ん…」

 瞬きなどとても惜しくて出来ない。牧さんの寝顔を網膜に焼き付ける。
 これ見よがしに頬をなでていた神の指を煩がって、牧さんが身じろいだ。

 そんな下半身にクる声上げてくれるなんてサービス? それは俺『だけ』に向って真っ向サービス!? 俺が前屈みになった責任取ってください、牧さん!! と思っても仕方ないじゃん、この状況。

 ………もう我慢できねぇ!! 

「牧(さん)…!」

 ガバァ!! と鼻息も荒く牧さんに迫ろうとした頭抜け一位は俺とやっぱり藤真さん。
 牧さんに襲い掛かる勢いで腰を浮かしかけたら。

「静かにしてください。牧さんが起きてしまう」

 しかし不埒な輩から牧さんを鉄壁に守護する暗黒神・神は俺らを牧さんを盾に取ってぴしゃりと言い放つ。

 ぐ…! そう言われると手が出せない…! 牧さんの眠りを妨げるのは本意じゃないからな。

 寝入った牧さんの髪を玩ぶ神は、悔しさにわなわなと震える俺たちを見てふふん、と笑った。
 なんだその優越感たっぷりのやらしい笑いは!!! 

 たった今俺と藤真さんのデスノートに書きたい名前第一位に輝いた神宗一郎の、「ここまで牧さんが気を許すのは俺しかいませんよ」的な態度がまたムカつくんだよコンチクショー…!!!

 そして神の横合いから牧さんを覗き込んて、一緒になってふふんと笑ったノブナガ君。あとで滅殺確定だからね…!(あ、今藤真さんが眼力でノブナガ君を殺した)。


「…ぁ…」
「〜〜〜〜〜!」

 ふっくらした唇が少し開いて、小さく息を吐く。ただそれだけのことなのに、この色香は何だ? 
 眠る牧さんの色香に純情なフクちゃんは早々に倒れ、三井さんは耳まで赤面し、流川は床に突っ伏す一歩手前だ。

 時折枕の高さを合わせるように牧さんが身じろぐと、まるで神の足に懐いて頬を寄せているようにも見える。か…かわいい…。

 こんな愛らしい様子の牧さんを見せられたもんだから、俺を含めて他の連中は一瞬たりとも目を逸らせない。誰が寝てなんぞいられるか! ガン見するだろう、するしかないだろう、男なら!!

 ハアハアハアハアハア…ってお前ら、息荒い。荒すぎる。いや、俺もだけど。

 羨ましい。これは羨ましい…!
 あの帝王を安らがせる立場妄想に、ここに居合わせた連中は魂を奪われた。


++++++++++++++++++


 どれだけ時が経過したのか。いやたいした時間じゃないかもしれない。

「牧さん、時間ですよ」
「う…ん、神…」


 神に起こされて眠たげな舌っ足らずな声で返した牧さんは、まだ眠そうな様子で寝転がったまま目をこしこしと擦っている。子供っぽいその仕種がまた可愛いんですけど!

 その牧さんに業を煮やして、というよりは絶対見せつけ目的だろう。神は牧さんの肩に強引に腕を入れて抱き起こしやがった…!

「おきてください、牧さん」
「ああ…起きてる、神…」

 言いながら神の胸にもたれている牧さんはまだ眠そうで。それでも二三度頭を振ると、牧さんは何事もなかったようにすっくと立ち上がる。

 概して俺らは牧さんの顔がまともに見られない。神と牧さんの艶に耐性のあるの海南勢以外、現実に帰ってくるのが結構大変だった。

 望んで虜になっている俺や藤真さんはともかく、牧さんの色気にうっかりよろめきかけた奴らはショックもでかいはずだ。野郎どもを惑わすこの色気。牧さんの無差別フェロモン、恐るべし…!
 


 俺らがなんとか己を立て直してほどなく。
 戻ってきた監督たちは、一人だけスッキリした顔で精力的に午後の練習を再開する牧さんを見て表情を和らげる。
 選手の鑑、率先して模範となる主将は指導者から見ても大変好ましいもので。

 休憩時間中の出来事を知らない茂一は『やはりパーフェクトだ、牧…!』などと絶賛している。いい気なもんだ。

 そーゆー俺はおねむ牧さんショックでそのあとの整理体操的な基礎訓練で凡ミス連発。
 弛んでるぞ仙道、と茂一にどやされ散々な感じだ。

 茂一にどやされている俺の向こうで、先ほどの萌え連打の牧さんのために魂の抜けた翔陽の藤真監督が使い物にならなくなっていた(花形さんは即刻そんな藤真さんのことを諦めていた。ナイス判断)。

 何とか正気を保っている? 湘北の連中も牧さんにチラチラ視線を流していまいち集中し切れてないし。

 なんかもー、前途多難な合宿風景を見渡して、ホワイト・ブッダなあの方が言う。

「ほっほっほ。青春だねぇ」

 ってどこまでわかっていってるんですか、安西監督。

 それとも選抜部員に牧さんの魅力の恐ろしさを体感してこそ真の合宿とか仰るわけじゃないですよね、安西監督…(大汗)。

「ほっほっほ」

 もちろん安西監督は柔和な笑みを浮かべるだけだ。



 落ち着け仙道彰。
 波乱含みの合宿一日目は、『まだ』昼日程が終わっただけだ。慌てるような時間じゃない。
 
 俺は己に冷静になるよう語りかけた。
 これから牧さんと風呂とか、牧さんと相部屋。さらには牧さんと同衾が待っている…!

『牧さん。ここがイイ…?』
『…仙道…そんな、とこ…。やだ…ぁっ…!』

 俺の腕の中で、感じてきちゃった涙目で見上げてくる牧さんの図<妄想。

 俺の頭の中の20禁妄想を知らず、牧さんは練習試合であまり絡めなかったノブナガ君や高野さんや花形さんたちと一緒にパスワークの練習を始めた。

 先の件があってなんだか動きの硬い連中に『どうしたんだ?』って無邪気に問いかけちゃってる。
 
 …こっちの気も知らないで、連れない牧さん。
 アンタが悪いんだからね。俺、初めてのアンタに手加減できない…!

 こんな風に不穏な決意を固める俺は、虎視眈々と夜の好機を待つのだった。










<終>


帰ってきた? 牧さんと男騒ぎの夏合宿編。
仙道に強敵が現れまくり!?
このままじゃ神牧やん!!と梅園さんに突っ込まれつつ
こたびはここまでです(脱兎)>Luca







激烈かっとんでる仙道シリーズ最新作!! 今回は神牧と思わせるほどのイチャつきぷり…(T_T)
仙牧至上主義の私にはちょっと涙が出そうでしたが、『最後に俺が勝つからおもしれーんだ』と
仙道が牧をゲットするに決まってるさ! なんて、激烈願って続きを楽しみにしておりますっ!!

 


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