an intermezzo,
nostalgic

懐 古 的 間 奏 曲
illustrated by 梅園悠花さま
text written by 織る子 / reproduced on 2005.11.28.




 実の親の葬式にも顔を出さなかった──否、出せなかった男が、
 《 Bar. ROB ROY 》の親爺の米寿を祝うんだと言い出した。

「あれからもう20年も経ってるんだ、誰もオレのことなんてわかりゃしないよ。それにさ、ほら、サングラスも掛けてくし。帽子も被ろうか?」

 いっそ暢気なほどの明るさで仙道は言う。
 20年──・・・
 言葉にするのは簡単だが、その年月の重みたるや、というやつで。
 40もとっくに過ぎたというのにあの頃と変わらない、むしろガキっぽさが増したような仙道の笑顔に、牧は、表社会では勿論のこと裏社会でも口に出来ぬことばかりで埋め尽くされた20年が容易く流れ去って行ったものであったかのように錯覚させられそうになる。──過去だけでなく、常に複雑に絡み合いながら流れてゆく現在(いま)すらも、だ。
 この先第二幕、第三幕がありそうな厄介事の、ひとまずのコトの始末のために行かせた福建省から仙道が戻ったのはつい先週のこと。
 蛇頭絡みは結束からではなく恐怖から口が堅いのが常なのだが、どうやって唄わせたのか、まるで観光旅行でもしてきたような顔で帰国した仙道は必要充分なネタを引き出すことに成功していた。もちろん、唄い終わった男の処理にだって抜かりはない。

「・・・まったく、お前ってヤツは」
 苦笑した牧は、自分の声と表情がすでに仙道の言い分を許容していることを自覚するのだった。





 あの頃と同じように、夜明け前の人通りも絶えた時刻に古びたビルの階段を地下へと降りてゆく。あの頃と違うのは、二人が一緒に階段を下りていることと、今夜は仙道の手に胡蝶蘭の鉢なんていう洒落た物が抱えられていること。
 「10年ひと昔」と言うならふた昔も前のほんの一時期、何を語るでもなく二人が早朝のひとときを共有した場所は、今も牧の日常の一部であり続けていたが、仙道にとっては、郷愁にも似た懐かしさを抱かずにはおれないほど「近くて遠い」場所であり続けてきた。
 それが、《 Bar. ROB ROY 》だ。

 ドアを押し開け20年振りに足を踏み入れた《 Bar. ROB ROY 》は、
 バーカウンターも、スツールも、酒瓶の並んだ棚も、
 おんぼろなジャズさえもあの日のままで。

「・・・変わらないなぁ」
 指先でサングラスを軽く持ち上げ、客の姿のない店内を見渡して仙道が呟いた。
 少し、目の縁を赤くして。
 からかいに指摘してやればきっと、凍てついた夜気のせいだと言うに違いない。
「・・・・・カメラの坊主、か・・・?」
 グラスを磨いていた親爺は老いた目を見開き、口をもごもごとさせながら何度も目をしばたかせて、やがてフンと鼻を鳴らすと「座れ」とばかりに顎をしゃくった。

「米寿なんだって? 祝いったらやっぱ花かなぁって思ってさ」
 ここに置いとくね。
 そう言ってカウンターの隅に鉢を置く仙道のことを親爺は横目にチラと見遣り、おう、と無愛想に返して、
「今日はもう上がって良いぞ!」
店の奥へ一声掛けるとあとは黙々と酒の準備を始める。
「・・どう・・・」
 怪訝そうに顔を覗かせたのは、無口が服を着ているような印象を与えるバーテン姿の若い男だった。牧に気付いて目許をそっと緩め、お久し振りです、と頭を下げると、次いで、この薄暗い店内でもサングラスをしたままの”牧の連れ”にも、興味や詮索の一切浮かばぬ目礼を向ける。
 客商売の愛想良さは持ち合わせていないが、勘の良い男だった。
 親爺と短く言葉を交わし、最後に黙礼一つ残して、帰り支度のため奥へと下がる。
 引きずるほどではないものの、右足の動きが若干ぎこちなかった。
 その背中が見えなくなった方から何となく視線を戻せずにいる牧と仙道の前に、氷の入ったオンザロックス・グラスが2つ、コトリ、コトリと置かれてゆく。
「神が目を掛けていたヤツなんだが・・・な」
 小さな声で牧は言った。そしてふと思う。自分たちには、カタギに戻した若いのを一人、老いを深めた親爺の手伝いにと働かせるようになったことを話す機会もなかったのだな、と。──やはり、共に歩んできた日々は容易くなどなかったのだ。
「・・・そう」
 答える仙道の声も小さかった。
 淡々とした声音だったが、仙道が何を想っているのか、脳裏に何を思い描いているのかが、牧にはわかる気がした。
「そつがねぇくせに不器用な野郎だが・・・・・悪かねぇよ」
 親爺がぼそりと言った。
 牧と仙道が笑みの浮かんだ目を見交わせば、親爺は再び不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 カウンターに運ばれたのは、あの日からずっと棚の片隅で微睡み続けてきたウイスキーのボトル。
「親爺さん」
 仙道が、もう1つ、と言うように右手の人差し指を立てれば、親爺は微かに震えた頑固そうな口許をぐっと引き結んだ。
「・・・ったく、ガキが一丁前によ」
 ──孝行めいたことしやがって。
 最後の方は口の中で呟いて、カウンターにもう1つグラスを並べる。
 そうして親爺はその皺深くなった手で、半ばこの店の一部のように佇んできたボトルの封を切った。

 注がれてゆくのは、時の流れを溶かし込んで一層美しく輝く琥珀の液体。
 深く濃く、そしてどこまでも澄んだ色合いや、囁くように歌うように広がる香りが、今このひとときに何とぴったりと寄り添ってくることか。
 乾杯、などと、誰一人呟きもしなかった。
 ただ静かにグラスを合わせ、冷たいアルコールで喉と胃を熱くするのだった。


 an intermezzo, nostalgic


 しばらくは、言葉も交わさぬまま時を共有する贅沢に心漂わせよう。
 そして、やがて優しく穏やかな酔いが訪れたなら、

 昔ここで拾ったデカイ犬の話でもしようか───・・・。





intermezzo/牧イラストby梅園悠花
< ここより以下の文章も当時の織る子さんが書かれたまま残してあります>

ミドルな歳になった牧さんや仙道ですが、特に仙道、親爺さん(88)から見ればまだまだガキなんです(笑)
「SWORDFISH」の梅園悠花さまから、gangstaのイメージイラストを頂戴しました! か・・・感激!(うるうる) 織る子は梅園さんのイラストがとってもとっても大好きなのですvvv な、なのに今日の今日まで長々とUP出来ずにおり。すみません・・・っ
なお、ラストの牧の心の中での言葉は、梅園さんがご自身のサイトでこのイラストに添えられた牧さんの台詞の一部です。せっかくなのでこちらのSSと繋がりを持たさせていただきましたv
・・・・・はあぁぁぁっ・・・。何度眺めてもウットリと溜息をついてしまいます。牧さんのこの表情。雰囲気。骨格。大きな骨ばった手。しかも場所は織る子の"one of my lovely & hevenly places"なバーですよ、バー! 嗚呼、クラクラ・・・。
梅園さん、素敵なイラストを描いてくださって、プレゼントしてくださって、本当に本当にありがとうございましたvvv

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作者の一条織る子さんへ責任をもって転送します。