グリーンライフ
作者:鉄線さん  挿絵:きづたさん&梅園



長い間付き合っていても、知らないことはたくさんある。
一緒に暮らすようになって数か月、強く実感する。
たとえばふとした拍子に見せる癖、知らない表情。
何度も泊まったこともあるのに、その時は気づかなかった。
一つ一つが新鮮で、これが二人で暮らすということかと感動した。
だがもちろん問題もある訳で、その一つがこれだ。



皿の端にせっせとピーマンを除ける仙道を見て、牧は顔をしかめた。
「仙道、何をやってるのかな?」
「ピーマンを追放中」
「好き嫌いするな。ちゃんと食べろ」
そう言うと、仙道は拗ねたように頬を膨らませた。
「だって、こんなの人間の食べ物じゃないよ。
 苦味を旨味と感じるなんて、日本人ぐらいだよ。世界規模で見てもまずいんだ」
「お前だって日本人だろうが」
「じゃあ俺、日本人辞める。外国籍取る」
「子供かお前は…」
「少年の心を忘れないピュアな大人って言って」
図々しい。体は大人、頭脳は子供の間違いだろ。
逆コナン君なんて、性質悪すぎだ。
「仙道…全部食べないと、もう何も作ってやらないぞ」
「えぇ」
「それか、食べるまでずっと同じものを作る」
ここで、いいよ、勝手に好きなもの買うからと、言わないのが仙道だ。
俺もそれほど料理が得意なわけではないが、仙道は致命的だ。
本人もそれは自覚していたらしく、インスタントと外食に頼っていた。
そのせいか、初めて俺の手料理を食わせた時、ひどく喜んだのを覚えている。
手料理と言っても、チャーハンと野菜炒めという手抜きメニューだったのだが、
美味しい美味しいと言われると、やっぱり嬉しい。
もっと喜ぶ顔が見たくて、せっせとレパートリーを増やした。
すっかり餌付けされた仙道は、どんなに忙しくても晩飯は絶対家で食べると宣言した。
その宣言は未だ破られていない。
しばらく皿の上とにらめっこを続けていた仙道だが、溜息を一つ吐いてからピーマンに箸をつけた。
「うわぁ、やっぱりまずぅ」
「そのまずさが栄養だ」
「栄養なくていいから、美味しい方がいいな」
なんとか完食した仙道だが、途中で口直しと称して
一口食べるたびにキスを求められ、しまいには唇が腫れた。




牧は眉間に皺を寄せて、頬杖をついた。
今回はどうにかなったものの、次回も同じ手が使えるとは限らない。
口直しのキスが、どんどんランクアップしても困るしな。
仙道の偏食を直すのに、何か良い方法はないものか。
子供の好き嫌いと同じで、ピーマンとかセロリとか癖の強いものが苦手なんだよな。
細かく刻んだり、すり潰して入れると食べるけど、それじゃあ根本的な解決にならないし。
子供でもいたら、手本となる親が好き嫌いするなと言えるけど、男同士では不可能だし。
いくら考えても、碌なアイデアが出てこない。
気分転換に点けたテレビをぼんやり見ていると、あるニュースで目が止まった。
「あっ、これだ」
思わず立ち上がってしまった。
思い立ったら即実行。その日の内にホームセンターへ向かい、準備を整えた。




「ただいま」
「おかえり、今日はビーフシチューだぞ」
「わ〜い、牧さんの作るビーフシチュー久しぶりだね」
「今日休みだったからな」
難しい料理ではないし、短時間でも作れないことはない。
それでも、何時間も時間をかけて煮込んだ味は格別だ。
だから我が家では特別な時か、時間のある時のみの御馳走だ。
「おいしい」
「そうか。食べ終わったら話があるんだ」
そう言った途端、仙道はいきなりむせ返った。
「どうした?急いで食べなくていいんだぞ」
「いや、違くて…」
「何が違うんだ」
「牧さんが話があるとか言うから」
「うん、食べ終わったらな」
「恐ろしい話を切り出されるのかと…」
「恐ろしい話って」
「離婚とか」
「はあ?」
こいつの脳内はどうなってるんだ。
「だって朝起きたら牧さんが隣にいて、帰ったら牧さんの作った御飯を食べて、
 夜は一緒に寝るんだよ。それが毎日続くんだもん」
「それは、俺との暮らしに飽きたってことか」
そう聞くと、仙道はとんでもないと首を振った。
「全然違うよ。逆。幸せすぎて信じられないの」
「幸せすぎて怖いってやつか」
「うん、だから牧さんが意味深なこと言うから」
意味深か?心の中で首を傾げたが、仙道が半泣きなので言うのは止めた。
「こんな手のかかる奴置いて、どこに行こうって言うんだ。
 いくら顔が良くても、ずっと付き合えるのは俺ぐらいだろ」
「本当に俺のこと見捨てない?」
「見捨てない。死に水まで取ってやる」
しばらく頭を撫でてやると、やっと落ち着いた。
「たいした話じゃないから、ゆっくり食べろ」
「うん」
仙道が食べ終わるまで、牧はその様子を愛おしそうに見ていた。




「ごちそうさま」
「どういたしまして」
食器を片付けようとする仙道を後でいいからと制して、ベランダに連れ出した。
「話っていうのはこれだ」
そう言って差し出された物に、仙道は目を丸くした。

「ガーデニングでもするの?」
プランターと園芸用土、そして数個の苗。
これだけ見れば、牧が何をするつもりか分かるだろう。
「小さくて可愛い」
そう言うと、掌に苗を載せた。
「ガーデニングというか、家庭菜園だな」
「家庭菜園?」
「そうだ。お前の持ってるのがピーマン。あっちがトマトときゅうり。
 今日から育てて、夏頃には美味しい野菜を収穫する」
「えっ、ピーマン?」
それを聞いた途端に苗を落とす仙道。
あまりに分かりやすい反応に、苦笑いが漏れる。
「どうせ作るならメロンがいいな」
「プランターでは無理だろ」
「じゃあ苺」
「仙道……」
牧は軽く溜息をついた後、一気に捲くし立てた。
「日本の食糧自給率が非常に低いこと知ってるか。輸入がストップになったら、
 三食きちんとたべられることも難しいんだぞ。それに安い輸入食品も農薬問題等が(以下略)」
まあ、すべてテレビの受け売りなんだが…
「という訳だ。分かったか」
「うん、ロハスっていうことだね」
「そういうことだ」
ロハスって何だと思ったが、あれだけ力説しておいて知らないのと言われると
癪に障るので、知っているふりを装い頷いた。
「自分で作った野菜の味は最高だぞ。何も付けないでも美味しい」
「トトロのきゅうりみたいに?」
「そう。お前隣のトトロ好きだろ」
「うん、あんなきゅうりなら食べてみたいな」
「きゅうりだけじゃなくて、ピーマンも食べろよ」
「うう…善処します」
「よし、いい子だ」
牧はもう一度、仙道の頭を撫でた。



ベランダに植えた苗はすくすくと成長した。
最初はあまり乗り気でなかった仙道も、毎日の水やりを楽しそうにやってる。
途中でアブラムシが発生し、仙道が大騒ぎしたこともあったが、
ネットで検索した対策法により、大事には至らなかった。
そして月日は経ち、収穫の季節を迎えようとしていた。



「これが俺の育てたピーマンか」
仙道は蕩けそうな顔で、もぎたてのピーマンに頬擦りした。
「お日さまの匂いがする」
「自分で育てた野菜はどうだ?」
「形は悪いけど、すごく可愛い」
「それが無農薬の良さだ。形は悪くても味は格別だぞ。
 今日の夕飯はラタトゥイユとトマトパスタにしよう」
「うん…」
そう言うと、なぜか仙道は俯いた。
「どうかしたのか」
「ねえ牧さん、この野菜どうしても食べなきゃだめかな」
「お前この期に及んで、まだ往生際の悪いことを言ってるのか」
呆れ顔の牧に、仙道は慌てて首を振った。
「違うよ。好き嫌いでこんなこと言ってるんじゃない」
「じゃあ、何なんだよ」
「ここまで育てたのは俺と牧さんだよね。言わばこのトマトは、二人の愛の結晶。
 子供みたいなものでしょ。それを食べるなんて、俺にはできないよ」
「育ててる内に情が移ったのか…それならしょうがないな」
「えっ、いいの?」
「なんて言うわけないだろ。罰あたりが」
牧は仙道の頭を軽く小突いた。
「このまま収穫せずに腐らせた方が、よっぽどかわいそうだ。
 それこそ何のために作られたのか分からないだろ」
「……」
「吸収されてお前の血肉になった方が、野菜も本望だろ。
 ここまで育てたのはお前と俺なんだから、最後まで責任取らないとな」
「うん…」
こくりと頷いた仙道を見て、子供の教育ってこんな感じかなと思った。




美味しい、でも少し複雑と言いながら、仙道は結局二回お代りした。
「いつも少食なくせに珍しいな。明日は雨か」
「だって美味しかったんだもん。太陽の恵みだね」
そう言って照れたように笑った。
とりあえず好き嫌い克服は、成功か。
「牧さん、次はお米とか作ろうよ」
食べるまでぐずぐず言ってたのに、終わればこれだ。
現金な奴め。
「いくらなんでもベランダで米は無理だろ」
「郊外に土地借りればいいよ。最近流行ってるんだって。
 休日になると行って、野菜とか米作るの。きっと美味しいよ」

「へぇ」
「いっそ田舎に引っ越すっていうのもありだね。土地も安いだろうし、
 夢のマイホームも夢じゃない。川で魚釣って、野菜や米作って、ダッシュ村みたいに暮らすの」
仙道の妄想は留まる所を知らない。
「この年で隠居は早いだろ。お互い仕事もあるんだし無理言うな」
「分かってるよ。でも妄想は無料でしょ。今は無理でもいつか叶うといいな」
確かにのんびり屋なこいつに、田舎暮らしは向いてるかもな。
実際に行ったら、農業さぼって一日中釣りしてそうだが。
「犬飼ったり、たくさん向日葵植えて、向日葵畑作るのもいいよね」
「はいはい、そうだな」
「もう牧さんたら、俺真剣なんだよ」
気のない返事をしながらも、牧の脳裏には向日葵をバックに立つ仙道の
イメージが浮かんでいた。
まだずっと先だけど、そんな未来も悪くない。
そのためには、まずマイホーム資金からだな。
「仙道、明日からペットボトルじゃなくて、水筒を持参しよう」
「ええ?」
まずは小さなことからこつこつと。エコにもなるし一石二鳥。
頭の中で電卓を叩きながら、牧はにんまりとした。





end



某年7月に、鉄線さん・きづたさん・梅園の三人で絵チャを行いました。
鉄線さんが「ロハスな二人で」とお題をあげられ、きづたさんと梅園で農作業中の二人を描きました。
絵を書いてる間に鉄線さんが小説を考えて下さり、こうして立派な三人合作が出来上がったのでした♪
絵は私の絵チャ機能不得手のせいで、きづたさんの仙道とかなり色味が異なってしまったため、
フォトショでなるべく同じ感じにしてみました。原画を見たい方はきづたさんのサイトでどうぞv
普通に絵チャだけで楽しかったですが、ステキな小説が加わると本当に豪華! 嬉しい〜v
鉄線さん、きづたさん。楽しい時間をありがとうございました〜vv
※このページの背景写真はBLS様の写真を加工して利用させてもらっております。

 


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