あの子ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう
作者:Lucaさん



あの時あんたが不用意に「好きだ」なんて言うから。
そしてすぐに「忘れてくれ」なんて今にも泣き出しそうな顔をするから。

思わず掴んだ俺の腕を振り払って逃げ出そうとするのを、強く腕を掴んで引き寄せた。




『あの子ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう』





なんでこんなことになったんだろうか。俺の正直な感想はこうだった。

街でたまたま一人の牧さんを見つけて、俺が誘って。
夕飯を安くて旨い中華屋で食べたあと、なんか別れがたくなっちゃって一緒にきちゃった堤防沿い。

ふいに話が途切れたとき、牧さんが「好きだ」って一言零した。
微かな言葉だったけど、それは波音に紛れようもなく。

「今…なんて…?」
糺す俺にはっとして、口を覆う牧さんの腕を反射的に掴む。

それでもまだ「離してくれ」ってうわごとのように繰り返すあんた。
両肩を掴まえて俺に向き直させようとしても、苦しげな表情で俺と視線を合わせようとしない。
いつも見返してくる強い瞳しか知らなかったのに。こんな脆い様子のあんたを初めて見たから俺も随分驚いた。

胸が張り裂けるっていうのは、きっと今の牧さんのことを言うのだろう。その泣きそうに歪んだ顔。
そして確信した。俺に拒まれる痛みに耐え切れないほど、この人は本当に俺のこと好きなんだなぁ、と。

そう牧さんを思いやると少し可哀想になったけれど、さて、どうしたものか。
妙に冷静な頭で指先から伝わる彼の熱の、扱いをどうしようか。なんて考える余裕が俺にはある。

ここで俺も牧さんを好きならなんら問題なくハッピーエンドなのだが、あいにく俺はそんな思いを持ち合わせていなかった。
人として牧さんのことは好きだが、それ以上のことが思いつかない。

困惑するばかりの俺を聡く感じ取った牧さんは、すまない。おかしなことを言った。忘れてくれ。とそればかり弱々しく繰り返す。
云うつもりのなかった気持ちを口走ってしまった後悔が、思い詰めた横顔を朱に染めていた。
だけどそんな風に常ではない様子の、言ってしまえば消え入りそうなほど儚い様子の牧さんを見ていて、俺はここで牧さんと『切れる』のはなんだか惜しい気がした。

上気した頬もやるせなく視線を外すのも、そんな仕草がものすごく色っぽかったから、すっかり目を奪われた。
つまりはヤりたくなったのだ、あのときの俺は。

「ごめん、牧さん。俺はあんたと同じ意味であんたを好きじゃない」

俺の残酷な言葉に、牧さんはびくりと身を震わせた。
だけどもっとずるい言葉を俺は続ける。

「でもあんたの体には興味がある」
何を言っているのか理解できない。というように、目を見張った牧さんが俺を見る。

「ねぇ、俺に抱かれてみない?」
腕を掴んだ右手はそのままに、左手で腰を抱き寄せた俺はそうぬけぬけと言ってのけた。

男は抱いたことがないけれど、そこは何とかなるだろう。
気持ちの良くなるやり方なんていくらでもあるからね、体に限っては。

てな感じであんたと同じ気持ちにはなれないけど、セックスはさせろってどれだけ馬鹿にした話だろう。

抱き寄せられた牧さんはただ呆然と俺を見ていた。
薄く笑った俺の表情から、俺の意図を必死に読み取ろうとしていたとも思う。

本当なら牧さんはここで俺を殴ってでもこの話に乗るべきじゃなかった。
言ってしまってから、こりゃ何発殴られても仕方ないなー、と俺は覚悟を決めたのに一向にそんな気配がしない。俺は牧さんを訝りながら待った。

波音だけが静かに響く。
「………」
この間、結構あったと思う。長い長い沈黙の後、牧さんが小さく頷いた。

「え…?」
まさか言葉を失った牧さんが頷くとは思わなかったから、俺のほうが一瞬唖然とした。
そして彼の目を覗き込んで納得した。

悲しいかな、牧さんは俺の尊大な申し出を受け入れてしまうほどに俺のことが好きなのだ。

可哀想だね、俺なんか好きになったばっかりにこんな目に遭うなんて。
牧さんに僅かばかりの哀れみを感じたが、それは最初だけだ。

「ありがと、牧さん」

これでしばらく性欲処理に苦労しないな。なんて自分の都合はおくびにも出さずに微笑んでみる。
牧さんといえばこんなときどういう表情を返していいのかわからないらしく、戸惑った瞳のまま俺を見つめている。
それがまた可愛らしくて俺の笑みも深くなった。

「ねぇ、キスしていい?」
こんな情緒もへったくれもない場所で。早速とばかりに軽く口付けた唇は、これから起こることを思ってか可哀想なほど震えていたのを覚えている。


*****************


そんな風になし崩しに始めた関係は存外にうまくいった。
俺の急な呼び出しにも何とか都合をつけて応じてくれるし、彼の口は堅いからこの秘密の関係は漏れずに済んでいた。

初めて抱いたときにはどうなることかと思ったが、頑なな体を何度も押し開いて根気良く俺の好みを覚えさせた。
間を置かずに抱いては丹念に慣らすのを繰り返し、当然のように俺は彼の内も外も貪る。
牧さんの甘い吐息も、熱い内部も全て思うままに。

「もっと足を開いて、奥までよく見せてよ」

俺のしつこい愛撫に乱されていた牧さんが虚を突かれてたじろぐ。
けれど俺に甘い牧さんを知っているから、あとは薄く笑いかけて待つだけだ。

ほら、咎める目はほんの一瞬。すぐに諦めの色を浮かべると、身を焼く羞恥に眉根を寄せ赤い顔を背けた牧さんは、硬く閉じていた膝裏に手を掛けゆるゆると大きく開いてみせた。

あの牧さんを好きにしている。
全てを眼前にさらけ出し、俺が伸し掛かるのをきつく目を閉じて待っているなんて、これは大いに男の自尊心と征服欲を満たした。
濡れた指を後口に入れてかき回す。そして追い詰めれば掠れた声で、切ない目をして俺を見る彼に心が満たされる。

素早く解したそこに俺をあてがい、彼の目を見つめたまま一気に押し入る。
「ひっ…! あ…ああっ…!!」

後がない彼の悲鳴を聞きながら、まだここで終わらせる気のない俺は別のことを考えていた。
うねる中の彼のいいところを突くと、声を上げて牧さんは汗に塗れた身体を仰け反らせた。その素直な様に薄く笑う。

最初のうちは牧さんが俺に愛想をつかす前に色々やっちまおうと、かなりがっついたことしたからなあ。
外見を裏切る初心な反応にすっかりそそられちゃって、気を失わせるまでやったことも何度かでは済まないほどだ。

投げ出された腕を拾って俺の首に回させる。
こんなときまで律義というか、生真面目というか。俺に促されるまで縋ってくれないんだよね、この人。
どうやら俺に許されたと思えるまでしがみつけないらしい。どれだけ不器用な人か、って思う。

晒された喉に噛み付いて、もっと奥に突き入れる。
熱い中の肉が収縮して、俺に絡みつくのが気持ちいい。

「あ…あぁ…! せん、どう…っ…!」

俺を呼ぶ声に気を良くして艶めく奥を穿つ。
彼がいくのに合わせ、強請る中にたっぷりと俺のを注ぎ込んだ。


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でもそんな、俺に散々挑まれたあとでも牧さんは絶対泊っていかないんだよね。
さっきあんなに熱を交わしたばかりなのに、牧さんたら「帰る」って一言、そっけなく言って立ち上がろうとしてよろける。
支えようと腰を抱いたら俺の肩に触れた指がぎくりと動きを止めた。
離しがたく思ってる俺が何度泊ってよって言っても、牧さんは帰ると言って聞き入れない。

緩慢に脱ぎ散らかされた着衣を拾って着ていく牧さんの背を見ながら思う。
正直、歩くのも辛いはずだ。
何よりもこんな、情事のあとが色濃く残った、さらに色っぽいあんたを他人の目に晒したくないっていうのに。

仕方なく戸口に立った俺のおざなりの『気をつけて』の挨拶に、「ああ」とそっけなく答えると、牧さんは俺の目も見ずに独り帰るんだ。

そんな風に牧さんを見送った後、手持ち無沙汰な俺は牧さんのことをぼんやりと思うことが増えた。

牧さんについて俺が知っていること。
バスケのセンス。夜に会うときの艶かしい表情と身体。
余計なことは言わない真面目な性格。憂い顔でこの部屋を訪なうこと。

それ以外は…参ったな、全然知らないよ。
俺は焦れた思いにぐしゃぐしゃと髪を掻き回した。

ただ、笑った顔はもう随分見ていないような気がする。
牧さんは俺とこうなる前は、俺の前で普通に笑ってたと思うんだけど。

可哀想な人。何で俺なんか好きになっちゃったんだろうね、牧さん。
一人の部屋で、そう他人事のように呟く。

いつもなら適当に遊んだところで、俺が不実だとか冷たいとか相手が勝手に癇癪起こしてひと悶着が起きてさ。
その頃にはすっかり面倒になったのと飽きたのとで俺はあっさり相手を放り出していた。
元からそう欲しいものでもなかったから、紙屑みたいに何の思い入れもなく。

だけど牧さんは俺に何もねだらない。不実だと責めることもしない。
でも俺が望めば自分の持てるもの全てを差し出してくれる。
綺麗な、俺には勿体無いような気持ちも、何もかもだ。

こんな人もいるのかと、俺は困惑した。
だから俺は調子が狂う。そしてこんな風に牧さんのことを考えることが増えたのは確かだ。


*******************


そんなこんなで互いに忙しくなって、二週ばかり牧さんと会うのが空いた。
今日は教員の職員研修とやらで、学校も部活も午後休になった。

それならそれで適当に街に寄って帰るかと、三々五々連れ立って結局落ち着いたのはいつものハンバーガー屋の二階席。

「お、あれ海南じゃん」
よくつるむ二年の三人でだらだらだべっていた席から、目ざとい越野が声を上げた。
眼下には一際背の高い集団が牧さんを囲むようにして通りかかるところだった。
「…県下の高校全部午後休だからな」と、冷静に分析したのはフクちゃんだ。
「牧と神と清田と、…武藤に宮益だっけ?」
越野はここから聞こえないのをいいことに呼び捨てで海南のメンバーを上げていった。
「あのモアイみたいなのは…誰だっけ?」
「高砂サン」
越野の失礼な物言いを、フクちゃんは淡々と引き取る。

ぴょこぴょこと牧さんの周りを跳ね回るノブナガ君。牧さんと一緒に帰れるのが嬉しくて仕方ないらしい。
その隣で牧さんは宮益さんと話しこんでいた。

「ふーん、海南て上下仲いいよなー」
うちも仲悪いわけじゃないけどさ、あそこまで先輩と近くないっつーか。
「うん、そうだね」
俺もそう思ったので越野に同意する。

向かいのアイス屋に入った彼らは、それぞれアイスや飲み物を手にしてでてきた。
すかさずノブナガ君や武藤さんにアイス責めにされて、神と宮益さんに困った顔で助けを求める牧さんは凄くリラックスしていて普段より幼く見えた。

この様子を見て、俺の胸がずくりと痛む。
何だ、この気分は?

俺が自分の不可解な気持ちに戸惑っていると、ストローから口を外したフクちゃんがぽそりと言った。
「牧サンが奴らを内に入れるからだろ」
「あー、確かに。遊ばれちゃってるわ、あれは。普段は結構抜けてるのか、牧は」

アイス責めに合い、飲み物は勝手に飲まれ。いいように振り回されている牧さんを神がやんわりと救い出したのがここからでも見て取れた。

『すまんな』と礼を言ったらしい牧さんに、神が『いいですよ』というように微笑んだ。
それにつられて牧さんも笑い返す。ただそれだけのシーン。

「へぇ…牧でもあんな顔するんだな」
歩き去っていった海南の連中の後姿を、越野は毒気を抜かれて見つめ、フクちゃんは無言で頷いた。
見たことのない牧さんの柔らかな笑顔に俺は黙りこくる。

気に入らない。
俺のいないところであんな顔をする牧さんも。牧さんに微笑まれる神もだ。


***********


あのあとフクちゃんと越野と別れた俺は、夕闇が迫る中を憮然とした思いを抱えて帰った。
鍵を開け、音を立てて自宅の玄関ドアを閉める。脱いだ靴を転がしたまま、バッグを床に放り投げた。そのままガクランを脱ぎ捨て部屋着に着替え、ウーロン茶を引っ掴みプルタブを空けると一気に飲み干した。

「ふー…」
どことなく俺の所作が荒いのは、さっき見た牧さんと海南の連中のせいだ。
ふいに今、いらつくままに彼を呼び出してすぐに無理を強いたくなった。
泣き叫ぶのを押さえつけて俺のものだと、全て俺のものだと誓わせたくなる。

今、俺は何て…?
ここまで、血の上った頭で俺は何を考えた?

自室で一息入れて、少し冷静さを取り戻した頭で考えてみる。
他人を、牧さんをこんなにも欲しいと思う気持ちを俺は今はっきりと自覚した。

「参ったな」

一度は拒絶したけど、ここに来て俺は牧さんの心も欲しくなった。
無邪気に笑う顔も。俺を真っ直ぐに見返す視線も、何もかも欲しい。
そう強烈に思った。思い知らされた。

「鈍いなー、俺…」

気づくのが遅れたけど、気を惹かれなきゃ誰が男の彼を抱きたいなんて思うかっていうんだ。
自分の馬鹿さ加減に笑いが込み上げる。空になった缶を握り締めたまま、俺はひとしきり自分を哂った。

それから改めて牧さんのことを思い返す。
もらうばかりの俺が牧さんから奪ったものは、きっと無防備に笑う顔だろう。
すぐ思い出すのは俺の部屋に来たときの、思いつめたような、苦しそうな顔。

奪って、翻弄して、泣かせて、好き放題してきちゃったなあ。今更反省しても遅いけど。
いたたまれなさにうろうろと部屋を歩き回るが、やはり開き直ることにした。

そうしたかったからそうしたんだけど、しかし順序を間違えた。
抱くだけ抱いて散々泣かせたあとにあんたが好きになりました、やっぱり付き合ってください。なんて虫が良すぎるよなあ。

虫が良すぎるけど、でも本当に牧さんを手に入れたいんだ。
散々辛い思いをさせたけど、これだけは本当だから。

牧さんがなかなか俺を信じてくれなくても、俺は言葉と心を尽くして掻き口説こう。
例え泣かれても、拒絶されても、牧さんが受け入れてくれるまで愛してると何度でも言おう。
牧さんが俺にくれた分、いやそれ以上の心を返したい。
それから二人で暖かい気持ちを分かち合いたいんだ。そのほうがきっと楽しい。

それはもうセンターラインを一歩踏み出したような遠いところから3P打つみたいなどんなに困難で可能性の低いことだとしても、俺はやってやるよ。

始まりを間違えたから、はやいとこ直さないと。
まだ、間に合うかな。牧さんはまだ俺を好きでいてくれる?

だって牧さんが好きだから。好きだって気付いたから。
詰られても、泣かれてもいい。今まで牧さんにしたことの報いは甘んじて受けるから。

牧さんがこの手を取って笑ってくれるまで、俺は何度でも諦めないで好きだって言うよ。

そこまで考えて、いつになく浮き立つ気持ちでケータイを手にする。そして牧さんに宛ててコールする。

憂う彼を呼び出して、それから……。

自然笑みが深くなる。




ほら。あの子ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう?





END








もう牧が可哀相で可哀相で……もしアンハッピーエンドで終わったら梅園死んでました(苦笑)
でも報われると分かって嬉しさ倍増万歳三唱!!(現金☆) クールな小説をありがとうございましたv

 


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