Fandango!!
作者:Lucaさん



 えーっと、アリーナの入り口はどこだよ!
 インハイ会場のアリーナへ向けて。人でざわめくエントランスをさっきから全力疾走している俺は陵南高校1年の仙道彰だ。陵南バスケ部のエースで、ツンツン頭がトレードマークの自他とも認める色男だ。以後よろしく♪
 てなわけで俺は今福井のインターハイ会場に来ている。陵南自体は神奈川のインハイ予選で惜敗したから出場してないんだけどさ。
そんな俺がなんでそんなとこにって? ふ。それは今俺が盛大に恋してるからさ。凧の切れた糸? いや糸の切れた凧のような、腰の落ち着かないこの俺を真実の愛に目覚めさせた人の名を牧紳一さんという。うん、相手は歴とした男の人だよ〜。
 ああ、牧さん…。名前を呼ぶだけでもたらされるこの甘美な気持ち…!
 こんな俺が夢中な牧さんは俺の1コ上の海南大附属高校の2年生。またの名を『神奈川の帝王』と呼ばれている高校バスケ界のホープの呼び声も高い。彼は今回のインハイ神奈川予選において、16年連続出場の原動力となった海南のポイントガードで2年生エースだ。
 その牧さんっていう人は。
 艶かしい褐色の肌。どこか蠱惑的なまなざし。
 もの問いたげな、魅惑的な唇。
 整った面差しに甘さを添える左の目元の泣き黒子。
 …というようにもうなんというか信じられないくらいの、とびっきりの美人なんだ。本当に俺の一つ上の高校生なんて信じられない、もうありえないほどの麗人っぷり! 一度あの人を見たら、目を、心を奪われるから。とにかく浮世離れした美人なんだよ!
 牧さんが微笑むと、世界は薔薇色に変わる。
 ああ、俺の美神…! マイスイート牧さん! (がばっ!と押し倒し暗転)。

 …って。いっけね〜、うっかり妄想から帰って来れなくなる所だった。ロビーを行きかう人々は、鼻息荒いわ目はイっちゃってるわの俺を気味悪げに遠巻きにしている。
 いかん、またやっちゃったよ。すいませんねー。とへらり笑いで誰ということもなく謝ってみるが、全く悪気のない俺は全然気にしちゃいない。
 とまあ、思い浮かべるだけでこれだもんよ。牧さんがどんなに魅力的かわかるってもんでしょ?
 でもね、そんな牧さんにも困ったところがあってねぇ…。触れなば落ちぬ。って感じに美味しそうな体で男を誘うくせに、あの人すっごく鈍いんだ…。
 だから周囲の人間を引きつらせる、俺の情熱的なアプローチにも。そりゃもー、ありえねー!! って叫びだしたいほど、大ボケをかましてかわしてくれるし。いったいいつになったら俺の熱い思いを受け止めてくれるんだか。…思い出したらちょっと泣けてきたな…。
 あーあ、俺の牧さんてばどうしてあんなに鈍いんだろう? 実際牧さんの印象はコートの内と外ではまるっきり違う。そりゃもう二重人格か? って疑いたくなるくらいに。
 牧さんはひとたびコートに立ったら帝王モードっていうか苛烈なプレイも辞さないくせに、普段はとてつもなく穏やかで優しいんだ。全国区で注目されているプレイヤーなのに少しも奢らず、海南の新入部員や、他校生の俺にも分け隔てなく接してくれる。それはとってもいいことなんだけど、けどー(エコー)。
 うん。どうも、牧さんは人の好意と下心の区別がつかないらしく。何をどうして許してくれちゃうのか、牧さんを狙う野郎どもの行き過ぎた接触を全部善意に解釈しちゃうんだよ…。組み敷かれて体撫で回されても、まるで犬かなんかにじゃれつかれてるみたいにくすぐったそうに笑っていなすんだ…!
 試合でも、そうじゃなくても。今まで散々不埒な輩(俺もか?)に抱きつかれたり押し倒されたりしてるっていうのに!
 きっと周囲に愛されて育ってきたのと、牧さんの元からの性格からなんだろうなー。人を疑うことを知らない、いや、そんなこと思いもよらないみたいで。だから牧さんは自分に不埒なことを働く輩がいるなんて理解できないらしい。ああもう牧さんたら! なんでこんなに危険なくらい清らかなんだよ!!! そんな危なっかしいあんたを見せられる俺の身にもなってよ!!
 あー…。言っても仕方のないことだが試合でも、学内でも、プライベートでも。牧さんはいつでもどこでも無差別フェロモンを惜しみなく振りまいてしまう。あの屈託のない笑顔と共に。
 で、男どもを無意識に悩殺しちゃうもんだから、牧さんの後には彼の色気にやられた野郎どもの屍累々。しかも本人は全くの無自覚ときたもんだ。
 そーゆーワケだから神奈川でバスケやってる奴らは誰もが牧さんを狙ってる。皆が皆あの笑顔を独り占めしたくてうずうずしてる。そんな狼だらけの中に牧さんを一人で置いておくなんて危なくて、危なくて。はやいとこ牧さんを俺のものにしなけりゃ夜も眠れない!
 と、常日頃健気に頑張る俺は、彼をどうやって手に入れようかと画策中だ。俺の手練手管で無垢な牧さんを手繰り寄せる過程の、想像するだけで楽しいことといったらない。例えいつもとんでもなく鈍感な牧さんへのアプローチが通じなくてへこまされても。最後に俺があんたを手に入れるから楽しいんだよ!
 てなわけで恋する俺は『一日も早く牧さんを俺のものにする大作戦!』の一環で、インターハイ見に来ちゃってるってわけ♪
 学校は当然サボリ。部活もさっくりサボリv 監督も越野も怒り狂ってるだろうけど、それもこれも牧さんの数々の媚態…いや雄姿を目に焼き付けるためだ。牧さんへの愛に生きる俺には何にも代え難いのさ。だから許せ!
 と、あんまり悪いと思っていない詫びを胸の内でしながら、鼻歌まじりに会場の県立体育館に到着したのがついさっき。
 ここへきてやっとアリーナへ続く入り口を見つけた俺は立ち止まり、中を見渡した。いつぞやの国体の時にできたとかいう、周囲に大きな公園が併設された結構なサイズのこの体育館の客席は2階からになってる。フロア3面のコートでインターハイのトーナメントが行われるって寸法で。
 当然最前列の、海南サイドが良く見える席を素早く押さえて彼が現れるのを今か今かと待った。インハイだというのに結構な人の入りなのは海南が優勝候補の人気チームだからってのもあるだろうけど、大半は俺みたいに牧さん目当てだ。
 春先に雑誌の『週間バスケットボール』のグラビアに牧さんが載って以来、一挙に野郎ファンが増えたからな。その号を二冊買っといてなんだが余計なことするなよ、週バス編集部め…! 牧さんにつく虫がまた増えるじゃねーか。
 と、海南の連中に言わせれば一番の『虫』の俺が一人で毒づいているうちに、
「来たぞ、海南だ」
 黒のジャージの一団、つまり海南勢が姿を現した。ああ、牧さん…! あの人の姿を求めて期待のざわめきが漣のように広がり、俺の胸も高鳴る。
 海南生百人からなる、まさに帝王行列。その中心に牧さんは守られるようにして囲まれ入場してくる。
「海南の牧だ」
「神奈川の?」
「あれが牧か…!」
 まさに輝くばかりの美しさ…! 牧さんの目も醒めるような美人ぶりに客席が大きくどよめいた。そうだろ、そうだろ? あの人を見れば感嘆を禁じえないだろ? 俺ははっはっは。うんうんうん。とひとり悦に入りながら頷く。
 つやつやと光を弾く栗色の髪も。滑らかな小麦色の肌も。
 きっとキスしたら気持ちいい、ふっくらとした唇も。
 神奈川の予選で男どもの視線に磨かれたせいかな。ちょっと見ないうちに牧さんはますますキレイになってて、俺は感動に打ち震える。だってそうだろ? あの綺麗な瞳で見つめられたら虜になるしかない。
 俺を含めて観客が前傾姿勢で食い入るように牧さんを見つめるなか、海南勢は淡々とウォーミングアップを始めた。その中でも牧さんは帝王の風格というか、格別なオーラを漂わせていた。彼は特に変わったことはしていない。なのに、俺を含めた観客は何気ない動作に目を奪われる。
 こんな試合前から見惚れてたら、試合中のあの人を見たらどうなるかってことだよ。ああ早く、試合をしているあんたが見たい…!
 じりじりと俺がボールの感触を確かめている彼を目で追っていると、試合開始五分前…! のコールがきて両チームの選手たちがベンチへ引き上げてきた。いよいよ試合が始まる。
 だが試合が始まっても海南は牧さんをコートに投入しなかった。どうやら相手チームとの実力差を理由に前半待機を命じられたらしい牧さんは、監督の隣で静かに試合の行方を見守っている。
 まだ試合で見せる熱さを微塵も感じさせない牧さんは一人目を閉じて静けさをまとっていた。憂えた彫像のような彼には試合の熱気すら届いていないようにみえて、そんな端正な彼の様子に俺は目を奪われ続ける。
 そして後半が始まり相手チームに20点差をつけたところで高頭監督がようやく牧さんを試合に投入した。満を持して、か? 焦らすなよ、監督。と牧さん待ちの俺は悪態のひとつもつきたくなるさ。
「おおっ…!」
 監督の指示を受けて、ジャージを脱いだ牧さんに会場全体は釘付けになる。今日の海南のユニフォームは白じゃなく明るい紫の方で。その色は牧さんの肌によく映えて彼の妖艶さを際立たせた。
 ユニフォームからのぞく鎖骨と胸もとも目映く、きゅっと上がった形の良い尻と完璧な脚線美まで。神の恩寵を一身に集めたとしか思えない肢体を牧さんは惜しげもなく披露してくれる。
 待ちかねた観客の声援に押されて彼がコートに入ると、目に見えて相手チームの動きが固くなった。傍目から見ても牧さんに見蕩れて反応が遅れているのがわかる。
 そりゃそうだろ。誰もが納得の、今大会一の美人と当たってるんだから。自分にも覚えがある相手チーム選手の反応に、俺は苦笑した。
 事前にいくら話で聞いていても、映像で知っていても。本物を目の当たりにして、試合をしてみたら別! あのエモーショナルなプレイとテクニック。さらに魅惑的なボディと反則フェロモンに掻き乱されない奴はいないよ…! と、俺はちょっとだけ相手チームに同情する。
 動きの固い相手チームを尻目に、牧さんはあれよという間にインサイドを突破した。そしてそのままゴールにボールを放る。ボールがネットを揺らす音だけがかすかに響く。
「さすが」
 初手から容赦のない牧さんの試合運びに、俺はひとつ口笛を吹いた。やはり『神奈川の帝王』の名は伊達ではない。
「ふ…ん、マークを増やすか」
 目の端に、牧さんの出現に慌てた様子の相手チームが映る。どうやらベンチから指示が行ったらしく。今までも牧さんに厳しいマーク付けてたけど、埒が明かないって悟ったんだな。
 お。敵さん、今度は3枚壁で牧さんを封じようっていうの? どうなるかなー?と俺は部外者の気楽さでにやけてみた。
 そう。俺の密かな愉しみというのは。追い詰められた牧さんってすっごく色っぽい顔になるんだよねー。うちとの試合中はさすがにチラ見しかできなかったけど、純粋に観戦中ならじっくりと見ていられる。
 ほら、汗が滴って。髪を乱して。鋭く声を上げてボールを生かそうとする。行く手を阻まれて、どんな窮地に立たされても、牧さんの目は強い光を放つんだ。
 相手の隙を、突破口を探す諦めない瞳。ああ、あの目だ。あの光に俺は焦がれてやまない。勝ちに食らいつく牧さんは何にも増して魅力的だから。
 …などとうっとりと俺は牧さんを見ていたのだが、そこは牧さんのこと。のんびりみつめさせてくれるわけがなかった。
 次の瞬間、牧さんが左斜め後ろへワンバウンドさせたパスを綺麗に通した。
「マジかよ…!」
 そんなそぶりも見せなかったノールックパス…! あの人背中にも目があるのか!? なんつー視野だ! 俺は牧さんの技に舌を巻いた。
 牧さんがそんなパスを出すなんて、誰もが予想もしなかっただろう。ボールが渡った先には、盲点のようにぽっかりと空白になっていて、そこには海南のフォワードがいたのだ。
「おおっ!!」
 軽い音を立ててボールはあっさりとゴールに沈み込み、牧さんは口の端を僅かに上げた。さらに(牧さんに悪気はないのだろうが)目に毒なほど色っぽい流し目に当てられ、海南生を含むコート上の連中は腰砕けになっていた。
「ありえねぇ…」
 鮮やかなプレイも。尋常じゃない色気もってなんなんだよ、この人…! 信じられない思いが、思わず口をつく。このコートの中の堂々たる帝王ぶりと、ちょっと危なっかしいほどの天然さがあの人の中に同居してるなんて信じられない。
 俺が呆気に取られてる間も、牧さんはさらに相手チームを翻弄した。
 単騎で斬り込んだと思えば、次はパスで繋いでじっくり攻めてきたり。牧さんは自在に相手を揺さぶった。それも相手の戦意を効果的に削ぐように、冷徹に計算して。
 さっきは相手のファウルを誘ってバスケットカウントをものにしたばかりなのに…!
 今度は通されたパスでスリーポイントを決めた。彼はまさにオールラウンダーの出来でゲームを掌握し、相手を突き放していく。
「これは…きつい…」
 思わず呟いた俺の言葉はこの場にいる観客の正直な感想だ。
 牧さんを核として攻める海南に対して相手チームが総崩れになっているのは誰の目にも明らか。だがそうやって浮ついた相手に情けをかける牧さんではない。攻撃の手は緩まず、全力で止めを刺しにくる。
「怖い、な…」
 あの人の峻厳さに声が漏れる。でも彼の一挙手一投足から目が離せない。
 あの艶かしい肌に光る汗を散らせて、誰よりも早く駆け抜けて。会場に興奮と熱狂をもたらしている彼だけが静かに試合を支配し、俺は甘い戦慄に言葉もない。
 こんな美しい生き物を俺は見たことがないよ―――。


「…………!」
 長いホイッスルが鳴ったところで俺は我に返った。牧さんが出ていたのはそう短くもない時間のはずなのに、正直あっという間だった。いつものことながら夢のように綺麗な牧さんに見惚れたまま、もう試合が終わっていたという感じだ。
 気が付けば海南が50点差をつける100点ゲーム。アシストと自らと、後半の点数にはほとんど牧さんが絡んでいると言っていい。素晴らしい仕上がりを見せた牧さんを、高頭監督は満足そうに見やる。
 戦いを終えた牧さんたちは相手チームと互いの健闘を称えあい、握手を交わす。
 でも牧さんと握手するとき。相手チームの連中が必要以上に牧さんの手を握るのは毎度のことだけど、やっぱ腹立つー!!(当然自分のときは棚上げだ)。

 牧ー!!
 おめでとうー!!

 コートから観客席へ一礼する海南チームへ。牧さんへ。興奮した観客から祝福と盛大な拍手が送られる。
 鳴り止まない拍手の中。まだ汗だくの状態の牧さんがコート外へ歩み寄り海南の応援席に軽く手を上げると、今まで声を嗄らしていた部員たちが沸き返る。そりゃ心酔している牧さんの労いだもの。舞い上がるよな。
 それから牧さんは上気した頬もそのままで、一般の観客席へ向ってもう一度深く深く身を折った。牧さんのその仕種と瞳には応援への感謝が溢れていて、彼の美しさを一層際立たせた。
「わぁ…」
 俺は感動に思わず声が漏れたね。それは俺だけじゃなくて他の観客も同じだったようで、牧さんに向けてさらに大きな拍手が沸き起こった。垣間見える誠実な人柄。こんなところも牧さんに魅了される。
 やがて身を起こした彼はゆっくりと客席を見渡すと、チームメイトに伴われ穏やかな顔で牧さんはコートを去っていった…。

「おっと!!!!!!」

 そうだよ! ここ、『去っていった』で終わっちゃダメだろうがよ俺…! 牧さんを追いかけなきゃ!
 うっとりと艶やかだった牧さんの余韻に浸ってる場合じゃなかった! 俺が一番に牧さんにおめでとうを伝えなくっちゃね、当然祝福のキス込みで!!
 と、鼻息荒い俺が席を蹴る勢いで立って出入り口に向ったら。なんだあの、見覚えのすっごくある趣味の悪い緑ジャージは。
 ヤな予感こそ大的中。どこにいたんだか、俺の後から同じく同郷神奈川・翔陽の藤真さん(二年)が猛ダッシュで追いかけてきたのだ。 藤真さんは俺を認めると、口から毒を吐く勢いで罵倒する。
「なんでお前がここにいるんだよ!」
「そりゃ俺の台詞っすよ!」
 二言目には『俺と牧で神奈川の双璧なんだぜ』と嘯くこの人はヤバイほど牧さんにぞっこんで。黙ってりゃ女の子の騒ぐ甘い顔立ちなのに中身は鬼畜でさー。
 牧さんを狙う連中の中でも一番手強いこの人は毎度あの手この手で牧さんと俺の仲を邪魔してくれて。くそ、今思い出しても腹が立ってくる! 牧さんを挟んで藤真さんに散々汚い手を使われた俺は何度苦杯を飲まされたことか…!
 あー…思い出すだに腹が立ってきた…! こんなド悪魔に牧さんを奪われてなるものか!!
 決意も新たにとっとと突き放すべく俺が無言でスピードを上げると、藤真さんも負けずに抜き返してきた。俺より小さいんですから足の長さ張り合わないでくださいよ!!
「ついてくんなよ!」
「藤真さんこそ!」
 最速で廊下を走りながら器用にどつき合うという芸当をし、俺たちは牧さんをつかまえるべく海南部員の固まりを追いかけた。
 すると。いたいた、海南紫一色の集団。喜色を浮かべた俺が幾重にも彼を取り囲む人垣に向って声を張り上げようとしたら、この鬼畜…! 藤真さんてば俺に何をしたと思う?
「…っぐ…」
 奴は牧さんに意識が行っていた俺の横っ腹に重い一発をくれやがった…!
 こういう見た目でもやはり体育会系の拳。ずっしりきた衝撃に腹を抱えて蹲る俺を横目に、中身ド悪魔のこの他校の先輩は殊更甘ったるく牧さんを呼んだ。
「まきーー!」
「藤真?」
 牧さんが藤真さんの声に気付く。振り返る牧さんを制し切れず、しぶしぶと海南生の壁が割れる。すぐに自分の声に気づいてくれた牧さんに気を良くし、藤真さんは驚く牧さんの首に満面の笑顔でぶら下がっただとぉ!!
 あああー!? あのヤロー!!! 何考えてるんだー!! って絶対不届きなことだろうがよ!!
 ってぐぇっ…!
「さっきの試合、見てたぜ…」
 ついでに俺を足蹴にして海南部員の側へ寄せ付けた藤真さんは、難なく顔を牧さんへ近づけた。藤真さんのやり口はプレイヤーとしても牧さんに対する執着にも一目置かれていて、海南生たちもそう簡単には制止できないのだ。牧さんの貞操の危機に周りの俺らは青くなる。
 お前ら、根性見せろよ!! 何のための邪魔立て要員だ!! 拳と蹴りをくらって声もない俺は自分の所業を棚に上げて、俺は身勝手な悪態をつく。
「前半、つまんなかったぞ」
 邪魔な俺の存在を抹消した藤真さんはお前がでてなかったからさ。などと、笑みを含んで牧さんをからかう。
そしてさも当然という顔で。どこまでも俺様な藤真さんは牧さんを引き寄せた。自分が牧さんより背が低いのをいいことに、まるで顔をくっつけるようにして牧さんの顔を下から覗き込むだと…!! ちっくしょー、絶対意図的にやってやがる…! 自分が甘ったるいルックスだってことを最大限に利用して牧さんにしなだれかかりやがって!! だけど牧さんも牧さんだ。藤真さんをぶら下げながら受け答えしてることに違和感覚えてくれよ!!!
 そんな二人を前にして俺はまだ転がりながら地団太を踏んだ(マジで効いてんだよ…)
「言ってくれるな、藤真」
 しかし真面目な牧さんは藤真さんの揶揄を真正面から受け止めたようで、ちょっとばつの悪い顔をした。この可愛さってもう何よ!? 犯罪誘発するね!! ああ、牧さんてば口の悪い藤真さんの言葉に苦笑した顔もカワイイんだから…!
 やっぱりいいな、牧さんは。なんてうっとりしながら床に転がり続けていると、俺のツンツン頭がやっと牧さんの視界に入ったらしく。 かなり慌てた声の牧さんが叫ぶ。
「仙道…!? 来てたのか?」
 牧さんは俺が福井に来ているということに本当に虚を突かれたようで、まといつく藤真さんの腕を素早く外すとうずくまる俺に手を伸ばして助け起こしてくれた。
 うーん、ラッキー♪ いい雰囲気に水を差され超不服顔の藤真さんに見せ付けるように。俺は逃すまいと牧さんの腕を掴んだまま彼に顔を近づける。
「ええ、あんたが戦ってると思うといてもたってもいられなくて」
 来ちゃいましたよ。とはにかんで笑ういじらしい下級生演技も忘れない(牧さんはとにかく一所懸命な後輩に甘いのだ>リサーチ済み)。
「そうか…」
 長い睫をしばたたかせて牧さんが俺を見返す。そうそう、そしてそのまま俺と見詰め合ってください♪ この綺麗な瞳にひたと見つめられたら、背中越しの焼き尽くすような藤真さんの怒気なんかどうでも良くなる。
 と、俺が間近な牧さんの美人ぶりに鼻の下をのばしていたら。そんな俺に気づいていない牧さんはこちらがびっくりするほど真剣な目で俺を見返してきた。
 え…? ちょ…、ちょっとこれは期待してもいいですか? 牧さん!? なんて思ったがそこはお約束。この間牧さんは俺だけのことじゃなくて神奈川県下のバスケ部員に思いを馳せていたらしい。
「それは…気を引き締めないとな。俺たちを送り出してくれたお前たちに恥じないためにも」
 ものすごくがっかりさせられたが、俺の殊勝な演技に感じ入ったらしい牧さんはどこまでも真摯にそう言った。
 普通ならインハイで強豪と競ることに手一杯で、負かしてきた連中のことなんて考えることもないだろうに。
 負けた俺らに対する気負いとか義務感じゃなくて。さらりとそう思ってるなんて。どこまでも大きくて暖かい人なんだろう…!
 やっぱり、牧さんはいい…。って俺が牧さんに対する気持ちを新たにしていると、
「それで牧。これからどうするんだ?」
 いたのか、この人…。俺の隙をついて藤真さんが割り込んできて、牧さんの手を俺から引き離した。くそー、俺の恋路を邪魔するド悪魔め!! 俺の睨みをつらっとしてはじき返す藤真さんはどこまでも涼しい顔だ。
 このまま宿舎に戻るのか? という藤真さんの問いかけに、他校の試合を見ることになってる。と牧さんは律儀に答える。
 どうやら海南は滅多に見られない他校勢の試合を3面のコート分、3組に分かれて試合を見学するらしい。それならば当然牧さんと同席しようと厚顔推奨で俺と藤真さんは混ざることを即決した。強引な展開? ふ。何とでも言うように♪
 ちなみにいっつも牧さんと俺の仲を邪魔立てしてくれる、メガネの宇宙人君とひょろっこい一年坊は別の班に振り分けられていた。なんて粋な神様の采配っっv
 だーかーら、そんなすげぇ目で俺を睨んでも無駄無駄お二人さん。ふふふ、こんな牧さんとも・っ・と親密になるチャンス、逃すかっつーの。バリバリの点取り屋の顔で俺は二人に笑い返した。そうやって毎回海南部員の恨みを買うのだが、買ったことさえ忘れる俺は堪えない。
「で、おまえはどこの試合を見るんだ?」
「愛知の…愛和学院の試合を」
 牧さんを両サイドから挟んで、そう話しながら客席に向かう。先に席取りに行った海南生が愛和学院サイドの最前列に席を取っていて、そこに牧さんを挟んで藤真さんと俺が至極当然のように座る。
 背中に突き刺さる海南部員の非難の視線は俺と藤真さんに通用しない。二人が二人とも『俺は牧(さん)の特別なんだから当たり前だ』という態度だからだ。ほら、俺ら二人とも面の皮が厚いし♪
「仙道は初めて見るかもしれないな」
 そんな周囲の攻防に気づかず、俺に向き直って牧さんが言った。きっと初見であろう俺のために、牧さんは説明してくれる気らしい。牧さんたら優しいんだからv 俺に対する愛を感じるよ、もう…v
 藤真さんはデレデレな俺を甘やかす牧さんが気に入らないらしく苦虫を噛み潰していたがそんなの気にしなーい♪ ハイパー上機嫌で俺は牧さんを見つめる。
 こんなに近く、色っぽい泣きぼくろを見られるなんてうっとりだ…。
 なんてしみじみと感動している俺に気付かず、牧さんはあのうっとりするいい声で話してくれた。
「愛和学院のエースの諸星大は俺らと同じ2年で『愛知の星』と呼ばれている」
「愛知の星ですか…」
 うーん、どっかで聞いたような…? それになんとも気恥ずかしい二つ名だなぁ…。俺が呼ばれてるわけじゃないからいいけど。
 本音は牧さん以外興味のない俺は、気のない感想を胸のうちでひとりごちる。
「ああ、噂をすれば…」
 来たようだぞ。なんて楽しそうな声で牧さんが言うから。
 ひょっとして牧さん、その愛知の星とかいう奴と知り合いなの…? と、嫌な予感に俺が眉間に皺を寄せたとき。ちょうどそこに入場してきた赤いジャージの一団の一人が、客席の牧さんを見上げた。
 あれかな…? 愛和ジャージのあの8番。牧さんを狙う不埒な輩を嗅ぎ分けることにかけて、俺は外したことはない(断言)。
 見るとそいつはアイドル系の顔のいかにも女の子にモテそうな男だった。うっわ、いけすかねぇ〜。高校生にもなってなんだあの、キラキラ爽やか野郎は!!
「牧!」
 なんて俺が奴に向って見えるように親指を下にしている間に、奴は牧さんを見つけたらしい。満面の笑顔で大きく牧さんに向って手を振る。牧さんはちょっと照れたように微笑んで小さく手を振り返した。
 く…! その仕種ってば、可愛すぎるよ…! 至近距離でこれの直撃を受けた俺と藤真さんは莫迦みたいに赤い顔で彼を見つめる。
 俺と藤真さんが牧さんのかわいさにやられている隙に、そいつはずかずかとこちらにやってきて牧さんのすぐ下にきた。そして次にとんでもないことを叫んだのだ!!!

「牧! おまえにこの試合を捧げる!」

 ……へ………?

 その場に居た(奴の意図が全くわかってない牧さんを除く)全員は静まり返った。
 な、何恥ずかしいこと言ってるんだ、コイツ………!!
 いくら麗しの牧さん御臨席で嬉しくて浮かれてるからって。あの野郎〜、満員の会場を尻目に歯が浮く台詞で牧さんを口説きやがった!!!
 瞬時に俺と藤真さんのこめかみにはどでかい血管が浮く。
 俺ら二人のあまりの怒りオーラに、俺らの横暴に不満げだった海南部員たちもさすがにひきつる。それほどのどす黒い殺気が瞬時に俺と藤真さんから発したのだ。
「試合を捧げるって言われても…」
 なあ? と一人だけ平和な牧さんは俺たちに困ったように微笑み返した。その小さな表情ものた打ち回るほどカワイイんだけど!! だけど!!!
 気付いてない。全くこの人気付いてないよ。諸星とやらのどさくさ紛れの口説きに。ふはは、ざまぁ見ろだ愛知の星!! いつも自分が空回りさせられる牧さんの鈍さに俺は感謝したね。お生憎さま、全然牧さんに通じてないよ!!
「………阿呆にはせいぜい言わせておけ……」
 腹の底から込み上げる笑いを抑えるのに必死だった俺は、横から聞こえた地の底を這うような低い声に一瞬怯んでしまった。
 今まで静かだった藤真さんは意気揚々とコートに入った諸星さんに、射殺さんばかりの視線を浴びせていた表情の恐ろしいことといったら。なむなむなむ、思い出したら魘されること請け合い…。

 そんな不穏な中で愛和の試合が始まり。俺たちは取り合えず試合を観戦することにした。正直なところ、たりぃけど。
 しかし改めて見せられると牧さんの集中力って凄いよな〜。牧さんは目の前の試合展開を食い入るように見つめている。すぐに興味が移り変わる俺にはちょっとした驚きだ。
 ゲームから目を離さない端麗な横顔を満足げに見ながら藤真さんが話しかける。
「この場合愛和のセンターを孤立させるフォーメーションが定石だと思うが?どう思う、牧」
「ああ、俺が思うに―」
 牧さんと藤真さんはこの試合について小難しい話をし始めた。どうにかしてラブラブな空気に持っていきたい藤真さんの努力むなしく、牧さんは真剣に戦術分析しだしている。本当に牧さんはバスケットのこと好きだよね。
 この分だと牧さんのことは大丈夫。と安心した俺は見るともなしに試合を眺め、もっぱら牧さんの観戦に集中する真剣な横顔をみつめて過ごした。だってこんな贅沢な時間は滅多にない。
 試合展開の予想を話している横顔や、長考して閉じられた瞼とか。何をしていても美しい牧さんの傍にいられるなんて。し、至福…(ぽややん)。
 ただでさえ俺は他校生で、一学年下の俺は牧さんと一緒にいられる時間が少ないのだ。手を伸ばせば触れられる、言葉を交わせば答えてくれる近さに彼がいることが嬉しくてたまらない。俺は浮き立つ気持ちで飽きもせず、牧さんの横顔を眺めることに専念した。
てなわけで俺がとっくに見るのを放棄した愛和学院の試合は。危なげない試合運びで愛和学院が30点差を付けて圧勝した。
 牧さん臨席がそんなに嬉しいのか。張り切り野郎が目立つもんだもん! シュートを決めるたびに牧さんに視線を送ってくる愛知の星に俺は大ブーイングなのだが、そんな奴を見て牧さんは目を細めていた。
 あんなお調子野郎にほだされちゃ駄目ですよ、牧さんたら!!
 でもそういう牧さんの穏やかな横顔にも見惚れちゃうんだ。そうさ、俺は相当牧さんにやられている。

「牧――!」
「おお、諸星」
 …ちっ……あいつに捕まる前に牧(さん)と帰ろうと思ったのに。
 藤真さんと俺はアリーナの玄関近くの廊下で呼び止められた牧さんを苦々しく見遣る。
 牧さんの腕を取ってそそくさと帰ろうとする俺らに追いついた諸星さんは試合の興奮も冷めやらぬまま大袈裟に叫ぶ。
 本物の牧さんがいるからって興奮するなよ、愛知の星…! 俺は自分のことを棚上げで胸の中で毒づく。
「お疲れ。いい試合だったな」
 牧さんはそう言って諸星さんを労った。
 好敵手のプレイを率直に認めるなんてさすが牧さんだ。器ってゆーか、こういう心の広さが正に帝王だよね♪
「惚れ直したか?」
 牧さんの賛辞に気を良くしたか(すんな!!)。言いながら愛知の星はこともあろうに牧さんの手を取ると、恭しくその指先に口付けたのだ!!!!
 それを愛知の星はし慣れているし、牧さんは受け慣れてるし。あまりに自然な振る舞いに周囲の俺らは固まった。
 あぁ?! 牧(さん)の指が!!! てゆーかなんで牧さんもそんなことされて平然としてるのよ!?
 脳天沸騰。怒りと衝撃でぐちゃぐちゃ。もうわけわかんねー! とばかりに固まる俺らに気付かず、
「ああ、俺もうかうかしていられない」
 惚れ直したかどうかの返答を欠落させて牧さんは答えた。
『牧(さん)!!』
 心の中で俺と藤真さんの怒号はハモってた。
 毎度のことだがこの人やっぱり気付いてない! 何の下心もなく手を握ってキスする奴なんていないよ、牧さんってば!!!
 諸星の野郎はまだ牧さんの手を握ったままだ。離せ!! 牧さんの手が汚れる!!
 と、俺らが赤くなったり青くなったりしているのに、牧さんはのんびりとしたものだった。ただ単純に素朴な疑問を諸星さんに尋ねている。
「なあ諸星。なんで毎回俺の手に懐くんだ?」
「ふふふ〜。なんでかな〜?」
 そのやらしい笑いやめろよ!! 愛知の星野郎は癖なんだよ、俺の。なんて抜かしながらまだ牧さんの手を離しやがらねぇ!!
 撫でたり、擦ったり。傍若無人に牧さんの手を玩んでいる。離しやがれ、エロ野郎が!!!
 こーれーはー俺たち神奈川勢が責任持ってこのバカを引き剥がさないと…! と、藤真さんと共に殺意をもって星野郎に詰め寄ろうとしたそのときだ。
「牧は相変わらず男に好かれるベシ」
「ああ、心配になるくらいにな」
「深津! 土屋!」
 牧さんの後ろからにょっきりとあらわれた無表情と涼しげ一重野郎に、今度は諸星さんが驚いた顔をする。
 なんだこの新手の無表情坊主頭&麻呂は!! なんの権利があって牧さんの背中にまとわりつく!! 新手の闖入者に俺の機嫌は乱高下しっぱなし。
「お前たちか…。脅かすなよ」
 って苦笑する牧さんは手は諸星さんに握られ、背中から謎の接尾語男にひっつかれ、すかした野郎に腰を抱かれたままだ。
 そんな変なの三人も貼り付けてないでさっさと振り払ってよ、牧さん!! つーか牧さんに触んな、このスケベ野郎どもが!!! 俺が焦っても当の本人はのほほんとしている。
「久しぶりだな、深津。土屋」
 まるで旧友に再会したような弾んだ牧さんの言葉に俺はやっと思い出した。
 この坊主はインハイの常連、昨年の覇者秋田・山王の深津だ…! そしてこっちのサラサラヘアーのイケメンは大阪の強豪・大栄学園の土屋じゃないか…! だけどベシってなんだよ…?
 そんな深津さんの語尾にひっかかりながらも、牧さんを奪還すべく藤真さんと俺が会話に割り込もうとしたら。
「牧との再会を喜ぶ俺らを邪魔しようなんて。お前らはそんな心の狭いことしないよなあ?」
 と、俺らの動向を察知してこちらを振り返った土屋さんが機先を制してきた。にっこり笑顔でそんなことしたら牧が悲しむよなぁ? と追い討ちをかける土屋さんに俺と藤真さんは固まった。確かにそんな度量の狭いとこ、牧(さん)に見せられない…!
 すこぶる効果的な土屋さんの言葉に固まった俺らを深津さんは一瞥すると、
「相変わらず綺麗だベシ、牧」
 後ろから牧さんの頬を大事そうに撫でて、無表情のままうっとりとそう言った。
「相変わらず変なことを言うなぁ、深津は」
 牧さんは頬を深津さんに撫でられたまま、綺麗って俺がか? と今にも噴出しそうな顔をする。それを聞いて、『この鈍ちんがーーー!!(×3)』と、俺と藤真さん・諸星さんが間髪いれずに内心で絶叫したのは言うまでもない。
 いや、あんたが綺麗なのは皆知ってるよ。あんたが自分だけわかってないだけで。
 艶麗な姿態も、こちらの胸をざわめかせる眼差しの清冽さも。牧さんは自分の価値を全然わかっていない…!そんな俺らの突っ込みも露知らぬ顔で、下心一杯の男どもに張り付かれたまま牧さん一人が旧交を温めていた。インターハイで自分のチームが順調に勝ち上がっていることを指し、互いのチームの仕上がりについてなんか話しちゃってる。野郎どもにその麗しい体を好きに触らせたままで!!!
 ああもう、その綺麗な指を諸星さんの好きにさせないでよ! 自分の肩に顎をのせたままの深津さんを不自然に思ってよ! 腰をゆるゆると撫でてる土屋さんを不審に思ってよ牧さん!!
 でも怒髪天を突く勢いの俺と藤真さんに牧さんは全然気付いてくれちゃいない。じゃれつく奴らにくすぐったそうに目を細めて、淡く笑いかけてやったりなんかしている。その笑顔を直視してしまった諸星さんのメロメロぶりといったら! む、むかつくー!!
 周囲で自分を巡る争奪戦が勃発していることに全く気づかず、牧さんは土屋さんに髪を梳かれるまま一人暢気に呟く。
「お前との試合が楽しみだな…」
「俺も牧とやりあうのが楽しみだよ」
 試合のことを思って目を輝かせる牧さんに、土屋さんがにぃっと笑った。その『やりあう』って強調、どうとっても試合の意味じゃないだろ!! このむっつり野郎が!!!
 そんな見え見えの土屋さんの言葉なのに牧さんは不敵な挑戦と受け取っている。
 ま、牧さーん………。どこまでも天然な牧さんに俺は今更ながら眩暈を覚えた。

 そんなこんなで俺たちが牧さんを挟んで押し合いへし合いをしているところに。
「やあ、牧くん!!」
 そう声を掛けてきたのは『週間バスケットボール』の記者さん達だった。
 牧くん。なんて親しげに声をかけてきたところとみると、牧さんとは顔見知りの記者らしい。
「いやはや。いつもながら壮観だねぇ…」
 髭の記者さんはなんともいえない表情で、俺以下男どもに囲まれている牧さんを見遣った。
 人だかりがあるからきっと君がいるんじゃないかと思ったら案の定だったよ。とは彼らの弁。控えめな記者さんたちの言い回しだけど、俺らみたいにしつこくじゃれつくのとか、遠巻きに熱く牧さんを見つめる控えめなファンとか、事実牧さんの行くところ男騒ぎな野郎だまりができる。それも異様な数が。
 記者さんたちの前でふざけ合っているのは失礼だと思ったのだろう。目上への礼儀を重んじる牧さんは諸星さんと深津さん、土屋さんの手をやんわりと払った。一様に残念そうな面々のことはどうでもいい。変なところ触られませんでしたか牧さん!! 特に手癖の悪そうな先輩方のせいで、俺はもう気が気ではなかった。
「それでお話中に悪いんだけど、みんなの写真とってもいいかな?」
 そう言いながら彼らは牧さんに向ってカメラを構えて見せた。
 確かにこんなシャッターチャンスはそうそうない。高校バスケット界を代表する、錚々たるメンバーが牧さんを取り囲んでるんだから。
「ええ、いいですよ」
 と、牧さんが人が良くそう答えたもんだから、皆イヤだと言えなくなった。
 それに、俺もお前たちと一緒に写してもらいたいし、いいよな? なんて上目遣いで牧さんにお願いされたら、断れる奴はいない。邪魔者だらけで気は乗らないが俺たちはしぶしぶ了承した。
 気まぐれな連中の気が変わらないうちに。というわけではないだろうが、カメラさんはてきぱきとファインダー越しのアングルを決めにかかる。
「皆、表情が固いよ? ライバル同士だけど今は笑って笑って!」
 カメラさんはそう言うけどさ。牧さんと二人だけで写真に納まるならいい。
 なのになんで邪魔なこいつらと一緒に笑ってられるかぁ!!っつーのが俺たちの本音だ。
 実際牧さんを巡っての場所取りには壮絶なものがあった。今こここそがインハイの試合中なんじゃ
ないだろうか? ってぐらいにハードだった。だって高校界のスタープレイヤーがひしめきあって牧さんを奪い合ってるのだ。各々のバスケの試合とは真剣度が違う。
 牧さんの見えないところできっちりスクリーンアウト、がっつりプッシング。ついでにトラッシュトーキングまで。俺たちは試合中でもこんなに気をいれてやったことはない。
 おい、なんか狭いぞ。という牧さんの言は、そう(です)か?と押し切られた。
 そう狭くはない画面の中、俺たちは牧さんにぎゅうぎゅうと寄れるだけ寄って納まる。5人が5人とも牧さんに密着しようと必死だ。
 こら、くすぐったいぞ。なんて牧さんの忍び笑いが聞こえる。誰だよ、俺以外に牧(さん)をまさぐってる奴は!! と一同一触即発になったところで、
「はい、チーズ!」
 と、おなじみの掛け声と共にシャッターが押され危機は回避された。
 きっとフィルムには相変わらず嫣然とした牧さんを囲むひきつった表情の俺たちが写りこんだに違いない。
「綺麗に撮れてるといいな」
 なんて、牧さんはひとり平和に写真の出来を楽しみにしているけれど、自分以外が全て邪魔者の状況に俺たちは大いに不満だった。牧(さん)との甘いツーショット写真ならいくらでも撮らせてやるというのに、よりにもよってこんな邪魔者だらけかよ! というわけだ。
 しかしこんなのでも牧(さん)との写真はぜひとも欲しい…! てなわけでモデル料にしっかり焼き増しを依頼して、俺たちは住所を書いた紙片を記者さんに渡した。

 牧(さん)と『俺の』ラブラブ写真〜♪
 いい気なもので、ここにいる俺たち『勝手な奴ら』は各自がそう思ってトリップしていたら。
「ああ…もうこんな時間か」
 記者さんたちと別れて、時計に目を落とした牧さんは俺たちに向き直りそう言った。
「じゃあ、俺たちは宿舎に戻る」
「もう帰るのか(帰っちゃうんですか)!!」の俺たちの合唱に。
 監督に愛和の試合の報告をしないとな。と帰る素振りの牧さんが後ろを振り返った。
 ああそうか。すっかり忘れてたけど、後ろに海南生たちがいたんだっけ。背後にはすっかり『待ちくたびれましたよ』のどんよりオーラを背負った一団が出来上がり〜。なんだけど俺たちは端から無視してるので無問題♪
 事実彼にはまだ大事な試合が明日も控えている。忙しい身だって言うのはわかってるけど。でも…もう少しだけ、帰したくない…! というのが俺の正直な気持ちだ。
 ならば速攻………!
 細胞が反応したみたいに俊敏に、その間コンマ1秒の迷いもなく俺は牧さんを呼び止めた。
「ちょっと待って牧さん!」
 まさに恋する男の一念ってやつ? 俺は歩みを止めた牧さんを抱きこみ、彼の耳を軽く噛んだのだ(ついでに素早く舐めた)。
「な…!」
 とたんに牧さんは俺の腕の中でぴくんと身を震わせた。びっくりした顔のままで俺の腕に収まってる牧さんの可愛いいことと言ったらなかった。こりゃすぐにイタズラだけじゃすまなくなるね。と俺は自嘲する。
「とびっきりの俺のオマジナイですよ」
 いくら鈍いと言っても。思ってもみなかった不意打ちに焦って牧さんは反射的に俺が舐めた耳を押さえた。赤くなった牧さんに、俺は涼しい顔で吹き込む。押さえてる反対側の。赤く、熱を持った耳元にとびきり甘く。
「………!!!!!」
 海南生たちは蒼白になって固まり、藤真さんたちの顔が引きつっている。4人とも怒りMAXで頭に血が上ったらしい。俺が目の端で伺うと彼らは強張った顔のまま俺をねめつけている。ふ、ざまあみろだ。
 そんな外野をさっくり無視し、強心臓の俺はいけしゃあしゃあと続けた。
「あんたが怪我しないで活躍できますように。って」
 牧さんの顎を取って上向かせ、言い聞かせる。キスも出来るほど近いままの牧さんは、大きな目を見開いて俺を見上げる。そんな表情も可愛いんだから、もう!
 揺れる瞳の色も。もの問いたげに薄く開いた唇も。牧さんはどこもかしこもキレイで。その彼が俺の腕の中に止まっているのが嬉しくてたまらない。俺は有頂天で牧さんを抱きなおした。
「効果は絶大。ね、だから安心して試合して?」
 ああ。自信たっぷりに付け加える俺は確信犯だよ。俺はこんなに可愛い牧さんを万引きしたいし、かっぱらいたいしでそりゃもう大変さ。
「そう…なのか」
 顔を赤くしたまま耳から手を離そうとしない牧さんはしばし考えている風だったが、すぐに思い直したらしい。訝しい思いも仙道は自分を思いやってのことだろう。にみるみる変化していくのがわかる。
 そんなどこまでもお人よしな牧さんに俺は苦笑した。
 牧さんは基本的に人の行動を善意で解釈するから。そこが牧さんのいいところであり、心配なところでもあるのだが。
 俺の思惑通り、今も牧さんは俺の不埒な行為を単純に善意からだと解釈してくれた。
「…ありがと、な。仙道」
 そして牧さんは俺の好きな、ちょっと照れたような笑顔で礼を述べてくれた。間近でこんな可愛らしい顔を見せられた俺は外面なんでもない風を装ってるけど、内心は心臓ばくばく。
 う〜、牧さんてば…。あんた俺にそんなに容易く甘い表情をくれるなんて、どんなに危険か知らないでしょ?
 いつもそう思うけど。あどけなく笑う牧さんを前にすると、俺は邪念を貫けない。
 寄せられる信頼を踏みにじるのは簡単だけど、そうしたくないんだ。あんたの心ごと俺は欲しいから。
 それほどまでに俺は牧さんが大事で、大切なんだ。ありえねぇ、この俺がだよ? 男女関係であまり褒められた素行じゃなかった俺をこんな気持ちにさせてる牧さんは何も知らずに微笑んでいる。
「どういたしまして」
 本当に俺らしくもないやせ我慢もいいとこだ。でも焦って手に入れて、この人を泣かせたくないからな。
 やるせなく複雑な内心を押し殺して、行儀よく牧さんに微笑み返す。牧さんも柔らかい目で俺を見つめ返してくれた。おおっ、なんかコイビトっぽいいい雰囲気じゃな〜い? このまま、この唇を奪いたい…!
 …だけど再度時間を気にした牧さんは、優しく俺の腕を振り解いた(うう、イケズ)。
「じゃあな」
 藤真さんたちにも軽く挨拶して、牧さんは身を翻した。未練たらたらの俺の視界から、すぐに控えていた海南生たちが牧さんの姿を隠した。毎回思うがすっげ、邪魔!! 俺は八つ当たり気味に海南生の壁に毒づく。
「はー。行っちゃった…。寂しいよ、牧さん〜」
 牧さんの去っていった方を見て俺は特大の溜め息をつく。切ない。マジで切ない。明日も明後日もあんたの試合、見に来るから。俺があんたのこと見守ってるってこと忘れないでくださいね…!
 それにしても耳を甘噛みしただけであの反応。思ったとおりだ。牧さんってすっごく感じやすいんだなあ。こーれーはあんたを抱くときが楽しみだ。うふふふふふ…v

 ……なんて鼻の下を伸ばしていられた時間は僅かしかなかった。
 俺があんまりいい男だからって、神よ、あんまりです。うっとりと牧さんを思い返す暇も与えてくれないなんて!!
「牧を騙してなんて野郎だ!」
「なーにーが、マジナイだ! ああ?!」
「牧が汚れる!」
「牧もこんなウソツキ男を信じたらいかんベシ!」
「…っていてててて…!ギブギブ〜!!!」
 俺は瞬時に四先輩にヘッドロックと腕ひしぎ固め、四の字固め、腹サンドバッグの刑を食らっていた。
 4人とも俺がインハイに出てないのをいいことに容赦なく技をかけてないか? それも恨み骨髄とばかりに絞め落としにかかるの止めてくださいよ!!!
「助けて〜牧さんっっっ!!」
 俺の叫びも虚しく、体育会系の先輩方の手加減無しはマジで地獄を見せてくれた。
 本当に、死ぬかと思った。目の前にお花畑が見えかけたもん………。

「ひどいっすよ〜、4人がかりで…」
 いてててて、首はもげてないよな…! ほうほうの体で解放されて。やっと自由になる呼吸を何度も繰り返し、俺は人心地を取り戻した。
 牧さんとまだどうにかなってないのに今ここで俺の生涯が終わるかと思った…、いや本当に。九死に一生を得た俺は涙目のままそうぼやく。
「俺の牧にあんな真似をするからだ」
 しかし四人口々にそう言って涼しい顔だ。
「だがオマエみたいな奴でも死んだら牧が悲しむからな。あいつに免じて許してやる。生きてるだけありがたく思え」
 そう有難くない捨て台詞まで頂戴する。だが痛みに紛れて聞こえてないからまあいいか〜♪ やっぱりタフだなあ、俺(笑)。こんな風に苛められても全然めげないのが俺のいいところだ。
 しかし疑問が一つ。俺は死にそうな声のまま答えを求めて呟く。
「…なんでこう牧さんの周りにはアクの強い奴が集まるんですかねぇ…」
「それをオマエが言うか?」
 すっかり砕けた口調で諸星さんが突っ込んできた。じゃあ質問を変えよう。
「てゆーかなんで牧さんは高校バスケ界の有名人ばかりと知り合いなんです?」
 どうしても解せない俺は再度疑問を投げかけた。
 同県の藤真さんはともかく、大阪、秋田と愛知にまで知り合いがいる状態ってなんだ??
 神奈川の至宝はその美貌で男達から狙われまくりなのか、やっぱり!?
 全国規模でライバルまみれか? 考えたくはない状況に俺の眉間に皺が寄る。
「ふん。知らないのか、お前1年だもんな」
 俺の渋面が楽しくてたまらないらしい。特別に教えてやるよ。と先輩風びゅうびゅうで藤真さんが言った。
 焦る俺を余裕たっぷりにみる意地の悪い皆さん。そんな彼らを代表して土屋さんが囁く。それも夢見るようにうっとりとした口調で。
「去年の夏休み。俺たちは牧と一緒に過ごしたんだ…」
「な…!」
 なんですとー!!!! あんたら一年上だからってずるいーー!! 俺の牧さんをーーー!! そんなん嫌だーーーー!!!!

 衝撃の余り、俺はムンクさんと化した。
 ツンツン頭のハリネズミの『ムンクの叫び』。橋の向こうで藤真さん・諸星さん・深津さん・土屋さんが俺の悪口を聞こえるように言っている〜、いる〜(エコー)。
 助けてぇ〜、牧さんっ!!! と再度彼の人の名を呼ぶが状況に変化なし。
 余裕たっぷりの四人の顔と、牧さんの笑顔がだぶる。衝撃の余り視界がぐらぐらしてきた…!


 って……え? 長いからってここで終わる気か?!
 中途半端だろ!! ちょっと待てコラぁ!!

 と、作者に絶叫して! つづくぅっ!!!




<劇終>

前作に続き、男騒ぎの「ぽやぽや帝王と愉快な仲間たち」シリーズ(嘘)
仙道はそー言ってるけどこの後のことはなにも考えてないっす(笑)>Luca







激烈かっとんでる仙道リターンズ!!今回は牧総受けかと思わせるほどのモテっぷり!総受けは苦手な私ですが、
こういう総モテは大好き♪最後に仙道が牧をゲットできることを切望しつつ、続きを楽しみにしております〜v

 


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