Starting Summer
|
|||||
作者:あまのさん |
|
||||
|
|||||
『もうすぐ始まるね』 そう言いながら仙道は夜空に向けていた顔を傍らの浴衣姿の牧に向けて微笑んだ。 『ああ、あと五分かな・・・観覧車に時計がついてるからすぐわかって便利だな』 目の前に見える観覧車は夜の街のオブジェのようにきらきらした光を振りまいている。 やけに凝った電飾は、花火大会の前のカウントダウンをしているかのようだ。 横浜の花火大会は毎年かなりの人出だった。 それでもとにかく花火を見に行こうという話になった途端、要領のいい仙道は人気の少ないベストポジションを探して牧を連れてきていた。 浴衣姿の牧の横にいる仙道はジーンズにTシャツの軽装だった。 今日の花火大会へ行こうと決めたのはよかったが、仙道のほうはぎりぎりまで仕事が終わるかどうかわからず、ようやく切り上げて帰ってきたというありさまだったのだ。 そんなこんなでせっかく浴衣を用意していたにもかかわらず、ジーンズTシャツに着替えて家をでるのがやっと、だったのだが。 花火大会の日は浴衣を着ようと言い出した仙道に、面倒だなんだと言いながらも牧はきっちり浴衣を着て帰りを待っていてくれた。 浴衣姿の牧は、仙道が思い描いていたとおりとても艶やかだった。 男に言うにはどうかと思えるけれど、それでも普段以上に滴るような色気をかもし出している。 『・・・・なんだ、さっきからにやにやして』 『牧さん、浴衣似合うなあと思ってさ』 『そうか?お前ももう少し早く帰ってこれれば着れたんだがな』 残念そうに言う牧に、仙道は小さく笑った。 『来年は、俺も着るよ』 そんな話をしているうちに、ふと観覧車の電飾が消えた。 『そろそろ始まるな』 『そうだね』 なぜか声をひそめて言葉を交わしたそのとき、腹に響くような音と共に最初に花火が打ちあがった。 次々打ち上げられる花火が夜空に弾けるたびに歓声があがる。 『そういえば前に廃ビルの上で一緒に花火したの、あんた覚えてる?』 『ああ。・・・・そんなこともあったな』 『なんたってあのときに牧さんと付き合うことになったからさ。忘れたくたって忘れられないよ』 『そうだったか?』 『そうだよ。ひどいなあ牧さん、忘れちゃったの?あのとき花火の前でキスしたのに』 『・・・・そんなこともあったかな』 『あったんだよ。・・・・ちょうどこんなふうに』 そう言って視線を避けるように夜空を見上げていた牧の肩を抱き寄せて、仙道 はひょいと顔を傾けたかと思うとすくいあげるように口付けた。 打ち上げる音と共にひときわ鮮やかな花火が連続で弾け、周囲で大きな歓声が上がった。 『・・・お前な、こういうところでそういうことをするなと何度言ったら』 『大丈夫、みんな花火に夢中だよ。・・・牧さんに夢中なのは俺だけだから』 『バーカ。ほんっと、お前は昔っからバカなまんまだ』 そう言いながらも牧は手にしていた団扇で顔の火照りを冷まそうとばかりにむやみやたらにぱたぱたと自分を仰いでいる。 けれどふいに牧はぱたりと仰いでいた手を止め、一瞬遠くを見るような夢見るような眼差しをしてふっと悪戯っぽく笑った。 『・・・・・・・・大体、あのときのお前は焦ってて余裕なんて欠片もなかったぞ』 『は?』 そんな表情に仙道が見惚れる間もなく、牧は手にしていた団扇を二人の間に内緒話でもするように ひょいとかざして間が抜けたような顔をしている仙道の唇の端に軽く口付けた。 『ちょっとくらいキスが上手くなっても、そうやって間抜けた面は変わらないな』 耳もとでそう囁いて少しばかり意地悪な顔で笑う牧を見つめ、かなわないよなあと思いながら仙道ははあ、とため息をついた。 ・・・やっぱり覚えてたんじゃないか、なんて言う暇もありゃしない。 そして牧の手から団扇を取り上げるなり仙道はちょっと自棄気味に自分の顔を乱暴にぱたぱた仰いだ。 『・・・・・・・・そういうの反則だよ、牧さん』 『何言ってんだ、お返しだ、お返し』 そう言ってますます楽しそうに笑っている牧を見ているうちに、気付けば仙道もつられたように笑い出していた。 花火は次々に打ち上げられ、腹の底に響くような音を立てては夜空を彩り、弾けていく。 『・・・・なんだか花火見ると夏の始まり、って感じがするな』 『はは、そう考えると夏って毎年景気のいい始まりかただね』 『また来年も来ような』 まだお前の浴衣姿も見てないしな、と言いながら夜空を見上げている牧の横顔を仙道は眩しげに見やった。 来年の夏の始まりも、一緒に夜空を見上げているのかな、と思いながら。
|
|||||
|
|||||
分かる方には「あ、これ、続きですね!」とダブルで狂喜乱舞間違いなしv もちろん梅園は嬉しさに感涙v
年を重ねて更に素敵になった彼らに出会えて良かった!! しっとり大人な二人をありがとうございましたv |