Gotcha!
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作者:Lucaさん |
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ふぁ〜あ。ねみぃ〜。 のっけから欠伸で悪いね。こっちも朝早くにたたき起こされたもんだからさあ…。あー、髪がいまいち決まってねぇ…。 こう、ぶちぶちと愚痴ってる俺は陵南高校バスケ部1年の仙道彰。さっくり1年で陵南バスケ部のスタメンを取った男とは俺のこと。天才って呼んでもいいよ〜? と軽口叩いても憎まれないのは俺のいいところ。 そして風薫る5月の日曜日の朝。俺たち陵南バスケ部員は神奈川バスケ界の名門・海南大附属高校に交流試合に出かける途中だ。 海南の高頭監督と陵南の田岡監督とは旧知の仲らしく。その縁で今日陵南が海南に練習試合へ行く運びとなったそうだ。 海南大附属といえば大正から続く中高大一貫教育の男子校で。となると見事に野郎ばっかりだねぇ〜。今日はギャラリーに可愛らしい、黄色い歓声とかそういうのはナッシングなわけね。色男の俺としてはやる気なくすなあ。 …なんてややげんなりしながら海南の体育館に到着する。 しかし元来切り替えの早い俺だ。気を取り直して、さてさて敵地の様子はどうかな? と、体育館の中をきょろきょろと見回す。向こう半面になんだろやたら人だかりだ。たかだかバスケ部の練習試合だっていうのにこの数は何よ? 日曜の朝だというのに人口密度がやたら高いのはなんでだ? あんたら部活は? バスケ部以外の生徒とか、中等部の生徒か?あとOBとかやけに多いな。バスケの名門だからかな、やっぱり。まあ、なんでもいいけど。 腑に落ちないけど、追求までは面倒くさいからしないのが俺の俺たるところだ。あー、とっとと荷物置きたいんだけど。 てなわけで俺らを待っていたらしい海南の監督と顔合わせをする。敵陣だからかウチの先輩たちったら、緊張してるみたいだ。でも俺はあくまで自然体(大物ですから)。 「今日はよろしくお願いします」 「こちらこそよろしく」 手にした扇を閉じて俺たちの挨拶に鷹揚に応えた海南の高頭監督はカバの園長さんって風貌だな。昔絵本でこんなヒトみたことあるよ。 あとは人垣の向こうで練習してるんだろう、海南のスタメンは、と。3年3人に2年2人構成だったよな、多分。うん。 『多分』というのは例のごとく、俺は田岡監督からの事前情報もたいして聞いてなかったってわけさ。 だが選手層の厚い海南で1年からスタメンとってた2年がいる。ってのは覚えてるぞ。その超高校級プレイで1年のときは『怪物』。最近は『神奈川の帝王』なんて御大層な名前で呼ばれてるって話だけど(すごいネーミングだよね)。 まあ帝王だかなんだか、この俺が平伏させてやるんじゃなーい? とまあ、ご存知の通り東京からスカウトされて神奈川に来たばかりの俺は、海南のエースのことなど知る由もなかった。興味もなかったし。 「お前ら、陵南さんが来たぞ」 高頭監督の声に観客の壁が割れ、やーっと帝王のおでましか。俺は値踏みするようにそっちを見、次の瞬間固まって動けなくなった。 ―――ひれ伏したのは俺のほうだった。 そこには。…そこには。 とんでもない美貌の帝王が立っていたのだ………!!!! 一目でそれが彼だとわかる。俺は思ったね。 あんな美人がいていいのか!!! そう、そこにはちょっとお目にかかれないような美人がいた。 彫りの深い、エキゾチックな顔立ち。テラコッタ色の肌も眩しい、無駄のない筋肉に覆われた均整の取れた体と長い手足。彼はただシュートのチェックをしているだけなのに、ここにいる俺たちすべての視線を攫う。 なんて綺麗な人なんだ………!! 俺は衝撃を受けたね。俺は彼の『超高校級』の意味を全くわかってなかった。そうか、ダブルミーニングで『超高校級』…! 高校生とは思えない美貌とプレイと。今までのうのうとあの人を知らずにいた俺を本気で殴りたくなったよ。 そんな俺の衝撃なんか露知らず。そう牧…さんはこちらに、高頭監督の下に歩み寄ってくる。 そして監督の横で足を止めウチの監督を認めると、小さく会釈をした。 「はー………」 間近で見る牧さんは本当に息を飲むほど綺麗だった。 褐色の滑らかな肌。長い睫に彩られた綺麗な薄茶の瞳。意志の強さを表す眉。ふるいつきたくなるような肉感的な唇。秀でた額には柔らかそうな茶色の髪が落ちかかっている。それに左の目元にはなんとも色っぽい泣き黒子。…って反則だよ、この人ったら!! 俺は馬鹿みたいに口をあけて、食い入るように牧さんを見つめた。 どんな美辞麗句を持ってしても言い表せない。およそ男としての理想美を集めた存在は、それだけで匂い立つような艶やかさだった。 こんな人がこの世にいるのかと、俺は大袈裟でもなんでもなく思った。それほど圧倒的にキレイだったんだ、牧さんは。 「…………」 監督の声に反応して、少し俺らに視線を流しただけなのに。俺を初め陵南のメンバーはどぎまぎとしてしまう。 いや、俺のほうがより深刻か。どぎまぎどころか、一瞬で魂抜かれたからね。 完 璧 一 目 惚 れ。 ああ、今のこの状態をこう言わずしてなんというんだろう。なんかもう、今まで付き合った女の子とか。ちょっといいな、と思ってた女の子のことなんかすっかり消し飛んでしまった。 ただ彼を見ただけなのに。牧さんを前にしたら、そんなことすべてが色あせてしまうのだ。俺の人生でこんな経験はいまだかつてなかった。 だけどそんな風に美味しそうな体で人の欲を煽るくせに、彼はとても清潔な顔をしていた。真っ直ぐな視線は一点の曇りもなく凛としている。自分が他人に色を含んだ視線で見られていることなんて、わかってもいないんだろうな…。 妖艶な外見と、清らかな中身なんてこのギャップはたまらない。もっと色々あなたを見せてよ…! 一目で彼に落ちた俺の頭はすぐに、彼のことで一杯になった。 「前半、開始します」 審判の宣言に、両チームはコートの中央に集まる。 早く一緒にプレイしてみたい…! 万事むらっ気な俺がいそいそとゲームの開始を待ちわびるなんて、それは全部牧さんのせいだ。 ジャンプボールはまず陵南が確保し、俺たちはゴールへひた走る。そんな中ポイントガードの牧さんは必然的にフォワードの俺にぴったりマークしてきた。 うお、いい眺め〜♪ 色っぽい太腿がちらちらと目に入り、俺は役得ににやけまくった。牧さんはディフェンスの腰を落とした姿勢だから、上目遣いに俺を見るような形になる。 俺だけに向けられる強い視線にぞくぞくしながら共にボールを追う。悪くない。これは悪くないぞーv そんな風ににやけて目の保養をしつつも、まだ俺は牧さんの真価を見せてもらっていない。 さてどう来ます? 牧さん。期待が胸をざわめかせる。 「…!」 俺がそう思っていると、うまい具合に彼にボールが渡った。瞬時に彼の纏う空気が変わる。 帝王、降臨。あるいは顕現――。 俺はその瞬間をいまかいまかと待つ。俺は今まで他人のプレイをこんなに楽しみに思ったことはなかった。そして牧さんは俺の期待以上だった。 牧さんは低いポジションのドリブルを持ち替えて、こちらに斬り込んでくる。 速い…! こんなの、見たことがない。牧さんはまさに一刀一足の美技で、俺を抜きさった。 そしてウチの二枚壁をかわすと、優美ともいえる所作でゴールに鮮やかに叩き込んだ。 「いいぞ、牧!!」 沸き返るギャラリーから声がかかる。しかし彼は自分に注がれる熱烈な視線には気付いてもいないらしい。ゴールを決めても淡々とした牧さんの頭には純粋に勝負のことしかないみたいだ。 彼の勝利への、ストイックなまでの渇望に嬉しくなる。こんな魅力的な好敵手に俺は色めき立ったね。 「そっちだ!!」 魚住さんの焦った声がかかる。 内か、外か。パスか、自ら来るのか。牧さんは自在に翻弄してくれる。 こ、これは、楽しい〜…! 楽しすぎる〜!! こんな俺好みの美人。いや、ものすごく豪奢な麗人と競ったプレイができるなんて、いくら気まぐれな俺でも俄然頑張っちゃうよ? 「うはははは!」 俺は天井知らずのハイテンションで飛ばした。 俺を見て惚れるといいですよ…! とばかりに張り切ったプレイを俺がすると。次に牧さんは俺を袖にしてあっさりとボールをゴールに沈めた。その鮮やかな残像。 うおぉ〜〜! 格好いいー!! カッコいいけどー!! しかしいかな牧さんといえどもこうあっさりやり返されるととても悔しいので、きつい視線を飛ばす。 それを受けて、少し口の端を上げて俺を見返す目の色っぽいこと。 あああ、誘ってんですかアンタ…!! 試合なんか放り出して、今すぐどっかに連れ込みたい…!! と、俺は牧さんのおかげでボルテージは上がりっぱなし。俺は飛ばしに飛ばし、牧さんは俺を阻むべくくらいついてくる。 こんな風に両チームのエース(当然俺と牧さんだ)がはっちゃきになって点取りに行くもんだから、ギャラリーは沸きまくり。牧さんの名前を連呼する野太い声がヒートアップしていく。だけど俺は余裕だ。 勝手に騒げよ、外野。牧さんとプレイしてるのは俺なんだ! 羨ましいだろ? 優越感一杯の上機嫌で俺は叫んだ。 「よっしゃー! 一本狙っていきましょう」 「おお!」 気合入りまくりでゴールを目指す俺のあとに、陵南の先輩たちが続く。海南の先輩たちは、まるで牧さんを守るように立ちはだかる。邪魔だよ、そこどけ!! 牧さんが見えないだろーが!! 「…?」 てなかんじで試合中海南を観察していると。いや、正しくは試合の局面で結構表情を零してくれる牧さんを楽しみに観察していた気付いたのだが、牧さんは他人との距離に無頓着というか、なんかこう無防備だ。 牧さんがナイスプレイを連発するたびに、海南の連中は肩に触れる。腰に手を回す。髪をかき乱す。ハグする、だあ…? 俺が不機嫌を増幅させている間にも、牧さんのパスが通り。それをウチのゴールに押し込んだ背の高い3年が牧さんに駆け寄る。 「ナイス、牧!」 なんだよ、あのセンターの3年………!俺を見て鼻で笑ったぜ。って、ああ?! そいつは牧さんの肩を引き寄せ腰に腕回しやがった!! 褒められて素直に嬉しかったのか、牧さんもくすぐったそうな顔でされるがままになっている。うわ、そんな可愛い顔ソイツに見せなくていいよ牧さん!!! そんな海南側の様子を見せ付けられて、俺のイライラは頂点に達する。 ダメだよ、牧さん! そんなことさせちゃ。てゆーか俺の牧さんに馴れ馴れしく触るなよ…! う〜、腹立つ!! うりゃっ! そんな風にじりじりしながらも、きっちり仕事はする俺って偉いっしょ〜? 私情すっごく挟んでるけどね♪ 「仙道、ナイッシュ!」 速攻ボールをゴール下へ運び、さっきのセンターの頭越しに一発決める。歯噛みしてんな? ざまあみろだ。 ふふん。今日の俺は牧さん以外に止められる気がしないっつーの。さらにもう一つ。海南の主将の頭越しにアリウープを決める俺は、もう絶好調よ? 選手も観客も歯噛みする海南生を尻目に、俺を止められるもんならやってみろ。 という時に、 「前半終了!」 のコールがきた。 命拾いしたね、牧さん以外の海南の皆さん〜。 誰にというわけでもなくひらひらと手を振りながら、尊大な俺は踵を返すと一番先にコートから出た。 「ふー…」 ドリンクを一気飲みして大きく息をつく。さすがに牧さんと競るのはしんどいな。 いつもなら、一手先をトラップにしとけば大概は片がつくんだけど。牧さんたら俺の二手、三手先も見切ってくるんだよね。 手強いヒトだよ。でも格好イイんだ…! 俺はうっとりと海南ベンチを見る。真剣な横顔で監督の指示を聞いてる牧さんも可愛いな〜。 「うふふふふふ…」 「…………」 休憩中。海南ベンチの牧さんを熱く見つめて一人えへらえへらと笑い続ける俺の不気味さに、陵南の皆はおろか田岡監督までも凍っていた。 「後半始めます」 そう告げる審判の声を合図に気合を入れる。さあ泣いても笑っても後半戦だ。 スコアは海南36対陵南26からスタートする。試合はこうでなくっちゃな。追い上げるよ〜。牧さんを追い詰めるなんて、考えるだけで…。ふふふふふ…。 「コラ、仙道。気ぃ引き締めろよ」 「わかってますよ〜」 大丈夫だろうかコイツ…。って顔でウチの副主将は離れていった。 しかし後半は危険なぐらい絶好調の俺が引っ張って、ついに海南と4点差になった。さあロックオン(牧さんごとね)! だ。 今もみ合って押し出したボールはサークルボールとなり。ジャンプボールはウチがとって、海南に攻め入る体制だったのだが。 「!」 あらら、牧さんたらカットしてくれちゃったのねー。 「速攻!」 鋭く叫ぶと牧さんは急いで駆け戻る俺に向って突っ込んでくる。ボールなんか放り投げて俺の胸に飛び込んでくれりゃいいのに、そんな甘いことはなく。 「うおっ」 どうにか牧さんのシュートを阻んだけれど。そのあともろにぶつかり、俺たちは縺れるように床に転げた。二人とも派手にぶっ飛んだっていうのにオフェンスもディフェンスもチャージングはとられなかったから、こぼれたボールは魚住さんの手を経由して海南ゴールへ運ばれていく。ゴール下の俺と牧さんを残して。 「いてー…」 倒れこんだ拍子に背中と後頭部を打ったらしい。あー、ちょっと瘤が出来たかな…? 小さいの。俺はひりつく痛みに頭を擦りながら身を起こす。 っと、そうだ。そんなことより牧さんだよ。最初俺を下にしてから縺れて転がったらしく、今俺は牧さんの上に被さってる。図らずも牧さんの足の間に身を割り込ませて、彼の顔の横に手をつく形だ。 おおー、ベストポジション! 業師たる俺の所以か。はっはっは。いや、それほどでも。 などと照れツッコミしながらも、俺は彼の頬に手を触れて揺すった。 ぐったりしてる牧さんのことが心配だからね。というのはオモテ向きで。強欲な俺は柔らかな頬に触れながら、この唇に銜えさせたいな〜(何を?)と不届きにも思った。 「大丈夫ですか…!!」 俺の呼びかけに牧さんは目を瞑って呻いた。俺に他所事を考える余裕があったのはここまでだ。 「ん…。ああ、お前は…?」 ゆっくりと瞼を上げて牧さんは俺を、見た。 至近距離で、キレイな薄茶色の瞳に俺が映る。上がった息と、うっすらと紅く上気した頬。ぼんやりとしていた瞳が焦点を俺に戻す。 それは夢のような光景だったよ。牧さんは、今度こそ完膚無きまでに俺の心を奪いつくしてくれた。 「俺は大丈夫だが…」 低く心地よい声が俺の耳をくすぐる。 牧さんを見つめたまま動きを止めた俺に気付かず、そう答えて牧さんは少し考え込んだ。 ボールの奪い合いで突っ込む形になったとき。結構激しくぶつかったのに自分に痛みはないのは、俺を下にしたからじゃないか。とかそんなことを考えたのだろう。 困ったときの癖なのか。なんとも複雑そうな顔をして、牧さんは小さく唇を尖らせた。 ぐらり…。 今また俺の中でさらに傾いたよ。ああ牧さん、あんた無茶苦茶可愛い…。 そうデレデレと見蕩れていると不服そうな牧さんの声がした。 「重い、仙道」 「ああっ、すいません!!」 これは相当重かっただろう。牧さんに見惚れて失念していたが、ウエイトも結構ある俺が、未だ牧さんを押し倒して伸し掛かっている状態なのだ。 しきりに恐縮する俺を哀れに思ったのか、牧さんは悪戯っぽく微笑んだ。 「肩、借りるぞ」 そう呟くとあろうことか牧さんは俺の首筋に腕を絡めた。そしてそれだけじゃ俺の下から逃れられないと知ると、俺に片足を絡めて自分の上体を起こしにかかったのだ…! 『く…くんずほぐれつ…!!』 俺の下でもがく彼に刺激されてとたんに脳裏一杯に広がる、乱れる牧さんのエロい姿…! やべっ! 持て、俺の理性!! 妄想しすぎて死ぬかも!! このとき俺は真剣にそう思ったね。 牧さんは俺の下から、一刻も早くゲームに戻ろうとした『だけ』なのだろうが、なんというかもう…それは逆効果だった。 滑らかな肌が俺にまといつき、しっとりと汗に濡れた髪が俺の首筋をくすぐるんだからたまったもんじゃない。俺の理性がカンタンに焼き切れたのは想像に難くないだろ? 「おおっ…!」 牧さんを注視するギャラリーからはなんとも不穏などよめきが起こり、俺はというと胸いっぱいに牧さんの匂いを吸い込んでしまって頭がくらくらする。 そんなだから、どこまでも不埒な俺は反射的に牧さんの背を腰を引き寄せて抱きしめた。そりゃもー、がっしりと。離すもんか! な勢いで。 「おい、仙道。離してくれ」 立ち上がりたいんだが。という牧さんの声は申し訳ないけど無視。 見かけより着やせするのか、きゅっと引き締まった腰を俺の腕に収める喜び。それを噛み締めていたら…。 「大丈夫か、牧!」 あれ、みんないつの間にウチのゴール下に戻ってきたのよ? 「牧から離れろ、仙道!!」 殺気立った海南の主将の声がする。うるせーよ! 引っ込んでろ!! 俺はこの幸運に完全に酔ってしまい、どさくさに紛れて戸惑う牧さんを撫で回す。 広い背中を辿る。ユニフォーム越しにもわかる、引き締まった脇腹を撫でてそれから…。 だが、俺の幸運はここまでだった。 「痛ぇ〜………」 「仙道、試合中だ」 俺は無情にも瘤を作った場所を魚住さんに再度殴られ、首根っこを掴まれた。純情な魚住さんは牧さんの色っぽさに当てられまいとするように、わざとらしく目を逸らしている。無駄だと思うんだけどな。 でも、魚住さんの言うとおり。ちっくしょ〜〜〜…。そうだったんだ。このまま牧さんに触れていたいけど、あと残り5分もあるんだよこの後半…! 俺は仕方なく随分と居心地のいい牧さんの肩から未練たらたらで顎を離した。魚住さんに首根っこを掴まれたままもう一度牧さんを抱きしめて、彼の匂いを堪能するのも忘れない。あー、たまんねぇ…。 なんてそうやって牧さんに意地汚く密着したのがまずかった。やけに抱き心地のいい体と密着したら、あらぬところを刺激されたりそりゃたまったもんじゃないでしょう。 ぽたり…。 そんな牧さんのフェロモンが直撃したのが、下半身じゃなかったのがせめてもの救いか。 あー、体育館内一杯の牧さん信奉者の怨念成就かも。そう、俺の鼻からぬるりとしたアレがね…。 ああ、ごめんなさい。あなたを汚しちゃったよ…。俺のバカ!! 「仙道、鼻血…!」 俺はどかされたけれどまだ床に尻餅をついた格好のままで、驚いた顔の牧さんが俺を見上げていた。その彼の白いユニフォームに落ちる俺の血を見て、慌てた牧さんがまくし立てる。 「大丈夫か?! やっぱりどこか打ってたのか!?」 牧さんに心配されている…! この感動をどうしたらいい? 俺を気遣う声に、痛ましげに俺をみつめる瞳に俺の一切合財を鷲掴みにされる。 「あー…、大丈夫れす」 俺は鼻を押さえたまま感動に打ち震え、牧さんの問いかけにそう答えるのがやっとで。くそう、口も達者な俺としたことが牧さんを安心させる言葉がでやしねぇ。 「大丈夫か、君!」 流石に血が絡むと審判も放っておいてくれない。俺はレフェリータイムアウトでコートから追い出された。とりあえず怪我はないらしい牧さんも、大事を取ってチェックをしようということだろう。高頭監督の指示で交代しコートから出た。 そのまま試合は続けられ、俺は止まらない鼻血を止めるべく壁に寄りかかっていた。 そして反対側の海南ベンチの牧さんを見ながら見ながらぼんやりと考える。あれはまさに悩殺ファウルだ。 まあその、俺は人よりそういう経験が多かったからなんとか持ちこたえたけどさ。人肌の経験のない奴が牧さんと当たったら、前屈みでその場から立てないことになるぞ…。 自分の出した推論にふかーく頷きながら、俺は愛しの牧さんのいる海南ベンチを観察した。 背は俺くらいかな。ひょろりと細っこい一年が甲斐甲斐しく牧さんの世話をしている。 そいつの顔には仙道の血なんて薄汚いものが牧さんを汚した、許せない。と顔に大書きしてある。へーへー、悪うございましたねー。俺は胸のうちでそいつに舌を出した。 そのまま見ていると、彼は牧さん大事! とばかりにムキになってタオルで拭いかける手を制し、受け取ったタオルで汚れを何度か拭いた。だがすっかり染み込んでしまっているのを見て取ると諦めたらしい。 その横に執事よろしく、うやうやしく替えのユニフォームを差し出す白い手。 「サンキュ。神」 絶妙な間合いでユニフォームを差し出した一年坊に牧さんは微笑みかけた。 そして帝王はなんのためらいもなく、俺の血がついたユニフォームを脱いだのだった。 「うお………!」 観客の声もない感嘆を俺は聞き、息を飲む。俺は視力が2.0あって良かったと、このときほど思ったことはない。 そこには奇跡のように美しい裸身があって、見るものすべての目を集めた。観客はもちろん、試合続行中のはずのコート内の連中の視線もだ。 俺たちは汗で濡れた褐色の肌の、やけに淫靡な腰のくびれを食い入るように見つめた。このオカズで何杯飯食えるだろう…。と、ここにいた奴ら全員そう思ったな? むかつくことに。 しかし牧さんだけがこの異様に静まり返った状態に気付かず、ついでに汗を拭い、さっさと上着を替えるとコートに向き直った。 衣服があの滑らかな肌をすっかり隠してしまうと、どこからも無念そうな溜め息が漏れる。 「どうした?」 至近距離であの体を見たひょろりとした一年(羨ましい奴め…!)が、どぎまぎと赤い顔をしているのがわかる。 「変な奴だな」 牧さんは何の疑問も持たずに身支度を整えると、すぐにコートに戻った。あー、俺も牧さんと一緒のコートに戻りたい〜! だが牧さんのせいで止まらない鼻血と、これ以上失態を見せるわけにはいかん! という茂一の判断か。俺はベンチから食い入るようにコートを駆ける牧さんを見つめるしかなかった。 彼の躍動する肢体を堪能する。試合中の牧さんはさらに綺麗だったから、彼の華麗なプレイを見るのは楽しかったが、やっぱり牧さんとやりあいてぇ。それが偽らざる本音で。俺はじりじりしながらベンチにいるしかなかった。 そんなこんなで俺を欠いた試合は推して知るべし。陵南は海南に10点差で負けた。でも不思議と悪い気分じゃない。 選手たちは互いの健闘を称え合い、軽く握手をしてベンチに下がってきた。おーい、うちの主将以下牧さんと握手した手をじっと見ちゃってるってどういう了見よ? 俺は自分のことを盛大に棚に上げてチームメイトを睨みつける。 「帰るぞ」 田岡監督の声に俺たちはのろのろと帰り仕度をはじめた。 夢のような時間は無情にも素早く終わってしまい。あー。帰んなきゃなんねーのか………。 俺はその事実にがっくりと肩を落とした。 ああ、牧さん。牧さんはどうして海南の牧さんなの?! 嘆いても詮無きことなのだが、嘆かずにはいられない。 未練たらたらのまま、のろのろとした足取りで先輩方に続く。そうすると体育館の入り口で海南部員と行き交った。 ジャージを羽織った牧さんが海南の部員たちに囲まれているのは、正に帝王を護衛する親衛隊の図だ。 うわ、マジで汚らわしいモノを見る目が痛いよ。なんて口先は怯えてみたが、そこは鋼の心臓で鳴らしている俺だ。だからどうした? 鼻で笑って奴らを見返す。 「仙道」 俺を認めると、牧さんは自分を取り囲む輪から抜け出て、俺のほうに歩いてくる。俺は猛烈に感動したね。 「もう、大丈夫か?」 さっきの鼻血のことを言っているのだろう。彼は心配そうな顔で俺を見上げてくる。 俺のことを気にかけてくれるなんて。優しい、牧さん…! 牧さんの前で鼻血出すなんてえっれー格好悪かったが、牧さんが俺のことを気にかけるきっかけになったんならグッジョブ!! 万事オーケーっしょ! 「ええ、おかげさまで大丈夫ですよ」 そんな風に心の中でガッツポーズしながら、これ以上はない極上の笑顔で返す。女の子たちにものすごく好評の笑顔でね。 外野から『げ、仙道のキラー・スマイルだよ…タチ悪ぅ』なんて声が聞こえるが引っ込んでろ、部外者。今二人の世界作り上げ真っ最中なんだからよ。 「そうか…」 良かった。と小さく呟いて笑った牧さんを見た俺の感動は、とても言葉じゃ言い尽くせない。 牧さんの笑顔は、なんかこう…心に灯りがともるような、胸が暖かくなるような笑顔だった。俺は俺だけのために向けられた花のような笑顔を目に焼き付ける。 「おーい、牧。行くぞ!」 俺がシアワセを噛み締めていると。そんな奴と話すな、とばかりに邪魔をする海南の主将が牧さんを呼んだ。 次の試合でこの天才仙道君が止めをさしてあげますよ〜。と牧さんが気付かない一瞬に、不機嫌顔の主将に思いっきり鋭い視線をくれる。まあ、向こうも団体で殺人光線返してきたんだからおあいこだ。 「じゃ…」 「牧さん!」 俺はチームメイトに視線を戻して歩き去ろうとする牧さんの手を強引に引く。そしてそのまま牧さんをぎゅっと抱きしめた。俺の肩に顔を寄せる格好になった牧さんは、なんでこんなことになってるのかよくわからないらしくじっとしたままだ。 「俺、また牧さんに会いに来るから…!」 震える声でやっとこれだけ言った。しっかりとした感触を返してくる体をこの腕にとどめていることが信じられない。暖かい彼の体温。 「ああ」 俺の切羽つまった気持ちなんか知らないで、牧さんは単純に試合に来ると思ったんだろう。俺の肩に顔を埋めるかたちのまま、ぽんぽんと俺の背を叩いて抱き返してくれた。 「おい、牧!!」 「わかった、宮」 小さいメガネのチームメイトの上ずった声に急かされて、牧さんは俺の腕をすり抜けた。このときのなんとも言えず、切ない気持ちを俺はどうやって言い表せばいいのだろう。 誰か俺に言葉を教えてくれよ。彼を掻き抱いて訴えたいのに。 「またな」 でも牧さんはこっちの気も知らないで、笑った口元のまま軽く手を上げて背を向ける。 振り返って俺を睨みつける取り巻きの奴らなんてどうだっていい。今は彼の感触を自分の腕に止めるのに必死だからさ―――。 俺は歩き去った牧さんのことだけを思って立ち尽くした。 「ふふふー。俺ったら激しく恋に落ちちゃいましたよ〜!」 どうしましょうか、牧さん。らららー♪ 戦い済んで日が暮れて。 陵南に戻るという監督と別れ。部員だけの海南からの帰り道。俺は上機嫌のままに歌いだしちゃってる。 こいつと同方向帰りが仇になった…といつもの俺の変人ぶりに慣れているとはいえ、陵南メンツはやはりげんなりとした顔をしている。 そんな俺の不気味な様子を無視して、さっきから押し黙っているのは副主将の坂下先輩だ。 試合後海南バスケ部の友人から海南バスケ部事情ってやつを聞き出したらしい。その先輩がぼそりと呟いた言葉。 「やべぇ。やべぇよ、海南。ていうか牧か…」 「なんですって、先輩?」 人の想い人をつかまえて、『やばい』とは聞き捨てならない。剣呑さを滲ませて俺は先輩を見た。 「仙道…。海南はなぁ。牧がいる限り、最強かもしれん」 どうしたもんかなー…。と困惑した顔で、溜め息混じりに坂下先輩が俺らに話してくれたことには。 他校の奴で美味しそうな牧さんにやられたのはどうも俺がが初めてではなく。というより毎回、海南と当たるチームの奴は牧さんの色気に撃沈されてしまう。 それは神奈川だけで済まず。去年のインターハイは裏では牧・争奪戦だったと一部でまことしやかに囁かれたそうな。 試合で毎回押し倒されて、イロイロと逸脱するほど懐かれてる意味を知らず。その原因を当の牧さんは自分のウエイト不足か何かと認識しているらしい。だから牧さんは当たり負けしないようにと通常練習の後に、追加メニューをつけて鍛錬しているとか…。 「…鈍いにも程がないか、牧…」 俺以外の仲間の呟きがハモった。だが俺だけはまたもや感動の嵐に打ち震えていた。 「……なんてカワイイんだよ、あのヒトはよ〜!!」 俺はのたうち回ったね。そんな牧さんの天然さに、可愛さに。 もうごろごろと転がりかねない勢いの俺を尻目に、眉間に皺を寄せて先輩は続ける。 「ここからなんだよ。海南の怖いところは。去年牧目当てで入った部員の数も凄かったが、今年はさらに上を行ったって話だ」 「例年ならきつい練習で脱落しちまう奴らの方が多いのに、部員は減らない。その原因は牧なんだよ…やっぱり」 なんともいえない顔になる先輩以下陵南メンツ。その中に俺は当然入っていない。 むかつくけど、わかる。わかるぞ、その気持ち。うんうんうん。と俺は激しく同意した。 海南の帝王・憧れの牧さんは。挑戦者にも自分にも負けないように、延長練習までして日々自分を鍛錬している。それを目の当たりにした部員たちは牧さんの想像以上の美しさと気高さに例外なく魅了される。 そんな牧さんに少しでも近づけるように。少しでも長く練習に汗を流す彼を見られるように。自分から追加練習を望む部員の多いこと、多いこと。 奴らの望みは牧さんと試合に出て、牧さんに認められるチームメイトになること。そして牧さんを狙う県内、国内の不逞の輩から牧さんを守ることを誓っているのだ。 こんな具合だからユニフォームを取った連中もうかうかしていられない。牧さんの信頼を集めるこの座を狙う奴はごまんといるから、例えスタメンといえど油断は出来ないのだ。 牧さんを中心にしたスパイラル。そうして必然的に海南の選手層は厚みを増し、チームの地力は上がっていく。 てなわけでさっき俺らがぶつかった、護るように牧さんを取り巻くバスケ部員の群れ。人はこれを海南名物・帝王行列と呼んでいるそうな…。 「はー………」 牧さん一人でこれほどまでとは。陵南メンツはもう言葉もなく、流石の俺も唖然としてしまった。でも即座に納得する。 仕方ないよな、あの色香には敵わない。牧さんを手に入れたくて、俺を見て欲しくてたまらない。それは海南の奴も他のチームの奴も同じこと。 でも俺は陵南にいて良かったよ。そりゃ牧さんの傍にいつもいられないのは寂しいけどさ、チームメイトのまま指銜えてあの人のこと見てられるかっつーの! そうだよ。コートを統べるあの人を堪能できるのは、他でもない挑戦者の俺なんだ。 それに。さっき抱きしめたときにわかったけど。きっとあの人はまだ誰にも触れさせた事がないんだ。抱きついた俺の下心も全くわかってなくて、大袈裟な親愛表現かなにかにとってたっぽい。 彼の心を占めているのは今のところバスケだけらしい。さらに帝王大事の部員たちに取り巻かれ、きついと評判の海南の練習をこなす毎日なら―――。 俺は確信した。あの人はまだ誰のものでもない。心も体も。この喜びをどう表現すればいい? どうやら過分にシンプルな俺はこの幸運に感謝してもし足りなくなった。まっさらな牧さんを俺のものにするなんて、こんなぞくぞくすることはそうはない…! 俺を見て、ふわりと微笑んだ牧さんを抱きしめるように思い返す。 俺があんたをかっさらいに行くから。あんたは誰にも負けずに待っててください! 「っしゃ〜。燃えてきたー!!」 決意も新たに叫ぶ俺を陵南の仲間は引きつった顔で眺めていた。 END |
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激烈かっとんでしまっている仙道に大爆笑☆しかも強気が可愛いです。私も相当な牧ラブ者と自負してますが、
今回ばかりは負けました(笑) 牧賛美たっぷりの面白小説をありがとうございましたv |