coffee
作者:カオリさん



「お前さ、コーヒー飲めるようになったんだ?」

土曜の午後、いかつい体育会系の高校生には不釣合いな、綺麗な喫茶店。そこに、海南大付属高校バスケット部主将の牧紳一と、友人の、これまたバスケ部の武藤正は、いた。

 高校近くにあるその喫茶店は、青と白を基調に、壁、テーブル、椅子、食器、果ては出される角砂糖まで青い薔薇を形作っていて、隠れスポットとして、オトナのお姉様達で常に占められている店だ。
けれどその店では、オトナなブラックコーヒーだけでなくて、高砂が言うところの『砂糖汁』を売る店…スターバックス並に、甘い甘いコーヒー類がメニューに並んでいる。だからこそ女性客が絶えないのだろうが、武藤にしてみればこの状況は、果てしなく恥ずかしい。
 武藤はやや大きめのマグにたっぷり入ったカフェ・ラテを。牧はごくシンプルなアメリカンを。

何故こんな小奇麗な喫茶店に、小汚い男子高校生がいるのか、と言えば、帰宅中に突然の土砂降りに出くわしたからだ。
今日は、いつもバスケ部が使っている体育館を職員の行事に使用するらしく部活は休みになった。そこで、牧はじめ武藤らバスケ部3年は、教室に残って喋りを楽しんでいた。時計も三時を回り、帰ろうかと学校を出たところで雨に当ってしまった、というわけだ。
 高砂は無言でビニールの置き傘を開き、用意周到な宮益は鞄から紺色の折り畳み傘を出した。当然、何の用意も無い武藤と牧は雨に降られるわけで、かと言って180センチを超える巨体が、コンビニエンスストアで売られている小さなビニール傘や折り畳み傘に2つも入るわけもなく、牧と武藤は近場の喫茶店で雨宿り、という訳だ。

そこで、冒頭の武藤のせりふ。
牧は以前、コーヒーの類は飲めなかった。彼の飲み物と言えばもっぱらポカリスウェットが定番で、あとはミネラルウォーターとか、そうでなければ紅茶程度だ。牧は紅茶、特にリプトンのレモンティーは好きだった。
 その牧が自らコーヒーを注文したので、武藤は少し意外に思って質問してみた。
「苦くてヤなんだろ?甘いのもあるっつったら、豆臭いとか言って」
しばし考え、そう言えばそうだったな、と牧は思い出す。
コーヒーは苦手だったし、今もおいしいとは思わないが、つい注文してしまった。
その事実に、牧は少し顔を赤くした。
「…なんでソコで赤面すんだ…?」

いつものコトながらワケわかんねー奴…、と、武藤は呟いた。





***






鎖骨から、仙道の綺麗な指が滑り落ちてくる。
鎖骨のかたちをたどり、厚みある胸、締まった腰へ。いたずらみたいに、優しく軽やかに。牧はくすぐったくて、笑いながら仙道の手を掴んだ。
「バカ、遊んでんなら帰っちまうぞ」
圧し掛かる仙道は、片手を牧の頭の横へついて体を支えている。睫さえ触れそうなほど近くの、綺麗な造作の仙道の顔が、笑みを形作った。
「牧さん、皮膚キレーだから、つい」
浅黒いその皮膚の色も、なめらかな感触も、仙道は何だって誉めてくれる。牧は苦笑した。
「それ、アバタもえくぼってヤツだ」
牧は、自分の色素の薄い艶やかな髪も、標準値以上に男前な顔も、健康的な小麦色の肌だって、たいしたモノではないと思っている。
それどころか実年齢より老けて見えるその顔を疎ましいとさえ思っているのだ。
仙道は、そんな自分に無関心な牧に、いつもため息をつく。
「牧さぁん、そろそろ自分のミリョクってやつを正当評価してくださいよ…」
「なんだよ、それ」
こんなに無頓着だから、自分に向けられる好意にも気付かないのだ。好意よりも下卑た視線にも。
だから不安なんですよと仙道が言っても、牧はちっとも理解してくれない。
今回も仙道の言葉を理解しない牧は、いつまで経っても本格的な行為に出ない仙道に焦れて、自分から口付けた。
「俺は忙しいんだ。早くしろよ」
また仙道はため息。
無頓着で、情緒も何もあったもんじゃない。
出会ったときから、牧はこうだ。淡白で、男らしくて、自分が女だったら是非是非その逞しい腕で抱いて欲しいと思うだろう。その男らしい牧が、自分の腕の中にいること自体が夢みたいなことなのだ。

仙道は諦めて、牧に口付ける。
弾力のある、肉感的なくちびるは、仙道に充分な満足感を与えてくれる。差し出してくる舌も柔らかい。
彼は歯列をなぞり、絡めた舌を吸いあげる。僅かに牧の眉根が寄せられる。そうすることでさえ、仙道には綺麗に思えた。
「んぅっ……」
くちづけながら仙道は再び牧の胸元を探った。
今度はただ触れるだけの行為でなく、快感を追う愛撫だ。
胸元の飾りをつまみ、ひねり、つつく。牧はわずかに身をよじる。
だがそれは拒否の仕草ではなく、快感のさざ波だ。

長い長いくちづけを終えると、牧は少し潤んだ、熱っぽい視線を仙道に投げつける。その視線に仙道は敢え無く陥落してしまう。
いつもそうだ。
一層の快楽を与えようと、彼は牧の下腹部に顔をうずめた。
舌で煽ってやると、牧の息遣いが激しくなる。仙道の髪の毛に指を差し入れ、かき乱す。仙道は口の中のものの絶頂が近いことを悟り、食み、吸いあげる行為を強くした。
「んっ…」
頭上で声を聞いて、こりゃあ一回じゃ終われねーわと仙道は己の熱さと身体のうねりに眩暈がした。





***





仙道の部屋のカーテンも、ベッドカバーも、全部青。窓からの薄い陽光が、青の布に遮られて、幕の張った青い光になる。
 目覚めて、まどろみの中で見る青い光、牧はそれが好きだ。その青い光と共に、いつもコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
牧ひとりの体温に占められたベッドに腰掛け、白いマグカップにコーヒーをたっぷり注いで、素っ裸に近い格好で仙道はそれをすする。牧との行為のあと、仙道は必ずこの一連の動作をした。
「うまいか?コーヒー…」
自分が好きではないコーヒーをうまそうにすすられ、牧は少し興味が沸いて聞いてみる。
仙道はにっこりと爽やかで綺麗な笑みで頷いた。
「俺にもひとくち」
タオルケットで身体をくるみ、牧は仙道に手を伸ばした。しかし仙道は牧にそのマグを渡してはくれず、肩を引き寄せると、コーヒーを含んだ自らの唇を寄せた。

流れ込んできたぬるいコーヒー。
安っぽい、瓶に詰められたインスタントのコーヒーだ。
苦くて、美味しい味とは思えない。
それでも、牧は、その黒い液体のひとしずくでも惜しいとでも言うように、濡れる仙道の唇をぺろりと舐めた。
「おいしいでしょ?」
くちびるから離れた仙道は、もう一度そのハンサムな笑顔を向けた。
その笑顔は眩しい。牧は目を細めた。

青い色、そしてコーヒーの薫り。
それらは常に仙道の傍の記憶。

この青い、薄い光のある喫茶店。コーヒーの香り。それらが記憶を喚起し、正面に友人の顔を見ながら、牧は仙道を思い出して赤面した。
部屋。カーテン。ベッド。
指先、体臭。吐息、体温。

脳にはそれら記憶の欠片が押し寄せてきて、牧はコーヒーに手をつけられなかった。

唇。

コーヒーの味は、唇の味だ。

結局、牧は注文したコーヒーをほとんど飲まずに残して店を出た。

「馬鹿だな、カッコつけてコーヒーなんか頼むからだよ」

武藤のからかいの声を聞いて、牧はますます赤面した。






fin.



こんなにお洒落な高校生カップルがいたらと思うと、ヨダレが止まらないv 何気に
武藤と高砂がいい味だしてて楽しさ倍増です。素敵な作品をありがとうございました!!

 


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