It smells so sweet.
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作者:べるべるさん |
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「牧さん、ナイッシュ!」 仙道からのパスを牧がリングへ入れる。 対戦相手はいない。 1on1だったり今みたいにパスから始めたり。 1つのボールと1つのリングと、2人―――。 「いいねいいね、楽しそうだよ2人とも!」 さっきから2人の様子をカメラに収め続けていたカメラマンが声を掛ける。 牧と仙道はバスケ雑誌の特集記事の取材を受けていた。 海南大への進学がすでに決まっている神奈川の帝王・牧と全国に進めなかったとはいえ牧の後継者としてその実力を認められている仙道。 そんなビッグな2人の対談を是非とも載せたい、という話があったのだ。 しかも2人のルックスに目をつけての巻頭グラビア付きだ。 撮影はどこでもいい、との話だったので仙道は戸外のバスケットリングを選んだ。 やっぱりバスケをしている姿が見る方にも自然だし普段の牧はなかなか自分とのバスケに気軽に応じてくれないからだ。 「もしかして2人、私生活でも仲良いの?」 休憩し始めた仙道にポカリスウェットの差し入れをしながらカメラマンが訊いてきた。 その場にいない牧の話題だ。 「特に牧くんの表情がすごく自然だよね、意外」 「意外ですか?」 「ほら、何ていうかさ…普段はキャプテンってこともあるんだろうけど力を抜いて友達とバスケしてる普通の高校生っぽいところが…」 「あ〜、何となく分かる気ぃします、それ」 カメラマンが今日牧に対して感じたことと同じことを大分前に仙道も感じたことがある。 あれは仙道が1年のときの国体合宿に参加した時だ。 会場を騒然とさせる鮮烈デビューを果しベスト4入りした陵南から選ばれた仙道。 同じ陵南から選出された魚住も初参加だったため自然と参加経験者に色々と頼ることになる。 そこで主に仙道の面倒を見てくれたのが牧だった。 今と違って牧はまだキャプテンではなかったし、個人的に仙道に興味を持っていたらしい。 最初に話しかけてきたのは牧の方だ。 普段の牧はコートの中の彼とは全くの別人で、けれどバスケが絡めば一気に熱が上がる。 練習どころか試合にさえ熱中することの少ない仙道にとって牧のバスケに対するマジメで熱心な態度は新鮮で好ましく見えた。 それほど長くない合宿期間の中でも牧の誘いがあれば必ず乗ってくるほどになっていた。 元来目上の人間とそつなく付き合える仙道だったがその頃すでに自分の牧に対する感情が特別なことに気が付いていた。 牧と一緒にいる時間が楽しい、牧と話すのが楽しい。 同じ高校生として、バスケットプレイヤーとして、先輩として、友達として牧が見せるごく当たり前で自然の姿が嬉しかった。 どこか冷めていた自分がふと“自覚”するほど牧といる時は自然体でいられることも。 仙道には初めてで特別な感情だったのだ。 結果的に仙道の牧に対する気持ちはその後恋に変わって。 今、牧は仙道の恋人でもある。 「ねぇねぇカメラマンさん、せっかく今日天気いいし、対談もこのままここでやっちゃいません?」 「え〜、そんな用意してないよ」 勘弁してよ、とカメラマンは答えるが、だってそんな気分なんですよ〜、と仙道も答える。 そんなやりとりの中、牧が戻ってきた。 「また何かわがまま言って困らせてんのか?」 からかうような口ぶりの牧にポカリの缶を渡しながら 「帰ってくるなりそれはヒドイっすよ、牧さん…」 と仙道が抗議すると牧はふっと笑って返した。 そんな2人を見てカメラマンは立ち上がる。 「よし、今からレコーダー取ってくるから。待っててよ」 そう言って公園を去っていくカメラマンの後ろ姿を見ながら牧が訊いてくる。 「お前何言ったんだよ」 「ん〜、どうせなら対談もここでやりたいな、って」 「…ワガママ」 「だってせっかくだから牧さんに訊いてみたいことがあったんです…」 対談取材でもきっと上る話題だとは思うけど、本当に訊きたいのはもっと深いところ。 初めて会った時、俺をどんな風に思ったのか、どんないきさつで俺を好きになってくれたのか。 牧さんの目から見て俺はプレイヤーとして、友達として、恋人としてどう映っているのか。 ずっと訊いてみたいと思ってた―――。 不安だとか疑いだとか、そんな感情は一切含まず、けれど真摯に仙道は続けた。 牧は元々自分の気持ちを曝け出すのは得意ではない。 きっとこの先同じ事を訊かれても自分は答える事を拒むかもしれない。 だからここで、あっさりと白状した方がいいかもしれないと思う。 たとえそのつもりはなくても、たとえ大切なものでも、記憶というものは薄れていくから。 まだ記憶が鮮明なうちに仙道に伝えておくのもいいかもしれない。 仙道は海南にはいないタイプの選手だった。 PGを中心とする海南には滅多に出てこない攻撃専門屋。 チーム全体のバランスを考えれば1人のワンマンエースを抱えているだけのチームは脆い。 陵南のセンターは県でも1番高い身長を誇るけれど、まだ技術は足りない。 そして他のメンバーはこの1年生エースに頼りすぎている、精神的にも実力的にも。 そう冷静に分析する自分が、別のところで仙道というプレイヤー個人に興味を持っていた。 それは仙道が自分の周りにはいないタイプであることも理由の1つだったけれど より気になったのは彼が全く気負っている様子もなく、淡々と繰り出す華麗なプレイ。 根本的なところで自分とは何かが違う―――それが第一印象だった。 熱の籠もらない、勝ち負けとは違う何か別のものに執着しているかのような瞳。 それが牧には不可解で、だからこそ、その正体を知りたいと思った。 仙道がバスケに何を求め、それが得られた時にどんなプレイを見せるのか。 今にして思えばそれは充分、仙道に対する牧の執着だったのかもしれない。 仙道と接するチャンスは意外に早く訪れた。 世話役という役目にかこつけて、かなり積極的に仙道に接近した。 チームメイトにも呆れながら言われるほどコートの外と内では別人の自分と違い仙道はコートを出てもあまり雰囲気は変わらなかった。 仙道の方は牧のコートを境にした変化を楽しんでいる風だったが。 結局仙道が1年生ということもあって試合でチームメイトとして同じコートに立つことはなかったけれど合宿が終わる頃にはかなり親しい関係になっていた。 最初に思っていた『熱中できないのは相応の相手がいないから』という答えが間違いだったと分かる位には。 そして牧自身もその答えを知りたいとは思わなくなっていた。 そんな風に思い始めた時、仙道に告白された。 牧をプレイヤーとして尊敬しているし、男としても先輩としても頼りにしているけれど特別でも何でもない、牧が好きなのだと。 牧が楽しそうに笑っていれば自分も嬉しいし、これからも見ていきたい。 そんな自分の気持ちを恋愛感情だと認めたらすべてがしっくりきた。 そんな仙道の言葉を牧はまるで自分の持っている感情を代弁されたかのような気持ちで聞いた。 あぁそうか、俺は仙道が好きだったんだ―――。 その結論をまるで最初から解っていたかのように納得がいった。 プレイヤーとしての彼も、個人としての彼もすべてひっくるめて彼を知りたくて、彼の笑顔を見たくて、彼と一緒にいたくて。 たとえばこの気持ちを性別とは無関係に、同じ人間として抱く憧れだとしたら。 実際そういう要素もあるにはあった。 プレイヤーとしてはまだ自分の方が経験も多く、彼がまだ持っていないものがある。 逆にプレイヤーのタイプの違いによって自分にはなく彼だけが持っている才能もある。 それはバスケだけに限らず性格、長所・短所としても同じことが言える。 けれど自分は仙道になりたいとは思わないし、仙道も自分になりたいと思ったことはないだろう。 お互いに良いところも悪いところも知った上で、自分は牧紳一として、仙道彰という彼の存在に深く関わりたいのだ。 それは“憧れ”と名付けるには随分と自分本位な思いでもある。 かといって“恋”と言えるかどうかはっきりとは解らなかったけれど。 少なくとも仙道は自分の持っているものと同じ思いを口にした。 それだけで牧には充分だった。 「何かすっごい事聞いちゃった様な気がする…」 牧の本音を聞いた仙道の第一声がそれだ。 自分が真剣に聞いた以上、牧も真剣に答えてくれるだろう、とは思っていたもののまさか牧にそこまで想われてたなんて想像もしていなかったのだ。 珍しく赤い顔をしている仙道に牧は追い討ちをかけた。 「ちなみにこれも取材の時は言えないから今のうちに言っとくけど…」 お前と2人でバスケしないのはそれがあまりに楽しいからハマりすぎて勝ち負けを意識したいつものバスケが出来なくなっちまうのが怖いからだ。 ニヤッと笑ってそう告げる。 もしこの時仙道がマトモに声を出せていたら「今のは最高の殺し文句だ」と絶叫していただろう。
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『せめて今日が終わるまでは素直でいてください』
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「次は牧くんのパスから仙道くんのアリウープ、いいかな?」 *end*
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三ページの作品としていただいたのですが、私はスクロールしながら読むのが好きなのでこの形に
させてもらいました。 爽やかな青空が胸いっぱいに広がるカッコイイ作品をありがとうございましたv |