全日本の合宿、最終日。
この日は、最後の夜ということで、みんなで散々に騒いで、気が付いたら、深夜2時を回っていた。
酔いつぶれたメンバーが殆どの中、俺はどうにか、ほろ酔いどまりでいた。
アイツが、練習試合の最中に、「最後の夜ですよ」とかなんとか、意味深なことを耳打してきたらだ。
まったくもって、どうかしてると思いながらも、あんまり飲まされないようにと、早急に酔って調子が悪くなった振りをした俺は、いったいなんだろうって自分に呆れた。
当のアイツ、仙道はまるっきりシラフっぽい。
俗に言うザルってヤツだ。
いや、ヤツの場合は、酔ってなくても、いつも酔っているようなもんだと、思うのだが・・・。
「・・・ウノっ!!でもって、ドローフォー!!」
「だぁーはっはっ!!」と、ものすごく偉そうに笑う桜木に、次の番である流川は、無表情ながらも、額にビキっと青筋を立てていた。
ルカワは、「どあほう」と不満を一言で片付けると、10枚の新しいカードを引く。
桜木の前に、仙道がドロー2を出し、俺がドロー4を出しておいたから、積み重なりの結果だった。
桜木は、本当に嬉しそうにニヤニヤと笑い、それを流川がギロリと睨む。
この元湘北名コンビを身近で見ることに、最近、やっと慣れた気がする。
全日本や国体等の合宿で、神奈川代表として、ひとまとめにされるようになってからは、自ずと赤木と俺が、神奈川のまとめ役とされてきた。
中でも、この二人の諍いを止める仕事は、赤木の役割だと決まっていたのだが、今回、俺が流川と同じ部屋になって、それがついに回ってきた。
いつ何時、ケンカの仲裁を務めるハメになるのだろうかと、覚悟をしていたが、実際、毎日、いや、数時間おきに、それはやってきた。
ケンカするなら、始めから互いに近寄らなければいいと思うのだが、気が着けば一緒にいる。
そして、少しでも目を放した隙に、半ば本気なんじゃないのかというくらいの殴り合いを、すぐ始めるのだ。
同じ神奈川代表とは言え、この二人の件については、少々、人ごとだと思っていたが、赤木の苦労が、少し分かった気がした。
仲裁役でない限りは、この二人のやり取りも、見慣れれば、案外、面白かったりもする。
ジャレ合っているだけなのだと思うことも、多々ある。
しかし、それを見極めて、二人を止めないと、大変なことになるのだということが、身に沁みて分かったのだ・・・。
今、居るこの部屋は、仙道と桜木の部屋だった。
そして、ここの隣の部屋は、俺と流川の部屋だ。
俺が流川と同じ部屋になったのは、単に、流川と同じ大学というとことで、そして、偶然にも、名簿順だったからだった。
仙道は、同じ理由で、桜木と同室だったらしい。
自分達がいる部屋と、同じ造りの部屋で、どうというものではないが、たったの数日の間で、この部屋は仙道らしい空間が出ている気がする。
どうやら、仙道は、右のベットで、眠っているらしい。
別に、そんなことを聞いたわけではないが、聞かなくても分かる気がした。
駄々くさに捲られた布団や、シーツの皺ひとつだって、仙道らしく思えるのは何故だろう?
そして、もうひとつ、隣りのベットに感じる覚えのない空間は、桜木らしさなのかもしれない。
トクンと、胸の辺りが疼く。
もともと、仙道と桜木は、仲がいい方だと思う。
桜木は、喜怒哀楽を全身で表して、仙道に向かっていく。
それを、仙道は、いつも笑って受け入れている。
かわいい後輩を放って置けないのだろうと思う反面、実は、そんな桜木といることが、心底、楽しそうに見える。
あんなに無邪気な仙道を、俺は見たことがあるのだろうか?
いつも、俺を挑発するように見てくる仙道しか知らない気がする。
仙道から見て、今ある自分のポジションが、俺だけに与えられた特別なポジションだということは、分かっている。
桜木のようなポジションには、更々なるつもりもないくせに・・・。
分かってはいるのだが・・・ちょっとだけ・・・なんだ・・・かな。
違う大学というだけで、壁を感じる時が、たまにだけれどある。
「牧さんっ!」
「じいっ!」
「・・・・・・。」
仙道と桜木と流川の視線が、自分に集まっていることに気が付いて、ゲームの進行状況を見ると、どうやら、通常通りに順番が回ってきているようだった。
「すまない」と言いながら、俺は、次のカードを出した。
その出したカードは「スキップ」だった。
「ふぬっ!」て、しかめっ面をする桜木に、「これは勝負だ」と、笑いながら言い返す。
今度、自分へ回ってくるまでに、リバースさえしなければ、次のカードは、ドロー4だなんて考えてた。
もちろん、ゲームも勝負の一環だから徹底的に・・・ってのは、建前で、本当は、ちょっと嫉妬した・・・。
結局、ウノに飽きたという桜木が、トランプの大富豪をやろうと言い始め、それにも飽きてスピードをやり始めたときは、深夜ではなく、早朝の5時を回っていた。
朝方だと言うのに、バンバンと激しくカードを叩きつけながらする対決だったが、次の順番待ちをしていた流川が、ついに、うとうとと眠り始めた。
ルカワが、この時間まで、起きていただけでも奇跡だと思える。
「ルカワ、テメー、何、寝てやがる??」
ウトウトとしていた流川が、ムクリと起き上がったが、その流川は、思いっきり機嫌が悪そうだった。
この合宿生活の中で、ヤツの寝起きの悪さは弥が上にも知っていたが、今回は、その今まで見てきた中でも、最上級に機嫌が悪さが伺える。
そんな流川に、仙道が笑いかけた。
胸の辺りが、チクリと鳴る。
・・・なんだ・・・かな。
「流川、寝るなら、あっちの部屋で寝て来い。」
「・・・・・・。」
ムクリと起き上がって部屋を出て行く流川に、俺は、慌てて鍵を渡した。
そんな流川に桜木が、怒鳴り散らしている。
「寝るなキツネ」「根性なし」とか、訳の分からないことを言い放ち、寝ぼけながらも、流川は桜木に軽い蹴りを入れていた。
桜木は、それにまた腹を立てたのか、急に立ち上がると、流川に蹴りを入れ返し、そのまま二人は、ドカバキとケンカしながら、部屋から去って行ってしまった。
結局、朝まで、俺や仙道を巻き込んで遊びつくしておいて、いったい奴等はなんだったのか。
部屋の扉がパタンっと閉まると同時に、さっきまで賑やかだった部屋は、一気に静まり返り、まるでシーンっという音が聞こえてきそうだった。
取り残された俺と仙道は、手持ち無沙汰な感じになって、二人で見合うと、微かに笑い合う。
「やっと、二人になれましたね。」
仙道はそういうと、小首を少しだけ傾げ笑った。
いつもの俺だけが知っている仙道に変わる。
俺は、そんな仙道につい見とれていて、少し遅れて「あぁ」と、短く返事をした。
仙道の笑みに、俺は弱い。
ドクっと鳴ってしまった心臓の音が聞こえたような気がして、俺は、思わず目を反らした。
まさか、合宿中に、本当に仙道と二人きりになるチャンスが来るとは思わなかった。
「アイツらだって、本当はもっと早く、出てくつもりだったんですよ。」
そんな仙道の言葉の意味が分からなくて、俺が不思議な顔をしていると、仙道がプププっと噴出し笑いをしだした。
仙道は、そのまま散在しているトランプを集め始め、サクサクと切ってから、それをケースの中にしまう。
長い指が、なんだか、手品師のようだと思った。
よくは分からないが、仙道は、何をやらせても器用に見える。
俺は、そんな仙道に、またも見とれていたらしく、ドクっと鳴った心臓の音で、それに気付かされた。
ぼーっと突っ立っていたが、周りに散らかった食べ残しの後を、大袈裟なほどに慌てて片付け始め、治まりのつかなくなった心臓の音を誤魔化した。
「牧さんは、バスケ以外に関しては、本当に鈍いですよね。」
そう話す仙道の声に、「失礼なヤツだと」言い返してやろうと、体制を向き直ると、そこには、自分のすぐ側、驚くくらい近くに仙道がいた。
俺は、さっきから話す仙道の言葉の意味も、俺が何に鈍いのかも、さっぱり分からなかったが、次に仙道が何をしようとしているかは予測できた。
「仙道・・・。」
仙道は、俺の予測通り、もっと近づいてくると、ゆっくり俺を抱き寄せ、軽く口付けてきた。
そうされることは予測出来ていたが、久しぶりだったからか、合宿中というその状況下のせいか、名前を囁いてしまったせいなのか、なんだか落ち着かない。
なのに、ニヤケた仙道の目は、全然、お構いなしだった。
しかも、眠気というものがないように思える。
「ホント、この合宿、マジ、キツかったですよ。」
仙道はそう言いながらも、俺に何度も口付けをしてきた。
焦らすように、軽く触れては離れ、何度も唇を唇で撫でられ、思わず開かされた唇に舌が入り込んできた。
が、俺は、慌てて仙道から逃れる。
「お前は、何か、よからぬ事を考えてたかもしれんが、今日はしないぞ。」
目の前に、すぐ隣の部屋に、相手は居たのに禁欲生活2週間。
俺だって、分からないわけではないが、流石にマズイだろう・・・。
「そんな・・・せっかく、やっと、二人になれたのに。」
そう言って、甘えた目で見てきた仙道に、俺だってツライという顔を、ついしてしまった。
が、合宿中には、変わりない。
しかも、ここは、仙道と桜木の部屋だ。
「隣に、聞こえたらどうする?」
「向こうだって、してますよ。きっと。」
俺は、耳を疑った。
一瞬、俺の顔は凍りついていたと思う。
言葉の意味を理解するのに、そう取っていいのか戸惑う。
そんな俺に、仙道は、ニヤリと目がなくなるくらいに笑った。
「アイツら、そうなんか?」
「気が付かなかったんですか?」
全然、気がつかなかった。
さっき、桜木は、大富豪をしながら、「オレの夢を聞け」と、語っていた。
「バスケットチームが出来るくらい子供作って、そのチームを監督しながら、大好きな人と一緒に老後を過ごす」とかなんとか、そんなような内容だった気がする。
桜木は、ロマンスチストなんだと思っていたが、流川とそういう関係というのならば、その夢を叶えるには、程遠くなるような道のりを歩いていないだろうかと思えるが・・・。
「非現実的な夢だったな」と、俺は思わず、真顔で呟いた。
仙道は、プっと噴出し笑いをすると、「これも非現実ですか?」と、俺の耳もとに口付けた。
こそばゆくて、思わず肩と、仙道を抱いていた腕に力が入ってしまう。
「巻き込んだのは、お前だぞ。」
「現実主義者ですからね、牧さんは。」
そう言いながら、仙道は、俺をどんどんと攻め立てる。
俺は、巻き込まれたのだと拒んでいる振りをして、結局は、仙道に、どんどんと翻弄されていく。
こんな、俺は、現実主義者と言えるのだろうか!?
と、その時、ノックらしき音が聞こえてきた。
そして、すぐ「センドーっ!」と呼ぶ、桜木の声がした。
俺と仙道は、ギョっとして離れ、二人、慌てて身だしなみを整えると、仕方なく部屋のドアを開ける。
すると、ちょっとニヤけた桜木が、イソイソと現れた。
「忘れ物、忘れ物」とブツブツと呟きながら部屋に入ってくると、桜木は自分のベッドの横にある、自分の荷物をゴソゴソと漁っている。
そして、ジャージのポッケに何やら慌てて突っ込むと、「じゃ、おやすみ」と言い残し、やっぱりニヤケっぱなしの顔で出て行った。
「何だったんだ?」
せっかく、何だか、そんな気分になったところだったのに、水を差されてしまった。
俺と仙道は、顔を見合すと、思いっきりため息をつく。
そのまま、桜木の少し開けっ放しのカバンを見ると、ちょっと見てはいけないものを見た気がした。
自分のことを棚に上げてと我ながら思うが、非現実主義者の事実を突きつけられた気がして、なんだかショックだった。
さっきまで、俺は、桜木や流川、二人に嫉妬してしたいたのだ。
その嫉妬した相手が、そういう関係だとは・・・。
どうにも想像がつかないが、頭の中に、二人が一緒に出てきて、二人がイソイソとベッドに潜り込んでいく姿を想像して・・・。
してはいけない想像だったと、複雑な気分になった。
夢と現実は必ずしも一緒じゃないが、それにしても、かけ離れている。
ふと、目の前を見ると、仙道がいて、自分はどうなんだと苦笑した。
俺も・・・だな・・・。
「仙道。やはり、今日は出来ない。」
そういう俺に、仙道は、思いっきり、ため息をついた。
そうしながらも、グイっと俺に近寄ってくる。
「だから、ヤメロって。」
それでも、沢山のキスを押し付けてくる仙道に、俺は、拒否が出来ずにいた。
さっきとは、全然違う、息が出来なくらいの激しいキスに、このままだと、またヤバい雰囲気になってくる。
「・・・牧さん、ホントは、今日、覚悟してたでしょ?」
「・・・・・・。」
その時、また、ドシドシと、さっき以上に強くこの部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。
その叩く音の荒さからも、紛れもなく、桜木だと、確信することが出来る。
「いったい、さっきから、なんなんだ?」
少し苛立ち気味に、少しだけ慌てて唇を拭うと、しょうがなく扉を開けに行く。
途端、いきなりズカズカと桜木は、部屋に入り込んで来た。
への字に結ばれた口と、桜木の髪の色のごとく、真っ赤になった顔は、どうやら桜木怒り浸透度を示している。
「ルカワのヤローに締め出しくらった!!」
そういえば、ここの部屋は、何処も、オートロックだということを、すっかり忘れていた。
一度出て行った桜木を、入室させるには、流川が起きていて、開けなければならない。
「鍵を持ってこなかったのか?」という、俺の質問に、「フツーなら、起きてるに決まってんだろう!」と、怒鳴り返された。
八つ当たりをされても困ると、仙道と顔を見合わせながら、思わず苦笑せざる終えない。
「流川が起きるはずないだろう。」
「やっぱ、そう思います。」
とても不機嫌極まりないと言わんばかりの桜木は、そのまま、ツカツカと自分のベッドへと、潜りこんで行った。
「じい、わりーけど、オレのベッドは、オレが使うからなっ!」
桜木は、そう言うと、布団に包まって、一言も話さなくなった。
そのまま不貞寝することにしたらしい。
ついさっき、ここへ来た時のニヤケた桜木を思い出す。
それなのに、今、大きな体を縮めて眠ろうとするその姿が、あまりにも哀れに思えた。
「気の毒だな、桜木。」
「っていうか、俺も、気の毒ですよ。」
仙道が、長いため息をついた。
が、ふぅーっと、息を付き切ると「もともと、オレのベッドしか使うつもりはなかったですけどねー」と心底残念そうに、俺の耳元で呟いてきた。
それでも、やっぱり、最後の夜は、狭いベッドで仙道とともに眠っているから不思議だ。
「別に、俺は、最初っから・・・。」
そう言いながら、本当は、少し残念な自分がいた。
それでも、なんだか、公認の恋人同士みたいで、それもまた、ちょっと複雑な気分だった。
「大丈夫ですよ。流石に、人前ではしないですから。」
仙道が悪戯気に笑い、「当たり前だ」と俺は呟いた。
それでも、すぐ隣の仙道を見ると、「眠れないんですけど」っと訴えて、俺を見てくる。
俺は、そんな仙道の手を、布団の中で、そっと握った。
仙道が、ちょっと、びっくりした顔をしていて、俺は何だか、うれしくなった。
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
朝、白々と明けて行く空を見た。
結局、「おやすみ」と言ったものの、全然眠れなかったのは、俺の方だった。
「俺の夢はなんだろうな。」
バスケットで上へ行くことだけしか、今は、思い浮かばない。
俺は、現実主義者なんかじゃないかもしれない。
行き当たりばったりの将来を過ごしたいわけじゃないけれど、今を楽しく生きていればいいと思う。
ただ、後悔するような過ごし方はしない。
隣で気持ちよさそうに眠る仙道を見た。
後悔はない。
俺の夢、これからも、そこには、いつも仙道がいるような気がする。
繋いでいた手を、もう一度握り直した。
現実の夢を見るために―――。
おわり
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