「お前、んな事でせっかく出来た彼女…勿体ねぇーーーっ!」
「うるせぇ!お前らにとっちゃあ大した事じゃなくてもなぁ、俺にとっては大事な事なんだよ!」
「だーかーらー、何でそこにこだわるよ?いいじゃんかよ、それくらい…」
教室では何やら話が盛り上がっているらしい。
ムキになって主張しているのはチームメイトの越野。
何をそんなにムキになっているのかは知らないが頑固な越野の事だ。
何の話なんだか、そうぼんやりと考えていると…
「仙道は許せる方?それともやっぱダメな方か?」
いきなりオレにお鉢が回って来た。
いや、そんな事突然聞かれてもお題がさっぱりわからない。
説明してよ?と越野の方を見遣ると、いかにも仕方なさ気に…
「キスする時に、相手が目を開けてるのって許せるかどうか、って話…」
そう、のたまった。
はぁー、キスの時、ね。
「で?お前は許せないクチな訳ね…」
軽く頬杖をついて呟くと、悪かったな、と不機嫌な顔した越野が返してきた。
別にそんなつもりじゃなかったんだけどな、というフォローもそこそこに
オレは牧さんとのキスを思い浮かべた。
キスの後の牧さんの潤んだ瞳と美味しそうに濡れた唇。
でもキスの最中に牧さんが目を開けているのか閉じているのかは
オレ自身が目を瞑っているので正直知らなかった。
でも。
言われてみれば見てみたい気もしてきた。
そういうのは1度気になると解決するまで頭から離れなくなる。
「早速確かめてみようかな…」
と、放課後の決意を新たにして。
お前に聞いたのが間違いだった…とボヤく奴らと
部活はどうする気だー!と早くも第二の茂一ぶりを発揮している越野を尻目に
オレは教室を後にした。
「ただいまー」
ここ久しく言っても仕方のなかったこの言葉は、牧さんのお陰で非常に有意義な言葉になった。
「ずいぶん早いな、部活はどうした?」
「そんな事よりさー、お帰りのキスー」
新婚カップルも真っ青なくらいにピンクのオーラを発しているだろうオレの様子に
さすがの牧さんも一瞬躊躇していたがやがてオレの方に近付いてきてくれた。
これで『部活はサボった』なんてバレたらしばらく口を聞いてもらえないだろうから
茂一が熱を出して学校を休んだ事にしよう、そんな間に合わせの理由を用意して。
いざ…
ふーん…牧さんは目を瞑ってるんだ。
しかもギュッ、って…。ちょっと震えてるのがまた可愛い。
キリッと男らしい眉、割と多めの睫毛、すっきりした鼻梁、
エキゾチックな雰囲気を醸し出す褐色の肌に、ちょっと高めの頬骨のアクセント。
そして何よりもチャーミングな、左目の下にある泣き黒子。
今まで目瞑ってたの、勿体なかったかなぁ…なんて
超至近距離でマジマジと見詰められていてさすがに気付いたのか。
うっすらと開いた牧さんの目がオレをとらえたその瞬間、牧さんは真っ赤になってうろたえた。
そして、もの凄い勢いでオレは怒られた。
「お前っ!まさか…まさかこういう時に目ぇ開けてるんじゃないだろうな!」
「いや、キスの最中に目開けてたのは今のが初めてだけど…」
まずいなぁ…もしかして牧さんは越野と同じで、許せないタイプだったのかな?
「何か新鮮な感じでよかったよ?もう1度、今度は牧さんも目、開けてしてみる?」
オレには思いつく限りの名案(迷案?)のつもりだったのだが…
どうやら牧さんのお気には召さなかったらしい。
肩をいからせた状態で何も言わずにキッチンに戻ってしまった。
怒っているのに夕飯の準備をやめる事はしない牧さんのその律儀さもまた愛しい。
オレは性懲りもなくそんな事を思ってしまった。
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「越野ー。オレね、目開けてキスするの大賛成。だって可愛さ新発見!って感じでよかったよー」
結局オレはあの後何とか牧さんに許してもらって。
それから何度も何度も、牧さんとキスをした。
やっぱり牧さんは1度も目を開けなかったけど。
でも牧さんも目を開けてくれるようになったら、きっともっと嬉しい。
だから、すっごくお薦めだよ、って。
そう親切にアドバイスするつもりだったオレを待っていたのは…
「仙ー道ーキャプテンのくせにサボりおって!!今日から1週間居残りだーーー!!」
茂一のでっかいカミナリだった。
そんなぁ…これから1週間毎日遅く帰ったら牧さんに昨日部活サボったのバレちゃうよ…
何とか温情に縋ろうとオレは越野の方を見たが。
『諦めろ』
そう、目が言っていた………。
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