眠れぬ夜
作者:まつこさん




何度、リダイヤルしたことだろう?
いつも繋がるはずの電話が繋がらないと、こうも不安なものかと思った。
さっきまでは、圏外だった。今は、話中。
電話は仙道の方からかけてくることが多いが、今日は珍しく牧からかけてみた。
しかし、繋がらなかった。
もう、12時を回っているのに、電話中って、誰となんだ?

仙道は、基本的に一人でいることが好きだと言っていたし、確かにマイペースで、まさしく自由人だ。
そんな仙道も、牧には合わせていてくれる気がする。
仙道曰く、牧と一緒にいると、落ち着くとか・・・。
はたして、本当にそうだろうか?
前は、そんなこと気にも留めなかったのに、最近、やたらと不安を感じずに入られない。

牧が仙道に電話をすると、たいてい誰かがいることが多かった。
仙道を慕う奴は後を絶えず、バスケのチームメイトやクラスメイト、はたまた、まったく牧が知りもしないような奴らと一緒にいることがある。
だから、牧からは、仙道にあまり連絡することはしなかった。
仙道からかけてくる時は、たいてい一人だ。
まぁ、普通、誰かといる時に進んで電話をかけてくることもないだろうが。
でも、今日は木曜日という平日だった。
平日の11時を回っていたのならば、流石に一人かもしれないと思って電話をしたのだが・・・。


ベットの中で、牧はケータイを握ったまま、何度も寝返りをうった。
そして、何度もリダイヤルを押す。
もっぱら圏外で、繋がったかと思うと留守電だった。
1時10分前になっても、まだ繋がらない電話に、牧はついに痺れを切らし、外出をすることを決めた。


雨上がりの路地に車を走らせる。
空を見上げると、星がいっぱい見えた。
もう、雨は降りそうにない。


牧と仙道が、不思議な関係になったのは、去年の夏、偶然会ったことから始まる。
その偶然が何度か重なって、気がついたら、必然になっていたのだ。
ひとつ歳も違う、学校も違った。
今となっては、大学生と高校生という生活バランスも違うのに。
それでも、仙道は、いつも、そして今も、牧の近くにいた。
最初に、仕掛けてきたのは仙道だった。
どさくさ紛れの告白に、冗談だと思った牧だったが、本職オフェンスの仙道の攻撃に、本職ポイントガードの牧は交わすどころか、その攻めを受けきってしまった。
こういうのも恋愛のひとつなんだろうか自覚したのはいつだろうか・・・。



仙道の家に向かう途中、やたらと背の高い男を発見した。
そして、見間違いようのないあの髪形を見て、牧は仙道と確信し、車を横付ける。

「仙道!!」

ちどり足とまではいかないが、微妙にフラフラと歩くその様は、たぶん酔っているせいだろう。
仙道は、ゆっくりと牧の方を振り返ると、驚いたようだった。

「牧さん!?」

仙道は、ニコニコと笑いながら、車の中を覗き込む。
その笑顔に、一瞬、ちょっとイラついた自分がいた。

「飲みに行ってたのか?」

そう聞いた自分の声は、思った以上に低く、不機嫌を物語っていた。
あんなに、電話していたのに、どこに行っていたんだ?
今まで、誰といたんだ?

「そうですよ」と平然と答えた仙道は、続けて「明日は創立記念日だから、来週の県体の前哨戦です」とニヤケ顔で言ってきた。

「まったく・・・。」

たぶん、ムッとした顔をているだろうと自分で気がついたが、我慢が出来なかった。
自分をコントロールする自身はあるのに、最近どうしたんだろうか?
相変わらず、ニコニコと笑っている仙道は、かわいさ余って憎さ百倍に思えた。

「とにかく、乗れ。」

牧は、助手席に乗るように目で合図し、すぐに、ドアのロックを解除する。
仙道が、きちんと助手席に乗り込んだのを確認すると、とにかくまずは車を出した。
どこに行くとも、何も決めてなかったが、牧は、このまま仙道を返す気もなく、勝手にドライブを決め込んでいた。
こっちの気も知らないで・・・。
牧が黙っていると、仙道は、眠そうに思いっきりあくびをしていた。

「牧さーん、牧さん、今日どこにいたんですか?」

今にも寝そうな、仙道の声に、牧は真面目に、淡々と答える。

「家だが・・・。」

「オレ、何回か電話してたんっすよ。」

牧は、運転中というのに、思わず脇見運転と言うほど、仙道を見た。
仙道は、酔っているというものの、牧を見る目はしっかりとしていた。
そんなはずはないだろう。電話をしていたのは、牧の方なのに・・・。

少し走ったら、たまたま信号が赤に変わって、ゆっくりとブレーキを踏んだ。

「でも、ずっと電話中でしたよ。」

仙道が、思いっきり落胆したような、それでも責めた声色になる。
牧は、あんぐりと仙道を見た。

「誰と電話してたんですか?」

きっと、本当に、仙道は自分に電話をしてくれていたのだろう。
飲みに行っていたということは、その場所は圏外だったのかもしれない。
そして、仙道が電話中だったのは、自分宛てに電話をしてくれていたのだとしたら。
牧は思わず笑いたくなった。
自分がさっきまで怒っていたのは自分にだったのだと思うと、笑わずに入られなかった。
そして、自分の仙道への想いを思い知る。
自分が仙道宛てにリダイヤルした数を思い出そうとして、思い出せないくらいなのが怖いくらいだった。



車は、とりあえず、海に向かっていた。

「眠いのなら、寝ててもいいぞ。」

会話がなくてもいいと思った。
寝ていてくれてもいい。
自分の隣にいてくれたら、それだけで、いい。


途中、どう道を間違えたのか、ちょっと細い路地に入ってしまった。
眠そうだが、それでもなんとか起きていた仙道が、牧の土地勘を責める。

「スマン。」

牧がそう言うと、仙道は「別に、いいですけど」っと言って呆れていた。
どうやら、そう易々とは機嫌は直りそうにないらしい。
それでも、帰りたいと言わない仙道に、牧はやっぱりうれしくて、思わずふふっと微笑んでしまう。

何とか、大きい道を見つけて、牧はそこへと向かった。
そして、やたらと長い信号にぶつかる。
牧は、パーキングに入れると、サイドブレーキまでもを几帳面に引いた。
信号は一向に変わらなくて、牧は助手席に座る仙道を見る。

「こんなはずじゃなかったんだがな・・・。」

ツンツン頭の、よく見知った顔は、今はなんだか不機嫌だが、それはどうやら牧のことを妬いてくれているらしい。
それも、仙道のとんだ誤解だが、その誤解を解く気は、牧には更々無い。
牧が、仙道に何度も電話していたから、仙道がかけてもつながらなかったなんて言ったら、こいつはどんな顔をするだろう?
そんなことを言ったら、仙道の思う壺だと思うと、牧は言いたくなかった。
さっきまでの自分を見ている気分だというのに、自分は意外に意地悪なヤツだと知った。
そして、自分がどれだけ、仙道に参っているかを思い知らされる。
牧は、何も言わずに、仙道を覗き込むと、グイっと引き寄せ、仙道の唇を奪った。

「!!」

仙道は、ひどく驚いていた。
牧も、自分自身で驚いていた。
仙道からされることはあっても、こんなことを自分からしたことは、今までに一度もない。
これは、別に仙道の機嫌を取り戻すつもりだからしたのではなく、自分がしたかったら、そうしたまでだった。

「牧さん、酒気帯運転になっちゃいますね。」

きょとんっと、牧を見返す仙道に、牧は真顔で「かまわん」と答えた。
そう言って、また牧は、仙道に深く口付る。


「正直に言えばいいさ。」

「正直にですか?」

ぷっと笑う仙道に、牧は結構マジな顔で頷いていた。
信号は、まだ赤で、今度は仙道が牧にお返しをする。

「もしかして、オレを迎えに来てくれたんですよね?」

「さあな。」

牧はそういうと、フフフっと笑った。
そんな牧を見て、仙道が笑う。
いつもの仙道なら、すぐに気づいたはずだろうが、今日の仙道はいささか酔っているらしく、今やっと気がついたようだった。
さっきまで、怒っていた仙道だったが、どうやらやっと機嫌が治ったらしい。

「おまわりさん、卒倒するかもしれないですね。」

「そうかもな・・・。」

牧と仙道は顔を見合わせて笑った。
牧は、そろそろ信号が変わる頃だと思い、ゆっくりと体を起こし、運転席にきちんと座りなおした。
いつまでたっても、変わることのない信号に、「もっとしてて、いいってことですかね?」っと仙道が笑った。
牧は、こういうとき、いつも口元を少しだけ上げ、眉間にしわを寄せて、参ったという顔をする。
それは、満更でもないという意味だと知っている仙道だったが、いくら深夜とはいえ、一行に変わらない赤信号に流石におかしいと思えてきた。
そして、信号の上を見たら「夜間押しボタン式」と表札が・・・。
牧と仙道は、また顔を見合わせる。
目が合ったとたん、二人同時に、ぷっと吹き出した。





もともと、海はただのユーターン地点という目安だった。
だから、埠頭をぐるりと一周したら帰ろうと思っている。
黒い海が垣間見え、仙道はその海に浮かぶ船を見つつ、何度も目をこすりながら、それでも眠らずに、牧に話しかけていた。

「今日、牧さんの家に泊まってもいいですか?」

車に乗り込んだ時点で、そう決め込んでいたくせに、とりあえずの確認をとってくる仙道に、牧はフフっと笑った。
いつもなら、曖昧な返答しかしない。
でも、今日は、オレが、一緒にいたい、そう思った。

「かまわんが、寝かすつもりはないぞ。」

牧は、そう言ってしまってから、仙道から慌てて顔を逸らした。
嘘ではないが、自分は、今、なんて言った?
横目でちらりと仙道を見ると、ビックリした表情の仙道と目が合った。
牧の顔がみるみる赤くなって、慌てて片手で顔を隠す。
そんな牧に、仙道はいつものような悪戯気な顔で、にんまり微笑んだ。


「望むところですね。じゃ、今のうちに貯め寝します。」

仙道はもう一度ニッコリと笑うと、スーっと音がするくらいゆっくり瞼を閉じた。
牧は、そんな仙道を見てフゥーっと、安堵のため息をつく。


疲れていたんだろう。
俺は、そんなあどけない仙道がかわいくて、また胸が熱くなった。
どれだけ、俺は、仙道にハマっていくのだろうか・・・?





次の信号で止まったら、こっそり、内緒でキスしよう。
仙道のことを知るのは、自分だけでいたい。



胸の鼓動が激しくて、それを誤魔化すかのように、アクセルを強く踏んだ。
今夜は、眠れそうにない。





おわり

牧から仙道と連絡を取ろうとするなんてメチャ美味しいvvカッコいい二人をありがとうございました!!

 


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