Happy merry christmas
aaaaa


「よう…。どーすんべ。いっくら俺でも一個しか食えねーぜ?」
「俺だって一個だ」
「嘘つけ。テメーなんてせいぜい四分の三だ」
食卓テーブルの上にはクリスマスケーキが3個。生チョコレート、生クリーム、バターチョコクリームとご丁寧にそれぞれ味は違うが、大きさは全部22cmのホールサイズで統一されていた。流石に余るからどれか一個を人に譲ろうかということになり箱から出してみたのが失敗だった。こうして箱から取り出して並べてみれば、どれも綺麗なデコレーションが施されており、味も違うので全てを少しずつ食べてみたくもなる。ケーキを目の前にした桜木と流川は先ほどからずっと唸っていた。

それほど特別な甘党でもない、しかも子供もいるわけでもない男夫婦な二人に、何故こんなに大きなケーキが三つもあるのかといえば。桜木の同僚の親がケーキ屋を営んでおり、毎年「半額にしてくれんなら買ってやる」ということで、生クリームのケーキが当たる。それに加え今年は、「バタークリームって何だ?」とチラシを見て呟いた流川を驚かせようと桜木が内緒で買ってきたものと、「生チョコぉ?チョコに“生”がついたらなんだってんだ」と文句がましい口調ながらも、興味津々でチラシを見ていた桜木に珍しく流川が黙って買ってきたケーキが加わったのである。
そして実は冷凍庫にはもう一つ、流川の母親からクール便で送られてきたアイスケーキまでが入っているのである。アイスクリームは日持ちはするが、生ケーキはそうはいかない。かといってどれも中途半端に食いちらかして、余った分を捨てるなどとは言語道断。桜木の“どんな食べ物であっても粗末にする奴は敵”という信条に反する。

結局結論が出ないまま、また二人は箱にケーキを仕舞い始めた。
「俺のダチ、彼女や奥さん、子持ちの奴等ばっかだしな〜。クリスマスに呼んでも集まんねーよ。どーせテメーにだってクリスマスに呼べるダチなんていねぇしなぁ」
ボソリと呟いた桜木に流川はムッとした顔を向けたが、冷蔵庫に向かっている桜木は気付くことはなかった。
「…俺にだっている」
「嘘つけ。余計な見栄はんな今更。う〜ん。ケーキってどんくらい日持ちすんのかなぁ」
冷蔵庫にケーキを閉まってから振り向くと、桜木の話も聞かずに電話をかけている流川が目に入った。
「っす。先輩、明日暇っすか?……そっすか。うちにケーキ三つあるんで、明日食いに来て下さい。……はい。…え?……すき焼きがいいっす。仙道も……っした。んじゃ失礼します」
携帯を切って流川は得意そうに桜木に向かって言い放った。
「牧先輩達呼んだ。明日、食いに来る。すき焼きも作ってくれるって」
呆気にとられた桜木はその大きな掌で顔を半分覆って力なく呟いた。
「…ジイんとこはここんとこけっこう、クリスマスに俺達面倒かけてんじゃねーかよ。だから今年は遠慮しようと思ってたんに」
「喜んでたぜ?すき焼きの肉も材料も買ってきてくれるって言ってた」
「バッカオメー、ジイなんてあんな顔して気遣い屋なんだぜ?嫌そうな素振りなんてするかよ。あ〜…仙道の怒り顔が目に浮かぶ〜」
「あ。仙道に後からオメーが電話しとけ」
「なんで?」
「仙道、今いないんだって。もう少ししてから仙道の携帯に連絡してやってくれって」
「? ジイは今仙道と一緒じゃないんだ。外出中だったんかな?」
「そんなん知んねー」
流川がそこまで相手の状況や事情など伺うわけもないと分かっているため、桜木は流川の使えなさなど今更気にもならなかった。それよりも明日、何時に来るのか、酒は何がいいかなど聞くためにも、どうせ誘うのならば自分がかけねばと黙って頷いた。

一時間後、桜木は仙道に連絡を入れた。当然言われるであろう、『何度俺達二人で過ごすクリスマスの邪魔をするんだよ』という、苦笑交じりのお小言を覚悟で。
しかし意外にも仙道は全く文句の一つも言ってはこなかった。これが大人の対応というものかと、一つしか違わない相手に桜木は少々感心したが、そんなことはもちろん口にはしない。軽い打ち合わせをして桜木は携帯を切った。
気付けば隣で流川が黙って立っていた。心配してくれていたのかと、桜木は照れくさそうに口元を歪めた。
「んだよ。別になんも文句なんざ言われてねーよ。心配すんな」
「クリスマスに人が増えたからって文句言う奴はどあほうだけってことが証明されたな」
「素直に俺が仙道に嫌味くらうか心配だったって言いやがれ、可愛くねぇ」
「違う。どあほうと仙道のアホレベルが同じか知りたかっただけ」
プルプルと携帯を握り締めた桜木の手が震え出す。
「か…か…可愛くねぇ!このクソギツネがー!!」
「テメーこそ可愛くねぇ。誰のおかげでケーキが無駄にならねぇで済むようになったか先に感謝しやがれ」
あとはもうお約束である、『じゃれあっているにしては本当に痛そうだ』と牧が評するスキンシップが派手に繰り広げられていくのであった。


* * * * *


桜木達流クリスマスはケンタッキーとチラシ寿司。牧達流はすき焼きとチキンのサラダ。どれも量はかなりなものであり、ビールや取り皿までも場所を占拠するため、全部の料理は食卓に一時に並びきらない。それでも時間の経過と共に回るアルコールと、人数がいる時ならではの賑わいが手伝って四人はそれらをほぼ食べつくした。流川などは早々にギブアップして座布団を枕に床に転がって早々に寝息を立てていたが。
「こうして四人揃ってクリスマスって、考えてみりゃ初めてなんだな」
桜木は言ってしまったあとで地雷を踏んだかと瞬時思いもしたが、仙道は珍しくも少し酔いが見られる赤らんだ頬で笑った。
「そーだよなー。お前ら交互にウチに来てるみたいなもんだったもんな。ね、…」
話をふるように牧へと顔を向けかけた仙道は、ふとまた正面を向いて不自然に口をつぐんだ。ほんの僅かな沈黙がテーブルの上を流れたが、同じようにいつもより酔っているのが分かる頬の牧が桜木へと口を開いた。
「クリスマスはこうして賑やかに過ごすのはいいものだ。毎年四人で祝うのもいいかもな」
「そりゃー俺らは高級すき焼きたっぷり食えんのはありがてぇけどよ。俺だって悪ぃと思ってんだぜ?何かっつーたらキツネがジイ呼び出すのがさ。こいつ俺と違ってダチ少ねーもんだからよ…。でもよぅ…」
流川が起きていたら怒り出しそうな内容ではあるが、濁した言葉の先─── 迷惑と分かっているけれど、流川の気軽に呼べる友達でいてやってほしい ──という想いが、困ったように細められた桜木の瞳から伝わってくる。
流川に友達が多いか少ないかは牧も仙道も詳しくは知らない。確かに普段の言動からいって多そうには感じられないのは確かだが。
「…いいんだ、桜木。俺もそんなに友達は多くないし」
「ジイ…。ちげーよ、ジイがダチ多いの、昔から俺ぁ知ってる。ジイの言うところの『同性婚を知ってる友達』ってくくりじゃなくて、こいつはマジでダチ少ねーんだ。昔っからなまじっか顔キレーでプライド高ぇから、近寄らせがたい部分もあった…と思うんだよ」
桜木の指が隣で横になっている流川の綺麗な黒髪をさらりとすくって放した。

愛しくてたまらないという気持ちが桜木の横顔から溢れている。照れ屋な桜木がこうした表情を自然と浮かべられるのは、今居る牧と仙道が同じ間柄であるからなのだろう。もちろんアルコールがそうさせていることも大いにあるだろうが。
桜木軍団と呼ばれていた仲間たちには昔から周知ではあっても、自分達の関係が特殊だからこそ言えないことも多々あることなど、言われなくとも容易く想像はつく。…自分達も似たようなものだから。それでもまだ、藤真と花形という同期で同じ関係の者達が近くにいる分、我知らず救われていることもあるから。
「別にお前が呼びたくなったら連絡してきたっていいんだぞ?俺は知っての通り、連絡不精な奴だから。気軽にかけてこいよ」
顔をあげた桜木は牧に縋るような瞳を一瞬見せてしまった。
流川が以前、『牧先輩の目はすっげー茶色い』と言った瞳が穏やかに自分を見返してくれている。数年前のクリスマスに押しかけた時も感じた、流川とは全く異なった美しさの宿る瞳に深い慈愛を感じてしまい、目頭が熱くなる。
もしも父親が生きていたら。今の俺と流川の関係も認めた上で、酒でも交わしながらこんな瞳を向けてくれたのだろうか。俺がどんなに学校という世界からはみ出しては迷惑をかけても、『お前の赤い髪は先祖がえりなんだから』『やられたら、やられた痛みを相手に教えるのもありだけど、加減は覚えるんだぞ』と、散々叱ったあとで必ず頭を撫でてくれた父。父が亡くなってから俺を支えてくれた洋平達が父親みたいな存在だと感じさせることもたまにあったけど…
「ジイってマジで父ちゃんみてぇ…」
涙声にならないよう、鼻をすすりながら桜木は呟いた。仙道は黙って桜木のコップにビールを足してやった。


「寒いな。今夜は本当に冷える…」
玄関を出てほどなくして牧は溜息ともつかないような白い息を吐き出して夜空を見上げた。凍てついた星が雲間から瞬いている。
牧と流川は酔いと眠気覚ましにコンビニへと買い出しに出ているところだった。家では桜木と仙道が後片付けをしている。
別段大量に買い込む予定でもなく、ただ口直し程度、少々しょっぱいものが欲しいからというだけなため牧一人でも事足りるのだが、流川がついてきたのだ。
縞々のカラフルな自分のマフラーを触りながら流川は尋ねてきた。
「先輩、マフラーは?」
「置いてきた。酔いのせいで熱かったから。でももう冷えた。持ってくれば良かったかな」
「これ、すげーあったけぇから、貸そうか?」
自分のマフラーを片手で持ち上げて見せられ、牧は小さく微笑んで断った。
それからまた暫く二人は無言のまま歩いていたが、意外にも流川から話しかけてきた。
「先輩、もう仙道にプレゼントやったんすか?」
「え? …いや。うちはクリスマスにプレゼントを用意する習慣は特にないんだ。流川は桜木にやったのか?」
「醤油皿五枚セット。今朝渡した。これはサクラギからもらった」
こっくりと流川は頷いてから、先ほど弄っていたマフラーを見下ろした。
「…醤油皿とは、随分日常的な物を選ぶんだな」
「こないだ三枚いっぺんに割ったから。マフラーは焦がしたからくれたんだと思う」
流川のぶつ切りの会話に大分慣れてきた牧ではあったが、流石に桜木ほどはその少ない言葉で全容を把握は出来ないため尋ねる。
「マフラー焦がしたって、どうしたんだ?火傷とかしなかったのか?」
「コーヒー飲もうと思って、すぐコンロに火をかけたら焦がしただけ。コートも無事」
外出から帰宅して着替える前に薬缶に火をかけようとして、ガスコンロの火がマフラーに移った。しかしそれは少々で、コートも大丈夫な程度だった…と、言いたいのだろうと牧は推測した。流川は通じているものと思っているため気にも留めずに続けた。
「なのにギャンギャン騒ぐし。皿だって謝ったのに煩せーし。腹たったからケンカしたら、残りの二枚も割れた。で、全滅」
「流川〜。いくらなんでも逆切れしてケンカなんて良くないぞ。そうしなければ皿だって二枚は無事ですんだだろうに」
「腹立ったから。皿は、俺が買った」
ケロリと悪びれず言う流川の、夜目にも白い頬とほんのり赤くなっている鼻先を見ながら、牧は苦笑交じりの白い溜息を零した。

「先輩も、拳でケンカしたらいい。気に食わねぇなら、仙道の腹でも蹴り上げりゃいーんす」
唐突な流川の申し出に牧は店のドアを開きかけていた手を止めてしまった。今度は流川がドアを開けて牧を中へと押し進ませた。
カゴを手にしながら牧は照れくささを押し殺すよう努めながら流川を見やった。
「…ケンカしてるの、いつ気付いた?」
「俺は全然。どあほうが台所で二人がケンカしてるみてーだって言ったから」
食器やテーブルを片付けている時に、そういえば流川と桜木は二人で台所に少しいた事を牧は思い出した。バレているならば仕方が無いと苦笑する。
真っ黒い瞳…仙道のように、黒く光り吸い込まれそうになるほど美しい瞳が自分を心配するように追っているのに気付いた。
「愚痴、聞いてくれるか?」
片方の口角を上げて瞳を眇めた牧へ流川はしっかりと頷いた。

珍味を数袋とゼリーを四個買って二人は店を出た。歩調は先ほどよりゆっくりな流川に合わせる。
「…うちは家事は当番制でな。今週は仙道だったんだよ。でも仕事が忙しいらしくてさ。俺は今週仕事楽だから手伝ってやろうと、洗濯と掃除機をしていたら仙道が帰ってきて。でも余計なことをされたというような言い方されてムッときて…」
「殴った?」
物騒な流川の相槌に牧は慌てて『まさか』と両手を振った。
「それくらいならいいんだが、ふと見た五徳がシチューでべったり汚れているのに気づいてな。つい言ってしまったんだ」
「『テメー、今すぐ洗いやがれ、この役立たずが』って?」
どうしてこんなに綺麗な、この年になってもまだ中性的なほどに整った顔をしているというのに口が恐ろしいほど悪いのかと、知りうる毒舌家兼美貌の持ち主である藤真をまた思い出してしまったが、彼とはまた違う種類の流川の口の悪さに牧は笑いを堪えつつ、また手振りで否定をした。
「『五徳も汚したら洗えよ』って。おまけに『浴槽もしっかりすすげな』って言ってしまってた。前日に風呂入った時、洗いが雑だったようで、浴槽に泡や洗剤の香りが残っていたことも思い出したんだ。…これが余計だったんだろう。機嫌を損ねてしまった。そしてついこっちも気分が悪くて黙っていたところへ、流川から誘ってもらってそのままうやむやになって今に至るわけだ。…こうして口にすると、全くつまらん理由で恥ずかしいくらいだな」
本当に恥ずかしそうに頭をガリガリとかいている牧へ流川は真剣な顔を向けた。
「全部仙道が悪ぃじゃんすか。牧先輩はちっとも悪くねぇっす。帰ったら俺が仙道しめてやる」
「違うって流川。気持ちはありがたいが、そうじゃなくて。俺が困ってるのは…」
言い淀んでしまった牧を見つめる流川の瞳が意外そうに心持ち大きく開かれた。桜木ならば流川が盛大に驚いていると分かるのだが、牧には気付けてはいない。
「…先輩、困ってんすか?」
「ん?うん…まぁ。俺もな、自分は悪くないような気もするから、どうにも謝るのも変だと思うんだよ。かえって嫌味かなぁなんてな。けれどこんな状態でいるのも疲れるし。どうしたものかと」
流川は(先輩…耳まで赤ぇ)と自分まで恥ずかしくなるのが分かって、思わず視線を逸らした。優しい人だと思ってはいたが、まさかここまでとは思いもよらず、今日桜木が言っていた『気遣い屋なんだぜ?』という言葉が脳裏に浮かんだ。何とかしてあげたい。そう本気で思い、本気で考えた。

「…クリスマスプレゼント、買って渡したらどっすか?」
意外な流川の言葉に牧は首を小さく傾げてきた。
「物もらったら『ありがとう』って言う。こっちもそれに返事する。きっかけくらいにはなると思うんす」
「…いい、かもな。でも何を買っていいやら…それこそ困ったなぁ。何が欲しいのか分からないんだ。あいつ、物欲なくてさ」
「誕生日じゃねーから、自分が欲しい物がいいっすよ」
「どうせやるなら喜んでもらいたいし…」
流川はふるふると首を左右に振った。
「相手にやるけど、自分もそれを一緒に使う。相手も気楽に感じるし、自分も選んで楽しいし、便利。これも、桜木も使うようになる」
マフラーも皿も共同で使う。二人で使えるものを選べる幸せを味わえると同時に、自分も一緒に使うことで相手にとっても気軽さを持った日常のものとなる。
──── 「日常」とは二人で暮らす「特別」のことでもあるのだ。
言葉少ない流川の言いたかったことが今、冷たい空気の中で全てクリアに伝わってきた気がした。
「そうだな。うん。ありがとう流川。俺、やっぱり今夜はこれを届けたらもう帰る。デパートが空いているうちに。桜木にもお礼言っておいてくれ」
長い睫毛に縁取られた黒い瞳が満足そうに細められた。
「先輩…」
「ん?」
「『ゴトク』って何すか?」



片付けを終えた二人はPS2をしながら流川と牧の帰りを待っていた。
「あー、ちくしょう!もうやめ。酔った頭じゃ勝てねぇや」
コントローラーを放り出して大の字になった仙道へ桜木は意地悪く笑った。
「酔いのせいじゃねんだろ?らしくねぇもんな。何があったか知んねぇけどよ」
「…嫌な奴だねぇ。いつから気付いてたのさ」
「ジイが俺らの取り皿にせっせと料理をのせたり世話やいてくれんの、いつもなら『仕方ねぇなぁ』って面丸出しで見てるくせに、違うもんよ。どっかホッとしてたっつーか。それにジイにベタベタくっついて叱られるってなお約束もなかったしよ」
ヒヒヒと笑っている桜木の横っ腹へ仙道が「煩いよ」と足蹴りを食らわした。
桜木が首を捻って仙道を見下ろしてきた。その瞳には茶化すような色は全く浮かんではいない。
「そうやってジイにも蹴りくらわしたか?」
「まさか。お前らと違って、俺らはケンカなんざしねーよ」
ゲームを隅へ押しやると桜木は胡坐をかいて天井を見上げた。
「ケンカ、すりゃいーんだよ。しねぇからいつまでもわだかまりが解けねんだ。なしたんよ?言ってみ。ジイ達が帰ってくる前に。んな面で飲んでっから楽しくなりきれねーんだよ」
眉間に皺を寄せた仙道が「桜木はいつも偉そうだな」と鼻で笑ったが、「天才だからな」と返されてしまった。もうこうなると笑うしかない。仙道は両手を上へ伸ばして苦く口元を笑むように歪めた。

「俺んとこさ、家事は当番制なんだ。今週は俺なんだけど、忙しくてなかなか出来なくて。何回も牧さんが『今週は俺がやってやるよ』って言ってくれてたんだけど…牧さんが先週大変だった時、俺も忙しくて何も手伝えなかったんだ。それ思い出したら代わってって言えなくて」
うんうんと桜木が頷いた。
「奴に出来たことが俺に出来ねぇわけがねぇってか?分かるぜ…」
「いや、そうでもないんだけど。牧さん何でも出来る人だし。とにかく、昨日は『今日こそ片付ける!』って意気込んで仕事片付けて帰ったらさぁ」
「ジイが先に帰ってやってくれてた…ってんだろ。そりゃ情けねぇやら悔しいやらだよな」
桜木は最後まで言わせず勝手に続けてから、だっひゃっひゃと楽しそうに笑っている。仙道は大きな溜息をついた。
「それだけならいいんだけど、風呂掃除とか色々手抜きだったことがバレてたのが分かってさ、俺もう自分が情けなくて。だから謝ろうとしたんだ。でもさ、牧さん俺にそれを伝えてから、『しまった…』ってな顔してんの。自分を責めてんのが分かっちまったの。もうそうなると俺、お手上げ。どっから謝ればいいやらで、仕舞いには妙な開き直りが出ちまって…」
言いながら昨日の牧の表情でも思い浮かべてしまったのだろうか、仙道は悲しそうに瞳を閉じてしまった。
「謝ったら一発じゃんか、んなの。てか、ジイも甘ぇよな〜。流川なら絶対に口より先に拳と蹴りが飛んでくるけどな。まぁ、うちは当番制じゃねぇから?」

面白そうに笑っていたが、桜木は壁にある時計を見て真顔に戻った。
「…一個、俺様が教えてやろう。口でそうやって言い合えない時は、拳使ったっていいだろ。俺達は男同士だからさ、口が上手く使えねぇ、甘えることだって出来ねぇ時だってあらあな。流川は自分の感情を俺に隠さないぜ。口で言えない時は拳で伝えてくる。俺もそれに応える。それでお互いスッキリ出来るってのもいいもんだぜ?」
ゴロリと寝返りをうった仙道は背をむけたままで呟いた。
「…俺、牧さんに手なんて絶対あげたくない。どんな理由があったって嫌だ。されんのは別に平気だけど」
「なら、口で言うしかねぇじゃん。この天才が見る中では、オメーが一番口達者だろうがよ。口ゲンカすりゃいいんだ。確かにオメーとジイは俺らよりツーカーだ。けどさ、全部黙ってて通じはしねぇだろ。ま、通じてたら怖いっつかキモ過ぎだけど。何を勘違いしてっか知らねぇけど、ケンカは二人いるからできんだぜ」
ピクリと仙道の背中が動いた。
「一人で出来ることは沢山ある。TV見て泣いたり笑ったりよ。でも、ケンカは一人じゃ出来ねんだ…」
仙道の背に桜木は遠い昔を重ねていた。高校の頃、試合で背中を痛めて入院していた自分が、誰にも教わらずに初めて知ったことを。
見舞いから去っていく流川の背中を病室の窓からこっそり見ていた。今すぐ飛んでいって『しけた面してんじゃねぇ!』とボディに気つけの一発を食らわすことも出来ない。自分の泣きそうに歪むみっともない顔を『ブサイクな面向けんな』と言って蹴りを入れてもらうこともない。クタクタになるまでケンカしたあとで訪れる、心も寄り添っているお互いを認められる、あの何ともいえない恥ずかしさと喜びを得ることも出来ない寂しさ…。
父親のように優しく見つめる深い慈愛と度量のある瞳を持っている男に。頂点を必死で追い続ける強さを宿すあの黒い瞳と同じ色を持つ男に。出来るならば、そんなことに気付かないで過ごしてもらいたいと思う。
「もうそろそろ帰ってくるな。…帰ってきたら、もうオメーはジイと帰れよ。逃げてたって自分が辛いぜ?」
返事を期待せずに呟いたのだが、仙道はゆっくりと起き上がって苦笑いを向けてきた。
「一人でいい男やってんなっての。恥ずかしい」
「ウルセー。恥ずかしいこと言わせたんはテメーがもっと情けねぇ恥ずかしい野郎だからじゃねぇかよ」
やるか?とばかりに桜木は楽しそうにファイティングポーズをとったが、仙道はホールドアップをして見せた。
「いや。俺は野蛮なことは嫌いでね。あくまでスマートに口説き落とす主義でさ。悪ぃね」
「フンッ。このキザ野郎が」
「桜木」
「?」
「牧さんの次くらいには愛してるよ。まぁ、一位との差は埋めようがないほど果てしなく広いけどね」
「俺はそーいう軽口を叩かねぇんが好きなんだ」
二人は顔を見合わせてご馳走様とばかりに笑った。



ドアチャイムの音に桜木と仙道は出迎えに玄関へ出た。
牧が桜木の顔を見るなり手刀をきって軽く頭を下げた。
「悪い、桜木。用事思い出したから帰っていいか?これはお前らで食ってくれ」
差し出してきたビニール袋を受け取りながら桜木は仙道へと親指を向けた。
「丁度いいや。仙道もだってよ。ケーキ、分けておいたから持って帰って食ってくれな」
仙道は急ぎ部屋へと引き返し、自分のコートと二本のマフラー、そしてケーキの箱を一個手にして戻ってきた。
狭い玄関に大男四人なため、流川は仙道と入れ替わりざま桜木の横へ立って尋ねた。
「オメー、『五徳』って知ってっか?」
「あぁ?…『ごたごたゴトク言ってんじゃねぇ』ってやつか?」
牧と仙道は一瞬顔を見合わせてから爆笑した。理由も分からず、でも笑われていることだけは分かって憤慨している桜木へ流川だけは大真面目な顔でこう返した。
「…俺もそうだと思ったんだけど、ハズレだ」と。
それを聞いて仙道が腹を抱えながら「こいつら、同レベルっすよ牧さん〜」と寄りかかった。牧も支えながら笑っている。
「んだよ、気分悪ぃ。じゃあゴトクって何だよ。『お得』のなまったやつ?」
声も出せずに笑い続ける仙道の背を撫でながら、牧は何とか笑いを堪えて言った。
「御託並べていたら興も冷めるから、俺らは帰るよ。流川にあとで教えてもらえ。じゃあな。ケーキ、ご馳走様」
「ゴタク…ゴトク…?今日も覚める??ジイ、頭大丈夫?」
「桜木〜。お前の頭が心配だよ俺は。んじゃね、流川、桜木。よいお年を!」
「…まだクリスマスなのに」
「シャコージレーってんだそりゃ。な、ジイ」
「まぁな。来年のクリスマスにはお前らに国語辞典をプレゼントしてやるよ。じゃあ…」
牧が片手を上げたのを合図にしたかのように、四人は同時に「よいお年を」と言って笑顔を交わした。


どちらも行きより自然と近い距離を保って歩いていた。これがいつもの二人の距離。今朝の二人はほんの数歩離れていた。そのたった数歩が淋しくて、でも言い出せないでいたから、そんなことがとても嬉しく感じる。
仙道は静かに呟いた。
「…昨日は、ごめんね」
「いや…別に。それより、ちょっとデパート寄りたいんだ。ネクタイピン壊してたの思い出してさ。いいかな?」
「いっすよ。俺、もう別に用事ないし」
「そうなのか?」
「うん。俺の用事は牧さんに謝ることだったから。クリスマスのうちに言えて良かった。台無しなクリスマスの思い出になるのを防げてホッとした…」
へへへと恥ずかしそうに仙道は笑った。牧は桜木が仙道に何か言ったのかなとすぐに思い至ると、静かに白い吐息を零して頷いた。
「四人で過ごすクリスマスってのもいいもんだな…」


デパートの五階、紳士服売り場から二人は地下へと直結のエレベーターへ乗った。降りてみれば目の前が菓子売り場で、早くもクリスマスケーキの半額セールが始まっていた。仙道は自分の持っているケーキの箱を持ち上げて牧に教えた。
「これね、三種類のケーキが合わさって1ホールになってるんだよ。生チョコ・バターチョコ・生クリーム」
「豪華だ…食いきれるかなぁ。…バターチョコなんて懐かしいな」
「牧さんほどは食えないけど、今年は俺も頑張るよ」
「そういいながら、毎年俺にほとんどケーキ食わせるのは誰だったかな〜」
そんなたわいもない会話を出来るのが二人にとって今、何より嬉しいことであった。
仙道は穏やかな牧の横顔を盗み見ながら桜木の言葉を思い返していた。一人で出来る事は沢山ある。けれどケンカは一人では出来なくて。もちろん仲直りだって一人ではできない。気の置けない二人が揃ってこそ出来る事。
「牧さん」
「ん?」
「ケンカも仲直りも、これからは沢山していけたらいいね…」
突然な話の変わりように牧は少々驚いた顔をしたが、すぐに片眉をあげて困ったように「そうだな」と柔らかく微笑んだ。

歩きながら牧は持っていた紙袋の中から包装もされていない黒い箱を取り出して仙道へ手渡した。箱を開けると光沢のあるブラックとつや消しのブラックが交互にストライプを描いているシンプルで品のあるネクタイピンが入っていた。
「…これ、俺にプレゼント?」
「そうとも言えるし、言えないかもしれない」
不思議そうに見返してきた仙道に、牧はまた同じ箱を袋から取り出し、開けて見せてくれた。中にはそっくりな、でも良く見ればデザインが格子柄になっているネクタイピンがあった。
「うーん…。パッと見そっくりっすね。俺、間違えて牧さんのも使いそうだなぁ…」
「これはどっちも俺とお前のだよ。どちらが使ってもいいと思って、わざと同じようなのを二つ買ってみたんだ」
仙道はますます疑問が深まったとでもいうような表情で首を傾げた。
「流川に教えてもらったんだ。クリスマスはどちらの誕生日でもないだろ。だから二人で使えるものを贈るのがいいって。…一緒に使っていくうちに日常生活の中でどちらのものとも分からなくなる。それもまた幸せなことだろうってさ」
「えー?流川が、んな洒落たことを言ったんすか?牧さんにはマトモな言葉で喋るんだ…」
「…マトモな言葉でだったかは俺も自信がないが、多分、そういった意味だと俺は理解した」
「……そっすか。ありがとう…牧さん。大事に使わせてもらうね」
タイピンをとても丁寧に、まるで牧の告げた言葉ごと大切に仕舞うように蓋を閉じて仙道はポケットへと忍ばせた。
仙道の嬉しそうな横顔と心のこもった言葉と仕種が、牧には何よりの贈り物のように感じ、胸の内でもう一度流川と桜木へ礼を述べた。

「今年はもう間に合わないけど、次のクリスマスには俺も二人で一緒に使えるもの、贈りますよ」
「別にいいよ。誕生日だけで十分だろ。今年はまぁ、俺も流川の親切につい買ってみただけ…みたいなもんだ」
悪戯っぽく仙道が牧の顔を覗きこんだ。牧が訝しげに眉間を寄せる。その眉間へ仙道は素早くキスを落とした。
「なっ!?」
慌てて牧は周囲に目を配ったが、地下鉄が行ってしまったばかりだったホームにはまだ人影もまばらだった。こちらを向いている者もいないようだった。
「今のはごめんねのキスです。桜木に親切にもきちんと謝れって言われたからさ」
「バカ野郎。それはもういいって言っただろ。こんなとこですんな。冷や冷やする…」
牧は苦々しい顔で仙道を睨みつけた。くすりと仙道が笑った。
「…ケンカ、してみたくなっちゃいました?俺達の場合は口ゲンカですませましょうよ。俺、口ならけっこう勝てる自信あるんす」
仙道は牧の耳元へそっと顔を近づけて囁いた。
「口の使い方にかけては牧さんにも既に昔、お墨付きもらってることですし?」
「そ……」
「そ? うわぁ、痛っ!暴力反対!」
至近距離から牧の容赦のないショートフックが仙道の腹に炸裂した。
「その減らず口、俺が拳で叩き直してやる!」


その頃桜木は流川に台所へ連れてこられていた。ケーキを食べ過ぎて苦しんでいる桜木へ、流川としては饒舌に説明をする。
「五徳は、この部分のこと」
「コンロのこんな部分にまで名前なんて付いてたんか。驚きだな〜」
流川は得意げに手にしていたケーキの皿の裏の支えの部分を指した。
「これ、何て言うか知ってっか?」
「う〜…。あ、これのことをゴタクって言うのか?」
「ブー。これは糸底。イ・ト・ゾ・コ」
「何で皿の一部なのに糸なんだよ…。じゃあゴタクは何だってんだ?」
「…ゴタクは…碁を並べる卓…?だから先輩のさっき言ってたのは、『碁卓を並べてたら日が変わって目が覚める』ってな意味じゃねぇ?」
「おー、なるほど。オメー今日はやたら頭いーんじゃねぇの?…って、さてはジイからゴトクのことも教えてもらったんだろ」
「五徳は常識だ」
「嘘つけ。絶対そうに決まってらぁ。チェッ。感心して損した」
ブツブツと文句を言いながら部屋へ戻っていく桜木の背に流川は小さく舌を出した。



気の置けない二人であるからこそ、自分の意見や気持ちを素直にぶつけあえる。そんな当たり前で忘れがちな特別を思い出すには、クリスマスという日はピッタリかもしれない。24日にケンカして、25日に仲直り。仮に気まずい気分が残っても、クリスマスってイベントがアフターフォローしてくれる。
上手に仲直りを出来た自分達へのご褒美に、一緒に使える物を贈り合ったり、一緒に選んで買ってみたりなんて、楽しくていい。
クリスマスは楽しく過ごす日でありたいから。だから次もその次も、ずっと一緒に迎えよう。時に二人で、時に仲間や家族で。
どうしても一人で過ごさなくてはならないクリスマスは、心でサンタに唱えるんだ。『夢で会えますように』って。

少々遅ればせながら。今、絶好調に幸せな俺達は気前良く心の中で唱えさせてもらうとしよう。
─── Happy Merry Christmas!! 俺にも貴方にも。そしてクリスマスが終わる今夜、全ての人に小さな灯火のような温もりが心に灯りますように。






*end*




ミンチョコのクリスマス話はなるべく花流を絡ませるようにしてます。
今回はかなり出番を増やしてカッコイイ(でもやっぱりおバカ)花流を目指したつもりです(笑)

[ BACK ]