our folks side-S



帰りの特急列車の中、仙道も牧も疲れた体をシートに埋めるとすぐに瞳を閉じてしまった。二人の住む神奈川へは時刻表通りだとしても軽く二時間はかかる。その間、少しでも仮眠をとって明日の仕事に備えようと、列車に乗り込む前に二人は話していたのだった。
予定ではもっと早く帰って家でゆっくりするはずだったのだが、引き止められてしまい、こんな時刻になってしまったのだ。

仙道は瞳を閉じたものの、頭が冴えているのか眠気がおりてこなかったので、静かな揺れをただ体に感じながらぼんやりと数年前を思い出していた。


* * * * *


色々あった末、牧のご両親も納得の上、やっと仙道が牧の戸籍に入れるようになった年のこと。
牧の誕生日でもあるその日。二人は有休をとり、書類を集めたり提出しにいったりと一日ですませるべく忙しく立ち回った。
だから牧の誕生日と仙道が牧の養子になった日は同じだったりする。本当に二人にとっては記念だらけの日。

そして仙道にとってはもう一つの記念日でもある。それを大事なDVDを観るように丁寧に、その日の朝からの出来事を仙道は今度は鮮明に思い返す。

二人で住民票と書類をとりに行った。その場で書いて提出することもできたけれど、役所は意外に混んでいたため時間を少し潰すべく近くの喫茶店に入った。
コーヒーが届くまでの間、俺達はそれぞれの物思いに耽っていた。窓は店内の暖かさで少し曇り、枝葉のすっかり落ちた一月の寒々しい風景を柔らかく見せていた。

窓から視線を外し、俺がふと顔を上げた時。牧さんと目が合った。
「隠していたわけじゃないが、言う機会がなかったんだ」
そう切り出した彼は、どこか照れくさそうだった。

牧さんは俺に自分の住民票を差し出し、指である一点を指した。そこには牧の続柄は長男ではなく、『養子』とあった。
「俺の本当の両親は、俺が一歳の時に交通事故で他界してるんだ。今の両親は、実の母親の姉夫婦なんだよ」
まるで明日の天気の話しでもするかのように、牧さんはさらりと言った。あまりに自然な言葉に、俺まで普通に「そうなんだ」とだけ返事をした気がする。
牧さんは海南大附属中学受験の際に戸籍抄本を取った時初めて知ったそうだ。
「知ったその日に訊いたよ。そしたら、“そうだけど、それがどうしたの?言ってなかったかしら”って言われてさ」
苦笑交じりに牧さんは、少し詳しく聞きたそうな顔をしていた俺のために、当時を思い出しつつ話してくれた。

一歳といえば、血の繋がった両親の記憶が全くなくても不思議ではない歳である。仏壇にあった複数の写真立ての中から、父が小さい額縁を持ってきてくれ手渡されたが、特になんとも牧は感じなかった。
それよりも、その日の夕食時に「今更私達を“本当の親じゃないから”などと馬鹿なことを言い出すようには育てていない。お前は俺たちの息子であることは、これからも同じく変わらない」と言った父と母の凛とした表情が記憶に深く残っていると嬉しそうに言った。
そして、戸籍を見るまで疑問にすら思わないほど、本気で叱られたり心配されたり…大事に育ててもらった事実と、それはこれからも変わらないという、心に確かにある自信。
そんな思いを素直に語ってくれた後、牧さんは俺に真剣な顔をして言った。
「だから…彼らが思ってくれているのと同様、俺は育ててくれた父と母を本当の親だと思っている。つまり、俺には、四人の親がいるんだ。それを知った上でお前にお願い…というか、俺と世帯を一緒にするようになる前に、踏まえていて欲しい事がある」


牧が大学に入ると、父は残業を増やし、予定していた車の購入を先送りにした。母はパートに出るようになり、習いもののフラワーアレンジメントをやめた。
自分で割りの良いバイトをしながら医学生をするというのは、実際問題、忙しすぎる日々の中では不可能なことだった。それでも短時間のバイトをしようと思うと話した時。
「お前のためじゃない。仕事が今、面白いんだ。車は…モデルチェンジで気に入らなくなったから買わないだけ」
「紳一のためじゃないわ。習い事飽きちゃったし、やめたら暇だからパートしてるだけよぅ」
そして二人は口を揃えて言った。「余計なこと考えてないで、夢を追える自分を誇りに思って頑張りなさい」と。

「素晴らしいご両親っすね…。今時珍しいっつーかさ」
「だろ? でな。俺は決めているんだ。さっさとスポーツドクターになって稼いで、父には車、母にシステムキッチンの立派なやつをリフォームして付けてやろうって。それと…産んでくれた親に、少し立派な墓石をってさ。今のやつ、三年前の地震でけっこう欠けちまってるんだ…」
「いいこと考えてるなぁ。それで?俺に踏まえて欲しいことって?」
牧は椅子の背もたれから上体を起こし、テーブルの上に置いていた住民票を畳みながら言った。
「俺は今はまだ研修医だ。金はない。医者になっても暫くは、そんな理由によりガッチリ貯金をしていきたい。男二人が一緒に暮らすから、少し裕福な生活ができると思っているのであれば…。それは期待しないで欲しいんだ。俺の目的が終わったら、それこそ今度はお前…あっ」
牧の手から、ひょいっと仙道は住民票を取り上げて、牧の続柄欄を指差してみせる。
「ここがね、“世帯主”になるんすね。で、こっちの俺のが“養子”になるんです」
そうするために朝から走り回っているのに、何を今更と牧は首をかしげてみせた。
「俺たち、家族になるんだよ。あんたの親は俺の親にもなるんすよ。んでさ、あんたの夢を一日でも早く叶えてやりたいって頑張ってくれた人達を、俺が好きにならないわけがないじゃん。二人で稼げば、それだけ早く牧さんの目的を達成できるよ。俺と一緒になって損はさせないぜ?」
ニヤリと笑ってみせた仙道に向けた牧の驚いた顔。それからゆっくりと形作られた笑顔。
「…お前のご両親にも、同じようにしたいから。それでもやっぱり時間はかかりそうだな」
「いや〜。俺の親は、かなり変わってるから。それはしなくていいと思いますよ。料理しねぇし。それよりね、早く牧さんのご両親喜ばせて、それから俺達自身のために稼いでいきましょ』
それだと俺ばかり美味しいトコ取りなんじゃないのか、と牧は腕組みをして唸りだした。そんな牧を仙道は笑い飛ばす。
「でもね、新婚旅行だけは、うんっと遠くに行こうよね。それくらいはいいでしょ?」
「今それを言うかよ…。ここで言われちゃNoとは言えねぇじゃねぇか」
照れくさそうに顔をしかめて見せたあと、やっぱり嬉しそうに牧さんは笑った。


* * * * *


それは、思い起こすたび、今も仙道の胸をあたたかくさせる記憶。
牧さんにあの時の俺の喜びは伝わったのだろうか。牧さんが俺に本気で頼んでくれたことに、俺はどれだけ歓喜したか。

言ったのだ、数年前に。何もいらないから、牧さんの家族にしてほしいと。先に俺の夢を叶えてくれたのはあんたなんだ。
俺が望むものは叶えられたから、次は牧さんが願うことを叶える番。それを手助けできる役に付けた嬉しさを、あんたは分かってくれていただろうか。人に極力頼ろうとしない牧さんを、ずうずうしくおせっかいにもしゃしゃり出て、頼らせることができる。それも誇りを持って。

二人ずっと傍にいられる幸せと一緒に手に入れられることが、沢山沢山あることを知った。
今日だってそうさ。新車のキーを、宝物を受け取るように厳かに受け取ったお義父さん。真新しい機能的なキッチンでお茶を入れる、嬉しそうなお義母さん。そんな二人をいとおしそうに、そしてどこか安堵したように見つめる牧さん。
沢山のいい顔を見せてもらったよ。もちろん俺にも向けられた、三人からの照れてしまうような精一杯の喜びの言葉と笑顔もね。

愛することも、愛されることも。同量であって初めて、過不足なく満たされているって実感できるもの。言葉じゃなく、一緒に過ごすことでそれを教えてくれたのも、あんたなんだ。
俺を選んでくれたこと。俺は一生誇りに思うよ。


列車の揺れに紛れてしまうほど小さな、少し涙交じりのような牧さんの呟きが聞こえた。

『…お前で良かった。ありがとう』

牧さんは俺が眠っていると思っているらしく、そっと体を寄せてきた。それこそ、電車の揺れを利用して不自然じゃない程度に。
きっと牧さんも同じように瞳を閉じているのだろう。胸に幸せを静かに降り積もらせながら。
だから俺も眠ったふりを続けながら、大きなカーブの揺れに合わせて体を牧さんへと寄せて肩を少し重ねた。

────幸せを重ねるように。








*end*




これは仙道サイド。牧サイドの話も書きます。LOVE LIFEの二人より家族の話は優し目にしたくて書いたの。
これはモロ梅園のおとぎ話。現実があまりに辛いと、こうして真逆の話を書いてしまうもんですなぁ(苦笑)
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