forcing sale
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白々とした朝の光が全てを白っぽく浮かび上がらせている。病院の建物もまだ眠りから覚めていないような静けさを湛えたままだ。 夜勤明けの午前四時。朝日が地上数メートルの位置から数台しか停まっていない駐車場を白く彩る部分を増やしていく。 重い足取りで自分の車へ向かっていた牧はふと顔を上げた。そのタイミングを計っていたかのように爽やかな声が朝の空気を少し震わせた。 「ずいぶんご機嫌そうですね」 逆光で表情こそハッキリとは見えなかったが、髪は降ろされていたけれど長身でスラリと長い足を軽く開いて立っているその姿は間違いなく仙道であった。 彼の隣には自分の愛車CB1300 SUPER FOURが横付けされている。美しく磨かれたブラックメタリックなボディが朝日を受けて輝いていた。 「…どうしてお前がこんな時間にここにいるんだよ」 朝日で眩しいから顔をしかめているのだというフリで牧は普段どおりを装って、足を早めるでもなく近づく。 仙道からの返事は、ただ肩をすくめた仕種で終わられてしまった。けれど牧も追求はせずに黙ってその横を通り過ぎた。 牧の背後からのんびりとした声がかけられる。 「これからちょっとツーリングしない?メット、牧さんのも持ってきたんだけど」 振り向きもせず牧はにべもなく言い放つ。歩く足は止めずに。 「自分の車で帰る」 「疲れて寝たいって顔じゃないですよ。家にすぐ帰りたいって顔でもないみたいだけど?」 「見えてもいないくせに勝手な事言うな」 「背中向いてたって、バレバレだよ。すっげご機嫌じゃん」 くすくすと笑う仙道に、牧はようやく立ち止まり肩越しに首だけ振り向く。ぴりぴりとした隠し切れないオーラのようなものが朝の冷たい空気に見える気がした。 「…今の俺がご機嫌に見えてるなら、お前の目は節穴だ」 少し細めた牧の瞳が剣呑に光る。ぞくぞくと仙道の肌が歓喜にざわめいた。 「眉間にふっかーい皺寄せて、眉毛をこれでもかってくらい吊り上げて。額にゃ青筋、頬骨には殴られた痕。そりゃもうご機嫌で、家にまっすぐ帰ったって体力有り余って退屈しちゃうくらいなんじゃないの?」 くるりと牧が仙道に向き直った。本当はそれほど酷い形相を牧がしていたわけではないのに、仙道は煽りたくて誇張したのだ。 予想通り、仙道の言葉で牧の表情は険しいものへと変わる。きつく寄せた眉の下、彫の深い顔に影がさして瞳は影に隠れた。 「俺の機嫌が分かってんなら、くだらないこと言うな。一人でどこへでも行ってろ」 「分かってるから誘ってんじゃん。俺の前でまで表情隠そうなんて無駄なことやめてよ。さ、行こう」 爽やかな笑顔でメットを牧へと放った。ペースは、もう仙道のものだった。 二時間ほど前、自宅で眠っていた仙道に藤真から電話が入った。 『教えてやりたくもないが、約束だからな。これで借りはなしだぜ』 寝ぼけていた仙道にかまいもせず、藤真は状況説明だけを端的に述べた。 大学病院から臨時で一週間前やってきた白崎という鼻持ちならない嫌な医者が、何かにつけて牧につっかかっていること。ライバル視なのか、ただ単に馬が合わないのかまでは、もちろん藤真も牧もそこまでは知らない。 傍から見ても理不尽な言いがかりや行動により、迷惑を被って気の毒な牧は、それでも元来の人の良さと天然っぷりを発揮してかわしていた。 『けどな、さっきさ。白崎のバカが酒の臭いプンプンさせて、怒鳴り声上げて病院にやってきたのよ』 救急入り口のドアをガンガンと叩きながら入ってきた白崎を止めようと、夜勤であった牧と藤真がすっとんでいったのだ。 そこで取り押さえようとした警備員をふっとばした。白崎はずんぐりむっくりの熊男でパワーだけはある。あおりをくらって、藤真は壁に叩きつけられた。 『そっからは…牧に聞け。とりあえず、あの牧が怒るほどとんでもないことを白崎が吠えて暴れたってのは想像できるだろ?』 俺は藤真さんに貸しがあった。それで『牧さんが職場で面白いことやったら教えて下さい』とお願いしておいたのだ。もらった電話の内容は別に牧さんが面白いことをやったようではなかったが、俺は素直に感謝の言葉を述べて電話を切った。 急いで顔を洗ってコーヒーをがぶ飲みして、今こうしてジャストタイミングに参上できたのは、だから藤真さんのおかげ。 一目見て歩いてくる牧さんが不機嫌なのは分かった。もっと怒り丸出しかと思っていたけど、かなり押し殺しているようだった。 牧さんは滅多に本気で怒らない。藤真さんが電話で教えてくるってことは、きっとそりゃすごい怒り方だっただろうことが容易に想像がつく。 俺も実は過去二回、牧さんを本気で怒らせたことがあるからだ。そん時は俺もかなり怒ってたけどね。ま、んなこた今はどうだっていい。俺が睡眠時間を減らしてまでノコノコとこうしてやって来たのは。 『一度でいいからメチャメチャ悪い意味でテンション高い牧さんとヤッてみたい』っていう下世話な好奇心から。 大体いつもは俺に抱かれてくれてるけど、たまーに牧さんも気が向くと俺を抱く。それは大抵何かの記念日とかだったりして、そりゃもう優しく抱いてくれる。じれったいくらい丁寧に、こんな俺がどこぞの王子様かと想い違えるくらい優しくとろけさせてくれる。 けどね。 一回でいいからすっげー激しくキッツクやってみてほしいんだよね。機嫌悪さ丸出しで荒々しくヤッテる牧さんってのも拝んでみたいもんなんだよ。 もちろんその機嫌の悪さの原因は俺以外の奴とじゃなきゃセックスにはもちこめない。…自分で言うのも変だけど、牧さんをメチャクチャ怒らせる度胸のある奴なんてそうそうはいない。俺くらいなんじゃねぇ?だから無理だと思っていたんだけどね。意外なとこからタナボタ気分だ。 ガンッとバイクの横っ腹を牧の革靴が蹴った。メット越しに振り返ると、険しい牧の目元だけが見え、仙道は視線で『何?』と訊ねた。 「なに笑ってんだよ。どこ連れてく気だ。信号青だぞ」 ぶつ切りに大声で訊ねられて、仙道は目だけで笑った。お互いメットをしているため、停止している時に大きな声を出さない限り会話はできない。信号停止中に、笑った振動が接触している部分から伝わったのだろう。しっかりと仙道の腹に回された牧の腕をポンポンと軽く叩いて返事を流した。仙道はグリップを強く握る。 「おい、答え」 牧の不機嫌丸出しの低い声も、すぐに唸りを上げたバイクのエンジン音でかき消された。 空が青いグラデーションを描き出す。雲がアクセント的に東の空に白い色を刷いている。今日の天気はバイクと仙道に味方していた。 時折すれ違うトラックや新聞配達の自転車も、次第に姿を見せなくなる。舗装はされているが、細い林道にどんどん加速をつけて飛ばす。 ライダースーツに当たる風が少し冷たい。スーツの牧はきっとそれ以上に体が冷やされているのであろう、今では体ごと仙道に預けるようにピッタリと胸を合わせてきていた。 カーブが増えてきたため、バイクを傾ける回数が増えてくる。それに合わせて二人は体で何度もリズムを取る。対向車も後続車も気づけばいなくなっていた。 そうこうしているうちに、古いペンション風のホテルにたどり着き、一台一台仕切られている暗い駐車場の中にゆっくりとバイクは停止した。 メットを外して頭を乱暴に数回左右に降った牧は、嫌そうに顔をしかめて睨んできた。空いている手で仙道の腕を掴もうとしたが、反対に仙道が牧の手を掴み、自分の中心部へと導き、当てる。熱く硬いそこを無理やり押し当てられ、牧はますます険しく眉間を寄せ仙道の手を強く払った。 「…なに考えてんだ。こんな気分で抱かれる気なんてないぞ」 くすりと笑って仙道はグローブと二つのメットをバイクの上に置き、シャッターが閉まるボタンを押した。重そうな音と共に徐々に視界は暗くなっていく。 「俺、あんたがそうやって怖い顔してんの見るとね、かじりつきたくなるんすよ。美味そうでさ」 「俺は硬いから、美味くもなんともない。この変態野郎」 「硬いから、美味いんじゃん。噛み応えなきゃ俺たちの牙は退化しちまうよ。あんただって、今、噛み付きたくてたまんねぇはずだって」 ニィッと仙道は笑顔をつくり、そのまま人差し指で自分の犬歯を見せるように口の端を引いた。白い歯が暗くなってきたガレージにぼんやり浮かぶ。 「…今の俺がお前に噛み付くってのはな、純然たる“八つ当たり”ってやつでしかねぇんだぞ。そこら辺、分かって言ってんのか?」 ゴウン…と最後に大きな音を響かせてシャッターが全て閉まった。それと同時に奥にある古臭い入り口のドアにある蛍光灯に黄色味を帯びた光が灯る。 「八つ当たり、大いに結構♪顎がだるくなるまで噛んでよ。あんたが噛めなくなったら、俺が噛むから」 立て付けの悪そうなドアを仙道が開いて手を差し伸べてきた。牧は舌打ちを一つしてその手を叩き落すと、仙道の後に続いて細い階段を昇っていった。 日が傾きかけた、まだ夕暮れには少し早い黄色味を帯びた太陽がアスファルトを明るく照らしている。木々は風もなくその葉を揺らしもせず、ただその影を濃く互いの幹へと落としている。夏の近さを感じさせる暑さが二人の額に汗を浮かばせていた。 「牧さぁ〜ん、もちっとゆっくり歩いて下さいよぅ。腰が痛くて、俺、これ以上早くは歩けないんですってば〜」 大型バイクを押しながらなのに仙道より6メートルは先に行っている牧へと情けない声をかける。人影どころかすれ違う車すらないため、それほど大きな声ではなくてもしっかり牧へと届いた。 「…悪いと思ってるからこうやってバイク押してやってんだろ。大体、こんな携帯の電波も届かない辺鄙なところに連れてくるお前が悪い」 「だって〜。街とか近場だったら『駐車場や帰り際とか誰かに見られたら嫌だ』って言って、絶対ブティックホ」 会話の途中をさえぎるように牧が振り向き、少し大きな声を出した。逆光ではあったが牧の顔が赤いのが遠目でも認識できる。 「解ったから、もう頼むから喋るな。お前はそこに座ってろ。俺が電波通じるところに先に行ってタクシー回してやるから」 「え〜?俺の愛車はどーなんの?」 「…なんとかする」 結局具体的な策も言わないまま、牧はずんずんと先へと行ってしまった。仙道はあきらめて木陰にゆっくりと腰を下ろした。痛みのせいで眉間に皺が寄る。 「想像以上にパワフルだった…。バスケしなくなって体力落ちただの体重落ちたとかなんとか言ってたくせに〜」 賞賛と悪態入り混じったため息をついて空を見上げた。雲ひとつない、まるで時が止まっているような空が目にしみる。心なしか腰にもしみる…。 左手の道路を見ると路面からの陽炎に揺れる牧の背中が豆粒サイズに見えた。 牧さんもバイクの免許とってくれてたら良かったのになぁ。久々のネコにあのパワーぶつけていただいたら…こりゃ一週間はバイク乗れないって。あぁ〜計算違いだった。やっぱ家に帰ってなんとかその気にさせる方法を練るべきだったかも。イタタタタ…。 一方、その頃の牧は小一時間前の出来事をぼんやりと思い出しながら、疲れのせいでよけい重く感じるバイクを唸りながら押していた。 仙道は寝不足、自分は夜勤明け。そしてお互い情事で疲れ果て、コトが済んでシャワーをヨレヨレになって浴びた後、ちょっとまどろむつもりがどちらも爆睡。俺の財布にはカードと数枚の札。仙道の財布にはカードと一枚の夏目さん。 『…お前…そんな財布でよくこんな場所に人を引っ張りこんでくれたな』 ジロリと仙道を睨んでから、カードも使えない古いタイプの支払機に俺は有り金全て差し込んだ。もちろんお釣りなんてなかった。 『俺を美味しくいただいてストレス解消できた料金と思って下さいよ。ね』 笑顔でぬけぬけと言い放った仙道の顔が脳裏に浮かび、舌打ちした。 眼下にようやっと見えてきた小さな街並みに足を止める。携帯を開いたが、まだ圏外。また乱暴に携帯をポケットに突っ込む。 開けた視界の先にある世界に向けて、大きく息を吸い込んで牧は大声で叫んだ。 「俺はこんな買い物したくなかったんだ!!押し売りに負けたんだーっ」 人気のない両脇の林道に悲痛な叫びだけが木霊した。 小さく見える給油スタンドまであと軽く見積もって3キロ。 「こんな大型ロードスポーツバイク、そこで捨ててきてやる」と、仙道が聞いたら真っ青になりそうな言葉を吐きながら、牧は仕方なくグリップを握りなおしてまた歩き出した。 数日後、牧が怒りを覚えた白崎の言動を知った仙道が、「俺がそいつを殺してやるー!!」と叫んで家を飛び出しそうになったのを、牧が必死で止めたことは…。 何故か花形が知ってしまうのだが。その話はまた別のお話。 *end*
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バイクの知識が全くない私は、ライダーな旦那様をお持ちのYさんに教えていただきましたv
よってこのお話はYさんに捧げます。牧仙の話だから嬉しくないかもだけど☆ |