Is it cold?


仙道は変則的に土曜日も休みが入るが、牧は土曜日も半日仕事があることが多い。けれど今日は祝日で明日は日曜。久々に二人一緒の連休だった。
しかし忙しかった二人は連休の予定をたてることもできず、日々に追われていたため…こうして二人で家にいた。
せめて天気が良ければドライブに行くというだけでもいいけれど、本日は生憎の雨。しかも風が強そうで、窓ガラスにたたきつけられた雨粒は斜めに滑り落ちていた。

居間で二人はぼんやりと床に座っていた。牧はTVのリモコンをつけたり消したり。仙道はそれを見ていたり見ていなかったり。
「TV、つまらんな」
「うん。DVDでも観る?」
「…いや、いい。お前、観たいか?」
「ううん。観たくない」
「なら聞くな」
「気遣ってみました」
「…それはご丁寧にどうも」
「…いえいえ、どういたしまして」
「……」
「……」

雨音だけが室内に流れる。しらけた気分をいっそう引き立ててくれるような、嫌な感じ。外だけではなく室内も寒々しく感じる。
仙道はゴロリと横たわると牧の伸ばしている足に頭をのせた。牧は仙道の頭を持ち上げて床に戻す。そして自分も隣にゴロリと横になった。つかず離れずな微妙な距離。
「…寒いか?」
「んー…、少し」
牧の腕が仙道を引き寄せる。仙道もされるがままの状態で牧の腕の中におさまった。
「まだ寒いか?」
「丁度いいっす。 牧さん、そんなに暇なら出かけておいでよ」
「お前こそでかけてこいよ。俺は別にいいから」
「俺も別にいいっす」
「………」
「………」


確かに腕の中に仙道はいるのに。
確かに牧さんの腕がまわされているのに。
何故か、遠い。
何処か、からっぽ。
朝から奇妙に心が通い合っていない。もどかしいけど、どうしていいのか解らない。
いっそ出かけてしまったらスッキリするのかと思うけれど、どうにも出かけようという気にもなれない。
ぼんやり。ぼんわり。
腕の中のぬくもりも、背中に伝わるぬくもりも、あったかいと感じられる。なのに、少し寒い気がする。

手を伸ばしてリモコンをとると、また牧がTVをつけた。仙道もTVを見上げる。
「TV、つまんないね」
「ああ。音楽でもかけるか?」
「いらない〜」
「あ、そう」
「そう」
「…………」
「…………キスしてよ」
「……………ヤダ」
「あ、そう」
「そう」


TVを消したら、また雨音がやってくる。
「…したいんなら、お前からしろよ」
「ちょっとだけ…」
仙道は起き上がると羽のように軽いキスをひとつした。牧はじっと仙道の瞳を見上げる。それをじっと見下ろす仙道。お互いが瞳に映っているのだけれど、ただそれだけ。奇妙な白茶けた霧にくるまれているような鈍い感覚。
「…どうしたもんかな」
「…どうしたもんですかねぇ」
「どうもならんな」
「しょーもないけど、どうしていいんか解んねぇ…」


なんにも噛み合わない不思議に嫌な感じだったけれど、お互いがそう思っていて、けれどどうもできなくているというのは、ちょっとだけ救いのような気がしていた。
世にいう『倦怠期』という言葉が当てはまる自分達であるとは思わないけれど、たまーに。ごくごくたまーに、忘れた頃にやってくる。不思議で嫌な時間。
「俺ね、この感じっつーか、時間に、名前つけてみた」
「なんて?」
「“つまらん時間”」
「…まんまじゃねーか。いいよ、俺が考えてやる………」
「浮かんだ?」
「“贅沢病時間”」
「あ、それいい。ピッタリ。そのセンスのなさがいいね」
「だろ。 で、名づけてどうするんだ?」
「そんだけ」
「…………」
「…………」
「………寝るか」
「まだ6時だよ」
「俺は、寝る」
「んじゃ、俺も」

よっこらせと二人同時に起き上がると、牧は洗面所へ、仙道はトイレへと向かった。



カーテン越し、ぼんやりと窓ガラスの形が浮かび上がっている。夜にしては明るいなと思いながら、牧はサイドボードの目覚まし時計に手を伸ばした。
『うわ、仙道、もうこんな時間だぞ』と隣のベッドへ慌てて声をかけた…つもりであったが、その声はかすれた細いもので、仙道には届かなかった。そんな自分の声の状態にも驚いて牧が己の咽もとに手をあてていると、仙道がむっくりと起き上がった。
『…う〜寝たぁ〜…。今、何時っすか?』
その声もまた、牧と同じように思い切りかすれた小さなもので、仙道も先ほどの牧同様に驚いて、同じポーズをしながら牧を見た。
牧は左手を咽にあてたまま、右手で時計を仙道にぐっと突き出す。時計は十一時をまわっていた。
『…十七時間寝てたってこと…?』
仙道の口元を見ていた牧は、声としては聞き取れなかったが、言っていることは解って頷いた。


寝すぎて体が痛い二人はぎこちない動きで遅い朝食(時間的には完璧に昼食)を用意して、のろのろと食べだした。
『…珍しいね、いつもなら着替えたり顔洗ってシャッキリしてから食べるのに』
牧の寝癖がついたままの髪と、中途半端に少し伸びてしまっているヒゲを見ながら仙道は言った。
しかしかなり聞こえにくいため、半分ほどしか言っていることを牧は理解できなかったが、パジャマを指差されて返事をする。
『…だるいんだ。風邪ひいたようだ。お前もそうだろ?声出てないぞ』
これまたかなり聞こえにくいため、仙道も自分と咽を指差す牧のジェスチャーでようやく理解した。
『同時に風邪ひいちゃったね』
ぼさぼさの髪を揺らして、同じく伸びかけているヒゲに手をあてながら苦笑いをした仙道に、牧も同じように苦笑いを返した。


寝すぎのせいでベッドへは入りたくない二人は、それぞれが毛布にくるまって寄り添うようにソファに座った。
TVのボリュームを最低限に抑え、旅行番組を見るでもなしにつけっぱなしにしていた。
ただそれだけなのに、昨日感じていた寒いものは二人の間から消えていた。
声が出せないから隣に座って、話したい言葉を選んで唇を動かす。伝わらない分はジェスチャー。
昨日より不便であるというのに、何故か心はとても近くにあってあたたかい。体は辛いのに何度も笑顔になる。
キスしたいと思って相手の唇を見ると、自然に軽いキスが来る。嬉しくなって自分も返す。そして一緒にまた笑顔。
『一緒に風邪をひいちゃうと、うつす心配しないでキスできていいね』

沢山色々話をしたくなる。沢山色々なところに触れたくなる。 それは心が近いから。

昨日の遠かった淋しさを思い返して仙道は言った。
『風邪ひいたのって贅沢病時間のせいかな?』
牧は聞き取れなくて首をかしげた。仙道はチラシの裏に書いてみせる。牧は眉間をキュッと寄せて『そうかもな』と頷いた。


本当にちょっとしすぎたことで、大切な人が傍にいるありがたみを忘れてしまう時がある。そんな自分に気付けない時がある。
長く一緒にいるから、そういうことが起きるのも仕方がないのは分かるけれど。 それが重なると心は風邪をひき、心に引っ張られて体の方も風邪をひく。 “心身ともに”とはよくいったものだ。どっちがダメでも健やかでいられない。
俺達は体が滅法丈夫だから、心の風邪に鈍いのかもしれない。このところすれ違いが多かったことで自分の心が寒がっていたことに気付けないでいたんだ。その寒さを相手にも感じ取って、互いに冷やしあってますます冷え込んで悪循環。
そう思い当たると、なんだか自分もバカだけど相手もバカだと思って、不思議に愛しくなってくる。

あったまろう。骨の髄まで、心の奥底まで。 方法は簡単。寄り添う体温と目を合わせながらの笑顔でO.K。


仙道の手からペンをとると、牧は絵を描きだした。ギザギザ頭の珍妙な絵を満足げに仙道に見せる。
しばらくそれを見て、仙道は困った顔で自分を指差すと牧は『うん』と頷いた。
今度は仙道がペンを奪って、目尻にホクロをつけたこれまた奇妙な絵を描き、得意げに牧に見せる。
牧は実に嫌そうな顔をしてみせてから笑った。
『お前、絵は下手だなぁ』
『なに言ってるんすか。牧さんの方が下手だよ〜』
『俺のは上手いぞ。特徴をとらえている。お前のは…変だ。下手というより、変』
『どこがですか〜っ。俺、こんなにタレ眉でもないし変な頭してないって。俺のはね、ほら、口元すっげ似てるって』
ひーひーとお互い笑いながら扱き下ろしていた二人は、はたと気付いた。
『俺達、ほとんど声も出てないのに、会話できてるよ!』
『凄いな。二人揃ってエスパーだ』
『ホント。んで、二人して画伯だよー。クサナギ君に対抗してみよっか』
『お前一人で対抗してろ。俺は上手いから参加しない』

出ない声と身振り手振りに声のない笑い。全部が通じる楽しさに興奮して、ついには熱まででてきてしまった。
置き薬も切れてしまったので、牧は厚着をしてコートを羽織る。仙道も同じように厚着をしながらマスクを持ってきた。
二人で着膨れてマスクをして。ついでにマフラーまでぐるぐる巻いて。デカイだけでも目立つのに、怪しい雰囲気になってしまってさらに目立つことは必至だ。ぼさぼさな頭がさらに怪しさを倍増させている。
『一緒に行かなくても、俺一人で買ってくるのに…。お前の方が熱も少し高いだろ。大人しく寝てろよ』
『他の人にはあんたのテレパスは通じないから、俺も行く。俺の方が声、少しは出てるからね』

北風冷たい夕暮れ時。ちょっと遠い、薬局が入ってるスーパーまで寄り添って歩く。ここまで怪しい人物になってしまったのだから、もう怖いものなんてない。
『こうなったら腕でも組むか?』
『いいですねぇ。あったまるし、面白いし一石二鳥だ』
周囲には誰もいなかったから言った言葉と返した言葉。でももしここに沢山の人がいたとしても。今の気分と同じだろう。
牧がポケットに突っ込んでいる左腕の肘を曲げる。そこにするりと仙道は腕を通して、そのまま自分のポケットに手を突っ込む。
歩きにくくてよろけるのか、熱でよろけてしまうのか解らなかったけれど、仕舞いには互いにしがみつくようにしながら歩いているうちにどうでもよくなった。

『今日中に治るといいんだがな…』
『治るよ。だってこっちはもう治ってるからさ、体なんてすぐだよ』
マスクで口元は見えないけれど、自分の胸を指して言う仙道の顔は絶対に満面の笑顔。それに負けじとマスクの下、満面の笑みを牧も返す。
『そっか』
『うん』


苦い粉薬が嫌いな仙道のために、錠剤タイプの薬を買う。
カニ雑炊が好きな牧のために、カニ缶を買う。


さぁ、急いで帰ろう。 何もないけど、何でもある、俺達の我が家へ!!








*end*




無精ひげの二人をみたくて書いてみました(笑) きっと仙道の方がヒゲが目立つと思うんです。
牧は髪の色もブラウンっぽいし、肌が褐色だから目立たないかと(笑)

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