K.O負け



秋。物思いにふけるにはもってこいの秋。 それにしても、だ。 夕食後ののんびりとした時間、俺の話を聞いているのかいないのか、牧さんは今日も少しずれたタイミングで生返事を返してくる。この頃はちょっと時間ができるとすぐぼんやりしているかとおもえば、おもむろに一人自室に入ると電卓を叩いてはまた居間に戻ってくるというのを繰り返している。
これで気付かれていないと本人は思っているのだから、牧さんという人は可愛くてたまらない。
仙道は一週間後に切り出そうかと思っていたことを、とうとう口にしてしまった。

「来月、ボーナス入るから、パパになんでもおねだりしなさいよ」
牧はいつの間にか隣に座っていた仙道に気付いていなかったらしく、心底ギョッとした顔で見返してきた。
「え?誰がパパ? は?お前?子供もいないのに?ボーナスなんてなんで今時期入るんだよ?」
「そんなお約束のボケはいいですから、ほらほら、おねだりしてみなさいって」
「ボケ…」
「いや、そこにこだわらないで下さいよぅ。牧さん、欲しい物あるんでしょ。仙道パパはなんでもお見通しなんだから♪」
ピクリと牧の眉毛が動いた。小さく、お前はエスパーか…と真面目に呟いている姿が仙道の眉を更に下げさせる。

牧はまた自室に戻るといそいそと一冊のパンフレットを持ってきた。そろそろ欲しくなる頃だろうとは思っていたから、仙道は驚きもしなかった。豪華な作りのオールカラーパンフレット。高級感ただようロゴデザインが映える滑らかな硬質のボディが写っている表紙。そう、牧が欲しがっているのは車なのだ。

床にころりと腹ばいになるとパンフレットを広げて牧は仙道を手で『来い来い』と呼んだ。仙道もいつものお約束でクッションを二つ持って傍へ横たわる。
二人でクッションを胸の下に入れると、いつもの『吟味タイム』が始まる。パソコンもTVも、少々高価な買い物は店でパンフレットを置いてあるもの全て、購入予定が立つと二人であらゆるところからパンフレットを持ってくる。そうして暇な時間に一緒に検討するのだ。それを二人はいつからか忘れたが吟味タイムと呼んでいるのだ。
「本日の吟味タイム。お題は『新車購入』。六年たったからさ、そろそろ…なんて」
ちらりと牧は仙道を伺うように視線を送ってきた。いくつになってもこういうところは変わらない。牧は自分の大きな買い物の前はいつも子供が親の機嫌を伺うような顔を覗かせる。自分で全額払うものでも、ちょっと高額な物を買う前は、そう。無意識でやってるのだろうが、仙道はこの表情があまりにも可愛い過ぎてつい『なんでも買ってやるぜ!』と言いたくなるのだ。普段滅多におめにかかれない表情だけに…滅法弱いのである。
頬杖をついた形のまま、仙道は笑顔で話しの先を促した。それを合図に牧はパンフレットの説明を開始した。

牧のほぼ一通りの説明が終わった。ここ数日こればかりを考えていたのだろうと思わせるほど牧の説明はしっかりしていて隙がなかった。
「牧さん。まさかコレ一台しか考えなかったわけじゃないんでしょ?」
にやにやと仙道は笑ってみせた。牧はバレたかという顔をすると、いそいそとまた自室にひっこみ、すぐに戻ってきた。今度は三冊のパンフレットと電卓を持って。
「お前、この頃俺の行動先読みするの、ますます上手くなってないか?」
牧は照れながら隣に戻ってくると、別のパンフレットを広げて仙道の横にうつぶせになった。距離がさっきより近い。体が軽く触れ合う位置。
「何年一緒にいると思ってんすか。さ、いいからパパに説明しなさい」
何故パパ…?と呟きながらも牧はまた説明を開始した。

電卓を何度も叩いては「頭金がこうなら」「今の車の買取額が多分」「月々の支払いを」などなど、もうすっかり牧さんは買う気満々ならしく熱く語っている。牧さんは通勤で毎日使ってるんだし、何かあると俺も借りる。何より休みの日のドライブ、運転する牧さんがご機嫌というのは俺にとっても重要なものだから。反対する気なんて俺には最初からなかった。でもまだ即答はしてあげないでいると…。
「…というわけだが、どうだ?それほど家計に響かない買い物になると思うのだが」
伺ってる伺ってる伺ってるよー!!と、俺はあまりに可愛いこの首を少し傾げた仕種に、即、用意していたとっておきを出しそうになる自分を抑えるのが大変だった。今日はもう一丁、可愛いところを見せてもらいたいから。
「家計費、車のローンが終わるまで、折半じゃなくて俺が7割でいいっすよ。どうせ俺もたまに使わせてもらうだろうし」
パアァ…と牧の表情が向日葵が咲くかのように明るくなる。「そりゃ悪くないか?6割でいいよ」と言う牧の顔に仙道は人差し指をつきつけた。
「い・い・の。たまには俺に優越感を持たせてやってよ。さっき言ってたっしょ。来月ね、臨時収入がどーんとね。…聞きたい?」
コクコクと頷く牧の耳元に仙道はこそこそと説明した。二人以外に誰もいない自宅の中だとういうのに。


牧の喉がゴクリと鳴った。本当かと問うように仙道を見返す。仙道は満足げに頷いた。
「ま・か・せ・な・さーい♪ 頭金も30万は俺が出してあげますよーん」
「すっげぇなおい。いやはや、こりゃもう遠慮はしない方が得策だな。どうぞ宜しくお願いします、だ」
牧は正座に姿勢をかえると、頭を軽く下げた。仙道も同じ格好をし、押忍と答える。
「でね。こんな俺に『出来うる範囲でお礼をしてあげたいな』なんて思ってくれたりするでしょ?」
ニコニコと仙道は笑って言った。牧の眉がキュッと寄せられる。小さく「車代に消えるから俺は金はないぞ…」と真面目に呟くあたりが可笑し過ぎる。
「んなんじゃないよ。あのね、牧さんが可愛いと思うポーズで『仙パパ、車買ってぇv』って言ってくれたらなーって♪」
ますますニコニコ度をアップさせて仙道が言うのに対し、牧はますますきつく嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「…そんなことを言うくらいなら、頭金は助けてくれんでいい。もともと頭金は当てにしてない」
「もう、そんなに硬く考えないでよ。おふざけっすよ、お・ふ・ざ・け。じゃあさ、ポーズだけでもいいから。たまには俺を喜ばせてよぅ」


しばらく固まっていた牧であったが、いきなり立ち上がり仁王立ちになると、仙道に向かって右腕を真っ直ぐ伸ばして掌を見せた。右手四本の指を直角に天井にクイックイッと数回曲げながら、眉間に皺を寄せつつ牧は片眉をあげて低い声で力強く一言。
「JUST BRING IT !」
それは見間違いようのない、アメリカンプロレスのスターであり現在はムービースターでもあるザ・ロック様の挑発ポーズ。しかも台詞は得意の『かかってこいや!』という決め台詞だった。…可愛いポーズをお願いしたのに、何故いきなりこんな猛々しいポーズを…??
想像を遥かに超えた牧のいきなりな行動に、仙道はポカンと口を開けてしまったままだった。

仙道の様子に牧はポーズをやめると「…駄目か…」と呟いて、自室に戻って本をとってきた。先日仙道が本屋で立ち読みし、立体にすぐ見えなかったことが悔しくてつい買ってしまった『マジカル・アイ/飛び出して見える3Dグラフィック』という薄くて大きな本だった。
牧は壁際に足を放り出すように座り、両手を真っ直ぐ伸ばした状態で本を見たり、目元に寄せたりしている。
確かに自分もそういう風にして見ることで、ようやく3Dには見えるようになった。 けれど、それが…?なんなのだろう??
少しの間その動作を繰り返した牧は本を閉じると仙道を見上げた。仙道は先ほどより少し困った顔になったまま固まっていた。
「…これ以上、今は思い浮かばん。勘弁してくれ」
照れ隠しなのか少々苦々しい口調でそう言うと、牧は風呂を洗ってくると言い残してバスルームへ行ってしまった。


一体…今のはなんだったのだろう?牧さんの口調からだと、どうやらあの二つが可愛いポーズだったらしい。筋肉スター・ロック様の挑発ポーズや3D本を眺める様子。どこが可愛いのかさっぱり解らなかった。普通、可愛いポーズというのは、こうシナを作ってみたり、両手を重ねて…こう…いや、こうかな?

「何やってんだ?くねくねして?」
背後から牧の声がかかり、仙道は自分が思うところの可愛いポーズを無意識にしていたことに気付き赤面した。
「わっ☆ み、見てたの?いるならいるって言って下さいよ、もう。うわー恥ずかしいー」
仙道は無意識だったのが恥ずかしくて後頭部を両手で抱えるようにしゃがみこんで唸りだした。その様子を見て、牧もまた仙道の格好と同じポーズで同じように唸りだす。
「? …何やってんすか?」
「何って…。可愛いポーズだろうが。どうだ、これはけっこう上手くできてるだろ。見本見ながらだからな」
小さくニコリと笑った牧は、照れくさくなったらしく「湯の量、みてくる」と言うなり起き上がるとスタスタと去っていった。


牧の背中が見えなくなると、仙道は顔だけではなく耳まで赤くした。
先週ワールドプロレスのDVDを観終わったあとで俺が牧さんに向かって得意げにやったロック様の決めポーズと台詞。牧さんがすぐに3Dで見えたのに俺はなかなか見えなくて、居間に座って何回か挑戦していた格好。そして今、俺が恥ずかしがってしゃがみこんだ姿。
全て、俺がしていたことなんだと気付いたから。
牧さんはポーズではなく、ポーズをとっている俺を可愛いと思っていたのだ。日常のそんなささいな俺の動きを、牧さんは可愛いと思っていたんだ。
恥ずかしいやら嬉しいやら。牧さんは女の子などがやる可愛いつもりのポーズなど、それこそ『くねくね』という程度にしか感じていないんだ、きっと。俺だから…俺がやってることだから、牧さんは可愛いと思ったのだろう。 
お手上げだ。もうこればっかりは完全降伏。完全ノックアウトされちゃったよ俺…。


バスルームから牧が戻ってきたのを目にすると、仙道は走りよって抱きついた。
「牧さん、すっげーさっきの可愛かったよ!!俺もう大満足!!最高!!車、来月といわず今月交渉入っていいよ!!」
牧は驚きながらも仙道の背中をポンポンと叩いた。
「そうか。そんなに最後のポーズは上手くいったか。やっぱり肘の角度が良かったのかな…」
全然解ってないこんな発言をしちゃう牧さんに、俺はもうどうしようもなくメロメロになってしまっていた。そしてまた後先考えずに言ってしまった。
「嬉しかったから、どーんと頭金40万出しちゃう!!」
「おお、そいつは豪気だな。ありがとう、仙道!!」
「牧さん大好き!!愛してるよ!!」
「おう。 んじゃ、俺は風呂入ってくるから。湯が冷める」
仙道はこのまま久々のベッドインへと持ち込もうと思っていたのだが、牧の全く邪気のない笑顔とさっぱりした会話に『今日もナシっすか…』と心で涙した。




二週間後、預金通帳を見ながら仙道は盛大なため息をついた。臨時収入まであと一週間ある。キャッシュディスペンサーの前で仙道は一人ごちた。
「…今月交渉に入っていいって言わなきゃよかった…。しかも40万とまで…。今週、俺、どうやって過ごしゃいーんだよ」
引き出し金額400,000円とボタンを押しながら、自分の調子の良さと牧の天然な可愛さに、ほんのちょっぴり悲しくなってみた仙道であった。







*end*




ロック様のこと知らない人多いだろうなーと思いながらも書いてみました。
梅園ん家もそろそろ新車欲しいです。懸賞はなかなか当たらない…ぐしん。
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