blue sunshine
aaaaaaa


朱に橙。黄に赤の紅葉を踏みしめながら歩いた。冷たい空気を胸に送り込み、疲れた呼気を追い出す。
ハードだった一週間が終わる安堵感に、張り詰めていた互いの表情はもう疲れも隠せない。
散らばる紅葉とゆっくり歩く二人にわずかな色を与えているだけの街路灯。静かな帰り道。

ゆっくりゆっくり歩を進めながら牧は隣を同じように重そうな足取りで歩く仙道を見やった。
「…ごめんな。今年もプレゼント、選ぶ暇なくて…」
疲れと申し訳なさを全面にだした牧の表情に仙道は柔らかく微笑みを返す。
「そんなんいーっすよ。それよりわざわざ待っててくれてありがとう。どんくらい待ちました?」
「そんなに待ってないよ。なぁ…欲しいものってないのか?リクエストくれないか」
仙道は何故かすぐに返事を返そうとはせず、自分の靴先だけをしばらく見つめて歩いていたが、やっと小さく呟いた。
「…欲しいもの。実は、あるんす」
ようやくたどり着いた牧の一人暮らしのマンションの廊下はあまりに静かで音が反響する。会話を中断したせいで、二つの靴音だけが少しの間、それぞれの耳に響いた。

重い玄関のドアが静かに閉まってようやく
「何でも言ってくれ、ありがたい」
少々高価でもかまわんぞ、ボーナスほとんど丸々残ってるからな、などとどこかホッとしながら牧は柔らかな笑顔を浮かべる。
「ん…。飯食ってからいいます。おにぎり、あっためる?」
そんな牧とは対照的に、仙道は少し固い表情のまま話を不自然にそらした。


シャワーもすんでようやく頭に残っていた仕事もとんで、リラックスした頃。自然と先ほどの会話に話は戻っていた。
「ずっと欲しかったけど…ハッキリこんなに欲しいと思ったことなかったかも…」
照れた笑顔を浮かべているのに、瞳だけは真剣な仙道に牧は先を促すように軽く微笑んだ。


先日ロッカールームに、一冊の小説本が置かれていた。綺麗な夕闇の広がる写真が使われたカバーに仙道は何気なく手を伸ばした。パラパラとめくると男女の恋愛話のようで興味が薄れ、手を止めようとしたが、次の一行で興味を引き戻された。
『僕が辛かったのは。ずっと一緒に暮していた恋人が旅行先で亡くなったことを、葬式が終わってしばらくしてから人づてに知ったときだった。1ヵ月で帰ってくるって聞いていた僕は』『仕事も違うし、相手の両親にも言ってなかった僕たちの関係は、自分達だけが恋人同士と知る以外接点はなくて。葬式にも呼ばれなかった』 そこで仙道は手を止めた。
目の前にある見慣れた窓から覗くいつもの青空がとてもとても怖かった。


「この先全部の俺への誕生日プレゼントいらねぇから。あんたとずっと一緒にいられる権利を、俺に下さい」

驚いて牧はすぐに言葉を返せなかった。その反応を予測済みだった仙道は畳み掛けるように続ける。
「今まで好き合ってたら籍とか関係ねーって。死んだら海にでも散骨してもらえりゃずっと側にいるのと一緒だって。そんな程度の考えしかしてなかった。けど、同じ墓に入れる者だけが与えられる権利ってのを初めて意識したんだ。
…牧さん、俺にその権利を下さい」
「…それは、戸籍を…俺の養子になりたいってことか?」
「本当は、俺の戸籍にあんたを入れたかったけど…。こういう時、年下って損ですね」
笑顔を泣きそうな形に歪ませながら仙道は頷いた。
『こんな…きしんでいきそうなほど苦しい笑顔を、いつの間にこいつは覚えたのだろう…』
鏡に映しているかのように仙道の表情が牧の表情にも伝染っている。そんなことにも気付かずに牧はその顔を黙って見つめていた。


「それは、やれない」
穏やかな瞳で言う牧を見ていられなくなったのか、仙道は顔を両手で覆いながら懇願する言葉を飲み込み項垂れた。
「…俺の誕生日にお前の戸籍をもらうよ。仙道彰をもらう。お前が俺の養子になるっていうのは、俺へのプレゼントだろ」
はじけるように顔を上げた仙道の体を牧の暖かな腕が包み込む。
そのあたたかさがゆっくりと心にまでしみ込んで来て、あたたかな光に満ちた鮮やかな青空を思い出させる。
「リクエスト…早いけど、先にさせてくれ。俺の誕生日にお前の戸籍をくれないか。そしてずっと…」
涙が伝う仙道の長い節ばった指に口付けて囁く。
「お前の笑顔を俺に。死ぬ時は別だろうけど…墓場までも一緒に」


濡れた指をぬぐいもせずに牧の頬を両手で包む。重ねた唇が震えてしまうけれど、離せない。
夫にも妻にもなれない今の法律を嘆く気はない。どちらになりたいとも思わないから。
何があっても、何もなくても。駆けつけることのできる自分達であれるように。
一緒に。 ただ一緒にいられる方法があったことに感謝しよう。


「…日付、変わっちまったな。誕生日おめでとう、仙道」
ちょっと待っててくれとソファから立ち上がっていった牧は、すぐに戻ってきて仙道の手に鍵を乗せた。
「今やれるもんはこんなもんしかないんだ。…手狭になるが、覚悟して越してこいよ」
「…こんなに早く一緒に暮せるようになるなんて、俺、思ってもみなかったっす」
呆然と鍵を見つめる仙道に、片眉を上げて
「俺だってこんなに早く養子もらうことになるなんて思ってなかったぞ。大体なぁ、順序逆じゃないのか?」
あきれたように腕組みしながら牧はため息をつき、笑った。そっかなぁ、とビックリしたような顔を上げた仙道を見て今度は楽しそうに笑う。つられて仙道も笑い出し、しばらく二人は何で笑っているのかわからなくなるほど長い間笑い続けた。


持ってくる荷物のこと、共同生活の家事分担のこと、いずれは違うところ…マンションを借りようかという話。初めての修学旅行よりも不安で、もっともっとワクワクする計画。布団にもぐって明かりを消すと、なおさら会話にスピードが増してゆく感じ。 大人しく布団に入って話していられなくなった仙道は枕を持って牧のベッドへ潜り込む。
「ね、明日不動産屋を見に行っちゃおうよ。いっそのことこのアパートやめてさ、別のとこから新スタートしちゃおっか」
「…順序、早すぎ。お前、はしゃぎすぎ」
「何回も引っ越すよりいーよきっと。共同で家賃払えば安上がりだし、けっこうここよか広いとこ住めると思うよ」
牧の横顔に仙道はキスの雨を降らせる。じっとしていられないのか、そのうち牧のパジャマを脱がせようとしだしたので慌てて止める。
「…誕生日だから水差さないでおいてやろうかと思ったが、限界だ」
「? 何ですか?」
「戸籍も住宅も。俺やお前の両親に俺たちの関係を話して、理解してもらってからじゃないと。…保証人とか必要かもしれないし。お互いもう学生じゃないんだ。ただ同居すると言っても通じないだろ」
苦々しく現実問題を引っ張り出すあたり、やはりロマンスばかりに浸れない、どこまでも真面目な牧に仙道は笑顔で答えた。
「頑張りましょう!!俺たちの明るい結婚生活のためにも!!困難な問題が多いほど燃えるタイプなんですよ、実は俺」
「…嘘くさいな。 困難や問題から上手く逃げる方法を考えるのに燃えるタイプじゃねぇの、お前は」
「あらー、牧さんってば意外に俺のこと知ってくれてて嬉しいわぁ。愛されてるねぇ、俺♪」
こいつは頼れん。やはり俺がしっかりしなけりゃなぁ…と、口に出すのも嫌になった牧は、仙道を体で押しやってベッドから下に敷いてある布団へと落とした。
それでも楽しそうに布団にひっくり返ったまま、あーだこーだと言っている仙道に
「早くもう寝ろ。…明日、不動産屋に行くんだろ」と、言ってしまうあたりがまた…自分は仙道に甘いなぁと情けなくも牧は苦笑いをしてしまうのだ。

「ねぇ、明日の天気予報見た?」
「晴れだ」
「青空、早く見たいな。もう青空なんて全然怖くないぜ」
「? 雷なら解るが、青空怖いってなんだよ?」
「教えなーい。おやすみ、牧さん」

仙道は目を閉じる。目蓋の裏に景色が流れていく。
いつもとかわらない青空の下で、自分だけが一人でいつまでも立っている。眼の届かない場所であんたの息が絶えていることも知らずに。
そんな怖い世界が現実となる日は来ない。俺はもうあんたがどこにいても探せる。どこにいたって守れるんだ。
そう思える喜びで、口の両端は緩やかに上向きの形を作った。

愛していける。
この人なら俺は一生。




体の向きを少し変えたとき、寝ていなかったのか牧が小さな声で言った。
「誕生日プレゼント、明日買いに行こう。夢の中ででもリクエスト考えておけ」
「もうもらったよ?」
「…そんなもん、違うアパート探したら使えなくなるだろ。あ、こら、よせよ」
「えへへ。これがリクエストって言ったら…駄目?」
久々に触れる牧の肌は軽く指で触れるだけで反応してきて、仙道に火をつけた。
「……安上がりな奴……」

結局は仙道に甘い自分が、俺は好きなんだ。どこまでも優しいこいつの良さを、少しは返せているような自分に思えるから。
何時の間にこんなに大事になっていたのか、もう解らないけれど。

あがっていく呼吸のスピードと汗で濡れていく体の熱さを競う合間、仙道が苦しそうな息と共に嬉しそうに言った。
「あんたの誕生日の後は…。俺、彰って呼んでもらえるんだよね」
「…? 仙道は…っ…せ…んどうのままだろ。何も変わらな…」
「そんなぁ。 牧彰になるのに?」
切なげに眉をひそめていた牧は、パッと目を開いて仙道を見るやいなや、噴出した。

仙道は牧の胸の上から顔を上げて不審そうにその様子を眺めていたが、なかなか牧の笑いは収まらない。
すっかり気分を害してしまった頃、ようやく牧が涙をぬぐいながら言った。
「マキアキラって、漢字にしても一字ばっかりで間抜けだし、変な呪文みたいだな。まだ仙道紳一の方がマシだ。名前らしい」
「えー?そんなことないけど。いいですよ、なら俺が紳一さんって呼んじまうから」
「…呼ぶな。俺は自分の名前が好きじゃないんだ」
「どうしてさ。紳士ナンバーワンって感じで似合ってるよ?」
牧の顔を覗き込もうとしても牧はかたくなに顔を背けた。そのうち牧はベッドから抜け出し、床に落ちていたパジャマを着だした。
あまりにしつこく訊いてくる仙道に辟易し、落ちているトレーナーを仙道の顔面に投げつけ、牧は渋々と言った。
「……子供の頃、ウクレレを弾く」
仙道の噴出し笑いに続きを言うのをやめ、またベッドに戻り仙道を蹴り落とすと、牧は布団を頭にかぶってしまった。

その後、ご機嫌斜めな牧になんとかその気に戻ってもらおうと仙道はあの手この手で頑張ったが…途中で何度も、目元が笑っているだの眉毛が下がっている(これは酷い言いがかりだが)だの言われてしまい、久々に苦戦を強いられた。
ご機嫌が戻った頃には二人、忘れかけていた仕事疲れと睡魔に襲われて…狭くなったベッドの中、優しい眠りの世界に滑り落ちていった。


夢の中でだけではなく、起きてもなお繋がれ絡みあっていた互いの指に驚いたのはどちらが先かは…窓から覗く晴れ渡った青空だけが知ることとなる。






*end*




牧は自分自身の価値を解ってない!!牧の体ほど高級なバディはないじぇー!!
曲名をタイトルに借用したけれど、内容とはあまり関係ないかもです。

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